ギンガ団員、ガラルにて   作:レイラ(Layla)

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【まえがき】
ローブシンにかんして、ちょっとした解釈が入ります。
【まえがきおわり】


44-vsサイトウ メジャージムリーグ⑭

 

 サイトウが空手の舞から繰り出したボールが光れば、現れたポケモンの重みで振動がルリミゾまで伝わる。ずっしり、という擬音が似合いそうな姿と、その両手。

 

「ローブシン、よろしく」

 

 鍛え上げられて、弾けそうなほどの筋肉が掴んでいるのはコンクリートの柱。スゥ、と息を吸い込んだサイトウの目からハイライトが消える。纏う雰囲気が戦いへと変わる。

 


 

「ここでサイトウ選手、ローブシンの投入です!しかしカキタさん、サイトウ選手のローブシンといえば、()()ですね」

 

「ええ。ローブシンはコンクリートの柱を杖代わりに使っていますね。理由は簡単で、鍛え上げすぎたその上半身を支えきれないからです。ですがガラル空手の下にいるローブシンが、どんな方法で戦うのか想像してみてください。体力を温存するために今は柱を杖代わりにしていますが、ルリミゾ選手ならすぐ()()を引き出してくれるでしょう」

 

 ポケモンから人間へ伝わった技術にコンクリートがある。ローブシンが杖代わりにしているあの柱から、現代の建築が始まったと言われている。生存競争がために生み出されたコンクリートは、単に丈夫であるだけではない。ローブシンの歪な身体を支える役目も果たしている。ドッコラーからローブシンに至るまで、下半身に変化はない。ただただ上半身のみが鍛え上げられ、進化していくのだ。

 

「しかし、今ローブシンですか……」

 

 ローブシンは足の遅いポケモンだ。コンクリートを捨てたとしても、空を飛んでいるウォーグルに対して「ストーンエッジ」は命中不安を抱えている。ウォーグルの接近にカウンターを狙ったとしても、わざわざ大きく消耗しているウォーグル相手に後手に回るのは勿体ない。

 

「サイトウ選手の残りの手持ちの中から、ローブシン。この選択にはどういう意図があるのでしょうか?」

 

「この選択は……ですね、うーん」

 

 カキタの言葉が詰まる。

 

「考えられるのは二つです。一つはダイマックスですね。しかしこれは、カイリキーに信頼を重く置いているサイトウ選手では考えにくい選択です。そしてもう一つは、私たちにはわかりませんが――ウォーグルに対して撃ち落とす策が用意できている可能性です」

 

 そう言い終わるのを待っていたかのように、二人の眼前を高速でコンクリートが飛んだ。

 


 

「――ッ!」

 

 ルリミゾは声が出せなかった。かろうじて攻撃する瞬間を察知できたものの、ローブシンの太い腕が一瞬ブレた後は何が起きたかわからなかった。ウォーグルは自分で察知して回避に成功していたものの、あと数センチ動くのが遅れていれば直撃していただろう。コンクリートは高所で観客席前の障壁にぶつかり、その破片が降りそそぐ。

 

「距離を詰めるな!『羽休め』!」

 

 継戦のために指示したのは「羽休め」。地面に下りて文字通り()()()()()技だが、隙が大きい。相手がローブシンだからこそ可能な状況である。しかし――

 

「させるなッ!」

 

 当然、サイトウは妨害に出る。着地を狙い、ローブシンが大きく腕を振りかぶり、残ったコンクリの一柱をグググ、と片手で持ち上げる。ウォーグルはそれを見て咄嗟にホバリング、上下左右に回避ができるように再び舞い上がる。ルリミゾもそれには口を挟まない。もう一柱をさっさと消費させるための誘いだったから。

 

「オオオッ!」

 

 想定通り、ローブシンが柱を振り――しかし想定を裏切るようにそのまま()()()

 

「なッ!?」

 

 ()()()()()

 

 ドンッ!という衝撃があり、それから鍛え上げられた腕を中心にローブシンが宙を駆ける。棒高跳びのようなモーションで高く、高く飛んだ。

 

「冷凍パンチ」

 

 胴体をギュッと引いて冷気が右拳に集まっていく。筋肉が隆起し、その身体を空へと運んで有り余る力が籠められる。

 

「ッ!鋼の翼!」

 

 想定外の一瞬、ルリミゾのなんとか開いた口から咄嗟に指示が飛んだ。その指示が正しいかどうか考える時間すらなかった。氷の拳が迫る。パキパキと音を立て、不釣り合いな筋肉と脈打ちながら。

 

 ウォーグルは――

 


 

「ローブシンが飛んだぁぁぁぁっ!?なんだこれは!?右手に『冷凍パンチ』を構えながら近付いていくぅぅぅぅっ!!」 

 

 興奮のミタラシが叫ぶ。ローブシンが宙に浮くなど誰が想像出来ようか。サイトウの武道家らしい戦い方を想像していた観客も叫び倒している。

 

「こっれ、は、凄まじいですね」

 

 過去一度も、サイトウは空を飛ぶポケモンに対してこれほど独創的な対処をしていない。いずれも「ストーンエッジ」を命中させたり、「スカイアッパー」や相手の攻撃へのカウンターがメインだったはずだ。カキタは自身の記憶と手元のノートを必死に振り返りながらそう考える。だから、後出しでローブシンを当てたのが想定外だったのだ。

 

「たったひとつ、このクリエイティブなプレーが"あの"サイトウ選手とそのポケモンから飛び出した。それだけで私は感動しています」

 

 そうさせるほどの何かが、あったのだろう。このルリミゾとの戦いには。明らかに、ウォーグルへの対策として用意された動きだ。

 


 

――風が吹いた。

 

 ちょうどルリミゾ後ろ側から、強く背中を押す風が。ウォーグルが最後に放った「追い風」だ。

 

「……バカ」

 

 空から墜ちるのは、氷漬けになったウォーグル。地面と衝突するよりも先に、ルリミゾがボールに戻す。「鋼の翼」での撃ち合いが不可能だと判断したウォーグルは、ルリミゾの指示を無視。後続のために「追い風」を残して「冷凍パンチ」の直撃を受けたのだ。「自分の活躍よりもチームへの勝利を」とでも言いそうなウォーグルらしい行動だな、とルリミゾは思った。ルリミゾも、ウォーグルも、あのローブシンの奇行に反応できなかった。どちらが悪いというわけでもなく、ただただサイトウが上手だった。

 

「楽しそうね」

 

 ズゥン、と着地したローブシンとその奥にいるサイトウを見やれば、相変わらず目のハイライトは無かったが、その口は弧を描いている。高揚、興奮は自分を高めてくれる原動力だ。冷静さの欠如とは違う話である。高揚・興奮しながらでも冷静に判断は下せる。心についてルリミゾは詳しいわけではないが、高揚を抑えたところで冷静さとは直結しないことをなんとなく理解していた。

 

「楽しかった?ウォーグル」

 

 手元のボールに語り掛ける。当然、返事はないけれど。ルリミゾは同じ気分の高まりを持っていることを願った。ルリミゾとウォーグルは打ち破られた。しかし、()()()()()のだ。真面目ちゃんなサイトウの見せた独創的なプレーが。心なしか、「冷凍パンチ」を避けられないことを悟ったウォーグルは笑っていたように見えた。

 

「イエッサン!」

 

 繰り出した後続は、イエッサン。両手のフリーになったローブシンのあの素早さからして、相手をさせるのは少し不安だった。

 

 しかし。

 

 今は、追い風が吹いている。

 


 

「ウォーグル戦闘不能!ルリミゾ選手が繰り出したのはイエッサンです!……しかし、改めてとんでもないプレーでしたね」

 

「ええ。もう目玉が飛び出るかと思いました。ただでは落ちないウォーグルも流石ですね」

 

 あの状況で「追い風」を残せるのは並大抵の技術ではない。眼前に突然ローブシンが現れて、殴られるまでに何か行動を起こせる者はそういないだろう。

 

「あんな奇襲、誰も反応できませんよ。ルリミゾ選手の咄嗟の反撃指示が悪手だった、とは口が裂けても言えませんね。大事なのはウォーグルがそれを"あえて無視した"、ということです。瞬間瞬間の判断では、ポケモン自身があとどれだけ戦えるのか一番よく知っています。『鋼の翼』で抵抗しても、もう間に合わないと確信していたのでしょう」

 

「『褒められたい』とか『活躍したい!』という気持ちを糧に戦っているポケモンも多いですからね。そんな中でも己の分を弁えて冷静にチームに貢献するのはなんというか、武人気質な性格ですね」

 

 それは言えてますね、とカキタが笑った。

 

 




読んでくださりありがとうございました。
コンクリを投げ捨て暴れ回るローブシンです。上半身に比べて下半身が貧弱なので、そういう事情もあって「杖」なんて単語が図鑑で使われているのかな、と妄想しました。
頭は冴えてるけど楽しいってありますよね。その気持ちを抑えていた反動で、サイトウちゃんはハイになってしまいました。
あまり話数が増えてしまうと追うのも面倒になってしまいますから、あと1、2話で頑張って近いうちに終わらせます。もちろんカットはしません。
評価・感想いつもありがとうございます。ほんとうに励みになります。

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