「バトルとは――不思議ですね、勝ち負けに拘りはないつもりだったのですが」
別れる前、アクロマはそう零していた。
「アンタのポケモン達は、きっとアンタが探って来た方法の集大成なんじゃない?能力を引き出すために、一緒に来たわけなんだから」
「……そうですね」
「それなら、きっと愛着だって沸くじゃない。『ポケモンの能力を引き出すのが何かを知りたいのであって、それを行うのは自分じゃなくてもいい』。そう思ってるかもしれないけど、アンタはアンタが思う以上に、自分の研究とポケモンたちを誇りに思ってる」
ルリミゾから見たアクロマの様子を伝えれば、はっとして目を見開いていた。きっとこの研究者は一人で行動していたのだろう。「何が何でも知りたい」という内からの欲求に突き動かされていても、アクロマは人間臭かったのだ。少なくともルリミゾにとっては。
では私からも一つ、とアクロマ。
「あなたは自分の与える影響をもっと見つめてみてはどうですか」
「どういうことよ」
おせっかいかもしれませんが、とアクロマが続ける。
「人に影響を与えるだけ与えて、自分は帰ってお別れですか?尊重をしていながら、軽んじて別れようとしている」
「――ッ!」
それは、ルリミゾとバトルして熱くなったアクロマだからこその言葉。バトルをして――ジムリーダーとして人を魅せ、人を倒し、あらゆる形でガラルの人々と関わって来た。リーグ戦で大きな渦の中心にいながら、ファンを増やしながら、突然消えるつもりなのか、ということ。
「人間関係について、この私からアドバイスするのもおかしな話ですから、これ以上は言いませんが」
心のどこかで自覚していたことを、形にして突き刺された。表面上好意的に――円滑に事を勧められるように――関わる以上に、入れ込んで人と関わっている。しかし誰にも目的は打ち明けず、いつか裏切るつもりでいる。
「そう簡単に割り切れたら、誰も苦労しないわよ……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
薄ら明るい空を背に「そらをとぶ」。ウォーグルに掴まっていれば、風とともに背中に昇りつつある陽を感じて焦りが生まれる。ジムが開くまでそう遠くない時間である。家でぐっすり寝るにはあまりにも短く、仮眠程度に横になるしかないだろう。
「スピード上げれる?」
「クァ」
指示に反して、ウォーグルは速度を変えない。大人しく、素直な性格だと思っていただけに意図が汲めずに戸惑う。
「ちょっと?」
「クァァ!」
見ろ、と言わんばかりに嘴で背後を指した。何かと思い振り返れば――
「朝焼け……」
朝日が空を焼いて、煌々とオレンジが顔を出していた。遮るものはなにもなく、空の上、特等席で目を焼く朝。高く、薄く掛かる雲はどこまでも空の高さを示している。ルリミゾの瞳が光を反射してきらきらと。
「……ありがとね」
「クァ」
「ふふ」
当然、と言わんばかりの反応の薄さに自然と口角が上がる。ニクい奴め、と一息ついて、風に身を任せた。
「そう焦るな、ってことね」
今のこの帰路についてなのか、ルリミゾの今の生き方なのか。きっとウォーグルにそこまで深い意図は無かっただろうけれど。大切なのは、後ろを振り返ったことだろう。
振り返る余裕もなく、ずっと前を見て走っていた。
今日、初めて後ろを振り返った。
・・・
静まり返った部屋の中。すぅすぅ、と小さな寝息。秒針が進む音。その他の音はなにもなく、カーテンの隙間から差し込む白い日差しが外界との時間のズレを意識させる。室内の様子とは対照的に、外では太陽が既に上に昇っている。ソファで仰向きに寝ている少女の上に、チラチーノが被さる。
「……ふぐっ」
息が止まる。口を動かせば毛が入り、不快感で目を覚ました。ばっ、と起き上がれば顔の上に乗っていたチラチーノがぼとりと落ちる。
「ぐふ!?」
「あ、ごめん」
口内に残る不快感を洗い流すため、キッチンへ向かおうとしたその時。
「あれ?」
アラームよりも早く起きてしまったのだろうか。疑問に思い時計を見た。
「……」
針が示すのは14時半。スマホロトムは通知で光っており、予定を完全に破壊してしまっていた。無意識にアラームを止めてしまっていたらしい。
「……やば」
さぁっと血の気が引いていく。寒気が頬の辺りから首、肩、心臓へと通って腹で止まる。ヤツに何を言われるかわかったものではない。
「………でもまあ、どうせ遅刻するなら同じことね」
却って落ち着いた足取りでキッチンへ向かう。軽く口を濯いだところで、だんだんと意識も覚醒していく。遅刻中でもマイペースに行動すれば、自分が世界の中心のような気分になって心地がいい。例の如く頭に飛び乗ってくるチラチーノに重心を取られながらも支度を始めた。限度を超えてしまえば何も怖くないもので、鼻歌すら鳴らしながら荷物を詰め込んでいく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――で、ワイルドエリアで観光客相手にふっかけて遅刻と?」
「そうよ」
他の口実を立てるわけでもなく、ただ正直に話した。アクロマに言われたことが尾を引いて、ジムがいつもと違って見えた。各々ポケモンと訓練しているジムトレーナー達だが、ルリミゾを責める様子はなく、むしろ「またバトルか……」という表情。サボりではないことを少しも疑わないその目に、抱えているプランの後ろめたさが炙り出されて苦しかった。
「……悪かったわね」
耐えきれなくなって、話していたノマに謝罪の言葉が出た。それは遅刻に関してでもあったし、このいつか消え去る関係性に対してのものでもあった。
「あんたがいなきゃ締まらないからな。しっかりしてくれよ、
「……ッ!……そうね」
別れるその時までは、ジムリーダーを背負おう。そう誓った。
少し短いですが今回はここまでです。
いつも感想・評価ありがとうございます。励みになります。
18時をはみ出してしまいましたが、なんとか日曜日に投稿できてよかったです。
突然異国に放り出されたら帰りたいと思うのは当然ですが、良い土地だったら情も沸きますね。葛藤を上手く描けたらな、と思います。日常のはずが重くなってしまいました。
今回も読んでくださりありがとうございました。
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