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・マジカル☆対物狙撃銃 バレットM95ほむほむカスタム、ボルトアクションの渋い一品。ほむらは入手当初、街中でQBの狙撃に使う予定だったが、まかり間違ってもそんな使い方をしていい代物ではない。
私の名前が対外的にはホムリリー・アッケーミンとなってから一週間が経過した。ハンネスが家に居ない、もしくは寝ている時間に昼も夜もなく魔女を探して街を彷徨っていたものの、戦果は未だゼロで、自分でもそろそろ望んでいない焦りが生まれるだろうなと理解できるぐらいにはじわりじわりと追い詰められていた。
「……大丈夫? ここのところ日に日にやつれていってるけど」
だが、それに輪をかけてハンネスの様子がヤバイ。私は当然ながら隠す必要があって、向こうはそうじゃないという違いはあるものの、どう見たってぶっ倒れる一歩手前だ。昼に帰ってきてからシャワーもそこそこに寝床へ直行し、結構ギリギリに起きてきたというのに、寝室に行く前よりも表情が酷くなっている。
私の呼びかけに首だけがぐりんとこちらを向く、ホラー耐性のない子供には中々に衝撃的であろう動きを見せたハンネスがまるで覇気の感じられない蚊の鳴くような声を出す。
「……ほむら、お前なんか知らねえか?」
「……答えを期待しているなら、もう少し具体的にお願いしたいわね。今の貴方をからかうつもりは微塵もないからきちんと聞いてくれればきちんと返すわよ。愚痴りたいだけ、というのならそれはそれで好きにすればいいわ。今回だけはちゃんと聞いてあげる」
今の私が魔女探索において全く進展なしなのに思いのほか落ち着いているのは、どんなわけかハンネスがここまでになっていることが結構なウェイトを占めていたりする。いわゆる人の振り見てなんとやらだが、さすがにこの状態のハンネスを放って置けるほど人でなしではないつもりだ。
「そうだな……知らなかったなら、聞いたことは忘れて誰にも聞いて回ったりするなよ。内密なんでな」
「分かったわ」
「原因は二つなんだが、まず一つ。ここんとこ、行方不明者が激増しててな」
「行方不明者?」
ここのところ、というからにはこの一週間の出来事なのだろうが、街を歩いていてもそんな話は漏れ聞こえてこない。内密とは言っていたが、どうやらかなりのレベルで緘口令が敷かれているようだ。
ただ、言われてみればこの数日は兵士の数が激増した。しかも、誰も彼もがものすごく殺気立っていて、それに伴い街も大分落ち着かない雰囲気だったのは間違いない。フードを目深に被っているから職質されることも多くなったし、街を歩くのもかなり面倒で、個人的にもいい加減にして欲しい。
「ああ……昨日なんか一晩で二十人近く一気に消えやがった。壁に上げる兵士を減らしてまで見回りを増やしたのに、被害者も犯人も一切の痕跡がねえ。これっぽっちもだ」
そんなハンネスの説明に愕然とする。二十人、口で言うのは簡単だが、それだけの人数が一度に消えて痕跡が一切ないなどということが現実に起こりうるだろうか。
「街が随分ピリピリしてるのは感じてたけど、そんなことがあったのね……申し訳ないけど、今知ったわ」
「……そうか」
「この近辺でそんな話を聞かない以上、少なくともこの辺で誰かが消えた、ってわけでもないでしょう。どのあたりの出来事なの?」
「……シガンシナからの難民キャンプエリアだ。昨日はよりは少ないが、一昨日も一昨昨日も同じように人が消えてる。人攫いだとしたらマジでとんでもねえよ」
夜、寝る前はしっかりと居たのに朝起きたら忽然と姿を消している、争った形跡も、あるいは誰かがその辺を荒らした形跡すらも一切なく、ただ人間だけが忽然と姿を消すらしい。
そして、私はそんな現象を起こす存在を知っている。私が今求めてやまないターゲットである魔女ならば、結界に取り込まれた人は一切の痕跡を残さずに食い殺されるだろう。確実に魔女の仕業だと決まったわけじゃないが、そもそも難民のような負の感情に満ちているであろう集団のいる場所は魔女の発生する絶好の条件を満たしているわけで、可能性はかなり高いと見ていい。仮に魔女の仕業ならば、魔法少女でない兵士達が気付くはずもないのも頷ける。
「ハンネスも難民キャンプを見回ってるの?」
「ああ……毎日じゃなくて、壁上とのローテだけどな。一応まだ兵士に犠牲者は出てないが、この様子じゃ今日にでも出たっておかしくねえよ」
「そう……」
仮にハンネスが犠牲者の中に名を連ねようものなら、この部屋を追い出されるのは間違いないし、そうなった場合、一から生活環境を整えなおすだけの余裕があるかは微妙だ。ジェムの濁りはだいぶ気をつけていたとはいえ、すでに四十を超えている。魔女と戦闘を行う可能性を考えればもうあまり猶予もない、今夜中に難民キャンプへと突っ込むべきだろう。
もちろん、数少ない知り合いがみすみす殺されるかもしれないという状況を長々と放置しておきたくはないという気持ちも多分にある。決してツンデレなどではない、ましてやクーデレでもない。私がデレるのはまどかにだけだ。
「今のところこの辺では犠牲者は出てないが、いつ出ないとも限らない。夜の戸締りは今以上にしっかりやっとけよ」
「ええ、分かってるわ」
夜中こそ部屋に居ないのにしらじらしい、と思いつつもハンネスの言葉に力強く頷いておく。
だがまあ、そんな理由があるのならこの憔悴っぷりも理解できるというもの、このままやつれ続ければ近いうちに過労か心労か、そのどっちかで倒れるのは間違いない。魔女の仕業なら解決できるのは恐らく私だけだし、魔女でなくて人攫いの類だとしても暗視に赤外線にと各種スコープを持つ私には人間の隠行は通じない、なるべく早く解決の糸口程度は掴んであげようと思った。
「で、二つ目なんだが」
「……まだあるの?」
「ああ、まあな。こっちは一つ目程に重くはないんだが、特に夜の見回りのときに兵士がしょちゅう何者かに昏倒させられててな」
「…………」
その言葉に毛先を弄んでいた指の動きがピタリと止まり、それと同時に背中に冷や汗が流れる。間違いない、それ、犯人私だ。指は結局誤魔化せないまま何とか声だけ震えを押しとどめ、それでも視線は明らかに分かるほどには泳ぎつつも何とか不自然にならないように会話を続ける。出来てないけど、ハンネスは憔悴しきってこっちを確認する余裕もないと信じて。
「……それも、シガンシナの難民キャンプでの話?」
「いんや、これは街中いたるところでだな」
「そ、そう……」
夜の捜索のときに各地に出向いては、見つかりそうになった相手を昏倒させていたが、そりゃあれだけやれば兵士側だって警戒するわよね。次からは、もう少し自重しよう。
「一応全員が大した怪我もなく、文字通りただ気絶させられただけなんだが、一つ目の件があるからな。夜の見回りんときにその辺に転がされたら次もう目が醒めないかもしれないだろ」
「そう、ね……」
「だから最近の巡回は神経磨り減りまくりなんだよ。お前も夕方は太陽のあるうちに戻って来いよ、何があるかわかんねえ」
「ええ……そうするわ」
少なくとも二件目に関しては私が被害にあうことは百パーセントないが、そんなことを明かすわけにもいかずに。怪訝な様子で私を伺っていたハンネスが、結局何も追求しないまま夜の巡回に出ていくその背中を見送って、扉が閉まった瞬間大きく息をついて机に突っ伏すのだった。
ハンネスが仕事に出かけてから約一時間、ゆっくり休めた体は本調子とはいかないものの、午後の巡回の疲れは大分抜けたように思う。これなら戦闘になってもそうそうに遅れを取ることはないだろう。いつもの夜用装備をしっかりと確認し、お馴染みとなった窓枠へと手を掛けて、先日会ったキッツ隊長の言葉を思い出す。
「隊の風紀を乱すような真似は厳禁、街の治安を乱すような真似は厳禁、一度でも破れば即座に放逐。中々に苛烈だけれど現状の特別性を考えれば妥当なところ。夜の行動はそのどちらの約束も軽く破っておつりが来る、だから隠密は確実かつ迅速に。いくわよ、ほむら」
銃身を額に押し当て、目をつぶって深呼吸を一つ精神を統一する。これから先、僅かな油断もないように。先は見えなくとも、行動の一つ一つが必ずまどかを救うことに繋がると信じて。窓を押し開け、夜のトロストへと飛び出す。
周囲の明かりは極僅か、今まで以上に闇が降りるのが早くなっている、やはり住人達も街の異常を肌で感じ取っているのだろう。そんなより深い暗闇にも後押しされ、私は滑るように夜の街を駆け抜ける。
ここ数日で把握した見回りルートを頭の中に描きつつ、兵士の間隙を縫って宿舎から結構な距離――徒歩なら明るい時間で一時間強か――の離れた難民キャンプへと急ぐ。途中、どうしようもなくなって何人か昏倒させてしまったが、ハンネスが言っていたこともあって目立つように道の真ん中まで動かしてから放置してきたから多分大丈夫だろう。
「空気が……」
そしてどうにかたどり着いたシガンシナ難民キャンプの外周、そこに満ちる空気は明らかに重く、澱んでいた。そして、私はその空気を醸し出す存在を嫌というほどに知っている。
「ちっ……以前昼に来たときは何事もなかったのに、この数日でここまで力をつけたのだとしたら相当に厄介な可能性があるわね」
警戒のレベルを一段上げ、いつでも時間停止を発動できるよう準備した上でキャンプのエリア内へと侵入する。餌でない、自身を狩り得る者が進入したことを察知したか、纏わりつくような圧力が一段と増し、周囲全体から殺気をひしひしと感じる。それでも、ジェムに感じる反応はまだ弱い。もっと反応の強い場所――恐らくは中心部――に行く必要があるだろう。逸る気持ちを押さえつけ、一切の足音を立てず暗闇に紛れて先に進む。
「……重いわね」
一歩一歩近づくごとに纏わりつく空気が重くなり、そして刺すような殺気が増していく。ある意味で慣れ親しんだ空気、感じる強大な力にきっとマスクの下の顔は獰猛な笑顔になっているに違いない。求めていたグリーフシードに加えて全く未知の強敵、そんな相手との戦いは確実に私の血肉となるだろうから。
「ここ、ね」
ソウルジェムが一際反応したちょっとした広場の中央、私たちにしか分からない感覚が魔女の結界、似て非なるも限りなくそれに近いものの存在を告げる。ここまでやってきて躊躇う理由はない、全く逡巡せずに最後の一線を超える。その瞬間に反転する世界、暗闇に満ちた世界が一瞬にしてホワイトアウト――今まで暗闇に慣れきっていた両目にバイザー越しとはいえこの白光はキツイ――を起こす。
「――けて! 誰かぁ!!」
「っ!?」
そんな中捉えた助けを呼ぶ誰かの声。間違いなく、魔女に襲われている一般人のそれだ。マスクを、スコープを、そしてヘルメットを剥ぎ取りつつも声のしたほうに向かって駆ける、広場を抜け、突き当たりのT字路を右に曲がったその先にあった光景は、まるでシガンシナのときの焼き増し――襲われているのは知っている二人ではなかったけれど――で。
「またこのパターン……ああもう、節約しなきゃいけないのに!」
白い世界に浮かぶ真っ黒な巨人、今まで見てきた巨人よりも遥にワルプルギスの使い魔に近い姿形をしたそれがへたり込む女の子に向かって手を伸ばす、彼我の距離はもう僅かで、私以外の誰にだって間に合うタイミングではなかったけれど。
静止した世界を駆ける、恐怖に引きつった顔の女の子は私が巨人に触れない限り死ぬことはない、けれどもこんな子の眼前で戦う理由もないし、目撃者を出すわけにもいかない。
「ごめんね」
背後から女の子の肩に手を触れ、その子の時間停止だけを解く。そして、背後に居る私にも凍りついた世界にも疑問を抱く前に首筋に手刀を打ち込み気絶させる。がっくりと崩れ落ちた子を近くの建物の屋根へと移送し、観察しながら黒い巨人の前へと舞い戻る。
「見た感じ魔女ってわけでもなさそうだけれど……まあ、気配も似てるしきっと本質も似たようなものでしょう」
僅かに離れたところで正対し、時間停止を解く。振り下ろされた黒腕が空振ったことにどんな感想を抱いたか、顔も真っ黒のために一切の表情を見出せない黒の巨人――面倒なので、これからは魔人と称することにする――に向けて、取り出したアサルトライフルを構える。
「足を撃ち、首を削ぐ。人がいる以上あんまり時間もかけられない、さっさとグリーフシードになってもらうわよ」
魔人が新たな行動を起こすよりも早く、世界を灼くマズルフラッシュと共に放たれた弾丸が魔人の足首付近を吹き飛ばす。地にへたった女の子を掴むために右足を前にして前かがみになりつつあった体勢の、その体重の乗った軸足首を吹き飛ばされた魔人はなす術もなくそのまま前に崩れ落ちる――筈だった。
「っ!?」
足首付近の黒が吹き飛んだ、そこまではいい。だが、これは一体どういうことか、文句を言うよりも早く明確な指向性をもって飛んで来た魔人の一部を跳んで避ける。飛沫になって弾け飛んだはずの体が変化して――形状からこちらは今後蛇と呼称する――こちらを襲ってくるなんて、巴マミを喰らったシャルロッテのような厄介すぎる特性だ。
「……待って、蛇!?」
背後に感じた悪寒に逆らわないまま大きく前に身を投げる。転がって跳ね起きたときに見た光景は、寸前まで私の居た場所を一度避けた蛇が貫くもの、その位置が正確に心臓を狙っていたのは偶然か必然か分からないが、楽観視して痛い目を見たくはない。
そして蛇を二度避けた私に迫る背後からの圧力、魔人本体の攻撃を再度前方に大きく転がって避ける。空間ごと押し潰さんばかりの振り下ろしは大地を容易く陥没させ、轟音とともに巻き起こった暴風が私の体を容易く吹き飛ばす。
「くっ……餌としてじゃなくてしっかり敵として見られてる、ってわけね。オマケに馬鹿げた威力じゃないの、ったく」
喰らうつもりでのんびり手を伸ばしてくる、舐められているようならもっと余裕も持てるのに。盛大に舌打ちしつつ、咄嗟に撃ってしまわないようにアサルトライフルを格納し、変わりにショットガンを取り出す。魔人本体を大きく旋回してから再度向かってきた蛇を至近距離ギリギリまでひきつけて横にかわし、側面からぶっ放す。
重い銃声と共に張られた弾幕が再度私を抉ろうと突っ込んできた蛇の全身を飛沫と化す。大地にぶちまけられた蛇の残骸が周囲を溶かしたか、焦げ臭い煙がしゅうしゅうと上がるのを見て眼前で破壊しなくて良かったと安堵しつつ、視線を魔人へと戻す。
「しっかし……どうしたものかしら」
ガシャっとポンプアクションでショットガンの弾をリロードしつつ、こちらに向かって足を進める魔人を見据えてぼやく。今の特性を見るに、うなじを抉ったらその部分がまた蛇なりなんなりとして襲い掛かってきそうで、時間を停めての確殺攻勢へと出るのを躊躇わせる。
振るわれる豪腕を掻い潜りながら考える。この魔人がこの世界の住人が持つ絶望が作り出した存在だとしたら、今後も戦うことになるのは目に見えている。あまり時間をかけられないとはいえここである程度相手の特性を把握しておくのは悪いことじゃないだろう。
走り回りながら取り出したハンドガンでもって魔人の顔辺りを撃つ。吸い込まれるように命中した弾丸が削り取った魔人の一部がやはり同じく蛇となって襲ってくるのを、今度は真っ直ぐ待ち構える。
「蛇の動き自体は単純、分かってしまえばそこまで怖いものでもない、わね」
シガンシナを出てからトロストに来るまで数多く殺してきた巨人の特性を鑑みるに、魔人の黒い体もやられた部分が分離してこちらを襲うのも恐らくは魔力によるもの、であるならば、同じく魔力を纏うこの盾でならば弾け飛ばしたとしてこちらが被害を受けることもない、だろう。
万が一もないように体を右にかわし、通り過ぎようとする蛇を横から振り回した左腕で弾き飛ばすように殴りつける。ワルプルギスの黒いレーザーを防いだときとは比べ物にならないぐらい軽い感触と共に魔人の黒い魔力を私の紫の魔力が相殺したか、先ほどのように弾け跳ぶこともなく消滅する。
「読みどおりね。後は――」
ハンドガンで抉れたことからも耐久性は本来の巨人に比べて大幅に下がっているだろう。それが体の流動性に繋がっているのだから良し悪しではあるが、巨人を斬るよりも刀に掛かる負担は小さいことを期待したい。
銃器を仕舞い、変わりに構えた刀身に魔力を纏わせて迫り来る魔人に向けて正眼に構え、魔人が踏み出した瞬間にタイミングをずらすように駆け出す。
「甘いわ」
歩きから踏み潰しに目的を変えたか、だけど当初の予定からずれた攻撃なんて見てから十分に避けられる。すれ違い様、背後に落ちた足首を引っかくように薙ぎ払い、斬った部分の行方を注視しつつ魔人の背後へと抜ける。
抉った足首こそすぐさま再生、というよりも他の場所から流れてきた黒い魔力によって補われたが、確実に斬った手応えはあったし、斬られた部分が蛇と化すこともなかった。いいことずくめに見えて――しかし、現実はそこまで甘くない。
「何度も攻撃するのは難しい、か」
刀身に纏わせた魔力がごっそりと減っている。後一回、出来て二回。その攻撃で刀身の魔力は尽きるだろう。その都度上乗せしていたら、一体どれほどの消費になるのか考えたくもない。
「次よ」
時間を停め、近くの建物を駆け上がり、屋根の上から魔人に向かって飛び掛る。狙いは振り向く動きの途中で無防備に投げ出された手首、両手で柄をしっかりと握り締め、渾身の気合とともに最上段から振り下ろす――
「たああ!!」
――手応えは十分、黒い魔力で作られた魔人の手首程度ならば私でも容易く斬れることが分かった。問題は次、斬りおとされた手首がどう動くか。
着地と同時に大きく距離を取り、刀を盾に収めどんな事態にも対応できるよう全身の力を抜きつつ軽く腰を落として時間停止を解く。果たして、斬った手がそのまま飛んでくるか、あるいはさっきと同じように蛇として向かってくるか。
「……ちぃ!」
果たして、結果は予想の斜め上。斬り落とされた手首から先がうねったかと思うと、小さな魔人として立ち上がったではないか。もちろん斬られた方の手首はすぐさま復元しているし、体積が減ったようにも見えない。
「分離した部分の大きさによって形が変わる? 冗談きついわよ……!」
こんな広い場で二体を相手にするのは愚の骨頂、すぐさま反転して狭い通路へと逃げ込む。魔人・小は入れて大は入れないであろう通路でまずは小手調べとばかりに追ってきた小へ向かって機関銃を乱射する。
毎分一千発を発射するミニミ機関銃の弾幕が現れた小魔人をすぐさま全身蜂の巣、にはできずに飛び散った飛沫が蛇と化して銃弾の雨を掻い潜り襲い掛かってくる。一度分離した魔人をさらに細分してもなお蛇として襲ってくる、回数よりは体積が重要ということか。
「タワー!」
それを見た私は機関銃をその辺に投げ捨てると同時に左手に装備した盾を巨大化させ、その影へと身を潜める。その直後、何かを連続で受け止める衝撃に盾が震えるが、そこまでは全て予想通り。投げ捨てた機関銃を拾い上げ、すぐさま通路を抜け出すべく隣の壁を駆け上がる。
まだ動くようならば上からの銃撃で今度こそ完全に吹き飛ばそうと思ったが、どうやら機関銃クラスの威力ならばあの程度の魔人を削って余りある威力があるようだ、いたであろう場所にはすでに存在の痕跡すら残っていない。
その光景を見て確信したこと、それは魔人の体はある程度の分量がなければ形態を保てないということ、そしてそれは分離後の蛇等にも言えること。つまり水滴レベルにまで削ってしまえばそれ以上何かに変化することはないということだ。機関銃の威力が高かったからか、はたまた銃弾の熱で蒸発させられたかは知らないが、襲ってきた蛇の量は小魔人の大きさからすれば随分少なかったから。
「さて、そろそろケリをつけさせてもらうわよ」
屋根の上に降り立った私と大魔人の高さはほぼ同じ、はからずともシガンシナで最初に巨人を倒したときと同じ構図になる。だが、今回は口の中にグレネードを放り込むわけにもいかない、まずは項を抉ってそれで倒せるかどうかを確かめないとだ。
一瞬の交錯、大砲と錯覚するほどの豪腕をすり抜け、風に靡く髪を翻らせながら魔人の脇の下の位置から通路を挟んで反対の屋根へと飛び移る。背後を取ったその瞬間、時間停止を発動させて反対の屋根をもう一度蹴り魔人の背後へ身を投げる。
「貰った!」
盾を鞘に見立て、抜き出すと同時に魔力を纏わせた刀で何度も斬り抉ったおかげで完璧に把握している巨人の項、そのあるべき場所を斬り裂く。めり込んだ長さは刀身全体の半分にも達しようか、今まででも最高の一撃。
「――――!!」
「っ!」
だが、魔人を殺すには至らない。もしかしたら項はこいつの弱点じゃないのか、瞬間よぎった思考のせいで反応が遅れ、凄まじい雄たけびと共に振るわれた音すら置き去りにするほどの拳をそれでも何とか盾で受け止め、そのワルプルギスの一撃にも匹敵しうる威力と衝撃に一瞬で意識が飛ぶ。
「――がっ!?」
意識が飛んでいたのはどれほどか、背中に叩きつけられた凄まじい衝撃と一瞬遅れてやってきた全身を貫く激痛に意識を覚醒させられる。明滅する視界を右手で無理矢理こじ開け見れば、魔人の姿が随分小さく見える、一体どれほどの距離をぶっ飛ばされたのか。叩きつけられた建物、その壁が見るも無残に陥没し、崩壊寸前と言って差し支えないほどの亀裂が入っていた。
「ぐ……げほっ!」
こみ上げてきたどす黒い血を逆らわずにその場に吐き出し、すぐさま痛覚を緩めて全身に治癒の魔法を施す。さやか程じゃないが一人で戦い続ける過程である程度使えるようになったこれのお世話になったのもいつ以来か。
その過程で自己診断した結果、盾越しに直接攻撃を受け止めた左腕は軽く粉砕骨折、さらに突き抜けた衝撃が肋骨を数本へし折り、次いで二度の前と後ろからの衝撃で内臓が滅茶苦茶になっている、さらに強烈に撃ちつけられたせいで頭蓋骨までがやられている。ここまでの重傷――というよりは人間だったら間違いなく致命傷なのだが――は対ワルプルギス戦以外では本当に久しぶりだった。
「はぁ、はぁ……今のは、効いたわ……」
動ける程度に回復した体で立ち上がり、今なおふら付く頭を抑えながらこちらに向かって歩いてくる魔人を睨みつける。巨人の癖に項が弱点じゃないなんて、いや、姿形が巨人に似ているからと言って勝手にそう判断した私の落ち度か。今の魔人程度の小さな巨人ならばその程度でも殺しえた実験結果が裏目に出た、だがまあ済んでしまったことをあれこれいっても仕方がない。
あれほど油断はするまいと気をつけていたはずなのに、どうやら私のポカ癖は何度繰り返したところで直らないらしい。全く、馬鹿は死んでも直らないとはよく言ったものだ。
「今まででまともに効いたのは魔力を使った攻撃だけね……機関銃で削った小魔人のことも考えれば全く効かないわけでもないだろうけど、あれだけの大きさのを削るとなったらどれぐらいの銃弾が必要かわかったものじゃないし、分離後に襲ってくる蛇の量も半端じゃない、結局盾で防ぐことを考えても現実的とはいえない」
かといって、純魔力を使った攻撃――例えばまどかの弓矢のような――は、私はすこぶる苦手なのだ。やって出来ないことはないだろうが、ぶっつけ本番でやりたいとは思わない。だとするなら、やっぱり周囲にごめんなさいしつつもグレネードで吹き飛ばすのが一番か。だが、やはり何かが引っかかる。
「……シガンシナ難民というよりも、この世界の人々が抱く絶望の具現なのだとしたら、弱点も同じはずなのだけれど」
確かに、足首を斬ったときは斬撃による傷など出来る前に周囲の魔力によって塞がれた。さっきの一撃も確かに完璧な一撃ではあったが、結局一閃である以上項を斬ってはいるが抉り取ってはいないのだ。
これから先出てくるたびに爆薬で倒していては、すぐさまこちらのストックが尽きてしまう。もう一度、もう一度だけ項に対する攻撃を敢行してみるべきだろう。反撃は凄まじく痛かったが、仮にもう一度食らったところで死にはしないのだから恐れる必要などどこにもない。
「もう一本は……これでいくしかないわね」
大振りのコンバットナイフを取り出し、刀の鞘にリボンでぐるぐる巻きにして結びつける。長さは不揃いだが、ナイフを直接持つよりはまだマシだ。建物に叩きつけられた際に取り落としたか、近くに転がっていた刀を拾い上げるついでにナイフと刀に魔力を纏わせ、即席の二刀をだらんと下げながら魔人に向かって駆ける。これで駄目なようならグレネード、そう決めて魔人との最終ラウンドへと突入する。
「二刀をしっかりⅤの字に合わせて削ぎ落とす」
魔人の間合いに踏み込む、瞬間飛んで来た蹴りをスライディングで潜り抜けつつ回避、魔人の軸足側に抜けることで体勢を立て直す暇を与えないままに背後を取り、シガンシナの時と同じく魔人の背を駆け上がろうとして踏み止まる。靴で踏んづけた瞬間体が飲まれようものなら洒落にならない、大人しくすぐ側の建物に爪先を打ち込み屋根まで跳ぶ。
「これで――」
魔人の反応は相当に速かった、私が屋上を蹴った瞬間には先ほどの焼き増しのように横からの強烈なフックを打ち込む体勢になっていて、けれども当たっていない以上私に対してはどれほど速くても意味はない。
「――終わりよ」
勢いをつけるために屋根を蹴った瞬間からスケート選手のように空中で三回転、加速を十二分に乗せた一撃が停止した時間ごと魔人の項を抉り取る。先ほどのようなヘマは冒さない、攻撃の瞬間に動かした時間を攻撃の直後に再度停め、隣の屋根に着地しすぐさま次の行動に移れるようにした上で今度こそ時間停止を解除する。
果たして、私の読み通りこれで終わってくれれば御の字、だがそうでないときのために切り札のRPGを取り出して構えておくことは忘れない。
「――――」
声にならない怨嗟の叫び、腹の芯にのしかかってくるような重低音を響かせ、魔人の体が崩れていく。それでもまだ諦めないとばかりに私に向けて力なく突き出された腕がぐずぐずに溶け落ちていく様は見ていて気持ちのいいものじゃなかった。
「……ふぅ」
完全に魔人が消滅したのを確認し、屋根の上から飛び降りる。魔人が消えた場所に残っていた何か――グリーフシードとは違う、けれども感じる雰囲気は良く似た立方体の物体――を拾い上げ、左手にくっついているソウルジェムへと近づける。一瞬の後、大分濁っていた私のソウルジェムから穢れが近づけた立方体に吸われていく。形状こそ違うものの、どうやら同じ効果を持っていたようだ。
「そうね……グリーフキューブ、いや、グリーフシェルとでも呼びましょうか、って、あれ?」
先ほど拾ったグリーフシェルはすでにどす黒く濁りきってしまった、私のジェムがいまだ濁っているにも関わらずに。
「……え? 本気?」
回復する前の汚染度は約六十、戦闘前が四十だったことを考えても二十ほど戦闘で使用した計算になる。そして、シェルで回復した後の汚染度は四十。つまりどういうことか、初戦ということで実験的な動きを多分に含めたとはいえ、弾薬の分を差っ引けば大赤字ということだ。
一つあれば多いときには三人回復させてもお釣りが来るグリーフシードの性能が凄いのか、それともこのシェルの性能がしょっぱいのかは分からない。けれど、なんというか、納得いかなかった。
「……次、早めに出現することを祈るしかないわね」
揺らぎ始めた空間にタイムリミットを確信した私が踵を返し、そして目が点になる。
「……ほむ?」
やあ、これからが本番だよとばかりにこちらに向かってくる魔人が五体、空間の揺らぎは結界の消滅ではなくて新たな魔人の出現を意味していたのか。いやいやちょっと待て、確かに早く出て来いとは思ったけれども幾らなんでも早すぎというか何で五体も。確かにあれ全部倒せればジェムは完全に回復するだろうけれどさ。
だがまあ、ハンネスのことを考えても街の人たちのことを考えてもここで黙って見過ごすわけにもいかないか。どす黒く濁ったグリーフシェルを小さな袋に入れて盾にしまい、こちらに向かって歩いてくる先頭の魔人に向けて苛立ち紛れにRPGをぶっ放すのだった。
これでも削ったのに(三回目)
感想でご質問いただきました件については活動報告のほうでお答えさせていただきます、興味がありましたらそちらをご覧ください。
一話の長さをもう少しコンパクトに纏めたいですね。次回への課題ということで、またよろしくお願いします。