余滴は星彩に溶けて   作:沖縄の苦い野菜

1 / 13
さて、新作はエレナと恵美をメインに据えた物語ということで。
もしよろしければ、この連載二次創作にお付き合いいただければ幸いです

それでは、本編をどうぞ


第一話 出会いの春

 教室から覗くグラウンドはオレンジ色に染まっていた。運動部が駆ける姿は影法師のように黒く染まり、誰が誰だか判別をつけるのは難しい。

 そんな様子を、窓際の席から島原エレナは楽しそうに眺めていた。エメラルドの長髪を夕日にきらめかせながら、それよりも輝いたニコニコの笑顔を浮かべて。

 

「ワオ!」

 

 紺碧の瞳がきらりと閃いた。彼女が見ていたのは、サッカー部のスペースだ。ちょうど、ゴールネットにボールが突き刺さったところで、彼女は思わず声をあげた。それくらい、見ていて気持ちのいいゴールだった。遠くて音何て聞こえない筈なのに、ボールがネットに突き刺さる効果音が、頭の中で響いてくるほどに。

 

 ゴールを決めたのは、彼女にとっては見慣れた男子であった。名前は新田良悟。清涼剤のCMにでも出ていそうな外見の爽やか男子だ。笑顔が光る男で、170を超えた身長に細身の身体。そんな彼は、仲間に背中を叩かれたり、頭をくしゃっと乱雑に撫でられて、それに笑いながら相手の肩を叩いて応えている。

 

 エレナと良悟の関係は、一言で表せばサッカー友達である。昔からよくサッカーを一緒にやる幼馴染で、サッカー観戦も家に招いて一緒にやるくらいには仲が良い。両親同士の仲も非常によく、家ぐるみの友達ともいえる。

 

「いいナー」

 

 座っているエレナの身体が僅かに揺れる。足をパタパタと忙しなく動かしながら、彼女はグラウンドで繰り広げられる紅白試合の観戦を続けた。

 

 

 

 試合は両チーム接戦の末に、時間となって2対2の引き分けに終わった。すっかり陽も隠れそうな頃合いで、グラウンドには誰も残っていない。使った後の整備も、ついさっき終わったばかりだ。

 エレナは窓際の席から漠然と、グラウンド全体を見つめていた。今までの熱気が嘘のように引いた場所では、瞼を落として眠りにつくように、陽が沈むにつれて影を落としていく。

 

 沈黙を切り裂いたのは、教室の扉のスライド音だった。鈍い摩擦音が彼女の耳にまで届いてきた。

 

「何見てたんだ?」

 

 教室に入ってきたのは、少し前までグラウンドでサッカーをやっていた良悟であった。シャツのボタンを上から二つまで外して、肌着さえ身に着けていない姿。春先でまだ着用しなければいけない学ランを無造作に肩に引っ掛けながら、彼はエレナの視線の先を追っていた。

 

「グラウンドだヨ。もう今日が終わっちゃうナー、って」

「あー、そういう。そう考えると、少し憂鬱だな」

「ワタシはそんなコトないヨ?」

「こんな疲れた中で帰宅。身体に鞭打って宿題。楽しみは風呂と夕飯。今日のテレビはつまらない。そして明日は七時間。憂鬱だ」

「でも、学校に行けばみ~んなと会えてハッピーだヨ」

「そりゃそうだけど。大半は授業だし」

 

 良悟はそこまで言って首を横に振った。やめやめ、と肩を大きく竦めて息を吐いた。

 

「さっさと帰るか」

「うーん、そうだネ」

 

 良悟が背を向けて教室から出て行った。エレナは最後にもう一度、外の様子を漫然と一瞥した時、その瞳が校門の前に釘づけにされた。よく見る顔……ベストフレンドの姿を見つけたのだ。長い茶髪と、ぴょこんと飛び出た一房の毛が特徴的な少女、所恵美だ。一緒に帰る約束もしていなければ、これから何か一緒に用事があるわけでもない。

 

 エレナは自分のカバンを開けるとすぐに携帯電話をチェックした。しかし、恵美からのメッセージは届いていない。それがますますよく分からず、エレナは首をかしげて校門の方に視線を向けた。

 

『エレナ―! こないのかー?』

「あっ、すぐ行くヨ!」

 

 良悟の声に、エレナは慌てて携帯をカバンの中に詰め込むと、取っ手を肩にかけて教室から飛び出した。そのまま彼の後姿を追おうとして、キュッと上靴を鳴らして足を止める。教室の扉を閉めてから、改めて駆け出した。

 

「何かあったの?」

「校門にメグミがいたんだヨ! あっ、メグミっていうのは、ワタシのベストフレンドのコトだヨ!」

「アイドルの仲間?」

「うん!」

「約束していたなら先に帰ってもよかったんだぞ? このあと何もないんだし」

「う~ん、メグミとは約束してないんだヨ。メッセージも確認してみたけど、何もきてなかったから」

「連絡も? サプライズか何かじゃないのか?」

「なんだろネ?」

「まあ、居るなら待たせちゃ悪いな。早く行くか」

 

 歩調が速まった。エレナもそれに追従するように駆け足で進み、すぐに下駄箱についた。良悟は奥側の列に、エレナは手前の列に入り、お互いに靴を履き替えると出口で合流した。合流すれば行動は早い。良悟は視線を校門の方に向けて顎を差した。

 

「疲れたし、先に行っといて」

「すぐソコだヨ?」

「用件あったら先に済ませた方がいいだろ。ほら」

「うーん、リョーゴがそう言うなら!」

 

 メグミー! とエレナが手を振りながら校門へと駆け出した。彼女の影が遠ざかっていく様子をしばらく見つめた後、良悟は苦笑を漏らして、緩慢な歩調で足を進めた。

 

 

 

「メグミー!」

 

 校門の前。居心地の悪さに毛先を弄った回数は数え切れない。校門の壁に背をつけたり、学校の奥を覗いたりと。挙動不審な動きをしていた少女、所恵美は突然の親友の声に驚き振り返った。

 

「エレナっ?! どーしてここに居るの?」

 

 目をまんまると見開いて、恵美は制服姿のエレナをまじまじと見つめた。走って来るエレナの迫力は地響きでも立てそうなほどではあったが、彼女は見事なステップで恵美の前で華麗に止まってみせた。

 

「どうしてって、ここはワタシの学校だヨ? メグミはどうして?」

「あっ、そっか! ここエレナの学校かー! にゃはは、忘れてたよ。あっ、そうそう。用事なんだけどね。ここの学校の男の子にちょっと用事があったんだ。でも、全ッ然でてこないから、もしかして帰っちゃったのかなーって、諦めかけてたところでさ」

「どんな名前の人?」

「あー、それが多分、リョーゴって人? 苗字はわかんないけど。でも! 顔はバッチリ覚えてるから。こう、如何にもサッカー部! って感じのイケメンだった!」

「……メグミって、実はメンクイさんなんだネ」

「へっ? いやいやいや! 違うから! 恋とかそういうのじゃないから! ほらっ、これ!」

 

 エレナの混じりけの無い純粋な言葉に、恵美は全力で否定をしながらカバンの中から白いハンカチを取り出した。手触りの良さそうなシルクのハンカチ。その隅っこには、英文字で「Ryogo」と縫われている。

 

「あれ? コレって……」

「このハンカチさっ、この前ファミレスでジュースこぼしちゃったときに借りちゃって。ほら、これってかなり良いハンカチじゃん? だから、返さないとすっごく罪悪感があってさ。こんな時間まで粘ってたってわけ」

 

 言い訳染みた早口が恵美の口から飛び出る中、エレナはハンカチに刺繍された文字に注目していた。それが見間違いでないことを確認した時、エレナはハンカチの元の持ち主が誰なのか分かってしまった。

 

「おーい、エレナ。用事は終わったか?」

 

 その時、ちょうど良悟が校門の前まで来ていた。エレナはその声に反応して、こっちこっち、と彼を手招きした。

 

「あっ、リョーゴ! ちょうどよかったヨ!」

「ん? エレナの知り合い……って、あぁっ! あの時の!」

「……? なに、どういう状況?」

「ほらっ、アタシだよアタシ!」

 

 良悟はエレナと、もう一人の少女の反応に困惑を覚えながら、とりあえずとばかりにエレナに視線を送った。エレナはそんな彼の視線を受けると、恵美の持っていたハンカチを指差した。

 

 エレナに誘導されるまま恵美の持っているハンカチを見て、ようやく良悟は合点がいったのかひとつ頷いてみせる。

 

「あー、この前の。あの時は悪かった。俺の不注意だった」

 

 そしてすぐさま、彼は頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

 恵美はそんな彼の反応に、思わず両手をぶんぶんと横に振って早口にまくしたてた。

 

「いやいやいやっ! あの時はアタシも友達と話し込んじゃってたから!」

「いや、そうはいってもな。服は大丈夫だったのか?」

「あー、それは大丈夫! もうあのタイプのやつは季節外れかけだったし」

 

 良悟は恵美の反応を見て、すぐさまエレナに視線を送った。それに対してエレナは首を横に振って答えた。

 

「台無しにしちゃったか……本当に、ごめん」

 

 良悟は改めて頭を下げて謝罪を口にした。

 そんな反応に、恵美は目を白黒とさせて瞬きを何度もした後、困ったように自身の頬を指先で撫でた。

 

「えっと、ほらっ。こんな高そうなハンカチ貸してくれたんだし! いつまでも引きずるのも苦手だから。ほら、顔上げて!」

 

 言われるがまま彼が顔を上げると、はにかみながらハンカチを差し出す恵美の姿があった。

 

「ハンカチ、ありがとねっ」

「あー、うん。うん、どういたし、まして」

「アハハ! リョーゴ、ちょっとぎこちないヨ?」

「うっせ」

 

 エレナに茶化されると、良悟はバツが悪そうに目を逸らしながら、ハンカチだけはしっかりと受け取って、所作なさげに受け取ったそれを何度も折ったり開いたりを繰り返した。

 

「あー、まぁ、あれだ。何か埋め合わせぐらいはさせてくれ。ファミレス奢りでも新しい服でもいいから。エレナ通してくれればすぐに伝わるから。それじゃ」

 

 早口で言い切ると、良悟はさっさと逃げるようにその場から立ち去っていく。そんな様子の彼に「あっ!」とエレナが声を上げるも、聞こえていないのかズンズンとその後ろ姿は遠くなっていき、住宅街の影の中に消えてしまった。

 

「リョーゴは照れ屋さんだからネ。悪気はないんだヨ?」

 

 ひとつ息を吐いたエレナがフォローを入れながら恵美を見た時、彼女は良悟が進んだ先をボーっとした様子で見つめていた。エレナが「メグミー?」と声を掛けても反応がない。瞬きも忘れている様子に、エレナは堪え切れず、恵美の目の前まで顔を近づけた。

 

「メグミー?」

「うひゃぁ!?」

 

 突然、目の前にエレナの顔が出てきたことに恵美は仰け反って思わず奇声を上げた。目を白黒させてエレナの顔をまじまじと見た後、彼女は「ビックリしたぁ」と肩の力を抜いて息を吐いた。

 

「ボーッとしてどうしたノ?」

 

 エレナは純粋に首をかしげて恵美に聞いた。

 恵美はその問いかけに、思わず顔を真っ赤にした。恥ずかしい内面を見抜かれているような、そんな気持ちが身体全体に熱となって広がっていく。

 

「いや、えっと。ほらっ、さっきのリョーゴって人がイメージと違って、ちょっと驚いたんだよね」

 

 にゃはは、と照れ笑いのように声を出して誤魔化しながら、恵美は「それよりも」と話題を早速切り替えることにする。

 

「リョーゴって、エレナの知り合いだよね? なになに、エレナの彼氏だったりするわけ?」

「えっ、リョーゴ? ボーイフレンドじゃないヨ」

「あんなに仲良さそうだったのにー?」

 

 うーん、とエレナは恵美の問いかけに真剣に考え始める。

 家族ぐるみの付き合いで、よくお互いの家にお邪魔して、よく遊ぶ仲。ボーイフレンド、などという甘酸っぱいものはどこにもない。打てば響く、遊べば楽しい。話せば気が合うし、隣にいれば歩調が合う。

 

 長く一緒にいたことで、何かと波長が合う。一緒に居て楽しい存在。

 

「リョーゴはパートナーだネ!」

 

 エレナは純粋にそう結論付けた。そもそも、長い間一緒に居たせいもあって、お互いに男女がどうのと意識する間柄でもない。

 

「パートナー!? やっぱり彼氏じゃないの?」

「違うヨ。リョーゴとは日本に来てからの付き合いだからネ! 二人でボールといっしょに育ったから、パートナーかナ」

「あっ、そっちかー。幼馴染ってやつ? 全然知らなかったよー! ねぇねぇ、リョーゴってどんな人なの?」

「リョーゴ? リョーゴはね、イイ人だヨ!」

「いや、そうじゃなくって。ほら、性格とか学校での様子とかさ」

「性格? うーん、照れ屋さんだネ! 褒めるとすぐにプイッってドコか向いて、早口になって、兎みたいに逃げちゃうんだヨ!」

 

 ぷっ、と思わず恵美は噴き出した。パートナーというわりには、あまりに容赦のない紹介だ。それもその光景をついさっき目の当たりにしていると、面白さは倍増だった。

 

「それと、サッカー部だヨ! 勉強は好きじゃなくって、体を動かす方が好きで……あっ、休憩とかでよく寝てるヨ! 寝顔がコイヌみたいで可愛いヨ?」

「っ、あははは!」

 

 限界だった。思わず声を上げて、腹を抱えて恵美は笑ってしまった。あまりにもエレナからの紹介が面白すぎた。注目するところそこ!? と恵美はそう思いながら、笑いは止まらず目尻に涙が溜まっていく。

 

「実は、ユーレイとかすっごくニガテで、生まれたてのコジカのように震えて怖がるんだヨ。ワタシもニガテで叫んじゃうケド、リョーゴはワタシよりもっと叫んで抱きついたりするネ」

「ちょっ、もうその辺でいいからっ! あははは! や、やめ、やめたげて! リョーゴくん可哀想だから!」

「そんなにオカシナこと言ったかナ?」

「だ、だって! ギャップがっ! あははは!」

 

 良くも悪くも裏表のないエレナの言葉だ。良悟の話について疑うところはなかった。だからこそ、恵美の第一印象とエレナの話とのギャップがあまりにも大きくて、笑いのツボも強く刺激した。

 

「あーっ、もう! 笑い過ぎてお腹痛くなってきたよー」

「うーん、メグミにはリョーゴがどう見えてたノ?」

「え? うーん、クールって感じだったかなー。言葉も少ないし、表情あんまり変わんないしさー。こう、動物に例えるなら狼って感じ!」

「オオカミ? リョーゴはあんなにキリッとしてないヨ」

「ず、ズバッというねー……」

 

 思わず良悟のことを気の毒に思うが、これが長年の付き合いから培われた距離感か、と恵美はひとり納得してそれ以上は触れなかった。

 

「うーん、なんか興味わいてきちゃったなー。エレナ、早速なんだけどリョーゴくんに埋め合わせの話、伝えてもらっていい? ファミレスでお食事会、ってね! あ、もちろんエレナも一緒にね? アタシ一人だと何かお互いに気まずくなっちゃいそうだからさー」

「任せてヨ! いつにするノ?」

「うーん、それはまた帰って連絡するね。スケジュール帳、家に置いてきちゃったからさー。じゃ、また帰ってから連絡するから! またね!」

「ウン、また後でネ!」

 

 二人はお互いに背を向けて歩きはじめる。

 エレナは夕日の影の中に、恵美は夕日に照らされた道に。

 

 次に会える日を楽しみにしながら、彼女たちはそれぞれの帰路につくのであった。

 

 

 

 

 




恵美が良悟の学校を特定したのは、制服からですね

さて、こちらは連載ということで、最低週一回のペースで更新させていただきます。

感想、コメント、評価、お気に入り登録などなどお待ちしております



また、前作に「馬場このみのリフレイン」「オールドマンの歴史博物館、ロコナイズと共に」というミリマスSS二作があるので、そちらもよろしければ是非


それでは、また次話にてお会いしましょう
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。