ギンガ団員、ガラルにて   作:レイラ(Layla)

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50-vsヤロー メジャージムリーグ⑰

 

「『気合玉』の練習を見てほしい?」

 

「ええ。次の試合で使いたいの」

 

――サイトウがそうやって相談を持ち掛けられたのは、ジム同士の練習試合の日だった。

 

 打算での親交を疑うほどに、突飛な話だった。サイトウは可否を答える前に、まずルリミゾの瞳を覗き込んだ。その奥の真意、感情を少しでも確認しようとしたのだ。手合わせに留まらず、互いの技術を教え合う関係までは考えていなかったサイトウは言葉に詰まる。ただの友人同士ならともかく、プロ同士、それも同じリーグで対戦する者同士である。やはり、断ろう。そう思ってサイトウは口を開いた。

 

「それはできないかな。仲良くても、まだ試合は残ってるわけだしね。教えることは簡単だし、時間も取らない。でも対戦相手と教え合う関係は作りたくないんだ」

 

 競技者としてのサイトウのプライドだ。ルリミゾは何の対価もなしに要求するような人間ではないだろうし、きっと教え合えば互いに強くなるキッカケとなるであろう提案だった。しかし、シーズン中にそういうことは避けたかった。ルリミゾは、そんなこと思いもしなかったという表情で驚いている。ただ貪欲に、強くなるために何も考えず質問をしていた様子。

 

「……そうね。あくまで実戦に近いバトルを提供し合うだけだものね。今の話は忘れて?」

 

 突き詰めればサイトウは承諾したかもしれなかったが、他人のプロ意識に足を踏み入れるほどの無遠慮さをルリミゾは持っていなかった。まだまだプロ意識が足りてないわね、とルリミゾの笑う様子がやけに寂しく見えた。

 

「……これ終わったら一緒にご飯行かない?キルクスのお店教えてよ」

 

 言葉通りサイトウがキルクスの土地に慣れていないのもあったが、同年代のジムリーダーができた喜びからの誘いでもあった。ぱぁっ、と顔を合わせて笑うルリミゾの様子は、バトル時の獰猛さが欠片もなかった。

 

「……!行きましょう!穴場を教えてあげる!」

 


 

 

 

「――この為だったんだね」

 

 テレビ画面に映るチラチーノの構えを見て、サイトウはいつかの会話を思い出していた。

 

 チラチーノが撃とうとしているのは「気合玉」。左手を前に突き出し、ナットレイへと照準を合わせる。右手だけで気を集め、段々と玉は大きくなっていく。その熟練度は低く、やっと形になったような光り方。しかしその独特な構えは――

 

「私のルカリオそっくりのポーズだ……!」

 

 サイトウのルカリオが使ったことのある構えだった。両手で気を溜めるという都合上、どうしても命中率が低くなってしまうのを改善するための構え。片手の分威力は下がるものの、左手越しに合わせた照準で狙う工夫。そしてまた、連打がしやすい構えでもあった。

 

 ナットレイの動きは非常に鈍く、回避は期待できない。大事なのは、チラチーノが外さないということと、多く技を叩き込むこと。そして持ち前の硬さは「嘘泣き」で大きく損なわれている。普通のポケモン相手には、通用しないような――あまりにも特殊な運用だった。特殊防御を下げることに成功し、なおかつ高確率で技を当てられて、連射の隙を突かれないような効果抜群の相手。まさにこの今、ナットレイ以外に刺さらない運用。

 

「一人の対策にそこまで詰めるなんて……!」

 

 勝ちを何が何でも獲りに行くという覚悟が、画面越しにも感じられた。同時に、その教えを乞いに来たのが自分だったことにサイトウは言い表せない胸の高鳴りを覚えた。そして断ったにもかかわらず――恐らく過去の試合の録画などを漁って研究したのだろう。勝利への貪欲さを学ばされた気分だった。すぐにテレビを消して、次のサイトウの対戦相手――キバナへ向けて準備を始めた。まだまだ対戦の日まで時間はあったが、そうせずにはいられない気分だった。

 


 

 チラチーノの右手で「気合玉」が完成する直前、意識のリソースが左手へと切り替わっていく。左手へと気が集まり、小さな小さな次の玉が作られる。そして右手の玉が完成し――

 

「撃てッ!」

 

 タイミングは完璧に、ルリミゾの叫びが響き渡った。

 

「ぐふ!」

 

 右手で勢いよくアンダースロー。と同時、左手の照準を今度は気を集中する砲台へ。手を全く逆に入れ替え、再び「気合玉」の構え。チャージは短く、予め割かれた時間が活きていく。そしてそれの繰り返し。

 

「ふッ!ふッ!ふッ!ぐふーッ!」

 

 連射、連射に次ぐ連射。ゴン!ゴン!ゴン!と「気合玉」が放たれる度にナットレイに命中し、金属特有の音が鳴る。雑で、熟練度の低い攻撃は積み重なって鋼の身体へとダメージを与えていく。熟練した「気合玉」の一撃と遜色ないほどに。

 

「はーっ、はーっ……」

 

 チラチーノは身体のあちこちに植え付けられた「やどりぎのタネ」に体力を奪われながらも次の攻撃の準備をする。消耗の程度と、奪われた体力の様子を見ながら、ルリミゾはダメージの計算を始めた。

 

(効いてる……!もう一度やれば落とせる……!)

 

 スタミナの消耗が激しいものの、今回きりの奇策としては十分すぎる働きだ。

 

「なんちゅうプレーじゃ!面白いなナットレイ!」

 

「……!」

 

 あちこちに傷を作ったナットレイが、それでも笑う。常に勝負を楽しもうとするヤローの姿は、真剣さが伝わりにくいため「真面目にやれ」なんて声が飛ぶこともある。しかしその楽しむ姿が、トレーナーたちやファンの光となっていることを忘れてはいけない。

 

「"アレ"をやろう!付け焼刃を崩すにはもってこいだわ!」

 

 それを聞いたナットレイは頷いて、じっとチラチーノが動くのを待っている。

 

「何か、来るわよ。警戒しなさい」

 

「ぐふ」

 

 ヤローが選んだのは後手。ナットレイの遅さゆえに先手でアクションを起こすことは不可能だが、攻撃が迫ってからの迎撃、あるいは何か技を繰り出して場を整えることはできる。だからチラチーノが攻撃時に隙を晒すのを待っているのだとルリミゾは推理した。

 

(『ステルスロック』、『身代わり』、それとも何か攻撃技か……)

 

 ナットレイは何かしらの技を狙っている様子だが、一目では判断がつかない。「ステルスロック」だった場合は、活躍の期待されるウォーグルが動きにくいフィールドを作られてしまう。ルリミゾはウォーグルへの交代も考えたが、攻撃技であった場合のリスクをみて「気合玉」を判断した。

 

「もう一度『気合玉』!」

 

 続行の判断。あのラッシュを全て当てられれば落とし切る自信がルリミゾにはあった。チラチーノが同じように構え、集中を高めていく。ナットレイはそれを妨げる様子もなく、ただ静かに見つめている。不気味なほどに。

 


 

「付け焼刃も重ねてしまえば実用に至ると……!そんなプレーです!こんな状況のためにわざわざ用意してきたんでしょうか!?」

 

「恐らくその通りです。この状況を生み出すための、先発チラチーノ。ヤロー選手がエルフーンで突っ張っていたらどうするつもりだったんでしょうね……」

 

 未熟で、完成度の低い「気合玉」はまさにこの限定的な状況にのみ機能していた。ヤローはそんな奇策にも笑いながら、楽しそうにただナットレイに語り掛けている。

 

「ヤロー選手、楽しそうですね」

 

「本当ですね!どんな状況でも楽しそうにプレーする彼は本当に面白い選手ですねぇ」

 

 カキタとミタラシがヤローについて触れる暇があるほどに、静かな戦いだった。チラチーノは次の「気合玉」のために集中し始めていて、ルリミゾはそれを妨げないよう黙っている。腕を組み顎に手を当て、ヤローの後手の策、そして今後の展開に思考を巡らせているのだろう。

 

「ゆっくりとした戦闘が行われています。ナットレイは静かにチラチーノの動きを待っています!」

 

「しかしヤロー選手も妙ですね。『身代わり』や『守る』で粘る様子もありません。何を狙っているのかちょっと気になりますね」

 

 いくら想定外に体力を持っていかれたとしても、これまでのヤローの試合通り"粘る"戦いをするならば「身代わり」や「守る」で時間を稼ぐはずだ。「やどりぎのタネ」が成功している以上、時間をかければかけるほど形勢はヤローに傾いていく。しかしこの様子は、まるでナットレイで()()()()()()()()()()()

 

「……!チラチーノが動きそうですよ」

 

 完全に集中が高まり、エネルギーの玉が準備されたのをみて、カキタが解説を中断した。

 

「さあ、付け焼刃の奇策です!ヤロー選手はどう返すのでしょうか!?」

 


 

 そして。

 

――集中しきったチラチーノが「気合玉」を撃ち出そうとした瞬間。

 

「今だ!『()()』ッ!」

 

「ッ!?」

 

 ググッ、とナットレイが沈んで、辺りを重力が支配する。観客席から障壁を隔てたフィールド全てが、異常な重力に侵されていく。

 

「こっ、れ、は……!」

 

 慣れない感覚にチラチーノは膝を屈して気弾を霧散させる。同様にルリミゾも未知の感覚に崩れ落ちた。「重力」とは、フィールドの重力を強くする技。トリックルームやその他の天候変化と同じく、発動者が大きく有利を取る。発動者側にとっては慣れた環境・練習してきた戦術である一方、無理矢理その土俵に立たされる相手からすれば全く慣れない環境だからだ。

 

 それを示すかのようにヤローは何事もないかのように平然と立ち、愉快そうに笑っている。

 

「やってくれたわね……!」

 

 ルリミゾはよろよろと立ち上がりながら、全身にかかる負荷に耐えながら。チラチーノは四足で身体を支えてなんとか動けるようになっている。が、やどりぎのタネがジワジワとその体力を吸い取っていく。

 

「『パワーウィップ』!息をつかせんように!」

 

 今までのゆったりとした展開は嘘のように、間髪いれずの攻撃。当然チラチーノがこの重力に慣れてしまう前に押し切るつもりだろうが、そのペースの変わりようにルリミゾが面食らったのは確かだ。ナットレイの触手がしなり、破壊力を伴って叩きつけられる。回避を試みるチラチーノだが、強い重力に慣れない身体は言うことを聞かない。

 

「『アイアンテール』で威力を殺せ!」

 

 回避が不可能と悟るや否や、ルリミゾが叫んで指示を出す。それに合わせてチラチーノも即座に回避行動をやめ、全力で尻尾を固めて迫り来る触手へとぶつける。

 

――ガイィン!

 

 生物同士がぶつかったとは思えない音が鳴り響く。

 

 一瞬攻撃が緩んだ瞬間、チラチーノをボールへ戻し――

 

「カビゴンッ!」

 

 割り切っての交代。試合前の努力は、必ず通用するとは限らない。「気合玉」が撃てなくなった以上、チラチーノではナットレイを見ることができない。意地を張らず、ルリミゾは全力でカビゴンの入ったボールを()()投擲した。

 

「ボディプレス」

 

 この重力下ならば。

 

 カビゴンの押し潰す威力は高まっている。

 

――ズゥゥン!と、大きな大きな地響き。その重量は平常時で約500㎏。

 

「ナットレイ戦闘不能ッ!」

 

 消耗していたナットレイを踏みつぶして、着地ひとつで決着を。「ボディプレス」は防御力を活かして攻撃する格闘タイプの技。ナットレイに"効果は抜群"である。

 


 

「重力!やはりヤロー選手も用意してきていました!」

 

「しかしルリミゾ選手も対処が速いですね!チラチーノではナットレイが倒せないと見るや、すぐに重力を活かしてカビゴンでナットレイを落としにかかりました。素晴らしい判断です」

 

 ただですね、とカキタ。頭の中に浮かぶのは、ヤローのエース。アップリューは「重力」の発動下で強力な技を持っている。おそらくナットレイは突破されることを予期した上で、ダメ元で重力を発動したのだろう。

 

「ナットレイがあれほどのダメージを負った時点で、倒される想定の判断を下していたのかもしれません。ヤロー選手はポケモンに痛い思いをさせたくないトレーナーですから『大爆発』こそ使わないものの、次への布石のように見えますね」

 

「布石、ですか」

 

「ええ。ヤロー選手のアップリューは、重力発動下で特に強力な技を持っています。しかも、重力下ではポケモンの動きが鈍くなってしまいますよね」

 

 カメラが映したフィールドには心なしか動きづらそうなカビゴン。普段が遅いためあまり差異がわからない。

 

「……ちょっとカビゴンだとわかりにくいですね」

 

――そして、カメラが機転を利かせて映したのはルリミゾ。なんとか立ち上がり、苦しそうに表情を歪ませている。

 

「ま、まあルリミゾ選手はポケモンではありませんが、見るとわかりやすいですね。普段と違う重力は、回避行動を取るのも一苦労です。普段から張り切りすぎて攻撃を外しがちなあのアップリューには嬉しい状況です」

 

 ヤローのアップリューは"はりきり"すぎて攻撃を外してしまいがち。全身全霊で撃ち込むのが楽しいらしく、ヤローもそれを矯正しようとはしていないらしい。

 

 と、話をすれば、繰り出されたのは予想通りアップリュー。カキタがニヤッと笑って、メガネが光った。

 

「やはりアップリュー!流石ですねカキタさん」

 

 小さな身体に、不釣り合いなほど大きな力。30㎝ほどの体長だが、ジャラランガ、そしてカビゴンと同じくらいの力を持つ。

 

 ありがとうございます、とカキタが言おうとした時。

 

――実況席からも見えるところから、まるで流星のように飛来する何か。

 

「これは……」

 

 アップリューにのみ、使うことのできる技。

 

 重力下でその威力を大きく増し、「ソーラービーム」と同じ威力にまで至る。

 

 空から落とされる()()は。

 

「Gの(ちから)

 

 ひとすじ、林檎がスタジアムを貫いた。

 




ギリギリ1週間セーフです。セーフですね。
アップリュー結構好きなんですが、調べるとめちゃくちゃ小さくてびっくりしました。薄明の翼、4話めっちゃよかったですね。ああいうのを描けたらなあ、と思います。頑張ります。
いつも評価・感想ありがとうございます。本当に嬉しいです。
読んでくださりありがとうございました。

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