「おぉマスター。おはようございます! 今日もこちらを見学ですかな?」
トレーニングルームの扉を開けると、丁度休憩中だったのか、部屋の中央に据え付けられたベンチに座っていた男性がこちらに気付いて声をかけてきた。
鍛え抜かれた鋼の筋肉を、今しがたかいたであろう爽やかな汗でコーティングし、首から汗拭き用タオルをかけた好青年。普段は鉄仮面に覆い隠されている顔は、今は少しだけ緩んでいた。
「おはようレオニダス。見学……というか、ちょっと人を探していてね」
少し動く度に「ムキッ」「ムチッ」っと効果音が聞こえてきそうなレオニダスの筋肉に視線が釘付けになりそうなのを、脳内にある筋肉フォルダに静画と動画でしっかりと保存する事でなんとか回避する事に成功。そのままレオニダスの筋肉から視線を外せた流れで、トレーニングルームの中をぐるりと見渡す。
それなりに広いトレーニングルーム。基本的には早朝から開いており、開いている間は様々なサーヴァントが利用している。しかし、今は時間が時間だからなのか、中央ベンチで休憩していたレオニダス以外は、トレーニング中の一人だけしか居なかった。
探し人と同じ性別。はち切れそうな筋肉が盛り上がった身体には生前に受けたであろう傷がいくつも浮かび上がり、クラスも同じ
だけども違う。決定的に違う。
意思表示は出来ても、こちらが理解が出来ない。
少しは理解出来ても、言っている意味が分からない。
言っている意味が分かっても、根底から違う事しか分からない。
狂化の影響はEX。自分の道を突き進み、目の前に立ちはだかる者。自身を押し潰そうとする者。弱者に圧政を強いる者。その全ての意思を笑みを浮かべながら受け止め、反逆の糧にし、何倍にも増幅して解き放つ、トラキアの剣闘士。
真名・スパルタクス。
「バーベルは圧政の象徴……持ち上げることこそ我が反逆!」
初めて召喚した時からずっと変わらず、笑顔で自分の筋肉を苛めていた。
「
大きく1tと表記された超重量の重しをバーベルの両端に合計6つほど付けて、並大抵の力では持ち上げれないはずのバーベル。それを、まるで1t表記が間違っていると錯覚するほどに軽々と持ち上げ、笑顔を絶やさずベンチプレスをする光景。同じ掛け声をかけているはずなのだが、なぜだか回数を数えているようにも聞こえる不思議。
初めて見た時は唖然呆然。開いた口が閉じないまま──漫画やアニメのテンプレだが──自分の頬をつねったこともあった。
それも今では見慣れた光景になり、いつも通りの日常に組み込まれていた。
「うーん……居ないなぁ」
もしかしたら朝のトレーニングに熱が入り、時間を忘れて汗を流しているのかと考えていたが、結果は見回しての通り。朝食を食べながら考えていた「今の今までトレーニングに励んでいた」という予想は違うようだ。
「ねぇレオニダス。今日って他に誰か来た?」
「今日ですか? 今日はスパルタクス殿が一番に来ていたみたいですが、後は7時頃に私。軽く汗を流しに来たフェルグス殿とマルタ殿。アキレウス殿は、偶然出会ったエルドラドのバーサーカー殿に追いかけ回されておりましたな」
「あぁ~……ほぼいつも通りだね」
ほぼいつも通り。
アキレウスとエルバサさんの鬼ごっこは極稀に起きるイベントで、いつもと違うのは確か。しかし、私が言いたいのはそこではない。
毎朝欠かさずトレーニングをしている彼が、まだ来ていない。
うっかり朝の挨拶を忘れたとしても。何故か朝食の時間に顔を出さなくても。日課になっているトレーニングルームには来ているはず。そう考えていたのだが……
「どうしたんだろ?」
あと彼が行きそうなのは、シミュレーションルームで槍の李さんやアシュバッターマンと一緒に戦闘訓練をしているか、紫式部さんの図書館で静かに読書をしているか。だけど、どちらも緊急性は低く、様々な予定をすっ飛ばしてまで行く可能性はほぼ無いと思う。
「そうですな。彼も昨日はなにやら体調が優れないようでしたから、マスターも心配でしょう」
「そうそう。昨日は体調が優れないから……体調が悪い!?」
何処に行ったのかを考えながら答えていたため、知らず知らずに
「たたた体調悪いっていいいいつから!? 私が昨日ここに来たときはいつも通りの爽やかな笑顔と躍動する筋肉で出迎えてくれたし、夕方に私がレイシフトから帰った時も、その後に夕食を一緒に食べた時も、いつもと変わらなかったと思うんだけど……」
「おや、マスターは知らなかったですか。体調不良は私の勘違いかもしれないですが、昨日マスターがレイシフトに行かれてからしばらくして、5セットくらい残っていたトレーニングを切り上げてどこかに向かわれましたな」
「そんな……トレーニングを途中で止めるなんて……」
おかしい。具体的にどこがと聞かれても分からないけど、何かがおかしい。
もし霊基異常だった場合、一番に行きそうなのはダ・ヴィンチちゃんの工房。しかし、レイシフト帰りからの定期検診の時には、特に何も聞いていない。彼やダ・ヴィンチちゃんなりの、何かしらの理由があって隠しているのかもしれないが、鈍いと思う私が1日経ったら違和感を感じるくらいの理由など、無意味に等しい。
(体調が悪くて、ダ・ヴィンチちゃんの工房に行かなかったら……医務室?)
医務室。
ダ・ヴィンチちゃんの『工房』は主にマスターである私や、カルデアに所属するスタッフの健康管理。私が契約したサーヴァントの霊基管理と調整を主にしている。
しかし、増え続けるサーヴァントの中には医療技術を持ったサーヴァントも多数おり、自身に割り当てられた部屋や空き部屋を使って医療行為を行うサーヴァントも少なくはない。
その中でも、カルデアスタッフやサーヴァント達がよく利用する部屋は3つ。
パラケルススのマイルーム。カルデアスタッフやサーヴァントの病気や溜まった疲労を主に自身が調合・配合した薬で回復。各人の症状に応じて薬を提供する、通称『薬局』。
婦長こと、ナイチンゲールのマイルーム。主に病気や怪我の治療と予防、各スタッフに救急セットの配布と中身の補充。基本的な予防法を伝え歩いているが、患者を殺してでも治す姿勢が一番の予防になっている、通称『保健室』。
そして、最近契約したにもかかわらず一番利用者が多く、こと治療に関しての信頼度は一番。慣れないうちは冷たい口調が気になるが、大抵の病気は治ると話題。アスクレピオスのマイルームこと、通称『医務室』。
『工房』に行ってないのだったら、何処のマイルームに行くかは明らか。仮にアスクレピオスが他の患者の治療で忙しく、診察だけで済まされたとしても、症状さえ分かれば『薬局』に行って薬を貰いに行くと言った選択肢も増える。
「うん……うん……よし! ありがとう。レオニダス。ちょっと医務室に行ってみるね」
「でしたら私は朝食をいただきましょう。健康な筋肉には、美味しい食事が欠かせませんからな」
「新たな圧政の気配……」
シャワーを浴びてから食堂に向かうらしいレオニダスと、バーベル上げが終わり、次のトレーニングを続ける様子のスパルタクスと別れ、一人『医務室』に向かうことにした。
1話に比べると短いですが、誰かさんのせいで次の話が長くなりそうなのでここで切ります。
「誰のせいだろうネ!」
未だに本編が始まらない事に少々焦りを感じている……次回には顔を出してくれるかな?