「よし。古谷さんのお陰で、写真でも恥はかかなそうだな」
神姫ネットにルーシィの情報と連絡先に和己の工房用スマートフォンの番号、写真を添えてアップロードを終える。
三奈が分かりやすく且つ、可愛らしく撮影したおかげで、必要以上に愛嬌を振り撒いたような画像ではあるものの、目を引ければそれだけ入る情報数に直結するのがインターネットだ。この際、それはむしろプラスだと和己は考える。
「だいぶお客さんも落ち着きましたね。ついさっきまでギュウギュウだったけど」
工房も店仕舞いの準備を始めている。モニカも途中充電を終えて、三奈の手伝いで陳列を直していた。
「筐体があったらバトルでもやってそうな雰囲気はあったな……」
「おー。筐体置きます? 和己さん」
「スペース無いし、許可なんか取れないよ」
神姫バトル筐体。その名の通り、神姫バトル用の筐体。最近は『ライドオン』と呼ばれる、神姫とマスターが一体となるシステムを利用する。
筐体はそこそこサイズがあるため古い駄菓子屋を少し広くした程度の店先にはとても置けないし、神姫バトル自体が神姫バトルオフィシャルに許可を取らなければ行えない決まりになっている。
ゲームセンターにある筐体が一番身近な公式許諾例であり、逆にアンダーグラウンドの非公式例も存在。違法改造神姫を利用したマスターたちの違法賭博が行われることもある、とは最近の噂だ。
「許可なんて必要だったんですね……。私、つい最近バトル始めたばかりでなんにも……」
はにかみながら三奈は胸の前で指を絡める。
つい最近バトルを始めたという彼女だが、和己から見ればセンスは充分にあった。初めてには到底思えない反応もあった。
「一回戦じゃパネル移動なんて裏をかいてから、他のマスターも使うようになってたしな……。センスあるよ、古谷さん」
「もう。褒めたって何も出ませんよ?」
「だからって給料も増えないけどな」
三奈が言葉を呑み込んだ。バトルこそ行わなかったが、結果は互いに二回戦敗退。
出発前に彼女が言っていた『勝てば給料アップ』も流れてしまっている。
「と、とにかく! そろそろお店閉めましょう!」
「はいよ」
マスター二人がバックヤードに消え、神姫たちもそれぞれが仕事につく。
唯一やることがないのはラフィカで、ルーシィがそれに付き合わされることになった。
「ルーシィはバトルしないのか?」
「どうでしょう……。ただ、身体を動かすのは好きですし、鍛えたいとも思います」
出会ってすぐに『根性でなんとかする』と語ったルーシィだ。バトルに否定的というタイプではないのだろう。
「明日、久しぶりにゲームセンターに行くらしいんだ。少し付き合ってくれないか」
「い、今です――よね?」
勿論だとラフィカは頷く。ただ、ルーシィには少々難しい状況だった。周りは片付けをしている中で、いくら
「ラフィカ、新人さんを困らせてはダメよ? ルーシィ、手伝って」
助けに入ったのはミレイユだった。陳列棚から柔らかく着地し、ルーシィの手を取る。
「久し振りにゲームセンターに行く話になって舞い上がるのはいいけれど、仕事はしてもらわないと困ります。ラフィカは先輩なのだから、ね?」
こういうとき、ミレイユはずるい。ラフィカはそう思う。彼女に隙はなく、また嫌味ったらしいわけでもない。
純粋に皆を纏めようとしている。言われてしまっては仕方ない。ラフィカは刀を置き、ミレイユとルーシィについていった。
□
神姫工房シノヤマは三奈に任せ、一度葉月との約束を果たすべくゲームセンターに赴いた和己とラフィカ。ミレイユ、ルーシィは店の手伝いに残している。
久し振りのゲームセンター。やかましい筈の騒音は和己にとってはどこか懐かしく、ラフィカにとっては高揚感すら得られるように感じた。
見たところ葉月はまだ来ていないらしく、姿は見当たらない。そわそわと落ち着かないラフィカの視線は、神姫バトルエリアに向きっぱなしだ。
バトルをしに来た訳ではないが、ラフィカにはさもバトルをするかのように話してしまったし、今度ばかりは拒絶も出来ない。
「……角の筐体、様子が変だな」
和己が見つめるのは、一番端にある神姫バトル筐体だった。一人のマスターが高笑いしている。どうやら勝利を続けているようだが、それにしてはずいぶんと嫌らしい。
年下であろうと罵倒し、強いやつは誰だと騒ぎ立てる。たまにある、実力誇示タイプの人間なのだろう。
「アレにするか。筐体が空かないしな」
葉月もまだ来ない。ルーシィの情報を効率よく手に入れるなら、神姫ネット以外にもリアルで情報収集することも重要だろう。
スタッフに話し掛け、対戦カードを組んでもらう。ラフィカはいつもの袖無しロングコートに刀のみ。鞘も限定品ではあるが、公式に使用可能な物で、レギュレーションも問題はない。
白いコートのストラーフMk.2ラヴィーナ。工房に来たことのあるマスターならば、その姿を一度は見ている。いつも口を尖らせて、不機嫌な神姫。
しかしモデルを務めていた彼女こそ、工房シノヤマの――そして店主篠山和己の看板神姫だ。その姿に、少なからず人が集まる。
連勝のマスターが待つ筐体へつく頃には、他の筐体でのバトルは全て止まっていた。全ての目が、ただ一つのバトルに対する観戦に向いていた。
「次はアンタか。何秒もってくれる?」
にたにたと嫌らしい笑みを浮かべるマスター。既に勝ち名乗りの用意でもしていそうだった。
「何秒だ? ラフィカ」
「……ざっと見て20秒か」
筐体には既に神姫がついている。ラフィカはそれを眺め、問いに返した。
「オイオイオイ、20秒だなんて悲観しねぇで倒してくれよ。緊張感のねぇバトルばっかだったんだからな」
「勘違いするな」
腕を組むラフィカが、相手マスターに投げ掛ける。
「20秒はお前たちの敗北までのカウントだ。ストラーフ型の実力、錆び付く事など無いと知れ」
筐体のエレベーターで降りていく神姫たち。二人のマスターもライドオンの準備を行い、互いの相棒と繋がる。
「久し振りだな……」
ラフィカの口から漏れるのは、和己の想いだった。彼女自身も、少なからずそう思っているだろう。抵抗はなかった。
フィールドは遮蔽物の無い、コロシアム風のドーム。真正面に相手神姫を捉え、ラフィカは構えを解いた。
「20秒だ。遊んでやろう」
大勢の観客を前に大見得を切ったせいで、一部の人間たちはカウントダウンさえ始めている。
戦闘開始から7秒。動かないラフィカに痺れを切らし、相手神姫が動いた。短距離の滑走と共に、ナイフが突き出される。いきなりのインファイト、観客がざわついた。
しかし、対したラフィカは左手の刀を瞬時に鞘ごと順手へ持ち変えると、ナイフごと相手神姫を弾き飛ばす。続く動きで懐へ飛び込むと、今度は逆手に持ち直し、腹へ柄頭を打ち込んだ。
「20秒超えたか。互いに鈍ったな、マスター」
バトルのタイムカウンターは20秒を超えた。鞘から刀を抜かずに打撃した程度では、相手も倒れてはくれない。
本格的なライドオンバトルはラフィカ、和己共に久し振りだ。勝手を思い出すにも時間がかかる。
しかし宣言を守れずとも、ものの数秒足らずで攻撃を弾き、一撃を叩き込むラフィカに対しては驚きの声が上がっていた。一般人には何が起きたかすらわからないような速度で、バトルは確かに進んでいた。
「キミもだ。本気を出したらどうだ?」
鞘から刀を抜き、右手で翻して鞘へ戻す。その所作は美しく、そして洗練されている。
しかしその一方、ラフィカの表情は退屈の色を見せている。あからさまな挑発に、相手も乗った。
今度はハンドガンを取り出し、ラフィカへ向けて引き金を立て続けに引く。
決して弾速は遅くない。むしろ現実と然して変わらないものを、ラフィカは刀を振り回し弾いてしまう。
「コイツ……!」
苛立つマスター。その精神力は、確かに神姫の動きを悪くしている。
「遅い……っ!」
先に踏み出したのはラフィカだった。レールアクションによる高速移動で相手の背後へ回り、呆然と立ち尽くす背中を眺めながら抜いた刀を納刀する。
鞘が鍔に当たり、甲高い金属音を奏であげると同時に、相手神姫は崩れ落ちる。
ラフィカはただ通過して背後へ回ったわけではない。瞬時に抜刀し、相手を切って転回。ダメージを与えていた。
何が起きたかなど、観客はおろか当事者である対戦相手にすら理解できていない。
「お前……! 神姫になんのチート仕込んだ!?」
バトル終了と共に、マスターは和己へ掴み掛かる。しかしそれさえ意味がない。
レギュレーション違反はしていないし、攻撃が読まれていることは観客も理解できていた。更にレールアクションならば、超常じみたスピードにも合点が行く。
「やめなよ。相手が悪いって」
観客から数人がマスターを止めに入る。
「アンタが戦ったの、元F1チャンプだぜ。うちらみたいなゲーセンマスターじゃ、流石にな」
正体も割れてしまったようだった。
もはや隠しても意味はなかったが、和己は集まった観客たちへルーシィの情報を訊ねた。
目立ったのは好都合で、神姫ネットの力もあってか話を知っているマスターたちも居はしたが、やはり決め手になる話は出てこない。
そうしている内に、葉月がゲームセンターにやってくる。現F大会クラス1――F1大会チャンピオンまでやってきては、いよいよ対戦相手のマスターは口を挟むことも出来なくなってしまった。
「大人げないことをしますね、随分と」
「久々にラフィカも戦わせてやらないとな。その内ストライキでも起こされそうだし」
神姫バトルエリアを離れ、休憩エリアへ。
葉月からの話など決まっている。和己がなぜ、バトルを離れたのか。
彼の奢りで缶ジュースを受け取った彼女は、両手で大事そうに缶を包み込むと、隣に座る和己の顔を見上げる。
喧騒の中で一分ほど経っただろうか。
和己がゆっくりと語り始めた。過去の挫折を。ラフィカも聴いている、その中で彼はその記憶を紐解いた。
第八話、お疲れ様です。
そしてあけましておめでとうございます。今年もどうか、よろしくお願いいたします。
第八話です。
ラフィカがようやく、バトルに参加。
今回はその片鱗を見せた形です。
要するに、それよりヤバイヤツがいたってことなんですよね。
次回は少し更新が遅れると思います。
どうか気長に待っていただければ幸いです。
P.S.
ムルメルティアをお迎えしました。
なかなか可愛らしかっこいいですね。