ユウリたちの案内を終えた次の日、ルリミゾはジムに戻りトレーニングをしていた。といってもジムチャレンジャーの相手をして疲れているので軽いものにしている。ジムチャレンジャーを試すためのポケモンたちとの連携の確認を一通り済ませてから、カブ戦に向けてポケモンたちとカブの試合の動画を観ている。
対策を固めていくとか、そういうことを考えるのはやめた。相手の動きを知っている程度に留めて、あとはその場で自分とポケモンの判断を合わせて戦うのがルリミゾにとって最善で最大のパフォーマンスが出せると身に染みて理解したからだ。モニターを見つめていれば肩で動くふわふわ。
「ぐふー!」
肩に乗ったチラチーノがくすぐったい。ルリミゾはカビゴンの腹を背もたれ代わりにしてもたれている。控室にある大きめのモニターを使っているからカビゴンも見られているのだ。大人しいイエッサンは元より、バイウールーもウォーグルも武人気質なので本当に手がかからない。
問題児は肩のコイツだけだ。もう既にそわそわしている。いつ視界を塞がれるかわかったものではない。集中が切れた時のためにチイラの実をタッパに入れて持って来てある。カバンの中に入れていたはずだが・・・
「もぐもぐ」
「ってなんで食べてんのよ!?」
カバンは既に中が荒らされ、ぐちゃぐちゃになっている。賢い奴め。あとでウォーグル辺りがシメてくれるだろうからルリミゾはこめかみに皺を作ったまま何も言わない。
それはともかく、寒いキルクスだから当然ジム内は暖房が効いている。そんな中で肩にチラチーノ、背中にカビゴン、そして寄って来るバイウールー、イエッサンというもふもふたち。良心はカビゴンの肩に留まっているウォーグルだけだ。ポケモンたちは暑くないかもしれないが、中心にいるルリミゾはとにかく――
(暑い!!)
「あったかそうじゃねえか」
「燃やすわよ」
ドアの向こうから出てきたのはノマ。例の如く妙にイラっとする煽りを挟んでくる。一瞬でこの状況を察してルリミゾが暑がっていることを的確に突いてくる頭の回転。バトルに使えばもっと上を目指せたのではないだろうか。キリのいいところまで見終わったので今日はここまでにして立ち上がる。片付けをしていればノマが口を開いた。
「どうして外面を繕うのをやめたんだ?」
「さあ、どうしてかしらね」
観客の目がどうでもよくなったから。と答えればどんな顔をするだろうか。仄暗い感情を抑えて平静にはぐらかす。ユウリとのバトルで熱くなって、つい素の自分で叫んでしまっていた。どうにも自分のことがよくわからない。ユウリだっていずれ別れる異世界人。自分の行動の矛盾に気持ち悪さがこみあげてくる。
「好評でよかったじゃねえか。『最初は戸惑ったけど前より親しみやすい』だってさ」
「やっぱり人格者は口調が変わっても尊敬されるわね」
「ははは」
びっくりするくらい適当な笑いで無性に腹が立つ。何一つ面白いと思っていない笑い方だ。
「だから言ってるじゃねえか。とっくに町のみんなも魅かれてんだ。今更口調ひとつで変わりやしねえよ」
「――そうね」
今更口調ひとつで何も変わらない。その通りだ。両肩から外したはずの物が戻りそうになって、慌てて心を持ち直す。去る世界の有象無象に揺られてはいけない。それはきっとルリミゾを変えてしまうから。ギンガ団戦闘員だったルリミゾに背負って戦う余裕はない。
「変わらないわ。きっと」
素の口調を曝け出したルリミゾに対する反応は、ルリミゾの予想に反して好評。なんと町で声をかけられることが多くなった。
「前の口調の方が好き」という人はいても「今の口調だから嫌い」という人はひとりもいなかった。それは面と向かって言われるはずもないので当然なのだが、雰囲気としてそう感じている。
「なんかもっと『ルリミゾ正体現したり!野蛮な裏の顔とは!?』みたいな記事でも書かれるのかと思ったけど記事にすらならなかったわ」
「野蛮な自覚はあったんだな・・・痛えッ!」
ノマの脛を蹴る。未練を残したくないのに、ここの人たちはただただ温かい。針の筵で殺すか殺されるかの世界の方が、上手くやっていけるような気がしていた。
「ま、そういうことであんまり気負いすぎるなよ。応援してるぜ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「じゃないと俺はとっくにパワハラで訴え出てるしな」
「一言多いのよ!」
足を振り上げれば即座に距離を取られる。慣れてきたらしい。行き場を失った足を下ろしながら話を続ける。
「で、アンタは調子どうなのよ」
「俺は『あついいわ』を手に入れてから絶好調だぜ?やるか?」
「いいわね、岩ごと粉砕してあげる!」
「それはやめろ!」
なんだかんだ大切にしてくれているようで嬉しい。
(今なんて思った?嬉しい?)
揺られてはいけない。帰るまで利用するだけなのだから。ずきり、と胸が痛んだ。
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XX-迷子
「見つけたぞ!追え!」
走る。どうしてこんなことになったのか。ただ帰りたいだけだったのに。
「ハンサムさん!右に逃げました!」
「では二手に分かれよう!私は先回りして奴を待ち伏せする!」
追手が何かを言っている。何を言っているのかはわからなかったが、捕らえようとしていることだけは確かだ。この世界で好き勝手に振る舞うことはあったが、そうしないと生きられなかったのだ。
「止まれ!――ぐああっ!」
立ち塞がる者に蹴りを叩き込み、道を開く。邪魔者がどうなろうと知ったことではない。元の世界に帰るために、絶対に捕まるわけにはいかない。
・・・
違う世界で暮らしていたはずだった。突然発生した空間の裂け目に落ちて、こんな場所にいる。この汚い世界に。
「さあ、追い詰めたぞ。観念してもらおうか」
またしても奴らが立ち塞がる。
「背後は海、これだけポケモンとトレーナーに囲まれているんだ。大人しく捕まってくれ」
「語り掛けるだけ無駄ですよハンサムさん。こいつは違う世界から来たんですから」
故郷を想い、こんなところで終われないと力を振り絞る。周囲から様々な攻撃が飛んできた。
ただここではない場所へ行きたくて、穢れた世界の海へと飛び込んだ。
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「クソッ!まさか海に飛び込むなんて!」
座り込んで地面を殴りつけるハンサム。危険な存在を取り逃してしまった。バトルでは歯が立たず、こうやって取り囲むことでやっと追い詰めたというのに。
「生きたままどこかへ流れつかないよう祈るばかりですね」
後輩が慰めるように言う。あまり気分のいい話ではないが、その通りだった。人が被害に遭うよりはずっと。
「UB02:BEAUTY・・・これで被害が出なくなると良いんだが」
海へと逃げた危険生物のコードネームを呟いた。
二本立てです。
迷子の時系列は32とは違うので分けました。
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