ギンガ団員、ガラルにて   作:レイラ(Layla)

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46-サイトウという少女

 

「なに、これ」

 

 ルリミゾは衝撃に言葉を失う。破壊の跡が痛々しく残っていた。元あったものは粉々に粉砕され、内側に閉じ込められていたものが見えている。

 

「誰がやったのよーーーーーッ!」

 

 虚しく観光地に声が響く。

 

 ラテラルタウンの壁画が壊され、中から現れた像が新たな観光地になったのはつい先ほどの話。

 

・・・

 

 サイトウとの試合の次の日、観光を兼ねてルリミゾは遺跡の壁画を見に訪れた。しかし壁画は粉々に砕かれ、隠されていた像が現れたのだという。

 

(あの時に壊してればもっと早く手掛かりになってたのに……)

 

 声にこそ出さなかったものの、ルリミゾはその思いが強かった。二匹のポケモンが剣と盾を構え、後ろに並ぶのは二人の王。二匹の伝説のポケモンが、二人の王と協力してガラルの厄災を打ち払ったのだろう。

 

「まるであの像を隠すように作られていた壁画でしたね」

 

 後ろから声が掛かる。ばっ、と振り返れば私服姿のサイトウだった。こんにちは、と何でもないように挨拶をされた。昨日の今日で、ルリミゾとしては気まずかった。

 

「こんにちは。その通りね。誰かにとって何か都合の悪いことでもあったんでしょうね」

 

 人間サマに都合の悪いことが。広く知られている伝説は人間の英雄一人が厄災を打ち払ったというものだ。ポケモンの存在を隠蔽していたということは、人間にとってポケモンの存在が都合の悪いものだったということ。例えば王位の正当性を説くときなんかに。

 

 そこまでは言わなかったものの、ぼかして言えばサイトウも同意していた。

 

「少し、話をしませんか」

 


 

 

 

 

 

 サイトウに連れてこられてルリミゾが訪れたのは、ラテラルタウンのケーキ屋。サイトウは実はスイーツ巡りが好きだとかで話題になっていたが、本当にそうらしい。可愛らしい外観と、中に客はぽつぽつと。ラテラルの土地柄からして、少し目立っている店だが味は確かだとか。

 

「いらっしゃいませ――ってサイトウさん!今日は……ルリミゾさんも一緒ですか!?」

 

「はい。えっと、静かな席にお願いします」

 

 どうやら常連のよう。そのやりとりをルリミゾに見られて照れながら、サイトウは店員の後をついていく。ルリミゾもニヤニヤしながら後を追った。

 

「こちらですね、ご注文が決まりましたらまたお呼びください」

 

 案内されたのは一番奥のボックス席。確かに外から顔も見られず、会話も聞こえにくいだろう。椅子はクッションが程よく柔らかく、斜め掛けしていた鞄を置いてから座った。サイトウがメニューをルリミゾに手渡す。気心知れた仲でもなく、サイトウが敬語であるためルリミゾとしても少し気まずい。受け取ってから、話題を探る。

 

「ありがと、もう決めてるの?」

 

「いえ、私はだいたい覚えて――」

 

 そこまで言って、顔を赤くするサイトウ。イメージとかけ離れた自分を晒すのが恥ずかしいのか、そのまま固まっている。

 

「何もおかしくないわよ。可愛いじゃない。別に恥ずかしがることないのに」

 

「そ、そうですか?」

 

 大人しく礼儀正しいフリをしていたルリミゾからすれば、本当の自分を曝け出す恥ずかしさ、怖さは理解できる。そして作り上げたイメージの大切さも。サイトウの真面目さ、ストイックさに惹かれるファンの中には、スイーツ好きという側面にガッカリする者もいるかもしれない。

 

「あと敬語もやめて。ほぼ同い年くらいでしょ?」

 

「そうですね、あ、えっと……そうだね」

 

 たどたどしい言葉遣いに堪えきれずルリミゾが笑えば、サイトウも笑った。

 

「笑わないでよ~!」

 

「あはは!敬語やめるだけでそんなに詰まることないじゃない……ふふっ……」

 

・・・

 

 

 

 

「昨日の試合」

 

 そうサイトウが口にして、場は少しピリっとした。何を言われるのかと身構えたルリミゾだったが、続く言葉を聞いてすぐに警戒を解いた。机に並んだケーキはどちらも手を付けられておらず、並んだ紅茶だけがそれぞれ減っている。辺りに店員や一般人がいないのを確認してから、サイトウは口を開いた。

 

「ルリミゾ、本当に強かった。色々対策してたんだけどね」

 

 それは、賞賛。

 

「結構ショックだったから、何も言えなかったんだ。それが気がかりになってて」

 

 強いな、とルリミゾは思った。ただただ尊敬の念が沸いた。この少女は全てのトレーナーを尊敬し、尊重している。それがヒシヒシと伝わる言葉だった。

 

「最後カイリキーが立ち上がった時、こっちは吐きそうだったわよ。アンタも本当に強かった」

 

「ありがとう。あの子は無理が祟って、今日はちょっと身体を診てもらってるんだ」

 

「そう……。ま、次も叩きのめしてあげるから、万全な状態にすることね」

 

 相手だったルリミゾが労わる言葉をかけるのもおかしな話だ。だからワザと挑発するようなことを言った。張り詰めた空気は跡形もなく消えて、ただ柔らかな雰囲気だけが二人を包んでいた。

 

「うん、次は絶対、リベンジするから」

 

 サイトウだって、ルリミゾのこの挑発の意味を理解しているのだろう。まだまだ元気そうな様子にルリミゾは安堵した。

 

「……あはは」

 

 何を安堵したのか。

 

「?、どうかしたの?」

 

「いや、何でもないわ」

 

 今、自分はサイトウと仲良くなって何がしたいのだろう。ルリミゾはそう自嘲しながら、ケーキに手を付けた。

 

「……!」

 

「美味しいでしょ?」

 

「んん、そうね。硬派なジムリーダーのサイトウさんが通うだけあるわ」

 

「やめてよ、もう」

 

 そうやって二人で笑った。真面目ちゃんと勝手に決めつけていたけれど、意外とルリミゾとサイトウは気が合うらしい。若いジムリーダーという立場も近く、ルリミゾは「友達になれるかも」なんて思い始めていた。

 

「先輩風……ってわけじゃないんだけど、練習試合の相手に困ってたりしないかな」

 

「あー……そうね、ツテはないわ」

 

 年が近いゆえの配慮。代々続いてきた格闘タイプのジムリーダーであるサイトウにはない悩みだったが、いきなりジムリーダーを務め、他のジムリーダーとほとんど何の繋がりもないルリミゾにとってはひとつの悩みだった。ジム同士で練習試合を行えば、ジムトレーナーには良い経験になるだろう。ジムトレーナーの強化はルリミゾの練習相手の育成にもなる。斜め上に目を向け一瞬考えた後、ルリミゾはサイトウの意図を理解した。

 

「ありがたい話ね。是非お願いするわ」

 

 スッと連絡用のスマホロトムを取り出す。まさかそこまで話が飛躍して進むと思っていなかったサイトウは、一瞬硬直した後慌ててスマホロトムを取り出した。なんでもない、私服のサイトウが笑っているアイコン。よろしく、と淡泊なメッセージでちゃんと機能することを確かめながら、残ったケーキに手を付けようと――

 

「ルリナさんはちょっと年上だし、同年代のジムリーダーが増えて嬉しいんだ」

 

 ケーキに手を伸ばしていたルリミゾの手が止まる。若くしてジムリーダーに就いたサイトウを気に掛けるジムリーダーはいれど、気の置けない友人はいなかったのだろう。ルリミゾもネズとの微妙な距離感を思い出しながら。

 

「……ありがとう。でもすぐシンオウに帰るかもしれないわよ?」

 

 素直に好意を受け止めるには、捻くれてしまっているから。

 

 照れ隠しをしながら、冗談めかして言った。

 

「そんなの関係ないよ。熱い試合をした。こうして話した。だったらもう、友達でしょ?」

 

「――!」

 

 頭の中に警鐘が鳴る。これ以上関わってはいけないと。未練を残すなと。

 

 それでも。

 

「確かに。友達ね」

 

 友誼を結んだ。

 

・・・

 

「そういえば、なんで壁画があんなことになってんのよ」

 

「あー、それはね……」

 

――ビート。あのクソ生意気ピンクがやったらしい。ローズに認められたい一心で、壁画と共に埋まっている願い星を集めようとしたとか。ローズのダイオウドウを借りて行ったらしいが、そのまま従うダイオウドウもダイオウドウだ、とルリミゾは思った。

 

「失格処分って……」

 

「私から言えば仕方ない処罰だと思うけどね。結果的に壁画の中から良い物が出て来たけど、ラテラルタウンの観光名所を破壊したことはやっぱり許せないかな」

 

 己に厳しいサイトウらしい意見だった。この街を愛していることが伝わってくる。壊そうとしていたルリミゾとしては――心底どうでもいい問題だったが、才能あるあの少年が誰の指導も受けられずに腐っていくことに虚しさを感じた。

 

(ま、あたしが指導するわけでもないから何も言えないわね)

 

 ローズはビートを拾って、何か教え導いたのだろうか。その才だけを見出し、あとは何も教えてこなかった。その結果があの傲慢な態度であり、この悲しい結末だろう。

 

「ユウリってジムチャレンジャーが一応止めてたよ。今日ジムチャレンジに来てたけど、強かったね」

 

「でしょ!?最初からやるな~と思ってたのよ!」

 

「知り合いなの?」

 

「まあね」

 

 奇妙な縁がある。

 

 それから二人は今まで戦ってきたジムチャレンジャーの話をした。ルリミゾを通過した一方、サイトウに躓いている者もいれば、両方すんなり通り抜けた者もいる。面白い戦術を見せたトレーナーの話をしたり、ガラル空手についてルリミゾが聞いてみたり。

 

「あの壁画ね、前も壊されかけたことがあるんだ」

 

「……ギンガ団のロベリアね?」

 

 遂に来たか、とボロが出ないようにルリミゾは気を引き締めた。壁画が壊された以上、そのことは必ず話題に上る。そうなればサイトウが以前ロベリアと戦った話も上がるだろう。

 

「うん。知ってると思うけど、負けたんだ。私」

 

 一般には、「なんとか退けたものの逃げられた」ということになっている。不安を煽らないため、リーグがそう報道させている。歴史や伝説を調べているらしい様子から、事を大きくしないほうが犯人にとってもメリットで、わざわざ訂正を求めに来ることもないと考えたのだろう。

 

(ま、勝手に負けたことにされるのは癪だけど仕方ないわね)

 

 実際そうだった。

 

「強かった?」

 

 少しそわそわしながら。

 

「……うん。でもそれ以上に、私が弱かったかな。犯罪者と対峙する覚悟がなかった。相手はルール無用の何でもアリ」

 

 だから、悔しくてワイルドエリアに籠っていたと。そう零した。その表情は過去を悔いるというよりは、懐かしんでいる様子だった。ルリミゾは「強かった」と肯定されたことに口元を緩めながら。

 

「今なら負けない?」

 

「どうだろ。でも、今度はあの像たちを守ることはできるかな」

 

 等身大の自信で、ハッキリとそう言った。ルリミゾはその様子を見て、自分が今嬉しいのか、厄介に思っているのか、わからなかった。

 

「3匹の手持ちらしいけど、どう対策すればいいと思う?実際に戦った感想が欲しいわね」

 

 情報収集というよりは、純粋な興味だった。自分のパーティはサイトウにどう映っていたのか。

 

「いいよ。守りをドータクン、攻めをポリゴンZに任せてたかな。常にクロバットが裏を狙ってて、それに集中を乱されるのがかなり苦しい。首を狙われてる訳だから」

 

 トレーナーが安心して戦況を把握することに集中できないのは、大きな痛手になる。ポケモンたちの目であり脳であるトレーナーの妨害は効果的だ。トレーナーさえ倒せば勝ちなのだから。

 

「クロバットなら一人くらい簡単に殺せるものね……。じゃあ守りに一匹、必ず割く必要があるわね」

 

「うん。私はローブシンに守ってもらってた。で、ドータクンとポリゴンZなんだけど……特殊耐久に厚いポケモンがいればかなり楽になるかもしれない。鋼タイプとかかな」

 

 その通り。ロベリアへの対策は特殊技を耐えて時間を稼ぐこと。正体を隠す必要があり、一人で戦っている以上、増援が何よりも苦しい一手である。

 

「もしかして……カイリキーがイエッサンの攻撃をあんなに耐えたのも、それが理由?」

 

「……うん。あれから特殊攻撃を受ける特訓をしたんだ」

 

 あの異常な硬さは、根性や絆だけでは説明しきれないものがあった。

 

 サイトウは、いつまた来るかもわからない脅威に備えていたのだ。ルリミゾは大きく目を見開いて、サイトウの方を見た。恥ずかしそうにしているけれど、その手の包帯は訓練の傷を隠すため。

 

(本当に努力家なのね)

 

 襲撃した時に吐いた暴言が、今になってルリミゾを苛む。当時は落ち着きもなく、精神が不安定だった。目線を落とし、当時の苛立ちを思い出して――

 

「ごめんなさい……」

 

 言い切ってから、はっとして顔を上げた。サイトウも突然の謝罪に意味がわからず、きょとんとしている。

 

「えっと、辛い経験を根掘り葉掘り聞いてしまったから……」

 

 苦しい言い訳だったが、ルリミゾは咄嗟にそれしか言えなかった。

 

「いいよ。ルリミゾが戦う時に、役立ててくれると嬉しいから」

 

 ふわりと笑いながら、サイトウはそう言った。眩し過ぎてルリミゾは目を合わせられなかった。ただただ真面目で努力家なサイトウへのリスペクトが増すばかりだった。

 




ガラルの人々と仲良くなるばかりですね。
15話のフォローです。サイトウは発売前から人気でしたが、ソフトでの立ち振る舞いやアニメから、少し違った面を想像してみました。常体のシーンが少なく、薄明の翼から推測して書きました。
自分で自分の首を絞め、退路も断ち、主人公はどこへ向かうんでしょう。
今回も読んでくださりありがとうございました。
かすかなストックで連日更新を目指します。

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