余滴は星彩に溶けて   作:沖縄の苦い野菜

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第七話 決まり切った約束を

 エレナの指先が宙を這ったとき、それを見ていた誰もが思わず顔を赤く染めた。

 

 まるで誰かの胸に指を走らせ求愛しているような、艶やかで情熱的な指先。

 縋るように、求めるように流れる視線は、切なくも強い色香を漂わせ。

 女性としてしなやかに舞い踊る肢体には、同性の視線さえ釘付けにする魔力があった。

 

 見てほしい、と訴えかけるような踊りだった。

 なめらかで、指先まで柔らかく宙を滑り、身体のラインを美しく動かすステップ。

 

 エレナが動くたびに、彼女の揺れる胸に、美しい線の臀部に視線が釘付けにされる。

 

 下品、とは誰も思わなかった。

 観衆のひとりになっていた恵美からは、ただただ美しく思えた。月みたいに物静かな踊りなのに、中身は真夏の太陽みたいに情熱的で――

 

 

 

 ――ワタシを見て

 ――ワタシだけに釘付けになって

 ――言葉なんていらないから

 

 ――今だけはワタシから目を離さないで

 

 

 

 そんな声が頭の中に流れ込んでくる。

 足音の代わりに、踊りに込められた想いが聞こえてくる。

 

 見ているだけで、伝わってくる情熱に焦がされるように、心が大きく燃え広がっていく。

 大きく動いていないのに、一挙一動にこもったエネルギーがわかる。その手が、足が動くたびに心が揺さぶられた。

 

 

 

 エレナの動きが止まった時、それが踊りの終わりだとは誰もが気づけなかった。

 紺碧の瞳はどこか遠くに、鋭く確かな視線を向けている。

 

「――っ」

 

 エレナの瞳の中を見ようと注視した時、恵美は思わず目をつむって息をのんだ。

 彼女の瞳の中に、太陽が爛々と輝いているように見えた。燃え盛る炎よりも確からしく、触れてしまえば自分が燃え尽きそうな灼熱がこもった瞳。

 

 

 

 ――それは、覚悟を決めた瞳であった。

 

 

 

 

 

 

「エレナすごいじゃん! あの先生がべた褒めなんて! アタシなんて褒められたこともないのに」

 

 ダンスが終わった後のエレナは、ダンスレッスンの先生が声をかけるまでずっと、どこか遠くを見つめていた。先生が声を掛け、手を鳴らすことでようやく、レッスン室にはいつもの空気が流れ始める。

 まるで、エレナのかけた魔法が解かれたかのような空気の変化。

 その後に、先生は恵美の言った通り、エレナのダンスを絶賛した。締めの言葉は「最高のパッションよ」と。

 

「んー、ワタシは実感がないヨ」

「えー、あんなにすごい踊りしたのに?」

 

 エレナは小首をかしげると、困ったように笑ってみせてから、首を横に振った。

 

「ちょっと、考え事しながら踊ってたからネ。あまり実感がないナーって」

「考え事……」

 

 ――まぁ、エレナのことは少し気にかけてやってほしい――

 

 

 

 胸が痛くなった。顔が思わず下を向いた。

 想い人が他の誰かを気にしている嫉妬。それも確かに、多少はある。

 けれど、恵美は何よりも悔しいと感じた。

 

「エレナ。何か悩み事とかあるなら、気楽に相談していいからね?」

 

 いくら幼馴染相手といえども、親友が何かを抱え込んでいることを察知できなかったことが、ただただ悔しかった――!

 

 だから、彼女は顔を上げた。

 恵美の明るい、いつもの調子の言葉に、エレナは「うーん」と悩むそぶりを見せた。

 言いにくいことなのかな、と恵美が心配そうにエレナを見つめていると。

 

「相談は、もうちょっと後でいいかナ?」

 

 返ってきたのは、相談事を言うわけでもなければ、断るでもなく、相談の先延ばしだ。

 恵美はその答えに目を開いて驚きはしたものの、エレナの意思を尊重してしっかりと頷いて見せた。

 

「本当に、何でも相談していいからね? 溜め込むよりは絶対にいいんだからさ!」

「……うん。ありがとう、メグミ」

 

 エレナは静かにそう言うと、寂しそうにふと目を伏せた。

 恵美はその様子を、ただ静かに見守った。

 

「メグミ」

「ん、なに――っ」

 

 ようやくエレナが顔を上げて口を開いたとき。

 彼女は今にも消えてしまいそうな弱り切った笑顔を浮かべていた。

 

 恵美は思わず胸に手を置いて、息を詰まらせた。

 今までそんな姿のエレナを見たことがなかったのもそうだが、恵美はそんな笑顔を浮かべるエレナが「嫌い」だと、直感的にそう思った。

 

「次、相談するときは……きっと、メグミに嫌な思いをさせちゃうヨ。それでも――」

「相談していいよ。うんにゃ、絶対に相談して」

 

 恵美はエレナの肩を掴むと、まっすぐ彼女の目を見て宣言するように言いのけた。

 

「どんなことでも。アタシが傷ついちゃうようなことでも、ひとりで抱え込まないこと!」

 

 エレナはそんな恵美の言葉に、虚を突かれたようにポカンと空白の時間を作った。

 その間、恵美はずっと真剣な眼差しで、エレナのことを間近で見つめ続けた。

 

「――うん。うん!」

 

 彼女は何度も強くうなずいてみせた。目じりに涙を浮かべながら、ヒマワリのように快活な表情が咲く。

 

「メグミには絶対に相談するヨ。約束だネ!」

「よしっ、約束だよエレナ!」

 

 恵美とエレナが固い握手を交えた。お互いに明るく笑い合いながら。掌からは優しさを感じ合って、心を温めた。

 

 エレナに笑顔が戻ったことに恵美は安堵して。

 恵美と約束したエレナは――

 

「それじゃ、帰ろっか!」

 

 恵美は先に、レッスン室から出ていった。そんな彼女の後姿を見ながら、エレナの表情が柔らかく綻んだ。

 

「メグミにも、ちゃんと伝えるヨ」

 

 誰にも聞こえないようにポツリと呟くと、彼女はひとり頷いて、恵美の後に続いた。

 

 

 

 レッスン室の鏡は、最後までエレナのまっすぐな姿勢を映し出していた。

 

 

 

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