思ってもいなかった好評にテンションが上がりっぱなしですが、あんまり上がると文章が粗雑になるのが悩ましいところです。
「……大丈夫?」
「え、あ、えっと、は、はい」
腕の中の男の子はまだ何が起こったのかが掴めてはいない様子だが、とりあえず助けることが出来たことに安堵する。両手が塞がっているから癖の髪をかき上げる動作を省いて、今しがた斬り裂いた巨人に視線を向ける。手応えからみてもかなり深いであろう両目の傷は早くも蒸気が吹き出て血が止まりつつあるようで、思っていたよりもずっと時間は少ない可能性が高い。
男の子に視線を戻すと、どうやら完全に腰が抜けてしまっているようだ。オマケに恐怖からか、抱えてるこちらにも分かるほどに全身が震えている、地面に下ろしたとして、走るどころか歩くことすら出来ないだろう。仕方ない、私の片腕に抱えられるのは多少きついかも知れないが我慢してもらおう。
「こっちだ! 急げ!!」
肩に女の子を担いだ男の声に軽く頷くと、男の子の座りを確認してからそちらに向かって駆け出す。こちらを待っていた二人に合流すると、男に付いていく形で街の奥へと走る。そして未だ動かぬ巨人の姿が遠ざかり幾分か小さくなった頃、横を走る男と、その上に担がれた女の子から私が左手に抱える男の子へと声が飛んだ。
「エレン! エレン!! 無事で……良かった……」
「ばっかやろうエレン! 心配させやがって!!」
「ミカサ、ハンネスさん……ごめんなさい」
ふむ、どうやら男の子はエレン、女の子はミカサ、そして男はハンネスというらしい。感動の再会に水を差すのも無粋だろうと何も言わずに併走していると、エレンが俯いてしまったタイミングでハンネスがこちらに向かって頭を下げてきた。
「……すまねぇな、エレンを助けてくれてありがとう」
「偶々よ」
「それでも、だ」
「……なら、どういたしてましてと言っておくわ」
助けたのは事実だし、悪い気がしないのも事実なので、素直に礼を受け取っておく。とりあえずは二人の子供をどうにかしないといけないだろうが、とりもなおさず重要な話が聞けそうな人間とある程度でも友好的な関係を結べたのは時間停止を使った対価としては十分だろう。
もっとも、話を聞くにはまず後ろの空気を読まない無粋な奴をどうにかする必要があるのだが。
「……ハンネス、だったかしら? 後ろのあのでかいのを倒す方法、知ってるなら教えなさい」
ずしん、ずしんという定期的な振動が近づいてきている。ちらりと視線を送れば、一文字に斬り裂いたはずの顔は綺麗さっぱり元通りの巨人が相も変わらず感情の読めない薄ら笑顔でこちらを追いかけてきているのが見て取れた。これ以上のスピードを出して逃げたところで、あれをこれから逃げようとしている場所まで連れて行ってしまえばきっとおそらく、地獄の光景が展開されることになるだろうというのは想像に難くない。
撒くにしろ倒すにしろエレンを抱えていては不可能だし、なにもわざわざ子供の前で戦う必要も無い。方法があるのならばそれを使って倒せばいいし、倒せないというのなら囮になって撒くだけだ。
「あ、ああ……知ってはいるが、お前さんがそれを知ってどうしようってんだ」
「どうしようって、倒すに決まっているわ。どこに逃げる気か知らないけれど、あれを連れて行っていいわけないでしょう」
「それは……いや、駄目だ。内門まで逃げれば、いや、内門の近くまで行けば仲間が援護してくれる、どうにかそこまで走れ」
その言葉に先ほど把握した街の地図を頭の中で展開する。巨人が入ってきた門を外門とするなら、内門は街を挟んで完全に反対側、今の位置から今のペースで走って、それで兵士達が援護してくれるであろう位置まで行ける、そんな夢みたいな可能性が一体どれほど存在するというのか。今この瞬間目の前に自動車でも突然出てくればあるいは、そんなありえない可能性に縋って現実から目を反らしてどうする。
「……この状況で願望を口にするもんじゃないわね。気付いているんでしょう? このままじゃ全員死ぬわよ」
「クソが……あんた、すまないがこの二人を連れて内門の奥の川の方まで逃げてくれ。こんな無様ななりでも俺は兵士だ、女子供に殿を任せたなんてあったら仲間になんて言われるかわからねえ」
川の方、ということは船で逃げる気なのだろうか。なるほど、自動車も鉄道も存在しない街ならば一度に大勢の人間を運ぶのに船ほど適した乗り物は存在しない。だが、それは同時に巨人に追いつかれたときに逃げ場が一切存在しないことと同義ではないか。
なれば、余計に後ろのでかいのを倒す必要があるわけだが、恐らくではあろうが恐怖に震えた声で後は任せろといわれたところで任せられるわけも無い。それに何より、ハンネスは巨人を倒すとは一言も言っていないのだから。
「……倒せるの?」
「っ! それは……」
「無理よね。倒せるのならばこの二人を無理に抱えて逃げる必要も無い、倒してから避難すればいいもの。だから、いいからさっさと教えなさい、この子は完全に腰が抜けちゃってるし、そもそも私は二人を同時に抱えて走るのは無理、オマケに川まで無事に連れて行ったところでそこから先どうすることも出来ないわ」
二人抱えて走れないというのは嘘だが、向こうにそれを判断する根拠も無い。そんなことより、兵士というからには当然兵士同士のつながりもあるだろうし、恐らくだが大勢の人が逃げた先でその避難の音頭を取るのは彼ら兵士と相場が決まっている。それならば兵士であるハンネスが連れて行くことで多少の無理も利くだろうし、子供を優先的に逃がすという場面においてエレンとミカサもそこに入れてもらえる可能性が高い。
説明するつもりも無いが私一人なら巨人を撒くのは造作もないし、倒す方法によってはあっさり片付けられるかもしれない。最悪、距離を取った上でRPGなりC4なりで消し飛ばすということも出来なくはないだろう。もっとも、それも全て私が一人なら、という注釈がつくが。
「私の腕前は断片的かもしれないけれどその目で見たでしょう、それでもまだ納得いかないというの?」
「……それは、確かに、俺が残るよりはずっと可能性がありそうだと思ったさ。けどよ!」
「ならいいじゃない、拾った命、その可能性に賭けるぐらいのことはしてもいいと思わない? さあ教えて、頭を微塵に吹っ飛ばせばいいの? それとも首を刎ねればいいの? あるいは心臓を抉り出せばいいの? どんな方法でも構わない、時間が無いのは分かっているでしょう」
「……クソったれが。うなじ、うなじだ。うなじの肉を削ぎ落とせ。それ以外の攻撃はもう分かってると思うが、一分も持たずに元通りだ」
斬り裂いたはずの両目も、手首から切断したはずの右手も文字通り完治してしまっているのは見ての通りであるから反論の余地も無い。だが、うなじとは……また意外な弱点と言えばいいのだろうか。少なくとも、知らなければわざわざ狙おうとは思わない位置だ。あえてそんな嘘を教える理由も無いから、きっと正しいのだろうが。
「うなじ……なるほどね。で、わざわざ削ぎ落とすなんて表現を使ったからには斬る程度じゃ駄目ってことね?」
「ああ、縦一メートル幅十センチ。首の下、うなじのあたりを激しく傷つければそれで倒せるが、それ以外は無駄だ」
「激しく傷つける……じゃあ、削ぎ落とす以外にも例えばその辺りを丸ごと爆破できるならそれで構わないということね?」
「あ、ああ。壁にある大砲の榴弾なんかはそうやって倒すために造られたもんだからな」
なるほど、悪くない。確かに爆薬の数に不安はあれど、たかが一、二回の使用で尽きるほど少なくも無い。ならば、今の手持ちの爆薬がどの程度まで通用するのかをここで確かめるのも悪くは無いだろう。私は併走するハンネスへと身を寄せると、左腕で抱えたエレンをハンネスへと差し出す。
「情報感謝するわ。その礼に、あれは私がここで倒す。あなた達はさっさと逃げて――そうね、近くに巨人がいないのならばで構わないから、とりあえず道を一度曲がって建物の影に隠れつつ走ることを勧めるわ」
「……クソが。いいか、絶対死ぬなよ!」
「ええ」
「適当に撒いたら逃げろよ! 絶対無理するなよ!」
「それは保証しかねるわね。まあ、死ぬつもりは無いから安心してちょうだい」
こんな初対面かつ得体の知れない私を一人死地に残すことに忸怩たる思いを抱いているのか、唇を噛み切らんばかりにしているハンネスはどうやら相当にお人よしのようだ。今までは得られなかった無条件の信頼が思いのほか心地よく、薄く笑みが浮かぶのを止められない。
エレンを手渡し、その場で立ち止まる。刀身から発せられる巨人の血による蒸気を振り払い、鞘に収めつつ髪をなびかせ背中を向ける。
「あ、あの!」
その背中に今しがた別れたはずのエレンの声が掛かり、私は振り返らずに続きを促す。
「何かしら」
「俺、俺はエレン、エレン・イェーガーです、足手纏いで、ごめんなさい。それと、助けてくれて、ありがとうございます」
「ミカサ・アッカーマン。エレンを助けてくれてありがとうございます」
「ハンネスだ。礼はもう一度お前に会ったときに改めて伝える、だから死ぬなよ。川は内門の向こう側、そこにある船の傍で待ってるからな」
思いもかけなかった三人の言葉に思わず振り返った私に向けられる三対の瞳。そこには複雑な色ではあったが、紛れも無く私に対する感謝の光があった。名乗る必要など無かったし、名乗るつもりもなかったし、名乗るメリットなんか一切無いのに、それでも衝動的に答えが口から飛び出した。そして何故か、そのことに全く悪い気がしなかった。
「……暁美ほむら。エレン、ミカサ、ハンネス、無事でいたらまた会いましょう」
その言葉を合図に、私は巨人へ向けてそしてハンネスは巨人に背を向けて走り出す。少なくともハンネスは自分の命だけでなく、上辺だけでもエレンとミカサの命までこちらに預けてくれた。ならばその信頼には応えなくてはならないだろう。
私が反転したことで、私と巨人の彼我の距離が一気に縮まる。どうやら巨人は私を標的に固定したようで、であるならば仮に爆弾の威力が足りなくともここである程度足止めした上で撒けば、少なくともこいつにあの三人が殺されることは無いだろう。
「いくわよ」
まあ、たかが使い魔風情相手に梃子摺るほど弱くもないつもりだが。
「ふっ」
私を捕まえようと一直線に突き出された手を軽く跳躍して避け、つま先で指を蹴って後ろに跳ぶ。ついで、再度捕まえようと今度は掬うように横から振るわれた反対の手を高跳びの要領で最小限のジャンプでかわす。巨人の手が巻き起こす風が服や髪を激しく揺らすが、体には紙一枚の差で掠りもしない。
膝を曲げて着地すると同時に巨人の足の位置を把握し、先ほど避けた際に把握した腕の長さから間合いの内側に潜り込んだことを確信する。振り上げられた足が今いる場所に影を作るも、踏み潰しの動作は決定的に間に合わない。
膝のばねを使って地を這うように飛び出し、間一髪踏み付けを逃れ股を潜って背面へと回る。捻りを半回転入れて天を仰いだ瞬間にバク宙の要領で着地、今度もまた膝を柔らかく使ってほとんどしゃがみこむような体勢になりつつも、勢いを殺しきった上で巨人の背中を取ることに成功する。
果たして奴の目に私はどう映ったか、踏み潰したと勘違いしてくれていようものならばめっけものなのだが。
「はっ!」
鋭く息を吐きながら、膝に溜まった推力を爆発させて動きの止まった巨人の足を駆け上がる。ふくらはぎを蹴って跳びあがり、腰に爪先を捩じ込んでさらに上半身へと跳ねる。その流れで踏まれた痛みでも感じたか、巨人の顔がこちらを向くと同時に足場が揺れる。これだけ纏わり付いて――しかも背中側に――しまえば手足による攻撃も不可能であるが、動きと共に振動がダイレクトに足場に響くのはいただけない。
愚鈍なようならば手にした刀でこのままうなじを斬り捨ててやろうと思ったが、さすがにそこまで世の中は甘くないようだった。
「チッ」
思いのほか鋭く巨人がターンしたせいで背中から足が離れ――完全に空中に投げ出されるのはさすがに拙い――る前に背中を蹴って隣にあった屋根へと着地する。交錯する視線、私と巨人の間を遮るものは何も無い。
屋根ごとすり潰さんと振り下ろされる右腕を横っ飛びにかわす。真正面からでは左右どちらの攻撃もありえる、それを見てから避ける以外の対応をするのは難しい、だが、今の私は右の攻撃をかわして左に跳んだ。次の攻撃は叩き潰しに使った右手をそのまま横に振るか、右手を引きつつ左で屋根上を薙ぎ払うか、私の立ち位置的にはこの二つだ。
分かっていれば腕の動き、ひいては肩の動きを見てから先を予測し避けるのは別段難しいことではない。今回相手が選んだのは左での薙ぎ払い、腕の長さを見切って冷静に後ろへ下がって回避し、すぐさま前に出ることでまたも相手の動きを縛る。薙ぎ払った左腕が壁になっている現状、右手を使った連撃はありえない。左を再度逆に振り回すか、左を一旦引いて右で攻撃してくるか。左を振った勢いそのままに屋根を跨ぐような上段蹴りを放ってきたら素直に時間を停めようと心の隅で考えつつ、振り切られた左腕の動きに集中する。
果たして、狙い通りに左腕を再度反対に薙ぎ払ってくれた。縄跳びの要領で上を跳び越え、若干左側――巨人にとっては右腕の真正面――に着地する。左手は真横に振り回した直後で攻撃には使えない、そして真横に振り切れている左腕の反動に対して右を振り上げ叩きつけることは不可能。だからこそ、次の攻撃は読むまでも無い。
「馬鹿ね」
一直線に私を捕まえに来た右掌が閉まる直前、一瞬だけ時間を止めて跳躍し、閉まったその上に着地。わざわざこんな面倒な立ち回りを演じたのも、この状況――巨人を吹っ飛ばすために必要な、顔に通じる位置での安定した高さ――が必要だったからに他ならない。
巨人の顔めがけて腕の上を駆ける。万が一に備え防御用にと仕舞わずにいた刀を盾へ収納し、そのついでに取り出したるは威力に自信ありのお手製グレネードだ。獲物がまさか自分から飛び込んでくると思ったのか、腹の立つ薄ら笑みは今やだらしなく開かれた口へと変わっている。だがしかし、残念ながらそこに飛び込むのは私じゃない。
「さよなら」
口の中にグレネードを放り込み、時間を停めて巨人から飛び降りる。大きくバックステップ、バク転、バク宙と十分な距離を取り、停めた時間を動かす。今も昔も変わらない時間停止からの爆殺コンボ、変わったことといえば接近にも離脱にも停める時間が極端に短くなったことだけだ。
――一瞬の間、そして轟音と爆炎。
壁が破壊されたときのような地響きが辺りを揺るがし、吹き飛んだ巨人の血肉が雨となって降り注ぐ。目に入らないように細めつつ顔に向かって飛んで来たそれをはたき落としながら――といっても防げるのは肉片だけで血の雨は頭から浴びているのだが――上半身が綺麗さっぱり消滅した巨人の残骸を注視する。
もし万が一ここから再生するようなことがあれば、もう一度手榴弾を投げつけなければならない。無駄に隠しながらピンを抜く用意をしつつ、しかし巨人の下半身は動く気配を見せずにその場に崩れ落ちた。どうやら、ハンネスが言っていたとおりにうなじを吹っ飛ばされたから死んだのだろう。倒れてなお暫く残心を取ったが、今まで以上に多くの蒸気を吹き上げつつ体が急速に崩れ去っていくのを確認し、そこで漸く死を確信して密かに準備していた手榴弾を盾の中へと再度収納する。
「……いくらなんでもスプラッタが過ぎるわね。次からはきちんと遮蔽物の陰に隠れましょう」
服や髪に付着した血は半分残った下半身と同様にしゅうしゅうと蒸気をあげながら消えていくが、あの醜悪な物体の体液など嫌悪以外の感情を抱くのは無理だ。一段落着いたら仮に蒸発していて外見上は汚れていなくてもシャワーを念入りに浴びようと舌打ちしつつも心に決める。それでも一応見た目だけは返り血など無かったことになったのは良かったと言っていいだろう、さすがにあれだけ血塗れだったなら確実に色々と詰問される。
だがまあ、あの超大型はともかく手持ちの爆薬を使えば一つにつき一殺は確実に行えることが把握できたのはよしとしよう。実際にそうやって薙ぎ倒していくかどうかはともかくとして、イザというとき倒す手段があるのは精神的な余裕という意味でも悪いことではない。
「さて、と」
そこまで長く戦っていたつもりもないが、ハンネスはどうやら結構な健脚だったようで、周囲を軽く見渡した程度では発見できない程度には遠くに逃げているようだ。気配を頼りに追跡するにはさすがに巨人が多すぎて無理だが、逃げる先は内門の奥と言っていたのでそっちに向かえば合流できるだろう。第一に街の地理を確認しておいて本当に良かった。
「ふぅ、とりあえず追いかけましょう。長居する理由もないわ」
再度屋根の上に飛び乗り、まずは内門の方向へと進路を取る。向かう先には未だ多くの使い魔の姿、先の爆音に呼び寄せられたか、こちらに向かって来ている姿もちらほら確認できる。あんまりのんびりしていてはハンネスたちが他の使い魔に喰われかねない、全部蹴散らすなんてするつもりもないけれど、少なくとも一度助けた以上あの三人は最後まで見届けないのもどうにも寝覚めが悪い。道中で襲われていないことを祈りつつ、さっさと合流すべく屋根の上を駆け出した。
ほむほむマジ爆弾魔。ハンネスはカルラの件もあってエレミカ最優先ですので、得体の知れないほむほむを放置するのもしょうがない、かなと。
あと、内容とは外れますが、頂いた感想も全て目を通しています。本当にありがとうございます。ただ、感想返しが個人的に苦手でして、今後も感想に個別に返信する可能性は非常に低いと思います。期待されてる方がいらっしゃいましたらすみませんがその旨ご了承ください。
質問等も頂いていますが、こちらに関してはそのうち劇中で明かされますので、そちらをのんびりとお待ちください。
また、今後質問等を頂いた場合、ネタバレにならない範囲で答えられそうなものがあったら後書きあるいは活動報告で返答することもあるかもしれませんが、基本的に明確な答えは返ってこないと認識しておいて頂けると助かります。
それではまた次回。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。