とあるデパート内の食料品売り場。
普段は、エールブルーで声優たちのマネージャーをしていたのだが、今はその声優の卵たちのうちの2人に囲まれて買い物に来ていた。
「ジャーマネ、私たちは何鍋を食べるんだ?」
短くした緑色の髪を少し揺らして首を傾げながら、志穂こと、鹿野志穂は尋ねてくる。外見はかなり幼く見えるけれど立派な大学一年生だ。
「うーん、何鍋を食べようか……」
何せ、突然決めたことなので、材料も1から買わないといけないから考えたほうが良いよな。
と、後ろから服の裾を引っ張られ振り返ると、そこには少し濃い目の赤色を基調とした、ドレスともメイド服とも取れるような少し奇抜な格好をした少女がおり、人によってはその格好よりも日本人離れした端麗な容姿に目がいくかも知れない。
そんな鳴こと、遠見鳴がちょこんと服の裾を引っ張りながらこう言った。
「あの、私はデザートとか見たい…」
鳴は甘いものが好きだからそっちの方を見たいのはわかるけれど、今は鍋のことを優先したい。
「とりあえず、鍋をどうするか決めない?」
そういうと、2人はわかったと頷いた。
どうして2人と鍋を突くために買い物に来ていたんだっけな……。
うららかな日差しが差した、冬の日のことだった。
平日にも関わらず、事務所からマネージャーの仕事の休みを言い渡された。
朝一番の電話で、今日はのんびりしいていいわと鳳さんから言われたことで、うっかり10時まで二度寝をしてしまったが、仕事の他に何をしようとも決めていなかった為、今日は暇な1日になりそうだ。
壁掛けのカレンダーをみると、気が付けばもう12月。
本当に偶然のようになってしまった声優のマネージャーという仕事は、ここ何ヶ月かで慣れては来ていた。
「みんなに見せたい景色……か」
あの時、言い切ってしまった言葉を叶えたい。
寝ぼけた頭でぼんやりと考えていると、枕元に昨晩置いたスマホから着信を伝えるバイブレーションが伝わってくる。
今日は事務所から休みを貰ったし、いったい誰からだ?
疑問を思いつつも震え続けるスマホを取り画面を見ると……そこには、鹿野志穂という四文字が表示されていた。
「嫌な予感がするけど……もしもし?何かあったの?」
少し迷ったが、通話を始める。
「ジャーマネ、今日はお休みらしいが今の今まで寝ていたりしなかっただろうな?」
「えっと、いやそんなことないよ。バッチリ起きてた」
志穂は、透き通るような軽やかな声とともにそんな勘が鋭い指摘をしてきた。
最初の頃からだけど、相変わらずよく分からない子だな…。
「ふむ、まあそんなどうでもいい話は後だ」
「あ、どうでもいいんだ」
少しの間を開けて、志穂は用事を話す。
「…実はだな、鳴が絵のモデルになってくれないんだ。どうすればいい?」
「いや、どうすればいいなんて言われても…」
そもそも全く関係ないマネージャーに意見を求められても困る…。
「風景と共に人物が描いてみたくなったんだ。鳴の私服と合わせると面白そうだろうしな」
「面白そうって…」
ん?そういえば鳴は苦手なものがあったような。
確か、外での撮影で……。
「絵のモデルにはなってくれるとは思うけど、日光が苦手みたいだから外では出来ないんじゃないかな?」
そうだ、確か外には出るとしてもかなりの厳重装備がいるほど日焼けとか気にしているんだよね。
電話の向こうから、志穂の納得した様な声がする。
「なるほどな、それならば部屋の中ならモデルを引き受けてくれるのか?」
「うん、多分大丈夫だと思うよ」
「分かった、じゃぁなジャーマネ」
そう言い残すと志穂は電話を切った。
「本当に何だったんだ、あの子は」
ため息をつきつつ、スマホを充電させて置く。
志穂は自身の才能を認めて、更には声優に憧れてエールブルーに入ってきた子らしいけど、やっぱりどこかズレてるよな……。
あれ、というか今日は平日なのに大学に行かなくて良かったのかな?
もしかしてサボっているとか……は無いか。
「サボっているのは、この部屋の片付け…か」
自分の部屋を見渡すと、そこらかしこに服やゴミ袋が落ちている。
いくらワンルームマンションに一人暮らしとはいえ、散らかしすぎたな。
その原因の半分は日々のマネージャー業が楽しくて帰ったらすぐ寝ちゃうからなんだけど。
「やりますか!」
気合を入れて部屋の片付けに取り掛かる。
服も着替えたので、意識がすっと切り替わる。
部屋の片付けをしながら、ふと、平日に休めると普段できないことが出来てなんだかお得な気分を味わえるなんて思った。
しばらく格闘しているうちに部屋は片付き、まとめたゴミ袋を持って玄関に運び込みながら片方の手で鍵を開けて重い扉を開ける。
……が、開ききらずに途中で止まってしまう。
何か外に置きっぱなしにしていたのかと、一旦ゴミ袋をその場に置き玄関の扉の正面に回り込むと、そこには大きな荷物を抱えた不審者が立っていた。
サングラスにマスク、唾の広い帽子を目深にかぶり物々しい手袋も着けている。
それなのに、服装だけはオシャレ…というよりもコスプレの様な服を着込んでいる。
いやいやいや、なんで自分の部屋の前で不審者全開な人と朝から会わないといけないの!?
「あ、あのー、どちら様でしょうか?」
声をかけると、その人物は帽子を取り日本人のものでは無い髪を晒し、マスクとサングラスを外すとその真っ白い肌を外気に触れさせ、少し困った様な表情を浮かべながら口を開いた。
「私が分からないんですか……?」
そう、目の前にいたのは不審者ではなく、フランス生まれの声優のタマゴ、遠見鳴だった。
「実は、追われてるんです」
そんな言葉から始まった話を要約すると、鳴は昨日事務所内でたまたま志穂に会い、モデルになって欲しいと頼まれたが、日光に当たりたく無いと思い断っていたらしい。
しかし、先程の電話で室内でも良いから絵のモデルになって欲しいと再度頼まれたらしい……が、鳴は最近ハマったというサバゲーをする為に断り、安心してプレイできる様に自室に置いておいたゲーム器具を持ち込んで、この部屋に押しかけた、ということらしい。
「なので、入らせて貰いますね」
そう言って脇をすり抜けて部屋に入ろうとした鳴を慌てて止める。
「いや、なんで当然のように入ろうとしてるの、たしかにマネージャーではあるけど、プライバシーとかある…」
「プライバシーなら無いからきっと大丈夫」
こちらの言葉を聴かずに部屋の中に入っていってしまった。
……こちらのプライバシーないのか。
玄関脇に置いておいたゴミ袋を外に出し、代わりにゲーム機が入っているであろう鳴が持ってきた紙袋を持って部屋に戻る。
早速といいう風に、テレビをいじっている。
きっと接続する端子を探しているんだろうな。
「わかったよ、手伝うからじっとしておいて」
わかりました、と言って部屋の隅で鳴が待っている間に何とかして遊べるように端子を繋げたり設定をいじる。
「よし、出来たよ」
「あ、ありがとう…ございます」
ゲームは、どうやらファミリー向けのスポーツゲームのようだった。
鳴がこういうゲームをするのは珍しいな……。
と思いながらも、することもないのでぼーっと画面を見ている。
すると、玄関の呼び鈴が聞こえた。
誰か来たみたいだけど、鳴がいる事と何か関係があるのだろうか?
鳴の方を見ても、ゲームに集中していて呼び鈴すらも気が付かなかったみたいだ。
「……お客さんなんてこないしなぁ」
疑問に思いつつ玄関の扉の覗き穴から伺ってみると、そこには今朝電話してきた張本人である、鹿野志穂が白色のガウンに身を包みながらも腕を組んで少し膨れた様子で立っていた。
「ジャーマネには、ある人物を匿っている容疑がかかっている」
匿ってる……というか、志穂が言う所のある人物は中でゲームしている鳴のことなんだろうな。
まあ、この際仕方ない。
鳴には悪いけど、直接会って貰って話してもらうのが一番だろう。
玄関のドアを開けて志穂を部屋の中に入れる。
「鳴がここにいるかも知れないと、理恵から聞いてな。お邪魔します」
話がだんだん大きくなっていく……。
と、部屋に入ろうとしていた志穂を止める。
「その、どうして絵のモデルにする事にこだわるの?」
志穂がこんなにも執着するなんて少し珍しいなんて思ってしまった。
尋ねると、志穂は首を横に振って違うと言った。
「鳴にはモデルをやって貰おうとは思っていない。今はただ一緒に遊びたい、それだけだ」
遊ぼうとしていただけだったのか。
きっとその事を知らないまま鳴が避難してきたんだろう。
「その事をしっかりと鳴と話してこれるなら、行っても良いよ」
その言葉に、志穂はしっかりと頷いて部屋に入って行った。
数分後、鳴と志穂が部屋から出てきた。
「色々ごめんなさい、勘違いしていたみたいで」
「ジャーマネには迷惑かけたな、私からも謝る」
どうやら二人は和解したようだった。
それぞれに謝罪の言葉を述べていたが、二人のマネージャーとしてはただいつも通りに振り回されていただけに過ぎない。
「まあ、二人とも気にしないで。せっかくゲーム機があるんだからみんなで遊ぼうよ」
鳴は少し俯きがちに、志穂は目を輝かせて、頷いた。
そこから2時間ほどゲームに熱中していた。
鳴が持ち込んできていたので、それなりに上手いと踏んでいたが、どのゲームで勝負をしてもボロ負けした。
それでもみんなで笑いながら楽しんだ。
途中冷蔵庫に入れておいたお菓子やら何やらを食べられたり、罰ゲームとして二人の飲み物を買ってきたりなんかしていたが、あまり手痛い出費にはならなくて助かった。
そうして、時計の短針が四を指した頃。
「そろそろお暇しようかな」
外の景色を見たからか、鳴が帰る支度を仕出した。
たしかにもう良い時間だ。
「それならゲームも片付けようか」
手際良くコードを抜いたりと、ゲーム機をしまう。
志穂もそろそろ帰る支度をして欲しいなとそちらを見てみると、志穂はジトーッとした目で見つめたあと、こう切り出した。
「ここで鍋でもしないか? 実は今日は外で食べてくるつもりで寮を出たんだ」
「えっそうなんですか、志穂さん」
鳴が驚いたように言う。
道理で長居する気満々だったわけだ。
「どうして鍋を……しかもここでやるの?」
まさか鍋という単語が出てくるとは思わなかった。
志穂は小さく咳払いをすると、その理由を話した。
「それはだな……寒いからだ」
……寒いから?
まあ、季節は冬だし丁度いいっちゃ丁度いいんだけれど。
「せっかくこうして遊べたんだ、鍋でも突き合うのはどうだろうか?」
いや、いくらマネージャーと声優の卵という関係とはいえ、あまり踏み込みすぎる関係は……。
「食べたい」
ポツリと、鳴がそう呟いた。
その声を聞いた志穂は、にっこりと笑って頷きガウンを着込んだ。
「ジャーマネ、材料買いに行こう」
その笑顔と鳴の少しわくわくした様な表情に 否定できず今に至る。
如何でしたでしょうか?
後編的な感じでその2も近々投稿予定です。
ではでは〜!