ギンガ団員、ガラルにて 作:Ly
倒されたメタグロスのボールを眺めて、アクロマは暫し自らを落ち着かせようと試みた。「破壊光線」の反動で技の撃てないポリゴンZに立ち直る隙を与えてしまうが、動揺と興奮で揺れている精神ではロベリアの相手ができないと判断したのだ。
「……」
ロベリアと彼女のポケモン達の強さは、アクロマが設けた基準をとうに超えていた。薄々、敗北を感じながらも、降参しないのは何故か。一瞬の自問自答の後、自分のポケモン達の強さを見せつけたいという内心に気が付いた。
「らしくないですね」
協力者が十分に強いと判明した以上、このバトルは研究には不要な時間である。バトルを打ち切り、今後の相談に時間を割いた方が建設的である。
――しかし何故か、それを許さない自分の衝動を自覚した。
ほぅ、と一息吐いてから、ボールを投げた。動揺は収まったものの、自分が思うよりも熱くなっている。投げたボールの選出も、この熱に浮かされたものである。そのことを自覚しながら、ポリゴンZを抱きしめて不思議そうにこちらを見ている少女を見据えた。
「ギギギアル、頼みます」
繰り出したのはアクロマのエース、ギギギアル。他にもロトム、ジバコイルの選択肢があったが、最も信頼しているポケモンを選んだ。それは理性的な判断から来たものであり、またアクロマ自身と、このギギギアルがあのポリゴンZ相手にどれだけ戦えるのか知りたい欲求から来たものでもあった。
バトルは専門外で、勝ち負けに拘りはないつもりであったが、いつの間にか熱が入っていたらしい。試す――アクロマが勝てば、それだけ、負けたとしても都合の良い協力者が見つかるだけ――そう思っていたはずが、全力で勝ちを獲ろうとしている。
「しかしまあ――そう悪い気分でもありませんね」
いつのまにかズレていた眼鏡を手で直して、少し笑いながら向き合った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「強そうね」
繰り出されたギギギアルを眺めながらロベリアが呟けば、ピピピッと音が返って来た。艶のある鋼は、暗闇の中でもハッキリとその輪郭を現わしている。ギリギリと歯車の回る音が響く。手元に抱いているポリゴンZがもぞもぞと動いている。手触りはつるつるしていて、そこに命があることを忘れてしまいそうなほど。
(こうして触ってると、ほんとに生物感ないわね……)
無機質な手触りが、しかし、力強くロベリアの手元を離れた。アクロマが何故か時間を使ったおかげで反動からは復帰している。
「やってやろうじゃない」
電子音が鳴る。ポリゴンZがバチバチと光って、その本質を電気に適応させていく。ポリゴン種固有の技――「テクスチャー」と呼ばれている技――である。ノーマルタイプだったポリゴンZは、今や電気タイプ。鋼タイプの攻撃に強く、鋼タイプに対する技の通りが良い。
「これでタイプ有利はひっくり返ったわね」
「ええ。しかし時間はこちらにも与えられている」
ギアが音を立てて加速する。ガコガコと金属がぶつかり、ギアを変える音が鳴る。ギギギアルの回転はさらに速くなり、その身体には力強さが漲っている。攻撃力が上がり、素早さもぐーんと上がった。
「『ギアチェンジ』これから先はもっと速くなりますよ」
アクロマ自身の纏う雰囲気も変わった。
「ムカつく顔だったけど、少しはマシな顔になったんじゃない?」
そこに立っているのは研究者というより、ひとりのポケモントレーナーだった。
・・・
「ギギギアル」
アクロマの呼びかけと共に歯車が二つ、浮かび上がった。噛み合う対象もなく、ひとつずつそれぞれ高速で回転しながらポリゴンZに飛んでいく。軌道はちょうどポリゴンZを挟んで噛み合うように。
(やっぱり普通のより速い!)
ポケモンの状態が技のキレにまで反映されている。幅広く技を使い、ロベリアとの豊かな戦闘経験によって鍛えられたポリゴンZ。対して、その能力を伸ばし、「ギアソーサー」と「ギアチェンジ」のみで戦ってきたギギギアル。対応の遅れた今、崩れた体勢で迎え撃てば押し潰されるのは明白。
「避けて!」
選択肢は二つ、撃ち落すか回避するか。撃ち落そうとしなかったのは、アクロマとギギギアルへのリスペクトだ。万全の状態で技を出力しなければ、撃ち落とすことは不可能だろう。メタグロスから既に学んでいる。ましてやこちらのエースにぶつけてきたポケモン、警戒しないことが非礼である。
回避行動をとって動いた一瞬、歯車の軌道がガクンと変わり、ポリゴンZを挟み込んだ。
「――ッ!!」
ごりごりと潰すような衝撃に、痛みを推し量ったロベリアの顔が歪む。
(『ギアチェンジ』だけじゃない、元からして火力が違う……!)
「放電!」
バチィ!と電気が弾けて目が眩む。その反動で歯車が散って消えた。なんとか脱したものの、厄介な攻撃に変わりはない。
「アレ、返すわよ」
ポリゴンZにだけ聞こえるように、小さく呟く。相手の攻撃力を利用して反撃するのだ。
「もう一度『ギアソーサー』」
アクロマが指示を出す。ギギギアルの技範囲からして、攻撃は単調。しかしその愚直さから来る熟練度は計り知れない。武人のような一芸に、ただただロベリアは感服するばかりだった。
「備えて」
ポリゴンZからの返事は無い。集中を高めて、ただ次の指示を待っているから。
「イカサマッ!」
叫ぶと同時――ポリゴンZがその歯車に当たる瞬間――に、歯車がそのままターンしてギギギアルへと向かった。
「ッ!
これを返されるとは想定していなかったのか、ビクリと身体を震わせた後、指示を出すアクロマ。「アームハンマー」のような近接技だけでなく、「ギアソーサー」のように遠距離の物理技までも正確に返せる技術がポリゴンZにはある。
返された高威力の「ギアソーサー」がそのままギギギアルへと飛んでいき――しかし、高速で回転する身体に受け流された。ガキン!と音が鳴って、そのまま横へと逸れて消えた。
「ええ!?」
「バトルに明るいわけではありませんが――自分の繰り出す技くらいはよく知っていますから」
少し口角を上げながら言うアクロマ。そんな滅茶苦茶な、とロベリアは思った。けれども、次から次へとユニークな戦い方をする相手にワクワクしているのも事実だった。
「十万ボルト!」
加速したギギギアルにゴリ押しされる前に先手を取る。技の撃ち合いというアクロマの土俵に立つのは癪であるが、中途半端な小細工が効かなくなる程度には積みを許してしまっているため仕方がない。
「迎え撃ちましょう『ギアソーサー』」
同じ技しか撃たないというのに、技名を毎度言うのは感情移入か、それとも合理性か。ロベリアにアクロマの考えは何一つわからないが、この熱を共有していることを願った。
正面から電気と歯車がぶつかりあう。積みを許して尚、拮抗するほどのポリゴンZの適応力。いや、むしろ押し返している。が、追加で飛び出た歯車によって押し合いは中断され、お互いに元居た位置から変わらず向かい合う。――と、不意にギギギアルの光沢に違和感を感じた。未だに道具について情報が得られていなかったが、この光沢の違和感から推理できる。
「メタルコートね」
「ご名答です」
ギギギアルの身体はコーティングされている。鋼タイプの技を強化する道具「メタルコート」だ。単純さ故に見落としていた。
(わかったからといって方針が変わるわけじゃないけどね)
道理で一撃が重いわけだ、と納得した。本題はあの「ギアソーサー」をどう凌ぐかである。電気タイプとなったポリゴンZに対して効果はいまひとつだが、この後に控えるポケモン達にとってはタイプ相性による軽減がない。ポリゴンZが生命線だ。
「自己再生」
「追撃しましょう」
傷の修復を試みるポリゴンZ、追撃を狙うギギギアル。ほとんど移動せず「自己再生」を行うポリゴンZは当然歯車に挟まる。すり潰されそうなほどの圧の中、ポリゴンZは自己再生を続ける。ギギギアルが若干前のめりな体勢になって、力が入っている様子がひしひしと伝わる。ポリゴンZは狂った動きをかすかに圧の中で見せながら端から傷を回復していく。
ここでもまた根競べだ。グググ、と跳ねのけようとするポリゴンZと、それを押し込めようとするギギギアル。何度目かもわからない押し合いで確実に両者は疲労していく。
「埒が明かないわ。『かみなり』!」
痺れを先に切らしたのはロベリア。単調な力比べが続くことに耐性がない。命中率に難のある「かみなり」だが、この状況を打破するには十分な威力であり、リスクを避けたいアクロマを下がらせるには十分な技だった。数で負けているアクロマにとって、このエースを失うことは出来るだけ避けたい。少なくとも1-2交換――ギギギアル一匹で二匹を持っていくこと――は行いたいと考えているだろう。
空から雷が落ちる。ゴロゴロという予兆もなく、唐突な衝撃。ほぼ同時に耳を劈く轟音。焼け焦げた地面はあれど、しかしギギギアルは距離を取って回避している。「ギアソーサー」から解放されたポリゴンZは自由に飛び回り、次の攻撃を牽制する。
「シャドーボール!」
(効かないと容易に想像できたはず。それでも「シャドーボール」を撃つ理由は……)
と、「シャドーボール」選択の理由に思考を巡らせたアクロマが一瞬遅れて狙いに気付く。天を指した指示の意味。
「――ッ!動くな!撃ち落とせ!」
戦闘経験の差。時既に遅く、狙いを理解したアクロマが声を上げたときには雷が落ちていた。
バン!
どんぴしゃり。轟音、眩光と共に中心にいたギギギアルが見えなくなった。「かみなり」の位置へと誘導されていたのだ。煙が上がり、その衝撃の凄まじさが窺える。耳が裂けそうなほどの音量にアクロマの聴覚は麻痺していた。
「ギアソーサー!」
それでも、それでも出す指示はひとつ。後悔は後回し。耳が少し聞こえなくなっても、叫ぶのはひとつの技。煙の中から一対の歯車が飛び出す。
「十万ボルト!」
影響されてか、無意識にロベリアも叫んでいた。正面から突き進む光に対して、歯車はそれを避けるようにしてポリゴンZへと向かう。
「刺し違えてでも……!」
「望むところよ!」
ごりごりとすり潰す音、それと電気の弾ける音。「かみなり」という重い一撃を見舞った以上、撃ち合いでは負けないだろうとロベリアは踏んでいる。そしてアクロマもまた、ギギギアルの強みを押し付けることのできるこの形を望んでいた。
・・・
――永遠にも思えるような長い力比べの末、先に「十万ボルト」が途切れた。同時に歯車が停止して、間にいたポリゴンZが落下する。
(連戦とはいえ……まさかこの子が負けるなんて)
「お疲れ様。よくやったわ」
労わりながらボールに戻して、正面に目を向ければ光景。ギギギアルがゆっくり、ゆっくりと減速していく。そしてガタガタガタ、と音を立ててから停止――地面にぼとりと落ちて二度と浮かび上がらなかった。
(いや、引き分けね)
「お疲れ様です」
ボールに戻すアクロマのその表情は、心なしか悔しそうな、しかし晴れやかなような表情に見えた。アクロマの心情を推し量るには、ロベリアはあまりにも短い付き合いであったし、夜がその観察を妨げていた。
「カビゴン」
「ジバコイル」
次のポケモンを繰り出したのは同時。示し合わせたわけでもなかったが、綺麗にタイミングが一致した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「的が大きいですね」
カビゴン相手なら、いくらチャージが遅く照準を定めにくい技であっても当てられるはず。そう判断したアクロマは、そのままその指示をジバコイルに伝える。
「『電磁砲』、速攻です」
初撃から全力。ただでさえ体の大きく、動きの遅いカビゴンである。麻痺を入れることができれば戦いはジバコイル有利に傾く。そしてその凄まじい威力はカビゴンとて無傷ではいかないだろう。
「地震!」
対するロベリアも、妨害を狙って「地震」で応戦する。強く、強く地面を踏みつけたカビゴンの真下から亀裂が走り、ビキビキ!と音を鳴らしてジバコイルの真下に迫る。ジバコイルは「電磁砲」のチャージで動かず、とにかく先に撃つために照準を定める。
――地面が盛り上がり、チャージ中のジバコイルを下から突き上げた。バゴ!という打撃音が鳴ったのは――
まさに発射のタイミング。浮いた鋼が揺れる。その照準も合わせて。
ドッ!
斜め上、狂った照準が夜空を貫いた。思わず目で追った先――ポケモンが飛んでいる。
「なっ……!」
声にならない声。驚くほど正確に、吸い込まれるように「電磁砲」が空を飛ぶポケモンの方へと向かっていた。
「「危ない!」」
どちらともなく叫んでいた。
直撃する――思わず目を閉じてしまいそうになった瞬間、炎が光線を上書きした。ゴオオ!と炎を吐き出す音が届いて、その光によって明らかになったポケモン、それとその背中に跨る人物。
王冠をあしらった帽子と、重厚なマント。
ゆっくりと羽ばたいて、近付いてくる。
「――ダンデ」
ガラル地方が誇る無敗のチャンピオン。
トレーナーの頂点。
その代名詞であるリザードンは、アクロマのジバコイルが放った電磁砲を、いとも簡単に掻き消した。火炎放射の一振りで。
「熱いバトルだな!大きな光が見えて、何か事故かと思って急いで来たんだが、安心したぜ!」
まるで何事もなかったかのように。だんだんと高度を下げて着地し、語り掛けてくる。
「強いリザードンですね」
「ああ、ありがとう」
アクロマは謝罪の言葉を頭に浮かべていたが、思わず先に賞賛が飛び出した。アクロマ達のミスで流れ弾が飛んだのだが、モヤモヤした思いを抱かずにはいられない。そうだ、本来アクロマとルリミゾは危険に晒したことを謝罪する立場であった。それにもかかわらず、全力の戦いを一笑に付されたような。
そう感じることが完全に格上だと認めたようでさらに苛立ってしまう。場を完全に支配しているダンデが言葉を続ける。
「……ルリミゾじゃないか!どうしたんだ?こんな時間にバトルなんて」
言外に、アクロマの身元を問うているのだろう。これはどういうバトルなのか、と聞かれている。
「観光客。散歩してたら強そうだったから吹っ掛けたの。双方同意の対戦よ」
もしも相手が不審な人間だったり、犯罪者だった場合は加勢するつもりだったのだろう。ジムリーダーやチャンピオンともなれば、軽々しく一般人とバトルすることはあまり褒められたものではない。そのことを咎められるのかとルリミゾは思ったが――しかし、ダンデからそのことを責めるような様子はない。むしろ、羨ましそうな顔を一瞬して、再びリザードンに跨った。
「そうか、それならいいんだ。邪魔してしまったな」
「大変ね、チャンピオンも」
事件かどうか確かめに来たのはその性分か、それとも職務か。おそらくどちらも兼ねているであろう人間性を想像して、ルリミゾは笑った。
「はははっ!そう悪いもんじゃないさ」
「見に来ただけで終わり?」
ルリミゾは冷や汗を流しながらも問う。今場に出ているのはちょうどカビゴンだから良かったものの、もう少し早ければポリゴンZを見られていた。まさかこんな時間に人が、しかもチャンピオンが来るなんて予想外だ。距離によってはポリゴンZを確認されていたかもしれない。そのことを探りながら、真意を探る。
「ああ、バトルを見ていきたいところだけど、明日の活動に支障が出てはいけないからな」
「戦いに水を差されたんだし、詫びのひとつでも欲しいところね」
挑発。しかしダンデは歯牙にもかけず、ただその王者の笑みを湛えながらリザードンを羽ばたかせる。
「それなら『電磁砲』の流れ弾でひとつ、帳消しにしてもらおうかな」
「つれないわね」
造作もなく打ち消したくせに。チャンピオンの手の内を実際に目の前で見たいという気持ちが強かったが、自身の疲労状態とポケモン達の状態を鑑みて諦めた。
「ま、せいぜい追加で飛んでこないことを祈るのね」
「それは困るなあ」
軽口を混ぜて、その背を見送った。ガラルの企業があちこちに書き込まれたマント。そして少年少女、いやガラル全土の期待を背負う背中。そこには王者として完成された強さがあった。落ち着き払い、すべての挑戦者を見定めんとする風格。裁定を待つかのように、自ずから背を伸ばすトレーナーのどれほど多いことか。
(最悪の事態にはならなかったみたいね)
水を差されたことで冷えた頭が最低限の思考を取り戻した。これがもしも、ポリゴンZの戦闘中であったなら。その想像をしてぞっとした。
「さあ、どうする?なーんか白けたわね」
目をやれば、同様に白けた表情のアクロマ。その眼は冷静さを取り戻し、最初に出会った時のような無垢さ、無機質さが浮かんでいる。先ほどの熱は嘘のように、流れ落ちる汗だけが熱狂した戦いを示していた。
「お眼鏡にはかなったかしら?」
「ええ、それはもう十分に」
これからよろしく、と手を差し出して握手した。東の空が少し白んできて、朝の到来を予感させる。それから少し、ルリミゾは我に返って睡眠時間がほとんど残されていないことに気が付いた。
「じゃ、連絡先も交換したしあたしは帰るわ」
「おや、ダイマックスしたポケモンを調べるのに協力してほしいのですがね」
「うー……しょうがないわね」
アクロマが指さした先にはポケモンの巣穴。ワイルドエリアにある巣穴は、稀に中の空間が歪んでいて、ダイマックスしたポケモンがいることがある。今から「ねがいぼし」を使って何かやらかすことはないだろうが、貴重な協力者だ。親交を深めるためにも延長戦に協力することにした。果たしてこの男に親交という概念があるかはいまひとつわからないが、どうにでもなれという気持ちが強かった。
・・・
数時間後、ダイマックスしたポケモンが一匹も見つからず、気合を入れ直していたルリミゾが消化不良と疲労でフラフラになりながら帰路についた。
良い試合って、当事者同士でも何か通じるものがありますよね。
感性vs理性とは、アクロマの内心についての話でした。
チャンピオンをチラ見せしましたが、果たして格を上手く描けていたでしょうか。
何度見直ししても投げる前は緊張しますね。
評価・感想いつもありがとうございます。励みになります。
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