ギンガ団員、ガラルにて 作:Ly
フィールドへと続く通路は暗い。がやがや、とジムリーダーの入場を待つ観客の雑談が一つの雑音となって通路を通り抜ける。準備している間に雪は止んだらしく、キルクスにしては珍しい晴れ。天候とリンクするように、ルリミゾが目を閉じて歌を口ずさみながら機嫌よく。
「♪〜」
「ほんと上機嫌だな」
素っ気ない態度ではないことにノマが興味を抱いて、いつもより多めに話しかける。ノマの知らない歌だったが、気になったのは曲名ではない。その上機嫌の理由だった。だから、ルリミゾが口ずさんでいたのがシンオウの曲だと知ることはなかったのだが。
「まぁね。今日は色々見えるのよ」
片目だけを開けたルリミゾは、自分でも気付かないほど抽象的な答えを返した。シンオウ人らしい焦茶色の瞳は澄んでいた。
「そうか」
ノマは「何がだよ」とは続けなかった。既にルリミゾが歩き始めていたから。
「ポケモンリィィィィィィグ!」
盛大な曲と共に"Pokémon League"のロゴが画面に表示される。そして次々と、ポーズをとったジムリーダーの姿が名前と共に。リーグ戦の全国配信、そのオープニングだ。
「さあ!始まりましたガラルリーグ、Game6、Match2の様子をお送りいたします。実況を務めますミタラシと……」
「解説のカキタです。よろしくお願いします」
よろしくお願いします、と定型文を終えたところで、互いに目配せをして話を切り出す。長年コンビを組んでやってきたこの二人はまさに阿吽の呼吸だ。カメラは現在話している二人を映している。ノートを開いて情報を探すカキタと、カメラ目線を続けるミタラシの姿が対照的に。
「まずはお互いのポケモンを見てみましょう……本日のマッチアップはこちらです」
そうミタラシが言うと即座に画面が切り替わり、ルリミゾとヤローの登録されたパーティが表示されていく。
「こちらルリミゾ選手……エースのチラチーノを中心に、満遍なく色々な相手に対応できるポケモンが揃っていますね」
メンバーに変わりはなく、チラチーノ、ウォーグル、バイウールー、イエッサン、カビゴンとノーマルタイプで統一されたいつもの顔ぶれが並んでいる。
「そうですね。この相手にはこのポケモンを!という明確な想定がない代わりに、ルリミゾ選手の柔軟な発想を活かせるような手札の多さが特徴ですね」
ノーマルタイプは効果抜群となる相手が存在しない。ゆえに、その器用さを活かした戦い方が求められる。各自に固定の役割を求めるのではなく、自由な対応を。
「一方ヤロー選手……一応アップリューをエースとしていますが、アップリューの顔を拝む前に倒れるトレーナーは多いですね」
並んでいるのは、弱点の多い草タイプでありながら、苦手なタイプに対抗するための布陣。エルフーン、ナットレイ、ワタシラガ、ルンパッパ、アップリュー。ミタラシは読み上げながら、前シーズンとの変更点に気が付く。
「このナットレイは今期からですよね!ルンパッパをダイマックスして自ら『すいすい』を発動させることもありましたが、このナットレイはどういった運用をしているのでしょうか?」
「このナットレイは、草タイプの弱点である毒や飛行の攻撃をカバーしてくれます。炎にはとても弱いですが、他にも耐性が高いですからね」
「なるほど。ということはヤロー選手は交代戦を仕掛けるつもりであると?」
「その通りです。ヤロー選手は明確に敵を想定してパーティを組んでいます。常に有利となるようにポケモンを入れ替えて、まさに"粘り強く"戦うトレーナーです」
「「「「「ワァァァァ!!」」」」」
ノーマルタイプのイメージカラーそのままに、のっぺりとした白色のフィールドへとルリミゾが一歩踏み出すと同時。気付いた観客が声を上げた。それは波のように広がり、面白いくらい急速に歓声が大きくなっていく。いきなり日光の下に出たことで、目がきゅう、となる感覚。それでもハッキリと目を開いて、観客の顔をざーっと見ていく。
「いつも、ありがとう」
マイクには乗せなかった。聞こえないように小さく呟いて、微笑みながら手を振った。満面の笑顔、というほど笑顔を作ることに慣れておらず不器用な微笑みだったけれど。
「――来たわね」
ルリミゾは入場する瞬間を直接見ていたわけではなかったが、本日の対戦相手の入場を悟った。歓声が一段と大きくなり、試合開始の期待を込めた拍手が始まったからだ。
目を向ければ、ズン、ズン、という音が歩く度に聞こえてきそうなほど鍛えられた肉体。そして性格をそのまま表す、肉体に不釣り合いな優しい顔。
”ファイティングファーマー” ヤローだ。
「カシワさんが倒れてすぐ、君と当たらんでよかったです」
後頭部を掻きながら、ヤローは言う。ルリミゾは上機嫌から一転、眉を顰めながら黙っている。続く言葉によっては斬りかからんとするほどに殺気を発しながら。ヤローは少しも臆することなく話し続ける。
優しいからといって、臆病なわけではない。当たり前のことだったが、ルリミゾにはヤローが歪に見えた。
「僕はきっと、無意識に本気を出せず負けてしまうんだな。そんな境遇の相手だと心が揺らいでしまう」
これは僕の弱さです。ハッキリとそう言った。
「君は強いんだな。僕が何の心配もしないほどに。だから、僕も失礼がないくらい全力で戦えるんだわ」
この男は。
強く在りながら、驕りとも見做せるほどの優しさを抱えているのだ。そして、その優しさが相手への侮辱となることも痛いほどに知っている。
「誤解していたわ」
相手を弱者と扱い、一方的に上からの優しさを押し付けている男ではなかった。相手を尊敬した上で、相手の心境や境遇に同情してしまうほどに優しい男だったのだ。ルリミゾはこの男に勝手に抱いていたイメージを完全に消去した。単に甘さが優しさに見えているのではない。優しさを捨てられない性質だっただけなのだ。だからこの男は自ら「弱さ」と形容したのだろう。
「何がです?」
「なんでもないわ。続きはバトルで語りましょう」
「そうじゃな」
田舎特有の訛りに気が抜けそうになりながらも、ルリミゾは所定の位置へと歩いていく。両掌を上に、観客を煽りながら。ますます熱を帯びて大きくなる歓声に、気分が高揚していく。浴びれば浴びるほどに昂り、気分が戦いへと切り替わっていく。
「キルクスタウンジムリーダー、ルリミゾ。悪いけど見せ場はないわよ。
ホーム&アウェイにおける自分のスタジアム。当然その意味でルリミゾはホームと呼んだのだが。
所定の位置に着いたヤローは、対戦相手の少女を見る。入れ替え戦や、キバナとの戦いではあんなにも動揺していたあの少女が、何か芯となるものを掴んでここにいる。確かに初めはジムリーダー"代理"として立っていたのだろう。しかし今は、キルクスの観客を背負い、一人のジムリーダーとして戦っている。ダンデを除いたガラルで最も強い8人として、破竹の勢いで勝ち続けている。
「たった5試合でこんな成長するとは思わなんだ……」
そしてヤローは。
揺らいでしまうほどに心優しくても、この場所でジムリーダーとして立っているということは。
「僕も全力で戦わせてもらうんだな!」
確かな強さがあるということ。
「ターフタウンジムリーダー、ヤロー。アウェイでも粘らせてもらうんじゃ!」
「バトル開始ィ!」
審判が声を張り上げる。マイク越しに、熱狂の中でも差し支えなく声が届くように。
同時、ヤローは他のジムリーダーと比べて特徴のないフォームでボールを投げた。
――歓声が爆発する。
ルリミゾがボールを投げようと腰に手を掛けた瞬間――
「ちょっ!?」
「ぐふ!」
ボールが光り、小さな姿が現れる。チラチーノだ。締まらないスタートにルリミゾは嘆息した。観客は却って盛り上がり、「かわいー!」だとか「いいぞー!」なんて歓声を送っている。
「おっとルリミゾ選手、ハプニングかーーーッ!?チラチーノが最初に飛び出しました!」
ミタラシが半笑いで実況する。敢えて視聴者と同じように笑って話すことで、万が一本当にハプニングで戦略が崩れていた場合の悲壮さを誤魔化すことが出来るからだ。ちら、とカキタの方を見ればマッチアップの解説をする準備は完了している様子。
「カキタさん、この一番手は事故ですか?」
「ええと、事故ではありませんね。おそらく事前に一番手は打ち合わせされたものだと思います。ヤロー選手のパーティは、素早く重い攻撃を繰り出すポケモンがいません」
「そうですね、どちらかというと相手に合わせて受け流したり、上手く対処することで有利を取るイメージがありますね」
一撃で吹き飛ばすような、力のゴリ押しはない。本人の自称するように"粘り強い"プレイングが特徴だ。
「ですから『ダストシュート』や『蜻蛉返り』などの草タイプに効果的な技を持ちながら、容易に離脱できるチラチーノを先頭にしたんだと思います」
これで事故だったら私は引退しなければなりませんね、と笑うカキタ。しかしその眼鏡の奥には確かな知識に裏付けられた自信があった。
「エルフーン!頼んだんだな!」
ヤローが繰り出したのはエルフーン。可愛らしい見た目と裏腹に、凶悪な特性――「いたずらごころ」と呼ばれている――を持っている。相手より先にあらゆる変化技を使え、悪戯好きなその傾向からそう呼ばれている。
「エルフーン対チラチーノ!見た目だけなら可愛らしい対決ですね!」
「ええ。しかしその裏ではトレーナー達が駆け引きを行なっています。チラチーノが『ダストシュート』を撃てば裏のナットレイに無効化される可能性がありますから」
――と、カキタが言い終わるよりも先にエルフーンは交代し、ヤローの投げたハイパーボールから現れるのは鋼のカタマリ。ゴン!と地面を揺らしながら着地したのはナットレイ。
「ナットレイに即座に交代しました!やはり交代戦を仕掛けていくようです!」
チラチーノは動かず、交代した瞬間の隙を狙うこともしない。ただ、ルリミゾ側が不利だと言われているマッチアップが生まれただけ。
「ルリミゾ選手は交代しないようですね。しかしこの対面を作って大丈夫なんでしょうか……」
可能な限りルリミゾを擁護しながら、ルリミゾ側に考えられる手を次々とノートへ列挙していくカキタ。ルリミゾにしては少し冷静さを欠いた判断のようにしか思えなかった。チラチーノがナットレイ相手に有効打が無い場合、ナットレイは「ステルスロック」「やどりぎのタネ」「
格闘技を使えるウォーグルに交代するのか、それとも炎技「マジカルフレイム」を使えるイエッサンに交代するのか。そう期待していたカキタを裏切るプレーだった。
・・・
「なーんでわざわざ相手の土俵に上がる必要があんのよ」
ルリミゾは自信満々に笑う。交代しなかったのは、
「嘘泣き」
――指示したのは、相手の特殊防御を下げる技。チラチーノの嘘泣きを見たナットレイは、特殊防御がガクっと下がる。
「ッ!?」
ヤローは目を見開いて驚き、一瞬で思考へ沈む。
(何か特殊技を狙っている……?イエッサンの『マジカルフレイム』ならわざわざ特殊防御を下げる必要はない……)
「『嘘泣き』ですか!?特殊技を撃つんですか!?」
慌ててルリミゾのチラチーノの技の使用歴を見るカキタだが、公式戦でチラチーノが特殊技を撃った記録はない。ノートを開いて、チラチーノが種族として覚える技のリストを探す。毎度披露するルリミゾの予想外の技の採用に合わせて、カキタはルリミゾの手持ち全ての種族が覚える技のリストを作成していた。プロ根性である。
「あった!『気合玉』か!?使えるのか……?」
それは可能性だった。「嘘泣き」を交代際に使うということは、「私は今から特殊技を撃ちます」と宣言しているようなもの。ヤローはこのアクションひとつで、チラチーノの特殊技を警戒しなければならない。しかもそれは、チラチーノで居座れるほどナットレイに効果のある技、かもしれない。ミタラシはカキタの情報が纏まるのを待ちつつ、場を繋ぐためにマイクを手に持つ。
「ルリミゾ選手、指示したのは『嘘泣き』!特殊防御をガクっと下げる効果があります!これにはヤロー選手も動揺しています!『気合玉』を撃とうとしているのか!?それともブラフなのか!?」
「ブラフ……だと思います。『嘘泣き』自体は習得が簡単です。しかし物理攻撃ばかりで戦ってきたあのチラチーノが今更特殊技を撃てるとはとても……。もちろん形にはなるかもしれませんが、プロ同士の戦いでは通用するレベルまで高めて初めて「使える」と形容できるんです」
「では、ダイマックスしてはいけないんですか?ナットレイの耐久であればチラチーノの『気合玉』を耐えられるのでは?」
ミタラシの疑問は当然である。
「いえ、そうするとカビゴンに出られてしまいます。ダイマックスの効果時間中にカビゴンを落とせるかどうかも怪しいですからね。ダイマックス権を残しておかないと、ウォーグル一匹にほとんど持っていかれてしまいます」
「なるほど……」
それから、ブラフと判断したヤローが「やどりぎのタネ」を指示したのと。
――チラチーノがその小さな短い手で、気を集めてエネルギーの塊を作り出したのは同時だった。
読んでくださりありがとうございました。
カブ戦で最後の一匹を隠す演出をしたので、今回のヤロー戦では「公開された手札をいかに突破するか」というテーマで書いています。
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