マクワと交代する形で引き継いだスタジアムはキルクスタウンの北にある。キルクスタウンは雪の降る街で、田舎町であるスパイクタウンと、ジムチャレンジの最後のジムであるナックルシティと繋がっている。
何よりも特筆すべきなのはステーキハウス「おいしんボブ」の存在だろう。寒い街とはいえ、人々までも冷たいわけでもなく(マクワファンには恨まれるかもしれないが)さらにステーキが絶品なのだ。マルヤクデと主人が火加減を調節し、絶妙な具合に仕上がるステーキはジムチャレンジの際に何度も訪れた。メジャーリーグに参加できたことで、余裕もできるので通いつめたいところだ。
「もしかして、メロンさんやマクワさんがぽっちゃりしているのって・・・」
食生活には気を付けなければ。
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「いらっしゃい!新任ジムリーダー代理!」
「ふぁふぁぶぁ!」
扉を開ければ、おいしんボブの店内はマルヤクデ共々歓迎ムードだった。まずは一安心だ。もしも店主が熱狂的なマクワファンで料理に毒なんて入れられた日には計画も終わりだ。現地の住民を味方に付けるべく、出来るだけ人当たりのいい振る舞いを心掛ける。
煉瓦模様の壁と、あちこちに張られたタペストリーはこちらの気分をどんどんとステーキに向けて高めてくれる。赤と黄色のストライプの机は目に痛いが、目立って異質というわけでもなく店内の雰囲気に馴染んでいる。雪の街にはやや異質な朗らかなおじさんのアイコンがトレードマークだ。トレーナーズカードの背景にしようかと一瞬悩むが、店内の熱気にやられてしまったのだろう、寒い外に出れば正気に戻るはずだ。
「この街にしばらく住むことになりますから、食事ついでに顔見せに来たんです。これからよろしくお願いします」
ぎこちない笑顔になっていないだろうか。 店主から客に評判が伝わることを期待した来店だ。また今食事している客への礼儀正しい姿のアピールでもある。
油でぬるぬると滑る床で転ばないように気を付けながらカウンターに座る。
「まだまだ若いのに偉いなあルリミゾちゃんは。量はどれくらいにする?」
「ありがとうございます、ダイマックス級で!」
見た目とかけはなれた大食いで印象付ける。マクワやメロンに負けていられない。
「おおっ!?そうかい!意外と食べるんだねえ!焼き加減は?」
カウンター越しに店主や店員と、そして周りに集まってきた人々と会話をしながら食事の時間は過ぎていく。
・・・
「ごちそうさまでした」
カウンターから立ち上がり、ドアの前でお礼を言う。とんでもない量だったが苦しくならず、美味しく食べきることができた。マルヤクデも満足そうにこちらを見ている。撫でれば少し熱いが、外は寒いので丁度いいだろう。
「最初は食べきれないんじゃないかと思ったけど、ほんとうによく食べるんだね」
「ええ、マクワさんに負けてられませんから」
あ。つい口に出してしまった。あまり良い発言とはいえない。代理としてコンプレックスを抱いているように感じさせてしまったかもしれない。すみません、と声を出そうとするが、先に店主が口を開く。
「そんなところで張り合わなくてもみんな認めているさ」
新生活の不安がスッと消えた気がした。相変わらず外は雲で少し暗いが、雪は止み、雲間から少し光が漏れ出ていた。
「ちなみにマクワさんは大食いではないよ」
雪に顔を埋めたい気分だった。
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「ルリミゾさん!よろしくな~!」
「いい試合だったよ!」
街中を腹ごなしに歩いていれば、声がかかる。足を止めずに、手を振って笑顔で返す。
「みんな出ておいで」
街の中心部には観光名所、英雄の湯があるのでポケモン達を労わることができる。この湯は英雄が疲れを癒した湯だというが、あまり英雄に興味はない。お湯にはポケモンだけが入れる。人間はキルクスの気候上湯冷めして体調を崩しかねないし、街の中心でしかも歴史的な遺産であるから改築や脱衣所も建てられないのだ。チラチーノ、イエッサン、バイウールーは気持ちよさそうに浸かっている。ウォーグルは水浴び程度に使うので今回はパスとのこと。カビゴンは流石にお湯が溢れてしまうので今回は我慢してもらっている。あとでジムにある大型ポケモン専用のお風呂で洗ってやろう。
「チラチーノちゃん、可愛いですね」
「ええ、試合に勝てたのは隠し玉のこの子の活躍も大きいですから」
野次馬が集まり声をかけてくる。答えながら湯冷めしないようチラチーノの体を拭く。そうなんですねぇ、と呑気に関心しているあたり、彼女はあまりバトルに興味はないのだろう。チラチーノと目を合わせて確認をとってから、撫でてあげてください、と抱きかかえて近付ける。チラチーノは人慣れしているし、ファンサービスにもなる。
「ぐふー」
「かわいい~!ありがとうございます、写真撮ってもいいですか?」
チラチーノが気にしてなければ、と答えれば、彼女はチラチーノを抱いたルリミゾに肩を寄せて自撮りを構える。
「え、あ、あたしも?」
パシャリ
「ありがとうございます~!!」
驚く間もなく写真が撮られる。初めてのファンとのツーショット(と一匹)だった。
チラチーノが誇らしげにぐふぐふと鳴いていた。
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英雄の湯でファンサービスと手持ちへの慰労を終えたあと、自宅へ向かう。昇格が決定してからナックルシティから引っ越してきたのだ。スタジアムと結びつけられがちなジムリーダーだが、年中スタジアムに住み込んでいるわけではない。練習場やジムチャレンジャーを試すジムミッションの調整はあれど、スタジアム自体毎日使って整備するわけにはいかないからだ。道路に出ているユキハミを、自転車に轢かれないように脇にどけてから歩く。ふんわ、とお礼を言うかのようにひと鳴きしてゆっくりとどこかへ消えていった。
ガラル地方には靴を脱いで家に上がるという習慣がない。シンオウ出身のルリミゾは文化圏の差異にはじめは驚いたが、すぐに慣れることができた・・・わけではなくひとりで住む家をようやく持てたので、玄関に置いたマットの前に靴を脱いでから家に上がる。
スリッパに履き替え、ジムリーダー代理としての圧から解放される。自ら無理やり背負ったものとはいえ、器の小さいルリミゾには重いものだった。バトルの才覚こそあれ、彼女は元下っ端で幹部に昇格したのも最終決戦ひと月前だった。現在の髪色はシンオウ人生まれ持っての黒色だが、水色に染めている。ギンガ団下っ端時代の思い出から水色を使っているが、流石に髪型まであの頃のおかっぱに戻る気はない。
「元の世界に帰るんだ」
テンガン山頂上付近、やりのはしらにおける最終決戦。アカギが呼び出したディアルガとパルキアの降臨で歪んだ時空間の隙間に落ちたルリミゾは、気が付けば手持ちのポケモンとともにギンガ団の制服のままガラル地方ワイルドエリア最北西、げきりんの湖に倒れていた。そこでカシワに拾われたのだった。ボスのやることに興味はなく、幼馴染の赤毛の彼女が心酔していたため参加したにすぎない。その結果こんな事態になってしまったのでひどく後悔していた。バトル以外に考える能のない彼女がひとりで考え始めたきっかけだ。
「なーんにも出てこないわね」
スマホロトムで調べたところシンオウ地方にはギンガ団のギの字もなく、アカギという人物は前の世界ではそれなりに有名だったにも関わらず何ひとつヒットしなかった。定期的に調べているが少しも変化はない。どうやら似たようで非なる世界に飛ばされてしまったと気付き、絶望したのは拾われて一週間が経ってから。ジムリーダー代理として、地位を得れば行動範囲は広がり、研究者と接触する機会も増えるはず。まずはジムチャレンジ開催と同時期にスタートするリーグ戦で好成績を残し、ジムの順位を上げることが目標だ。
「マーズ大丈夫かなあ」
幼馴染が気になって仕方がない。元の世界に戻れたとて、伝説のポケモンが降臨した後どうなっているのかわからない。アカギの企み通り、もはや世界は心を失っているかもしれない。
とはいえ、チャンピオンや新進気鋭の天才トレーナーたち相手にルリミゾ抜きでギンガ団が勝てるとも思わないが。ルリミゾのトレーナーとしての才覚は、無情にも自分抜きでの戦力差を正確に把握していた。今の心の支えはギンガ団だった頃の手持ちのポケモンたちと制服、記憶だけだ。
「よいしょ!今日はえらい激しく動くわね」
部屋を狂ったように飛び回っているポリゴンZを捕まえて手元でいじる。ギンガ団の自称天才科学者が実験で自作したあやしいパッチを当てたところ進化(?)したポリゴンだ。ぐるぐるした目が可愛いので無理矢理奪って手持ちに加えた。元の世界から一緒に飛ばされてきた手持ちのポケモンは表では使うつもりがない。実力のあるトレーナーならば、普段からよく見る個体は同種のポケモンであっても差異を認識できるため、顔を隠して裏で使ってもすぐ同じポケモンだとバレるのだ。だから表向けのメンバーと、裏で活動するためのメンバーで分けている。
ギンガ団入団時に支給されたドーミラー、ズバット(いまはドータクンとクロバット)やワケアリで協力してもらっているユクシー。暗躍するにはもってこいだ。いざとなれば、制御できるかはわからないがキッサキ神殿での任務で捕獲した
「ピー」
ポリゴンZが撫でられ飽きてまた飛び回る。大衆に対して、名のある人物として振舞うことに一切慣れていなかったため今日はドっと疲れた。また捕まえて抱く気力もなく、眠りに落ちた。
バトル以外はポンコツ脳筋なので彼女には「でんせつ捕まえてなんとかする」ぐらいのプランしかありません。
ゲーム内で書き起こされているポケモンの鳴き声はできるだけ探してその通りに書いていますが、ポリゴンZは見つからなかったので「ピー」になりました。
チラチーノの鳴き声がぐふぐふなのも原作再現です。許してください。
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