余滴は星彩に溶けて   作:沖縄の苦い野菜

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第六話 ワガママを凍らせて

 砂時計を見ているかのようだった。

 幼い時分、ひっくり返すと砂が落ちる仕組みに目を輝かせて、心の底から楽しんでその光景を見ていた。ピンク色の砂がサラサラと落ちていくさまが、まるで星が散りばめられた空のように、とてもきれいだと思った。

 

 しかし、それも五回目になれば飽きていた。きれいだと思っていたピンクの砂も、公園の砂場のものと同じように映った。退屈で、何がよかったのかもわからない。

 

 情熱は砂時計だ。

 サッカーへの熱意の砂は、試合から敗退したことで切れていた。これからどうすればいいのか分からず、途方に暮れている。

 ミスを繰り返さないための練習。チームワークを高めるための紅白戦。結果を確かめるための練習試合。だが、結果を示すための舞台は遠かった。

 

 それでも、ひっくり返せば何事もなく砂は落ちる。

 

「……やることは、やってみせる」

 

 だから今は、少しだけ休ませてほしいと。

 机の上に置いた黒い砂時計をひっくり返して、砂を落とし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ショッピングモール、というものは便利なものだった。

 いちいち街の中を歩き回らなくても、その建物の中だけで大体のことが解決する。買い物にしても、食事にしても、遊ぶにしたってゲームセンターが入っていれば問題ない。

 

 とりあえず、無難な選択肢。まずはお互いに交流を重ねるところから。そう考えて、良悟は恵美をショッピングモールに誘った。

 

「やっほ! また待たせちゃったかな?」

 

 特にやることもなく、漠然と空を眺めているときに声を掛けられる。恵美だった。紺色の英文字ロゴが入ったTシャツの上からボーダーのテーラードジャケットを着込み、ボトムスにカットオフショートデニムを履いている。健康的なカジュアルファッションに、持ち前の快活な笑顔が眩しい。そんな彼女に、良悟はほんの一瞬、空白の時間を作った。

 

「――っ、いや。約束より早くて、危うく俺が待たせるところだった」

 

 一拍遅れての答えに、恵美は「よかったー」と気にした風もなくほっと息をついていた。

 

「あっ、その服ってこの前買ったやつ! すっごい似合ってるじゃん!」

「まぁ、最近暑くなってきたから。……恵美もよく似合ってるな。明るい感じがする」

「でしょでしょ? ほらっ、ボーダーのこれとか、ペアルックって感じでイケてるでしょ?」

 

 そう言われて自分の格好を見返してみれば、ボーダーのシャツを着てはいるものの、上着は白無地の七分袖だ。

 

「いや、ペアルックって無理が……ていうか、俺がこれ着るのわかってたの?」

「何となくそうじゃないかなーって。暑くなってきたから、この前のやつ着てくるかもってね」

 

 ニカッと得意げに笑う恵美に「ほらいこっ!」と手を引かれる。不意を突かれたが、それでも彼は慣れた様子で彼女の横に並んで歩き始める。

 

(まだ何もやってないのに、楽しそうだな)

 

 今にも鼻歌でも口ずさみそうな笑顔だ。少しの自信に、ほどよく脱力した無垢な表情。

 この笑顔が自分といることで出ていると思うのは、高望みだろうか。

 

 考えているうちに、ふと恵美と良悟の視線がぶつかると、彼女は不思議そうに首をかしげた。

 

「リョーゴくん? どしたの、アタシのことジッと見て」

「……そんなにジッと見てたか?」

「見てた見てた。穴が開くくらいジーっと。アタシの顔に何かついてた?」

「いや、そうじゃない。まだ何もやってないのに、楽しそうだなって」

 

 今度こそ、恵美の瞳が不思議そうに疑問で染まった。くりんとした瞳でしばらくジッと良悟を見つめると、彼女は楽しそうにクスクスと喉を鳴らした。

 

「そりゃ、好きな人と一緒にいるんだから。楽しいに決まってるっしょ!」

 

 思わず足が止まった。当たり前のように、それでいて恥ずかしそうに頬を染めてはにかむ恵美に視線を惹かれた。

 これだけ臆面もなく、それなのに恥ずかしそうに。そんな気持ちの伝え方があるなんて、良悟は全く知らなかった。自分にないその様子が、眩しく見えてしまう。

 

「それなら、俺も気張らなくていいな」

 

 力を抜いた途端、思わず頬が緩んでいくのが自分でわかった。彼女相手なら、もう引き締める必要もないのかもしれない。

 

「そうそう。楽しんでいこうよ、ねっ?」

 

 恵美が振り返った途端、良悟の口元は気取った様に緩められていた。

 彼女の年相応の、悪戯っ気のある笑顔を受けて、彼は肩をすくめて頷いて見せた。

 

「そうだな」

 

 良悟が歩き始めると、恵美も前を向き彼の手を引いて先導し始めた。そんなときに限って、表情は柔らかく綻ぶものだった。

 

 最初に寄ったのは化粧品売り場だ。重みの乗ったフローラルな香りが鼻につく空間で、恵美は試しにと手の甲に試供品を塗ってみたり、スキンケアを良悟に奨めてそれを試しに使ってみたりと。男性用のコスメの話をされた時など、良悟にとっては目から鱗が落ちる思いで恵美からの説明を聞いていた。

 化粧品に対する知識を豊富に持つ恵美に、良悟が質問を投げかけて、恵美が答える。それでさらに興味が広がればより深い質問をして、恵美がわからないときはその道のプロ、店員から話を聞く。そんな時間も思いの外楽しいもので、見終わるころには1時間が経っていた。

 

「いやー、まさかリョーゴくんがこんなにスキンケアに入れ込むとは思わなかったなー」

「男物があるって聞くと、何となく気になったんだ」

「それで買っちゃうあたり、イイお客さんだよね」

 

 恵美の視線が、黒を基調とした上質な紙袋を持っている良悟の左手に落とされる。サイズこそ小さいものの、お高そうな雰囲気に思わず苦笑が漏れる。

 

「ダメだったら、また他のやつを探すから。横歩くなら、努力くらいしないとな」

 

 結果は知らんけど、と良悟は挑戦的な笑みを口元に描いた。

 

「横歩くって?」

 

 しかし、そんな良悟の言葉は伝わっていなかった。こてん、と首をかしげて不思議そうに良悟を見つめる恵美。まじか、と良悟は思わず恥ずかしさのあまり天を仰いでみれば、白い天井ばかりが目の前に広がった。

 

「いや、まさかわざとか? わざとなのか? からかってたりする?」

「……えっと、どゆこと?」

 

 戸惑いを含む声音、不安そうに弱弱しくなっていく視線。本当にわかっていない様子に、良悟は思わず手で顔を覆った。この羞恥の中、言うべきか言わざるべきか。

 ちらり、と指の隙間から恵美を覗いてみれば、時間が経つにつれて表情に愁いが帯びていく。

 

「……恵美とだよ」

「――へっ?」

 

 とうとう、観念したように良悟は声を絞り出した。思わぬ声に恵美が間の抜けた声を上げると「だからっ」と良悟は恵美の目をまっすぐ見つめて、それでいて顔を真っ赤にしながらはっきりと告げた。

 

「恵美の隣歩くために、努力するってんだよっ。――ああ、もうっ、こっぱずかしいっ!」

 

 それだけ言い切ると、良悟は再び顔を伏せて片手で顔を覆ってその場に立ち尽くした。

 もはやヤケクソな告白まがいの言葉に、恵美はしばらくぽかんと固まった。何を言ったのか、噛み砕くように頭の中で反芻して、整理して。理解した瞬間、目を見開いて口に手を当てた。

 

「えっ、アタシ!? むしろアタシの方が努力する側っていうか――」

「いや、お前……お前ぇ」

 

 良悟はここでようやく、恵美がどういう人間なのかを少しだけ理解した。同時に、これは自分の天敵なのではないだろうか、とさらに頭を痛めた。

 

(自己評価……低っ!)

 

 どうしてそうなった、と良悟はとうとう顔ではなく頭を抱えた。恥ずかしさなど、今知った衝撃の事実の前には消し飛んだ。どうしてそんなイケイケなギャルみたいな見た目で、と。頭を悩ませても、答えはまったくわからない。

 

(こんだけ自己評価低いってことは……まっすぐ言葉ぶつけないと悪い方に曲解しそうだ。……あぁ、だから服買いに行った時も、自分の格好気にして――マジか)

 

 思い出せば思い出すほど、恵美という少女は自己評価が低いのだという事実を突きつけられる。自分のことで褒められるとなると、途端に鈍感になっているような気がしてならない。自己評価が低すぎて、婉曲な言葉ではそれが褒め言葉だと自覚できないのだ。

 

 つまり、良悟に求められる恵美への褒め言葉は、直球だ。サッカーに例えるならキーパーに向けてボールを蹴る勢い。野球に例えるならド真ん中のストレート。

 

(まっすぐな言葉なんて、ガラじゃねぇんだよ……!)

 

 それでも、そんなまっすぐな言葉じゃなければ相手には伝わらない。言葉は、正確に伝わらなければ意味がない。恥ずかしい気持ちが消えるわけではない。それでも伝わらないよりはマシなのだと、自分に言い聞かせて。

 

「お試しとはいえ、彼氏やってんだ。相手に恥かかせられないだろ」

 

 彼はぶっきらぼうにそう言った。恥ずかしさには勝てず、恵美と名指しすることはできなかった。その事実は妙に据わりが悪いもので、「あー」とうめき声のように喉を鳴らすと、早口に言葉を紡ぎ出した。

 

「俺が恵美に追い付こうとしてるんだ。俺が後ろにいるんだ。だから、ドーンと構えていればいいんだよ」

 

 不安になる必要なんてない。卑下することは何もない。十分素敵なんだ、と伝えたい言葉は、喉を詰まらせないよう勢いのままに飛び出したものだ。

それでも、彼にとっては精一杯の、自分に至る限りを尽くした言葉である。

 

 自分の言動を振り返って、なんていい加減なんだ、とすぐさま自己嫌悪に頭を抱える。もっと言葉があっただろう、とか。優しい言い方もあっただろう、と。口に出した後に限って、その具体案が頭の中でグルグルと蠢いてやまない。言い直そうと口を開くと、途端に喉に言葉が詰まって頭が真っ白になる。

 

「リョーゴくん」

 

 パン、と背中を強めに叩かれる。正気に戻ったようにハッと恵美の方に顔を向けてみれば――

 

「もー、自己評価低すぎだってば! イケメンなんだから、堂々としてるだけで様になってるって!」

 

 ――気軽な様子で笑いかけてくる彼女の顔があった。

 

「……いやお前が言うな!」

 

 フランクな笑顔に面食らったのも一瞬のことだ。すぐに感情が言葉となって飛び出すと、恵美は「えー?」と冗談交じりに抗議するような声を出しながら、からかうように笑いかけてくる。

 

「こんのっ。ああ、もう! 次行くぞ次!」

 

 そういいながら、良悟は恵美よりも一歩先に出た。恵美もその後に続きながら、意地悪な笑みを浮かべて彼の顔をジッと後ろから見守った。

 

 しかし、そんな笑顔もふと、優しく綻ぶ瞬間があった。

 

「――サンキュ」

 

 そんな小さな呟きは、果たして届いたのか。良悟はそれからむすっとそっけない態度で、決して口を開くことはなかったが。

 小さく、まるで舟をこぐように曖昧に、首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

「――あっ」

 

 そんな言葉は、誰の口から飛び出したものだったか。

 最初の集合場所のショッピングモールから出て、街中の服屋の開拓をしようという話になって外を歩いていた時。

 

 偶然にも、彼女たちと道端でばったりと出くわしてしまった。

 

「エレナ?」

「恵美?」

「あれ、琴葉にエレナ? わっ、すっごい偶然!」

 

 最初に飛び出したのは恵美だった。地毛なのか赤色に近い茶髪を持つ少女琴葉と、エレナの方にすぐに近づくと「どーしたのここで?」と世間話に入る勢いだ。

 

「……まったく」

 

 良悟は道の邪魔にならないように、少しだけ恵美と距離を詰めて。しかし一歩引いた場所から少女たちの様子を見ることにした。

 琴葉はそんな良悟に一瞬、いぶかしむような視線を向けると、すぐに恵美の方に視線を戻した。

 

「私たちは一緒にショッピングかな。……ところで、そちらの方は?」

「ん? あ、そっか。琴葉とは初めてだったね」

 

 しかし、早くも良悟に再び視線が集まった。琴葉は少し警戒するように、恵美はウィンクと共に自己紹介を促してくる。

 

「……あー、まぁ。エレナと幼馴染で、恵美の彼氏やらせてもらってる、新田良悟です」

「あっ、これは失礼いたしました。私は田中琴葉といいます。恵美やエレナとは――親友です。……彼氏? 彼氏っ!?」

 

 ぐりん、と力強い視線がすぐさま恵美の方に向けられる。その勢いに思わず恵美が一歩引くと、逃がさないとばかりに琴葉に両肩を掴まれた。

 

「恵美? ちょっとお話ししましょう」

「え、えっと琴葉? どしたの、なんか怖いよ?」

「恋愛は、私も自由だと思う。でもね、もっと警戒心とか――」

 

 恵美が少しずつ、琴葉たちの側に連れていかれる。その様はなんというか、誘拐現場を見ているような複雑な心象を抱く一方で。良悟は内情をしっているがために、もはやシュールギャグのような有様に映っていた。

 

「くっ、くくく……!」

 

 良悟は口元を抑えて必死に笑いを押し殺すが、恵美にはどうやら聞こえていたようで振り向きざまに視線で訴えられた。その視線に、良悟は笑いを押し殺したまま首を横に振ると、その顔からサッと血の気が引いていく。そしてよそ見をしたものだから、「恵美?」と琴葉に咎められてさらに顔を青くする始末。とうとう、良悟も「かはっ!」と吹き出してしまった。

 

「新田さん? 恵美がアイドルをやっているのはご存知ですか?」

 

 その挙動を、琴葉は見逃さなかった。真剣な視線を突然向けられて、途端に良悟も笑いが引っ込んだ。代わりに感じたのは「あっ、やばい」という確信に近い危機感だ。

 

 良悟の視線が恵美の方に走る。

 恵美も、良悟の方に視線を向けていた。ただし、こちらは悪戯に成功した子どものように笑いながら「一緒に怒られよっ?」と語りかけてくる。

 

(……まぁ、一緒に説教食らうのも確かにありだけど。初回デートなんだし)

 

「恵美、走るぞ!」

「えっ、ちょ――」

 

 良悟は恵美に声をかけて走り出すと、琴葉から恵美を掻っ攫って支えながら走り出した。「あっ、ちょっと――!」と手を前に出して制止を促す琴葉だったが、追ってくるようなことはなかった。

 

「説教はエレナ通して受けまーす!」

 

 そんな捨て台詞と共に、良悟と恵美は街中に走り去っていってしまった。

 琴葉はそんな様子を呆気にとられて見送ると、ひとつため息をついた。

 

「私たちも行こう。――エレナ?」

 

 あきらめて、自分たちも休日を満喫することに意識を切り替えた琴葉は数歩踏み出してから、エレナがついてきていないことに気が付いた。思わず振り返ってみてみれば――

 

「コトハ」

「――どうしたのエレナ!?」

 

 どこか痛いの、何かあったの、と琴葉は慌ててエレナに聞いた。体調が悪いのか、それともほかに何かあったのか。エレナの横で背中をさすりながら、はやる気持ちを抑えて応答を待った。

 

「なんだかネ」

 

 ぽつり、とエレナが小さな声でこぼした言葉。

 

 しかし、琴葉は耳よりも、彼女の表情に視線を釘づけにされていた。

 

「胸が、ちょっと痛くなってネ。でも、もう大丈夫だヨ」

 

 ――今にも泣きだしそうなほど脆く、それなのに嬉しそうに笑っている。背反する二つの感情が、彼女の表情を歪に彩っていた。

 

「……本当に、大丈夫?」

「ウンっ」

 

 今にもひび割れてしまいそうな表情を、果たしてエレナ自身は自覚していたのだろうか。

 エレナの肯定の返事に、琴葉はそれ以上口をはさむことができなかった。言葉で触れてしまえば、今すぐにでも崩れてしまいそうな危うさがあり、迂闊に踏み込むことを躊躇わせた。

 

 だから。

 

「……そうだ。エレナ、この前話題になっていたクレープ屋さん行ってみない?」

 

 甘いものを食べて、少しでも気を紛らわせようと。

 琴葉はエレナの手を引いて、記憶を頼りにクレープ屋へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。あぁー、急に走り出さないでよー!」

 

 もう追ってこれないだろう、という場所まで走り抜けて。ようやく止まると、恵美はひとつ息を吐くと良悟に笑いかけながら形だけの文句を投げつけた。

 良悟もそれに「悪い悪い」と軽口を叩くように返すと、ニッと得意そうで小憎たらしい笑みを浮かべた。

 

「でも、ちょっと楽しかっただろ?」

「ぷっ、確かに。琴葉がぽかんって呆気にとられちゃって!」

 

 恵美もつられて笑い、上機嫌に軽口を叩いた。

 それなりの距離を走ったが、お互いに肩で息をするようなことはない。少しだけ汗をかいた程度で、二人は平然と、示し合わせたかのように同時に歩き出した。

 

「でも、ちょっと意外だったなー。リョーゴくんなら琴葉の話聞くと思ってた」

「まぁ、普段なら聞いてたな。友達想いの、良い親友を持ってるな」

「へー、わかるの?」

「大体だけど。本気で恵美を心配してるようだったし、悪気はないんだろ」

「琴葉はちょっと心配症だからさー。でも、それならどーして逃げたの?」

「初デートだからな。こっち優先しても、初回だけは無罪放免だろ」

 

 普段なら絶対に出ない言葉が、良悟の口から飛び出した。

 気が強くなっていた。思い切って恵美を連れて逃げ出したこともそうだが、走った後で頭に血が上り、多少の興奮状態にもあった。

 

「初デート……そっか。初デート」

 

 改めてそんな事実を言葉として聞いて、恵美は確かめるように繰り返し呟いた。良悟に聞こえないほど小さな声で、照れ笑いを浮かべながら。

 

「――まぁ、エレナのことは少し気にかけてやってほしい」

「えっ」

 

 笑顔は引っ込み、恵美の表情から色が抜け落ちた。

 良悟はそんな様子に気づかず、言葉をつづけた。

 

「なんか、調子悪そうだったからな。もしかしたら、何か抱え込んでるかもしれない。その時は、親友としてよろしく頼む」

 

 ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走る。

 

「どうして、わかったの?」

 

 震えた言葉が、喉の奥から這うように出てきた。自分の腕をつかんで、震えた瞳は良悟の顔に向けられる。

 

「どうしてって。そりゃまぁ――」

 

 良悟が振り向いて、恵美の方を見ると。

 彼はちょっぴり幼い、あどけない少年のように柔らかで優しい笑みを浮かべて言った。

 

「――幼馴染だからな」

「あっ――」

 

 恵美にとって、目の前の良悟の笑顔は、あまりに残酷な現実そのものだった。

 手を伸ばせば、確かに届く。触れられる。今から思い切れば、きっとキスだって出来てしまう。それくらい、彼の笑顔は近くて。

 

 それなのに、その笑顔は恵美に向けられたものではない。どこまでいっても、その笑顔は彼女のための笑顔じゃない。

 だって、エレナも言っていた。

 

『照れて、笑顔は隠しちゃうけどネ』

 

 この笑顔は、見えてしまうから遠いんだ。見えてしまったら、ダメなのだ。

 だってそれは、自分に向けられた笑顔じゃないから。

 

 笑顔の距離は近いのに、あまりにも遠すぎた。

 

 

 

 それだけじゃない。

 エレナと親友だと思っていたのに、そんな親友のことに気づけなかった自分にも、腹が立つ。自分のことばかりで、親友のことにちっとも気が回らなかった自分が、愚かしくて、舞い上がっていたことが滑稽で。

 

 ――どうして、そんなに遠いの?

 

 親友としての距離も負けていて。

 笑顔の距離もまだ遠くて。

 

 

 

「ま、それだけ。それじゃ、次行くぞ」

 

 無意識に伸ばされていた恵美の手を、良悟はしっかりと握って、優しく引っ張った。足がもつれず、自然と歩き出せる絶妙な力加減だ。

 気が付けば、恵美は良悟に手を引かれて危うげなく歩いていた。まっすぐ伸びた背中は、やけに大きく彼女の瞳の中に刻み込まれる。背中が大きく見えるのは、自分が小さくなっているせいなのか。

 

 それでも、恵美は自分の想いを手放せない。

 例えその笑顔が誰かに向けられたものであったとしても。彼女はその笑顔こそが大好きで。誰かにかけられる細かな気遣いを向けられると嬉しくて、誰かに振りまくその姿を誇らしく思っているから。

 

 ――それを全部アタシに向けてって、ワガママだよね。

 

 だから、そんな願いは心の奥底にそっと封じ込める。

 そして絶対に振り向かせてやるんだ、と前を向いて。

 

 

 

 良悟に手を引かれながら、彼女は力強く踵を鳴らして一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 




刻一刻と、物語は進んでいきます
少年と少女たちとの距離は、あまりにも根深い問題だった
自分にはないものだから、思わずそればかりが目立ってしょうがない。

この物語は、何度も言いますが間違いなく純愛です。

どうか、最後までお付き合いいただければ幸いです。
それでは、次話にてお会いしましょう
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