進行度1-1
夢を見た。私じゃない、誰かの記憶。
目の前に立ち塞がるのは、長身な自分が見上げる程に大きな、一匹の竜。
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ピリピリとした緊張感で張り詰めた空気を肺に入れ、自身に気合いを入れるため。部下達を鼓舞するため。喉が張り裂けそうなほどの雄叫びをあげる。
「ぉぉぉぉおおおおおお!!!!!」
そして竜に向かって走り出し、皺が目立つ手で握りしめた剣を竜の腕を目掛けて振るうと、金属同士がぶつかり合うような、鈍く、甲高い音が、洞窟内に響き渡る。
渾身の力を込めて振り下ろした
「まだ……!!」
更なる一撃を振るわんと、僅かに痺れる腕を振り上げた時、まるで羽虫を追い払うかのごとく、竜が軽く前足を動かす。
竜からしたら、軽く払う程度だったのだろう。しかし、
慌てて反対の手に持った鉄盾で防ぐと、ミシミシと盾と腕が軋む音をたて、地面に足がめり込み、それでも殺しきれなかった衝撃で後ろに弾き飛ばされる。
グッと歯を食い縛りながら体勢を立て直そうとするが、まるで身体の節々が、油の切れたゼンマイになってしまったかと思えるほどぎこちなく、一挙一動にキレがない。
───勝てない。
部下の誰かが小さな声で呟いた言葉は、洞窟内で大きく木霊し、勇気で塞いでいた心の蓋を、少しずつ開いていく。
「勝てない!」「竜には勝てない!」「王は衰えた!」「死ぬのは嫌だ!」「逃げろ!」「逃げろ!!」
一度吹き出した弱音は
「「「逃げろ!!!」」」
そして限界まで膨らんだ風船が弾けるかの如く。洞窟内に響かせた雄叫びよりも遥かに大きな悲鳴を上げ、絶対的な力を持った竜に背を向け、逃げ出した。
ある者は、情けない悲鳴をあげながら。
ある者は、赤子のように泣きながら。
ある者は、謝罪の言葉を背中に貼り付けながら。
その光景を、じっと見つめ、
夢の終わりを告げる鐘が鳴り響く。
なんだか悲しい夢を見ていた私を、電子的なアラーム音で無理やり現実に引っ張り出してきた朝の事。
「う……あふぅ……」
寝起き特有の沸き上がる眠気をあくびで噛み殺しながら、両腕を思いっきり伸ばす。
グッと身体を伸ばすと、寝ている間に作られたエネルギーが身体中を駆け巡る感覚。一息つきながら力を抜いた時には、全身のスイッチがオンになっている感じが、私は結構好きだ。
ふうっ……と一息ついた所で、覚醒した頭の片隅に残っていた疑問を引っ張り上げる。
「……誰の記憶だろう?」
サーヴァントと契約したマスターは、時折サーヴァントの過去の記憶を夢に見ることはあるし、実際に何回か見たことはあるけど……
「剣と盾を持った……シワが目立つ、サーヴァント?」
契約したサーヴァント達の顔を思い出す。しかし、老齢のサーヴァントは何人か思い浮かぶが、その中で剣と盾を持つサーヴァントには心当たりがない。
「前に読んだマンガか小説の光景?」
さらに深く記憶の海に潜ろう準備を始めたのだが、海面でプカプカと浮かぶ大事な用事を見つけた。
「あ! 時計時計!」
こっちに気付いて欲しいと、電子音を鳴らし続けていた時計を慌てて止め、時計の液晶画面に表示された時間を確認する。
[AM 06:00]。朝の6時。カルデア全体の起床チャイムが鳴るのは朝の7時。
「……よし! ちゃんと起きれた」
目覚まし時計が予定通り鳴ってくれた事と、予定通りいつもより早く起きれたことに、ひとまず安堵する。
しかし、無事に早く起きたからといって、ゆっくりしている時間は無い。
「まずは顔を洗って、寝癖を整えなきゃ……」
必要最低限やらなければいけないことを小声で呟きながら、歯磨きに洗顔。寝癖の確認に着替えと、一つ一つ順序良く行動に移していく。
ちなみになのだが、私のカルデア内では起床のチャイムが鳴ると同時に、前日に決めたマイルーム担当が起こしに来る。そこから今やっている朝の準備を始めて、朝7時から始まる朝食を一緒に食べに行くのが通例だ。
「チャイムが鳴る10分前……少しは練習出来る!」
なのに何故。今日に限って。貴重な睡眠時間を一時間も削って。せかせかと準備をしているのかというと、
「『あ、おはよう!いや~今日はなぜか早起きしちゃって、朝の準備はもう終わっちゃったんだよね。だからさ、朝ごはんの時間まで食堂でお話しない?』」
こういう事である。
今日のマイルーム担当にだらしない寝顔を見られたくない。たくさんおしゃべりをしたい。一分一秒でも待たせたくない。
少しでも一緒の時間を過ごしたい。
やらしい気持ちなど微塵も無い。新品のYシャツのような、純白で純粋無垢な乙女心に従った結果である。
「も……もうすぐだ……!」
時計の針がもうじき7時を指す。
召喚部屋で初めて会って時から計画し、途中で妄想が暴走し始め、厨二病患者も思わず真っ赤になるなアツアツラブラブイチャイチャちょっとだけエッチい短編小説を一気に書き上げ、正気に戻ってからカルデア中に響き渡る雄叫びながら破り捨てる試練を乗り越え、苦節と苦悩の果てに出来た『朝起きてから夜一つのベッドで寝る(意味深)まで。様々なシチュエーションに対応したパーフェクトマニュアル─大丈夫。カルデアの攻略本だよ─』を見ながら、毎日夢に見るほどに脳内シミュレーションを繰り返したのだ。
練習は十分した。気合いフルチャージ済み。今の私なら、もう一度人理焼却が発生しても、冷静沈着に対応出来ると自負している。
「さぁ……いつでも来い!」
カチリ。キ(ガチャ)
(は……速い!?)
起床チャイムが鳴ると同時に扉が開いた。つまり、相手は部屋の前で待っていた。つまりつまり、私と同じで今日を待ち望んでいた!?
ならばその期待にぜひとも答えてあげましょう! 先手必勝!
「『あ、おはよう! いや~今日はなぜか早起きしちゃって、朝の準備はもう終わっちゃったんだよね。だからさ、朝ごはんの時間まで食堂でお話しない?』」
相手が口を開く前にこちらの要件を畳み掛けることにより、(なんとなく)断りにくい雰囲気を作り出す作戦。
相手によってはバッサリと一刀両断されるけど、前々から狙っていたサーヴァントは、見た目と違ってかなり優しいから大丈夫なはず……
顔は笑顔を保ちつつ、心臓は爆発するのではないかと早鐘を打ちながら、相手の返事を待つ。
「ますたぁ」
……あれ?
思っていたより格段に高い。いや、性別そのものが違う声が耳に届いた瞬間、頬に冷や汗が一筋流れ、今までとは正反対の意味で鳴り響く鼓動が聞こえた。
(聞き間違い……聞き間違えただけ……)
弾ける寸前の泡より儚い希望を胸に抱きながら、少しずつ閉じていた目を開いていく。
動きやすいように腰の辺りまでスリットが入った、緑を基調とした和服を着たサーヴァント。
「一に顔が好き!」
透き通った薄緑の髪を腰まで伸ばし、頭には人ならざるモノの象徴なのか、白い角が生えていた。
「二に声が好き!!」
クラスは待ち人と同じ
「もう全て好き!!!」
沖田さんの宝具詠唱のリズムに合わせ、ジリジリとこちらに近付く正妻系サーヴァント。
「愛の! 三段好き!!!」
愛に生き、愛に燃え、相手も燃やす、マスターラブな清姫ちゃんだった。
◇
「こふっ!」
「なんじゃ沖田。誰かに噂でもされたのか? ほれ、鼻セ○ブ」
「人の生死に関わる喀血を噂のくしゃみと同列に扱わないでください……ティッシュありがとうございます」
「最近暑くない? っていうか熱くない? 隣のボイラー室頑張りすぎじゃない? このままだったら室温で茶が立てれちゃうし! 茶々だけに!? はい、医神印のお薬」
「いえ、確かに暑いですし熱いですけど、それにやられた訳でも無いのですが……薬ありがとうございます」
「風邪か? 沖田ちゃんは風邪を引いたことが無いのだが……そうか。風邪を引くと血を吐いてしまうのか、大変だな。私からはおでんをあげよう」
「いや、風邪引いたからって簡単には喀血はしませんからねだいこんあっつう!」
「む、すまない。ふーふーするのを忘れていた。ふーふー……」
「そもそも血を吐いた人間におでん押し付けるのがまちがごぶっっ!!」
「ぎゃー! 沖田が致死量の血を吐いたー! 医者ー! 医神ー! 錬金術師ー! 婦長ー!」
「あーもう! とりあえず叔母上は部屋の隅で敦盛でも踊って落ち着くし! それに、最後のは呼んだらおしまいだし!」
「風邪には温かい食べ物が良いと聞いたのだが、違ったのか……(しょんぼり)」
「ちがわない……けど……いまは……ちが……う……」
「沖田ー!! 消える合図のあのキラキラした光を止めるんじゃー!! 沖田ー!!」
◇
ぐだぐだ組が命のかかったコントをしていた頃、私は当初の目的通り─相手は違うが─食堂で朝ご飯前のおしゃべりに花を咲かせていた。
「あ、そうだ。聞きたいことあるんだけど聞いてもいい?」
「私の事なら全てお話しますよ? 『すりーさいず』の『ばすと』は……」
「わー! 今は人が少ないけどそれは言っちゃダメー!」
「ご安心下さいませ。ますたぁの身体情報は完璧に把握しておりますので」
「なんで!? いつ知ったの!?」
「ふふふ……秘密です」
と言った、たまにラブサインやラブコールが入ること以外は何の変哲も無い会話を楽しんでいると、モフモフな両手で器用にお盆を乗せ、タマモキャットが朝ご飯を持ってきてくれた。
「むむ! なにやら女子力の高い会話をしているな、ご主人に清姫」
「おはようキャット。女子力高いって……ただ朝使った香水の話をしているだけなんだけど?」
「ますたぁから嗅いだことの無い匂いがしましたので、私が居ながら浮気をしていないか、ちょっと聞いていたただけのことです」
「無自覚に女子力を振り回すご主人に、
「そっか……それじゃあまた予定が空いたら皆でお茶会でもしようか」
「!! ご主人のその言葉でキャットのやる気スイッチはオン! メイド服はキャストオフ! あいつは置いてきた。これからの戦いにはついていけないからな!」
「なんかよく分からないけど、また予定聞かせてね~」
「了解だご主人。キャット……この戦いが終わったら女子会をするのだー!」
見るからにツヤツヤモフモフな尻尾と、全裸エプロン姿になったため丸出しになったお尻をフリフリと振りながら、上機嫌なままキッチンに戻っていったキャット。
お尻以外も見えそうになる背中を見送ったあと、エミヤが作ったのであろう、炊きたてのご飯にワカメと豆腐の味噌汁、食欲をそそる匂いを漂わせる焼き鮭に、お盆の端にそっと海苔が添えられた伝統的な和風な朝御飯。
「いただきます」
「いただきます」
二人一緒に手を合わせ、朝食を食べ始める。
箸で一口サイズにほぐした鮭を口に入れると、焼き鮭の香りと主張しすぎない程に振られた塩が顔を出し、寝惚けていたお腹が覚醒し、「もっとくれ」「もっとくれ」とおねだりをしてくるようだ。
その要求に答えるべく、炊きたてホカホカのご飯を一口噛み締める。瞬間、米の甘みが焼き鮭の余韻を優しく手に取り、至高のハーモニーを奏でる。
「はぁ……おいしぃ……」
思わず口をついた言葉に、清姫は柔らかな微笑みを返してくれた。
食堂のルールとして『食事中は私語厳禁』ということは決められていない――周りに迷惑をかける大声でのおしゃべりや戦闘は禁じられている――が、清姫は食事中に喋ることはない。
一応こちらから話しかければ答えてくれるが、こんなにも美味しい食事を中断して話すようなことではない。
(……食べ終わったら聞こうっと)
やはり日本人だからだろうか、身体がホッとする和食を食べ終わり、清姫に朝の疑問を再び聞いてみたところ、
「そうですね。私はますたぁがお部屋に戻られてからずっと部屋の扉を見つめておりましたが、今日の担当の方はいらっしゃらなかったですね」
とのこと。
一部のサボり癖があるサーヴァントとは違い、決められたことはきちんとこなすタイプなはず。それなのに来なかったと言うことは、何かの事情があったに違いない。
なぜ来なかったのか。なぜ来られなかったのか。その原因を探るべく、朝食を食べ終えた私は用事があると告げて清姫ちゃんと別れ、彼が良く通うトレーニングルームに向かった。
……最初の所以外、老王ベオウルフ出ないですね(汗)
次から少しは顔を出せる……かな?
追記(2/25)
ぐだちゃんを早起きにしました。愛の力だね……