「ああ」
手が震える。たった一手。それも積み技ひとつ。有利に運んでいたはずの試合が一気に不利、どころかほぼ詰み。
「イエッサン」
ルリミゾの感情を察知したのか、あまり良い表情ではない。
「マジカルシャイン」
イエッサンが光り、それから――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・・・
「ん・・・もう19時か・・・」
目が覚めたのは夜。すっかり暗くなったカーテンの向こうに意識を向けるも、すぐに布団に潜る。試合から二日、ルリミゾは家から出ていない。たかが一敗、されど一敗。町の期待を、ジムトレーナーたちの期待を、自身の未来を背負って戦うという初めての経験、そして敗北して初めて感じた重圧。
(好き勝手暴れている時にはこんな気持ちなかったのに)
シンオウで少年に負けた時。ただ良い勝負ができたという楽しさで笑っていられた。道を開けて、素直に退散したのを覚えている。
(勝ってる時には何も感じてなかったけど、何かを背負って負けることがこんなにも・・・)
苦しい。
自分が倒してきたジムリーダー、警備員、リーグスタッフ、それぞれ何かを背負っていたのだろう。ルリミゾ自身も故郷への帰還という目標が懸かっていたものの、負けたことがないから自覚していなかった。
(お腹すいた・・・でも動く気にもなれない・・・)
二日も暗い部屋で過ごしている不摂生、それと敗北の傷心、どちらもルリミゾを絞めつけている。またスマホロトムが光って震えた。ノマやジムトレーナーからの連絡だろう。真っ暗な部屋で目が慣れていないためやけに眩しい。閉め切った部屋の空気が気持ち悪い。
(何が悪かった・・・?ポケモンたちはベストを尽くしてくれた。勝ちに導けなかったのは)
夜が更ける。そうしてまた、少しの覚醒のあとに眠りについた。それの繰り返し。
・・・
三日目。ついに結論に辿り着いた。
「焦燥が足りない・・・!こんなにも故郷に餓えているのに!」
帰ることが果たされなければ、真に生きることなどできないというのに。思わず笑う。
「どうして去る世界に情なんて感じていたのかしら!あたしが背負ってるのは帰る使命だけなのに!」
町の期待も、ジムトレーナーの期待も、最後には関係なくなるというのに。
「これが挫折!知らなかった!」
もっと強くなれる。そんな気がした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
コンコン、とドアをノックする。今日で三日目。ノマはただルリミゾが立ち直ることを信じて毎日家を訪れていた。
「待たせたわね」
ガチャリ、とすぐに開いたドアから出てきたのは、ぼさぼさの髪と隈を作ったルリミゾ。やけに恐ろしく見える笑みを湛えながら。
「すぐに準備してジムに戻るわ。悪かったわね。もう大丈夫よ」
想像よりも憔悴した姿に言葉が出なかった。最速のジムチャレンジャーはちょうどカブを突破したところだと聞く。タイミングとしては丁度立ち直ってくれて良かったと感じているが、ここまで思い詰めているとは予想すらしていなかった。ジムにいない理由も、ワイルドエリアに訪れたり、何か他の事をして発散しているのだと思っていた。町の誰もルリミゾを見ていないということを知ってから、部屋に籠っているのだと気付いたのはキバナとの試合から二日目。
「眩しいわね、珍しく晴れているなんて」
「ああ」
一昨日も晴れていた、とは言わなかった。自分より強いトレーナーが味わう敗北、その想像はノマには全く不可能だった。だからその精神がどう立ち直ったのか、今どういう状況なのか、量りかねている。負けたルリミゾにどう言葉をかければいいのかわからなかった。今こそ言葉を何かかけるべきだろう。
「その、今回お前がキバナに負けても俺たちジムトレーナーは――」
「いいのよ、
いつかの出会いの日のように遮られる。ノマはなんだかそれを思い出してふっと笑う。
「何よまた急に笑って。きもちわる」
「三日も引きこもって、俺ら全員大変だったんだぞ!?」
「だから悪かったって!ジム着いたらバトルするわよ!」
ボコボコにしてあげる!と少し大きな声で言うルリミゾ。それがいつかを思い出しておかしくて、また笑う。キルクスのジムリーダーは完全復活したようだった。
ずれていく。確実に、少しずつ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その夜、ルリミゾはひとりでキルクスの入り江を歩いていた。冷たい風が凍みるが、まだ少し傷の癒えていない心にはちょうどよかった。
「あの試合、対策に固執しすぎていたわね」
勝ちたいがために、自分本来の戦い方とは違う戦い方をした。その結果、想定外のワンプレーで完全に崩された。しばらく冷静に振り返れなかったが、この夜風と凍てつくような雪の中でなら落ち着いていられた。
「交代戦は悪手に変わりないけど、一体ずつ倒す仕方ならまだわからなかったはず」
種族の差をあれほど強く意識するということは、ポケモンを心の底から信じられていなかった証拠。よほど相性が悪くない限り、一対一なら勝負できたはずだった。それから逃げ、対策に拘っていたのはルリミゾの落ち度。そして不慣れな応援、高揚に浮かれていた。今ならただ冷静に戦える。
「二周目で絶対に倒して優勝決定戦に持ち込む」
まだ一位が絶たれたわけではない。ルリミゾが全勝すれば、あるいはキバナがどこかで負ければ優勝決定戦に持ち込める。少なくとも直接対決を制さなければ道は開けないだろうが。
「ジムリーダーとしての顔、ね」
この世界の住人でもないのに、まるでジムリーダーになったかのように錯覚していた。あくまで帰還するという目的のための手段だったのに。
「いずれ別れるんだから、情を移してはいけない」
声に出して、自分に言い聞かせる。見上げた月は返事をするかのように明るかった。
タイトル詐欺ですね。
初めて一日、更新を絶やしました。展開は決まってただけに本当に難産でした。
一週目の試合もあと4試合、濃密な試合を描きます。よろしくお願いします。
評価・感想励みになります。いつもありがとうございます。
誤字報告助かります。
読んでくださりありがとうございました。
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