一回戦が全て完了し、時計は正午を指そうとしている。
フィールドの点検、出場神姫の充電とメンテナンスを含めた昼食休憩が実施され、和己は近くのコンビニエンスストアで買ったおにぎりを食べつつ、暇をもて余していた。
ミレイユは充電中。無駄なバッテリーを消費しないよう、人間で言うところの仮眠状態だ。話し相手はラフィカしか居ないが、彼女もまた部屋を空けようとしていた。
「じゃあカズミ、行ってくる」
「ああ。10分前には戻れ、入れなくなるからな」
ラフィカが散歩に出たいと言ったのが5分前。暫し問答した後、折れたのは和己だった。
ドアを開放しラフィカを外に出すと、和己は真っ先にスマートフォンの追跡アプリをオンにする。
「まだ、それを使っているのね」
ミレイユが
「まあな。ある意味、アイツを信用できてない」
「……仕方ないわ」
スマートフォンはそのままに、残ったおにぎりのフィルムをゴミ箱へ捨てる和己。
大会まで、まだかなりの時間が残されている。
□
「ふぅ。全く、大した人ごみだな」
神姫サイズで広大な神姫センターロビーを抜け出すのは簡単ではない。様々なカウンターを歩き、物販ブースに隠れ、人の足をかわす。
自動ドアが開いた隙を見計らって外に出ると、ラフィカは広い道路を見渡した。
「空気がおいしい。……ま、気持ち程度だが」
風に髪を靡かせ、ラフィカはセンターを一周回ろうと建物の間を抜けるルートに入る。神姫でなければ入れそうもない、本当の隙間。
しかしセンターの喧騒からまるで隔絶されたかのようにそこは薄暗く、ゴミも流れ着いている。だがまだ通行が可能な程度の汚れだった。
「職業神姫辺りが掃除でもしていたか? ……いや、それにしては妙に綺麗だ」
広大な建物の路地だ、神姫にとっては長い長い一本道になる。
そこをただただ目的も無く練り歩く。ふと、彼女の目の前に妙な山が見えた。
ちぎれた段ボール片が乗っている。その下には、ビニール袋が何かを包むように存在していた。
「ん? あれは、まさか……」
興味本意に近寄って、ラフィカは段ボール片とビニール袋をどける。
その中にいたモノに、彼女は驚愕し目を丸くする。
「カズミ!」
クローズドパークにラフィカの声が響き渡る。
心底焦った様子のラフィカは珍しく、息せき切らせて和己を呼んだ。
「どうした? 珍しく焦って――」
「神姫が……。神姫が捨てられているっ!」
ラフィカの宣告に、和己が息を呑んだ。
それからすぐにスタッフへ連絡を取り、許可を取った上でラフィカ、和己それからセンタースタッフで神姫が捨てられているという建物の隙間を覗く。
ラフィカが入り込み、奥から引き摺ってきたのは間違いなく神姫。
「アーティル型か……ずいぶんボロボロだぞ」
動かない神姫を優しく拾い上げた和己が呟く。
武装は無く、素体はすっかり傷だらけで汚れもひどい。相当長い間放置されたのか。それにしてはいくつか謎もあった。
「ずいぶん奥にいたな?」
「ああ……まあ、あたしには分からないが」
人間に捨てられたにしては、ずいぶんと奥に放置されていたアーティル型。人が捨てたとして、わざわざ神姫センターの真横の隙間などと妙なエリアを選ぶものだろうか。
しかし、悩んでも仕方ない。素体の状態から見ても再起動するかはかなりの賭けだったが、和己はスタッフに神姫を手渡した。
「見てやってください。運が良ければ、マスターを覚えてるかも」
「やってみます。業者を呼んだり少々時間が掛かりますので、篠山様は大会の方へ引き続き参加してください」
神姫を手渡し、和己とラフィカは再びクローズドパークへと戻る。
「出ていったと思ったら捨て神姫を見つけるなんて、なかなか無い経験してるな。ラフィカ」
充電中のミレイユに代わって肩に乗るラフィカへ、和己は語りかけた。
少々ふてくされ気味にラフィカは顔を背ける。誰のせいでこんな風に気持ちがざわめくのか。彼女のマスターはそれを知りもしない。
少なくとも、ラフィカはそう思っている。
「篠山様! すみません、少しよろしいでしょうか!?」
クローズドパークの部屋へ辿り着く直前だった。
先ほどアーティル型を預けたスタッフが彼らを呼び止める。
「どうしました?」
「いえ、少しこちらで検査をしてみたらあのアーティル型が目を覚まして……拾った方――篠山様に、お会いしたいと」
スタッフの言葉を聞いて、和己とラフィカは揃って首をかしげる。
無事に目が覚めているだけでも奇跡だというのに、それが彼らへ会いたいと言伝てを頼むとは思わなかった。
幸い、二回戦開始までまだ猶予はかなり残されていて、試しに話をしてみても良いと思ったのは好奇心だったのか。
それを考えるよりも前に、彼はスタッフと共にバックヤードへ向かっていた。
神姫センターのバックヤードなど、なかなか入れるものではない。大会の運営から大規模整備を担うような場所らしく、かなり大袈裟な神姫整備用ツールが並んでいる。
他にも、物販に出す予定であろう在庫分やまだロビーに出ていないグッズも散見できた。
「……目を覚ましたか」
まだアーティル型の表情は虚ろだった。しかし和己の声を聞くと反応し、ぱっちりと瞳を開く。
「あなたが……私を見つけてくださった方ですか?」
「正確には、コイツだよ」
和己が指差すより早く、ラフィカは作業台に飛び下りるとアーティル型の神姫へ歩み寄る。
「あたしが見つけた。メモリーはどうなんだ?」
「えっと……それが、まだ」
「ラフィカ。まだ充電中だ、無闇に思考させるな」
目を伏せる神姫。詰め寄るラフィカを制し、和己はアーティル型へゆっくり話しかけた。
「無理はするなよ。何があったかは、後で考えればいいさ」
「いえ、その……私のマスターは、私を捨てたんだと思います」
神姫の出した答えはあまりにも早計と言えた。まだ充電中で、メモリーがしっかりと稼動を開始しているかすら不明なのだ。
それで自身が『捨てられた』と結論付けるには早すぎる。
「まだ分からないだろ。あんまりそういうことは言うもんじゃ――」
「でも私――!」
神姫はクレイドルから立ち上がらんばかりの勢いで叫ぶ。
ラフィカに押し戻されながらも、アーティル型の神姫は叫び続けた。
「私……最後にマスターに置いていかれた記憶しかないんです。ずっと待ってて……でも、こうなったってことはきっと私、捨てられたんだって」
メモリー
しかし、少なくとも拾われた彼女にも破損はあるようだった。スタッフが困り果てたようにうめく。
「困りましたね……マスターが不明では、どこにお返しすれば良いか」
もっともだ、と和己はその心中で頷く。
アーティル型の神姫が目を覚まして、マスターを覚えていれば連絡して、それで終わりでよかった。
しかし彼女はマスターを覚えていないばかりか、メモリー不良を抱えたまま目を覚ましてしまった。
いっそ神姫のコアである“CSC”にまでダメージがあれば、再起動処理でメーカーに送り返せたが、彼女の不幸は『中途半端に記憶が残っている』こと。
「リセット……いや、もしかしたらマスターが捜してるかも」
腕を組み、和己は悩む。マスターが居ないと断定出来るなら、リセットしてもまだよかった。勿論神姫にも死の恐怖がある。リセットに快く応じはしないだろうし、和己の寝覚めも悪い。
今回曖昧なのはマスターの有無。愛情あるマスターなら、何年掛かってでも捜すだろう。故に、安易にメーカー送りの決断も出来ない。
かといって、神姫センターにそのまま置くということも難しい。ここには毎日メンテナンスの神姫がやってくる。一体分塞がれば、回転率も落ちてしまう。
「大会に見に来ている可能性はゼロじゃないし……。すいません」
「はい?」
「このアーティルを、会場で放送して大会参加者や観戦者に伝えてください。もしかしたらマスターがいるかも。それでも現れなければ、俺が引き取ります。家から神姫ネットでマスターを探します」
それしか手段はない。もはや神姫が一体増えたところで変わりはない。
何より、アーティル型の神姫が見せる諦めの表情を、放っておく事が出来ない。
まずは今日のメイド杯、それでダメなら気長にやるしか方法は無かった。そうでなければ、無理矢理リセットしてメーカー送りか廃棄処分。
そんな処遇を見過ごせるほど、和己は人でなしではない。
「でも……他のマスターの神姫なんて、きっとイヤですよ?」
「こっちだって、タダで養うとは言ってない。もし君の気が済まないなら、うちの店で働いてもらう。給料はうちの部屋を使う宿代に換える。マスターが見つかれば、晴れてさよなら。どうだ?」
「カズミ――!」
悪い癖が出た。ラフィカがアーティルから手を離し、抗議のため立ち上がる。
なんでもかんでも割り切らないのが彼の悪い癖。工房シノヤマだって、ルーツを辿れば布一枚が勿体無いというところからスタートしている。
「ラフィカの負担も減るぞ」
「うっ……」
思わず抗議を呑み込んでしまったラフィカ。現状から少しでも変わるなら、確かに彼女にとってマイナスではない。
店員神姫が増えれば、モデル状態の彼女も少しは楽になるだろう。しかしそれには、新しい神姫を招き入れねばならない。
「いいんですか……?」
「言ったろ、マスターが見つかるまでだ。見つからなかったら――ま、正社員登録かな」
「正社員も何も無いだろう。……カズミ、彼女の名前を訊くのは後にしよう。この会場にマスターがいれば、それも必要なくなる」
和己はラフィカに反論すること無く頷いた。
「では、一応警察にも遺失物として連絡はしますが……神姫が目覚めていますし、同意も取れたなら、一時預かりで篠山様の所に行くということで」
「お願いします」
大会の準備を含めれば、そろそろ時間がない。
和己はアーティルへ軽く手を振り、踵を返した。それをラフィカが追おうとして、クレイドルへ駆け戻る。
「あたしは厳しいぞ。マスターが見つかった方が幸せかもな」
「大丈夫です。私がそちらへお邪魔することになったら、根性で乗りきって見せます」
拳を見せるアーティルを見て、ラフィカは表情を緩める。
だいぶ元気ではないか。あとはこの後次第だ。ラフィカはアーティルの拳を右手で軽く握ると、再びマスターである和己の後を追った。
第五話、お疲れ様です。
なかなかアーティルって創作じゃ見かけないよね。と、個人的には思います。
……フロントラインバイアス掛けすぎかな。
建築破壊用レッキングボールを拳で止めたり、神姫の強度に幾つもの疑問を残す最強神姫です。
スポ魂ってヤツですね。
第五話裏話は、ずばりそこ。
最初はそれこそジールベルンだったんですが、これ以上フロントラインを増やしてもなぁ……と。
そこへ舞い込んだのが中原さん演じるアーティルでした。大好きです。
レナも好きだし、わたしちゃんも好きだし、アザナミさんも好きです。イカれた迫真演技もお姉さんも、ちょっとすっとぼけたようなほんわか女の子も良さがありますね。
じゃあ、結局ジールベルンは?
出番を移しました。どこで出るかは今後の展開をお楽しみに。
第六話、また暫くお待ちください。
次回もよろしくお願いいたします。