【ジムチャレンジャー・ユウリがスパイクタウンジムを突破!いよいよナックルシティジムへ!】
スマホに表示されたニュースをざーっと眺めた後、画面をロックしてソファへ放り投げた。
ユウリの快進撃は止まるところを知らず、序盤よりも勢いを増して進んでいる。ジムチャレンジ杯はまだ1ヶ月近く先だが、この調子では3日後にもナックルシティジムを攻略するだろう。
「ジムチャレンジ杯のタイミングで空き巣……」
――まさに天啓。
ぱっと口から出ただけの発想だったが、この上なくベストなタイミングに思えた。
ルリミゾにとって、ジムチャレンジ杯で戦うメリットはない。勝ったところでジムの順位が上がるわけでもないし、チャンピオンになったところで元の世界には帰れない。チャンピオンへの挑戦権、という普通なら喉から手が出るほど欲しいものも、一切興味がなかった。
「サボってナックルスタジアムの地下を襲えば、誰もいない……!」
チャンピオンも、ジムリーダーも、ジムチャレンジャーも。アクロマの調査により、ナックルスタジアムの地下に何かがある/いることはわかっている。それが巨大な願い星のような物なのか、あるいは強大な力を持つポケモンなのかはわからなかったが、ダイマックスのエネルギーが不自然に発生した円の中心にナックルスタジアムがあるのだ。
「計画を立てるべきね」
折角得た協力者だ。帰るまでこき使わねば勿体ないというもの。常にルリミゾが「強さ」という形で対価を提供している以上、アクロマとの契約は続いている。
「それは……確かに成功すれば帰れると思います。私の機械が間に合わなければ、そのエネルギー源を盗んでイッシュへ逃亡するという手があります」
アクロマはルリミゾの突飛な計画を肯定した。
ジムチャレンジ杯当日は、全てのジムリーダー、そしてチャンピオンがシュートスタジアムに集まる日。やましいものを隠してると公言できないマクロコスモスからすれば、シュートシティの守りは有象無象に任せるしかないだろう。
「しかし、いいのですか?」
らしくない、やや困惑の混じった瞳でルリミゾを見た。妙な髪形が重力にぴょいん、と跳ねて。
一位になってナックルスタジアムを本拠地にした場合と比べて、あまりにも唐突な別れになってしまう。今まで結んだ友誼や、師弟関係、そしてファン。
アクロマは敢えて直接言わなかったが、人同士の会話に疎いルリミゾでも理解できた。それほどに自らの気持ちを自覚していた表れでもあった。
しかし。
「知らないわよこんな世界の関係なんて……。あたしはギンガ団幹部。最初からジムリーダーでもなんでもない」
帰れるならそれでいい。
断ち切るように、振り切るように言った。
アクロマは何も言わなかった。
「――それでね、カイリキーたちと一緒に洞窟から出られたんだ!」
「無茶しすぎでしょ……」
サイトウのとんでもない修行の無茶に呆れながら、ケーキを口に運ぶ。もはや恒例となったスイーツ店での雑談だが、ルリミゾはそれほどスイーツ好きでもないので飽きつつあった。そのことを切り出した時のサイトウの顔を想像して、何も言わずにいるのだが。
「……ん?」
「どうしたの?」
怪訝そうなサイトウの後方、数席向こうのキャスケットからわずかに見える蒼と黒の髪。そしてその向かいには、明るい茶髪と小さな銀のハートマークたち。ガヤガヤと賑わっているおかげで目立ってはいないが、熱狂的なファンが注視すればバレてしまうような軽い変装だ。
「あれ、ルリナじゃない?」
「えっ!?……って、ルリナ"さん"でしょ!」
厳しく育てられたサイトウから小声でお叱りを受ける。慌てて、
「さん」
とだけ付け足したが。
「遅いよ!」
あはは、と二人で笑った。
「このお店人気だしね……。お互い目立ちたくないし、友人さんと来てるみたいだし、そっとしておいてあげようよ」
「そうね」
サイトウは変装していないものの、ルリミゾはバレない程度に帽子を被っている。ちらちらとこちらを見る目があるが、サインや写真をねだることはせず配慮してくれているらしい。
そんな土地柄の良さに、またひとつ心が揺れた。
「あのネズさんと同率2位だ。スゲェよお前は」
ノマが照れくさそうに言う。ジムでの練習では、既に8バッジ相当の実力を発揮している。それでも大会に出場しないのは、ひとえにジムトレーナーという立場だからだろう。
「アンタが望むなら、色んな大会に推薦するわよ」
「あー……お前の出る大会なら出させてもらうよ」
以前ノマは「ルリミゾを倒してから、リスタートする」と宣言した。今では更にそれが遠のくほどにルリミゾが伸び続けているが、ノマも成長しているのは確かだ。距離が開いても、ノマはもう折れない。
「お前を倒して、新しくトレーナーとして踏み出すって決めてるんだ。どうせお前は勝ち上がるだろうからな。いつか当たるだろ。それなら目標達成とリスタートが同時にできる。面白いだろ?」
それほどまでに、影響を与えていた。
ファンレターの中には、「勇気を貰った」という子供の未熟な字。「逆境の中、戦う姿に感動しました」という達筆な文字。様々なガラルの人間が、ルリミゾを慕っている。
ジムトレーナーはルリミゾのアドバイスを得て、日々特訓している。今シーズンでジムトレーナーをやめ、新しくトレーナーとして再挑戦するトレーナーもいる。
「……ええ、待ってるわ」
別れの言葉を飲み込んで、そう答えた。
自らが灯したノマの目の光を、ルリミゾは直視できなかった。
・・・
「帰る……絶対に帰る……!」
魘されるように布団で呟き続ける。私の心が変わってしまわないように。元の世界の思い出が霞まないように、思い出を振り返る。
もう、マーズの顔さえハッキリと思い出せないでいる。
元の世界はどうなっているのだろう。私は心配されているだろうか。アカギは部下を使い捨てるタイプだから、きっと目的のためなら何とも思わないだろう。マーズやジュピターは心配してくれているだろうか。サターンは呆れているだろうか。飛び出した家の両親は、どう思っているだろう。
「うぅ……」
いやな妄想ばかり繰り広げてしまう。
その度に、サイトウの笑顔や、ファンの顔がチラつく。ノマの不器用な尊敬が、カブとの熱いバトルが、ネズ兄妹の愉快さが、ポプラの老獪さが……あらゆるガラルの楽しかった日々がフラッシュバックする。
元の世界に帰るために築き上げたガラルでの立場が、鎖のように心を縛り付けて離さない。
「騙してきた罰、ね」
口調を取り繕うのをやめて、素の自分を曝け出したのがキッカケだろう。仮面と素顔の境界線が消えてしまった。ジムリーダーとして成長した良心が、帰るための悪行を咎める。バトル以外に何も知らなかった私が、多くの尊敬すべきトレーナーと観客によってたくさんのことを学んだ。
「いっそこのガラルの思い出を忘れられたら……」
そう呟いて、机の上のボールが目に入った。
「……そっか」
知識を司る神がいる。
記憶を消すことなど造作もない。
「忘れられるじゃない」
それは、この苦しみから逃れられる、この上なく甘美な方法に思えた。
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