「さぁて、まずは初戦、あのババアを軽く捻るわよ!」
「ぐふ!」
ポプラに対して敬意がないわけではなく、強敵として認めたゆえの軽口。控え室でポケモンたちと触れ合い、名前が呼ばれるのを待つ。
「ルリミゾさん、お時間です!」
「今行きます」
ラテラルタウンで負った傷が痛む。体調は万全ではないが、それは歳を重ねた相手とて同じ。ポケモンたちをボールに戻し、通路からスタジアムのフィールドに向かう。今日はアラベスクタウンでの試合。腰の曲がったポプラを気遣ってルリミゾがアウェイに出向くかたちだ。
「相変わらず凄い歓声ですね…」
本性を隠し、ジムリーダーらしく振る舞う。通路から一歩、また一歩とフィールドに近付くたび、歓声が大きくなる。一位を獲るためには一敗もできない。少し身体が硬くなるが、ただ故郷へ帰ることを想って力をもらう。
ワァァアアアアア
「代理だからって手加減はしないよ」
「年配だからと手加減はしませんよ」
「なかなか言うじゃないか。口だけじゃなく振る舞いで見せな」
少し本性が漏れ出てしまったようだ。どちらからともなく後ろへ向いて距離を取る。気持ちを切り替え、最初に出すポケモンを選ぶ。ポプラは老いて歩幅が小さく、ゆっくりなためそれに合わせてルリミゾもゆっくり歩く。
「それじゃ、よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします!」
閉じた傘を地面につきたて、両手を持ち手の上に置いた。少し手首でリズムを取ってから、下から軽くハイパーボールを投げるポプラ。
ジムリーダーの ポプラが
勝負を しかけてきた! ▼
「あたしぐらいの歳になれば、若者みたいな投げ方はできないね」
「気にすることないと思いますよっ!」
猫を被り答えながらモンスターボールを投げる。今更だが構わない。
「バイウールー!」
光と共にもふもふが降り立つ。今までの試合の傾向からして、おそらく最初に繰り出すのはクチートやマタドガスだろう。ポプラの繰り出したポケモンは・・・
「トゲキッス!?」
「あんたの試合、見させてもらったよ」
「ウォーグルを出されちゃ厄介だからねえ、クチートは温存さ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「これはどういう対面なのでしょうか?解説のカキタさん、お願いします」
「えー、ルリミゾ選手を研究したポプラ選手が読み勝ったという感じですね。バイウールーは物理で攻撃するポケモンで相手をすると非常に面倒ですから、上手くトゲキッスを当てた形になっています」
「どうしてバイウールーが面倒なのですか?」
「彼らにはもふもふの毛がありますよね。それがクッションとなって、バイウールーに直接攻撃でダメージを与えるのは至難の業です。ですから、特殊攻撃や遠距離からの物理攻撃で沈める必要があるんです」
ここは実況席。ガラル全土に放送されるメジャージムリーグはとんでもない視聴率を誇る。普段バトルをしないトレーナーや、駆け出しのトレーナーにもわかりやすく状況を実況・解説するのが彼らの役目だ。実況のミタラシ、解説のカキタというコンビは特に人気のキャスター。そんな二人が担当するほど、新しく昇格したルリミゾの戦いは注目を浴びていた。
・・・
バイウールーに風の刃が迫る。トゲキッスの十八番「エアスラッシュ」だ。当たったポケモンは風で動きを封じられることがあり、うまくいけば不利なマッチアップすら完封して勝利することができる凶悪な技として知られている。
「ワイルドボルト!」
電気を纏い、バイウールーがトゲキッス目掛けて駆ける。ルリミゾ達に打開策がない訳ではなかった。トゲキッスは電気に弱く、攻撃を当てることさえできれば大ダメージを与えられる。
問題は「エアスラッシュ」がトゲキッスの十八番と言われる理由だ。
「突っ張った!」
「ルリミゾ選手、交代せず『ワイルドボルト』で反撃に出た!風の刃が迫るなかバイウールーは走ります!」
カキタが驚き声を上げる。状況を精細に伝えるミタラシ。
ゴウ!とバイウールーにまず一発ヒットし、続けて飛来した残りの刃が入り乱れバイウールーや地面を叩く。
「衝撃で煙が上がっています!バイウールーどうだ!?動けているでしょうか!?」
「エアスラッシュ」が着弾し、土煙を上げるスタジアム。しかしいくら待てど雷を纏ったバイウールーは飛び出さない。
「おぉーっと!?バイウールー動けません!ひるんでいます!エアスラッシュがハマりました!」
「これですねー。トゲキッスの『エアスラッシュ』の凶悪さは」
「と、いいますと?」
「トゲキッスは技の扱いが非常に器用なポケモンです。技でダメージを与えるだけでなく、火傷や麻痺、ひるみ、そういった追加での影響を起こしやすい、天からの恵みを受けたようなポケモンなんです」
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(クソッ。運だけはいいわねあのババア…)
「もう一回、今度こそ『ワイルドボルト』!
あと二発ほどなら受けられるだろうが、大きな不利に変わりはない。バイウールーを切り捨てる筋も考えねばならないだろう。こればかりはトレーナーとポケモンの問題ではない。トゲキッスを相手にした多くのトレーナーはただ上手くハマらないことを祈るばかりだ。
「メエェ!!」
見た目にそぐわずバチバチと光り、音を立てるバイウールー。
「もう一度だよ。わからせてやりな」
「フゥゥゥゥン!」
当然、ポプラは同じように「エアスラッシュ」を指示する。交代しようが、突っ張ろうが「エアスラッシュ」の当たる限りポプラが有利だ。
が、相手はルリミゾ。戦闘に関して天賦の才がある。
「見えた!右に二発、上から一発、遅れて左から二発!」
「な!?」
「メェエエエ!」
バイウールーは叫びながら見事にステップして全ての風の刃を回避、トゲキッスへと突撃する。
「当たった!よくやったわ!」
バチン!と空中で輝き着地するバイウールー。反動で少しダメージを受けたが、トゲキッスは体のあちこちを焦がしフラついている。
「どうやって見切ったんだい?まさか土煙の揺らぎかい?」
「ええ。一発目が大きく巻き上げてくれましたから」
驚異的なトレーナーとしての才覚。常人は考えもしないことをルリミゾはやってのけた。ポケモンの目、頭脳としてのトレーナーの極致だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「と、とんでもないことをしたルリミゾ選手!今の見ましたかカキタさん!彼女指示して全部避けましたよ!」
「とんでもないですね・・・土煙に生じた僅かな揺れで、風の刃を全て見切ったようです」
「これはわからなくなってきたんじゃないですか?」
「そうですねぇ、ポプラ選手は『エアスラッシュ』を撃ちにくいですよこれは」
次の一手が分岐点です、と解説するカキタ。彼はポケモントレーナーとしては3バッジ止まりだが、必死に努力して知識を付けこの席に座っている。今では彼の右に出る解説はいないほどだ。
「やってくれるじゃないか」
ポプラが笑う。これで状況はイーブンに戻った。今度はバイウールー自ら土煙を巻き上げ、ルリミゾが指示を出しやすいような状況を作り出し「エアスラッシュ」を牽制する。トレーナーとの信頼、連携からきた行動だ。
「ちまちま戦うのはやめにするよ。『だいもんじ』!」
トゲキッスが羽を大きく広げ、等身大の炎を放つ。
「ポプラ選手、勝負に出ました!『だいもんじ』でバイウールーを仕留めにかかります!」
「『エアスラッシュ』はもう通じないとルリミゾ選手をリスペクトしての判断ですねー。老いても衰えませんね」
「ギガインパクト!」
それは「ワイルドボルト」よりもさらに威力を求めた指示。絶対に一撃で仕留めるという判断。
「対するルリミゾ選手、反動を覚悟で『ギガインパクト』!真っ向からぶつかり合います!」
「もちろん『だいもんじ』は彼女ほどのトレーナーならば予想できていたでしょうから、『あついしぼう』のカビゴンで受けながら交代する選択肢もありました。それでもバイウールーで戦ったのは信頼と場の流れでしょう」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あなたなら耐えられる!」
これまでの特訓、そして試合、何より培った信頼関係から火中へと飛び込む指示をする。あえて自分から火に飛び込もうとする生物はいない。ましてや他人の指示でだ。
「メエェエエエエエ!」
それでも信じて突っ込んでくれる。「だいもんじ」が迫り、ルリミゾも焼かれるような気持ちでバイウールーを見つめていた。その熱量は呼吸するたびに喉を、鼻をカラカラにする。張り付くような乾燥が気持ち悪い。視界の向こうが熱でゆらぐ。
「バイウールー!」
「トゲキッス!」
ドゴォ!とおよそ生物同士がぶつかったとは思えない音を立てて空気が震えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「バイウールー、トゲキッス共に倒れています!戦闘不能!戦闘不能です!まさかの引き分けだあ~!」
声が響く。ミタラシは一匹目からハードだな、と思いながら試合の熱狂を伝えるべく言葉を紡ぐ。
「一匹目から壮絶な殴り合いです!これは今何が起きたのでしょうか、カキタさん」
「先ほど説明した通り、バイウールーはもふもふです。それゆえ炎にはとても弱く、草ポケモンでもないのに大ダメージを受けてしまいます。ですから『エアスラッシュ』で受けたダメージ分と『ワイルドボルト』で食らった反動と合わせて耐えられなかったんですねー。ただトゲキッスが圧倒的な有利な状況でよく1-1交換にまで持ち込みましたよルリミゾ選手」
「ギガインパクト」の指示が効いていました。とカキタは続ける。どうやら興奮して熱が入ったようだ。
「はじめから、バイウールーは自分が相打ちになってでもトゲキッスを落としきり、試合を有利に運ぶと覚悟を決めていたようです。まさにトレーナー、チームのための献身。一流の試合でしか見れないプレーですよ今のは」
長年の経験から、ここで止めるように隣のカキタの肩を抑えて伝えるミタラシ。このままだとカキタが一人で話すだけになってしまう。視聴者を意識してリードする。
「トゲキッスが落ちるとどうなるのでしょうか?そこまでして落とす必要があったんですか?」
「ええ。これでルリミゾ選手がかなり有利になりましたよ。何せ彼女にはトゲキッスによって出せなかった・・・」
「カビゴンが控えていますから」
ポプラ戦前半、というか1/3くらいですね。
書いていて楽しくてかなり筆が乗りました。
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誤字報告助かります。
今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。
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