ワアアアアア、と歓声がやまないエンジンシティのスタジアム。いまルリミゾがジムリーダーたちと待機している控室まで震わせるほどの声量だ。用意されたモニターにはローズ委員長とオリーヴ秘書が映し出されている。
『レディース アンド ジェントルマン!わたくし、リーグ委員長のローズと申します!』
この動画はガラル全土、いや世界へと配信されているからか、やや大層な文句から始まった。今日はジムチャレンジの開会式。ローズはジムチャレンジについて簡潔に説明している。8人のジムリーダーを倒したトレーナーのみが、チャンピオンの待つ「チャンピオンカップ」へと進むことができるのだという。ルリミゾは代理として他のジムリーダーと肩を並べて入場、紹介される予定だ。
控室では様々なジムリーダーから声をかけられた。代理として慣れないジムリーダー業を務めるルリミゾを気遣う者、相談に乗るよと言ってくれる者、あるいは単純に代理でもジムリーダーと認めていると後押ししてくれる者。多くの人に尊敬されるトップトレーナー達は人格すら素晴らしく、まさにジムリーダーとしてジムチャレンジャー達を導くのにふさわしい。そうルリミゾは感動していた。声をかけられている間に考えていたことは戦いたいなという事だけだったが。
『それではジムリーダーのみなさん!姿をお見せください!』
出番のようだ。行くぞ、と先頭を歩くキバナに続いて、左右に分かれながら入場していく。アンタが先頭歩くのは今年が最後ね、と不敵に笑いながら。
・・・
歓声が一段と大きくなる。通路からフィールドに出たからでもあるが、スターであるジムリーダーの入場に観客がさらに興奮しているからだ。
「ファイティングファーマー!草タイプ使いのヤロー!」
広い肩幅が軽く手を上げながら挨拶する。
「レイジングウェイブ!水ポケモンの使い手ルリナ!」
優雅に歩く褐色の美女が投げキッスすれば、さらに野太い声が大きくなる。
「いつまでも燃える男!炎のベテランファイター カブ!」
白髪交じりのグレー、渋い表情と共に肩から手首まで一直線に伸ばしてキリっと歩く。
「悲劇の代理!ノーマルトレーナー ルリミゾ!」
自然体で歩き、軽く微笑みながら観客席に手を振る。ノーマルタイプのユニフォームは驚くほど特徴のない白いユニフォームなのであまり気に食わないが、それでも観客たちは大声援を送ってくれる。キルクスでジムトレーナーから聞いた話によれば、ノーマルタイプユニフォームのレプリカはなかなか売れているらしい。
あたしの魅力ね、とドヤ顔すればノマはこの世の終わりみたいな表情をしていた。
・・・
「一人来ておりませんが…ガラル地方が誇るジムリーダーたちです!」
あたしは代理だけど、と心の中で呟きながらも笑顔で横一列に並ぶ。面倒だ。来ていないネズが羨ましい。だがジムとキルクスの評判は落とせない。ジムチャレンジの紹介はまだまだ続く。
「ジムチャレンジャーたちは、この8つのジムリーダーの待つスタジアムへと旅をします!まず最初にターフタウンの...
もしかして一から紹介するのか?と絶望した。
・・・
「・・・そして、ジムリーダーとチャンピオンがいる限り、ギンガ団を名乗る犯罪者にも負けはしません!」
話が長い。今ギンガ団と聞こえた気がしたが気のせいだろう。慣れない微笑みを続けていたせいでそろそろ表情筋がプルプルしてきた。まずい。ローズの話はもはや意味を持った言葉として耳に入ってこなかったので、まだ終わらないのかと気を取り直して再び耳を傾ける。
「・・・ですから、ジムに訪れたジムチャレンジャーたちにはジムミッションが課されます!」
どうやらまだ続きそうだった。限界を迎えた表情筋をほぐすため下を向く。むにむにと両手で顔全体をマッサージする。他のジムリーダーたちはまだ立っていて姿勢を崩さない。隣を見る。ポプラは今年で88歳のはずだ。ポプラの腰のためにもジムリーダーは帰らせるべきではないだろうか。
「へばってるのはあんただけだよ」
小声で笑いながらそう言われた。
うるさい!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なんとか無事?開会式を終えた後、ユニフォームを着たまま軽く変装して受付近くでジムチャレンジャーを観察する。ジムリーダー格のトレーナーはサインや写真をねだられて人ごみができてしまうから、帽子を被り、メガネをかける。これでもうかなり知的だ。年齢的にもそう変わらないので、ジムチャレンジャーの一人に見えるだろう。
なにか楽しそうに話しているダンデの弟と、おそらくその幼馴染?、それとスパイクタウンのジムトレーナーに歓声を送られながら歩くマリィ。化けそうなのはこのあたりだろうか。とくにダンデ弟の幼馴染は、シンオウのあの少年と同じ雰囲気がある。
「ってところね」
「そんなのわかるのか?漫画のキャラじゃあるまいし・・・」
「あたしにはわかるのよ」
ノマと話しながら入口付近でチラチーノを抱いて撫でる。ぐふぐふ、ときのみを食べながら嬉しそうにしている。ジムチャレンジャーたちは開会式の熱気から解放され、思い思いに雑談をしたりポケモンと触れ合ったりしている。そろそろ邪魔になるだろうからキルクスに帰ろうか、とノマに話しかけようとした時だった。
どいてください、と声がしたので身体を向ける。
「ぼくは委員長に推薦状をもらったいわばエリートオブエリートなんです。無駄な時間を使わせないでください」
邪魔です、と付け加えられる。明るいグレーの髪をふぁさっと手で梳き、自信満々のピンクの少年がこちらを見ていた。クソ生意気で眉間に少し皺が寄るが、ここで暴れるほど愚かではない。溢れ出る知性で怒りを抑えて立っていると、さらに続けて
「だからはやくどいてください。チラチーノですか、凡人にふさわしい地味なポケモンですね。トレーナーもポケモンも凡庸ですけど、せいぜい頑張ってください」
「・・・」
「あ?」
やめろ、たのむからやめろと横から声がする。これはわからせてやらねばなるまい。今日がこの少年のジムチャレンジ最終日だ。ちょっと表に出ましょうか、と口を開こうとした瞬間。
ばしゃあ。
突然飛んできた水がクソ生意気なピンクの少年に直撃した。
「あ~~~~~!ごめんなさい!ほらメッソンも謝って!」
「~~~~ッ!!」
頭からつま先までずぶ濡れになってしまった少年。思わず笑いがこみ上げてきて、噴き出さないように下を向いて必死で我慢する。声の主はどうやらダンデ弟の幼馴染だ。
「ごめんなさい!濡れてませんか?この子がなにかに突然怯えて『みずでっぽう』を撃ってしまって…あ、私ユウリっていいます!ジムチャレンジャーです!」
とっても臆病な子なんです。そう言いながら抱き上げたメッソンをこちらに向ける。メッソンはルリミゾと目を合わせるなり白目を向いて気絶した。失礼な。
ユウリからはメッソンの顔が見えないのか、気絶したメッソンを抱えてそのまま話しかけてくる。
「お姉さんもジムチャレンジャーですか?」
「ま、まあそんなところよ」
あたしのことよりメッソンとこの水浸しピンクを気にしなさいよ、と思いながら答える。実際年上でも一、二歳しか変わらないのだが、きっとこの知的なメガネのせいで大人びて見えたのだろう。
「おーいユウリ!誰と話してるんだ?」
「ホップ!」
ユニフォームのレプリカの買い物でもしていたのか、袋を携えたダンデ弟がこちらに寄って来る。ホップという名前らしい。だんだんと人が増えてきた。あまり話し込んでまじまじと見られてしまえば、変装がバレてしまうかもしれない。そろそろ用事を思い出す必要があった。
「あ、あたし用事を思い出したから行かなきゃ!メッソンには気にしないでって伝えておいて!」
むしろ大活躍だ、とノマは思いながらルリミゾの後を追う。これで未来あるジムチャレンジャー一人の尊い命が守られた。
「なんかどこかで見たことあるような人だったな~」
後ろ姿を見送りながら、ホップはそう呟いた。手に提げている袋にはユウリに頼まれて購入したノーマルタイプユニフォームが入っているのだが、彼らが気付くことはなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ノマとルリミゾは電車に揺られながらナックルシティを目指す。ジムチャレンジ開会式の帰りだ。アーマーガアタクシーはどこからでも乗れるのが利点だが、その揺れと狭さは今日一日中外面モードでいたルリミゾには許容しがたいものがあった。
「電車で帰るわよ!」
そう宣言されればノマに拒否権はないので、ノマも電車に乗っている。キルクスへの交通の便は悪いから、徒歩かアーマーガアタクシーしかない。エンジンシティからアーマーガアタクシーを使わなかったということは、今日はもうナックルシティに泊まるつもりらしい。
「あのピンクはどうなんだ?」
直情的とはいえ、根に持つような暗い性格ではないのでメッソンの件で水に流したと判断して聞く。隣にはイエッサンが座っており、その表情は穏やかだ。ということはルリミゾも今は穏やかなのだろう。
「あいつはダメね。せいぜい4バッジあたりで限界が来るわ」
良い師匠を見つけない限りね、と付け足しながらスマホロトムをいじっている。
「師匠がいれば伸びるのか?」
ふ、今日は質問ばっかりね、と笑いながらスマホロトムを机に置きこちらを見つめるルリミゾ。しがみついていたチラチーノも頭と一緒に動いているのがなんだか面白い。
「ポケモンに好かれる才覚はあるわ。でもそれだけ。自分が人にどう見られているのかすこしも考えていないし、当然ポケモンにどう見られているかも考えていない。そんな状態でパートナーと心を通わせることなんてできないわ。見えているのは自分のことだけよ」
やけに詳細な分析が返ってきた。
「それを理解させて導く師匠が必要なわけか」
そゆこと、とだけ返事して再びスマホロトムを触り始めた。
ナックルシティまではあと10分ほどだろうか。あの場所で夢と希望に満ち溢れていた3年前の自分は、ルリミゾの目にどう映るのだろう。「んー、まあまあね。7バッジあたりで躓いて腐るわ」なんて予言されるのだろうか。
ふっと笑い、思い出しながら窓の外を眺めていた。
「何よ突然笑い出して。きもちわる」
スマホロトムを見ていたんじゃなかったのか。少しは空気を読んでほしい。
10話使ってからの開会式です。
一流のトレーナーは見る目も一流ってやつですね。
ビートとルリミゾを関わらせつつ、まだ駆け出しのビートが殺されない展開はこれしかありませんでした。
マリィに話しかけなかったのはキルクスで戦うことになると確信していたからです。
評価・感想いつもありがとうございます。励みになります。
誤字報告いつも助かっています。
今回も読んでいただきありがとうございました。
アンケートの締め方がわからず、永遠に「後数話、下地作りをします」と表示されていました。今日締め切れたので安心です。投票ありがとうございました。というわけで開会式でした。
今までの話を見返してみると、字がつめっつめで息苦しくて読みにくいと自分でも感じました。なので改行や段落分けをしてみました。もしお暇でしたら感想いただけると幸いです。
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