今回は少し短めですが、それでもお楽しみいただければ幸いです
感想コメント、お気に入り登録など、執筆している最中の活力となり、大変ありがたく思っております。
それでは、本編をお楽しみくださいませ
エレナの指先が宙を這ったとき、それを見ていた誰もが思わず顔を赤く染めた。
まるで誰かの胸に指を走らせ求愛しているような、艶やかで情熱的な指先。
縋るように、求めるように流れる視線は、切なくも強い色香を漂わせ。
女性としてしなやかに舞い踊る肢体には、同性の視線さえ釘付けにする魔力があった。
見てほしい、と訴えかけるような踊りだった。
なめらかで、指先まで柔らかく宙を滑り、身体のラインを美しく動かすステップ。
エレナが動くたびに、彼女の揺れる胸に、美しい線の臀部に視線が釘付けにされる。
下品、とは誰も思わなかった。
観衆のひとりになっていた恵美からは、ただただ美しく思えた。月みたいに物静かな踊りなのに、中身は真夏の太陽みたいに情熱的で――
――ワタシを見て
――ワタシだけに釘付けになって
――言葉なんていらないから
――今だけはワタシから目を離さないで
そんな声が頭の中に流れ込んでくる。
足音の代わりに、踊りに込められた想いが聞こえてくる。
見ているだけで、伝わってくる情熱に焦がされるように、心が大きく燃え広がっていく。
大きく動いていないのに、一挙一動にこもったエネルギーがわかる。その手が、足が動くたびに心が揺さぶられた。
エレナの動きが止まった時、それが踊りの終わりだとは誰もが気づけなかった。
紺碧の瞳はどこか遠くに、鋭く確かな視線を向けている。
「――っ」
エレナの瞳の中を見ようと注視した時、恵美は思わず目をつむって息をのんだ。
彼女の瞳の中に、太陽が爛々と輝いているように見えた。燃え盛る炎よりも確からしく、触れてしまえば自分が燃え尽きそうな灼熱がこもった瞳。
――それは、覚悟を決めた瞳であった。
「エレナすごいじゃん! あの先生がべた褒めなんて! アタシなんて褒められたこともないのに」
ダンスが終わった後のエレナは、ダンスレッスンの先生が声をかけるまでずっと、どこか遠くを見つめていた。先生が声を掛け、手を鳴らすことでようやく、レッスン室にはいつもの空気が流れ始める。
まるで、エレナのかけた魔法が解かれたかのような空気の変化。
その後に、先生は恵美の言った通り、エレナのダンスを絶賛した。締めの言葉は「最高のパッションよ」と。
「んー、ワタシは実感がないヨ」
「えー、あんなにすごい踊りしたのに?」
エレナは小首をかしげると、困ったように笑ってみせてから、首を横に振った。
「ちょっと、考え事しながら踊ってたからネ。あまり実感がないナーって」
「考え事……」
――まぁ、エレナのことは少し気にかけてやってほしい――
胸が痛くなった。顔が思わず下を向いた。
想い人が他の誰かを気にしている嫉妬。それも確かに、多少はある。
けれど、恵美は何よりも悔しいと感じた。
「エレナ。何か悩み事とかあるなら、気楽に相談していいからね?」
いくら幼馴染相手といえども、親友が何かを抱え込んでいることを察知できなかったことが、ただただ悔しかった――!
だから、彼女は顔を上げた。
恵美の明るい、いつもの調子の言葉に、エレナは「うーん」と悩むそぶりを見せた。
言いにくいことなのかな、と恵美が心配そうにエレナを見つめていると。
「相談は、もうちょっと後でいいかナ?」
返ってきたのは、相談事を言うわけでもなければ、断るでもなく、相談の先延ばしだ。
恵美はその答えに目を開いて驚きはしたものの、エレナの意思を尊重してしっかりと頷いて見せた。
「本当に、何でも相談していいからね? 溜め込むよりは絶対にいいんだからさ!」
「……うん。ありがとう、メグミ」
エレナは静かにそう言うと、寂しそうにふと目を伏せた。
恵美はその様子を、ただ静かに見守った。
「メグミ」
「ん、なに――っ」
ようやくエレナが顔を上げて口を開いたとき。
彼女は今にも消えてしまいそうな弱り切った笑顔を浮かべていた。
恵美は思わず胸に手を置いて、息を詰まらせた。
今までそんな姿のエレナを見たことがなかったのもそうだが、恵美はそんな笑顔を浮かべるエレナが「嫌い」だと、直感的にそう思った。
「次、相談するときは……きっと、メグミに嫌な思いをさせちゃうヨ。それでも――」
「相談していいよ。うんにゃ、絶対に相談して」
恵美はエレナの肩を掴むと、まっすぐ彼女の目を見て宣言するように言いのけた。
「どんなことでも。アタシが傷ついちゃうようなことでも、ひとりで抱え込まないこと!」
エレナはそんな恵美の言葉に、虚を突かれたようにポカンと空白の時間を作った。
その間、恵美はずっと真剣な眼差しで、エレナのことを間近で見つめ続けた。
「――うん。うん!」
彼女は何度も強くうなずいてみせた。目じりに涙を浮かべながら、ヒマワリのように快活な表情が咲く。
「メグミには絶対に相談するヨ。約束だネ!」
「よしっ、約束だよエレナ!」
恵美とエレナが固い握手を交えた。お互いに明るく笑い合いながら。掌からは優しさを感じ合って、心を温めた。
エレナに笑顔が戻ったことに恵美は安堵して。
恵美と約束したエレナは――
「それじゃ、帰ろっか!」
恵美は先に、レッスン室から出ていった。そんな彼女の後姿を見ながら、エレナの表情が柔らかく綻んだ。
「メグミにも、ちゃんと伝えるヨ」
誰にも聞こえないようにポツリと呟くと、彼女はひとり頷いて、恵美の後に続いた。
レッスン室の鏡は、最後までエレナのまっすぐな姿勢を映し出していた。