迷い自体は、ずっと心の奥底にあった。
いずれ去るであろう私が、ジムリーダーとして振る舞うことの意味。多くの人と繋がりを作り、影響を与えることの罪。ずっと試合の間は考えないようにして、楽しんで戦い続けてきた。その代わりにいつも自宅で苦しんでいたけれど。
「……でも、好きになってしまったものはしょうがないじゃない……!」
口に出して、ハッキリと想いを自覚した。私はこのガラル地方が好きなのだ。
「バトルでこんなにも暖かさが貰えるなんて、知らないわよ……」
私が戦う姿で人が勇気付けられるなら。私が戦う姿で人を魅了できるなら。私はもっと戦いたい。光の当たる場所で戦いたい。暗い欲求を満たすために壊して回っていた日々では得られなかった、暖かい喜びがあった。
バトルはいつだって、目的を達成するための手段だった。ギンガ団でいうなら、邪魔者を蹴散らす手段。この世界でいえば、元の世界に帰るための脅しや暴力。それがいつからか、目的に変わっていた。相手と鎬を削り、高め合うようなコミュニケーション、そして私自身の魂の表現に変わっていた。
「だから、忘れるまで真摯でいよう。この大好きなガラルに爪痕を残してやる」
野蛮な衝動と、矛盾する誠実な私が絡み合った歪なカタチ。
やっと自分のカタチを理解して、私は唇が弧を描くのを止められなかった。そうだ。誰だって色々な面がある。私は壊すことも大好きだったし、ジムリーダーとして振る舞うのも大好きだったのだ。
「『ダイマックスを使わないのが本来のポケモンバトル』、ねぇ……」
ルリミゾが手に取ったのは【ネズに迫る!故郷への想いとは!?】と題された記事。故郷、という単語に思うものがありながらも、縦書きで何ブロックも分けられた、少し読みにくい記事を読んでいく。
中心にはマイクスタンドを持って指示を出すネズの写真。様になっていて、これほど魅力的な人物のホームが寂れているとは思えないほど。
「……町ごと移転!?あのおっさん、とんでもないこと言うわね」
スパイクタウンには、ダイマックスできるパワースポットが存在しない。それが原因で集客も悪く、ネズの強さと裏腹にポケモンバトルが地味であるとか。
そこで委員長であるローズの持ち掛けたのが、スパイクタウンの移転。しかし、ダイマックスが嫌いでしかも故郷を離れたくないネズはそれを拒否。何度かの話し合いの後、ジムチャレンジの開会式にも顔を出さなくなったという。ローズとの冷めた関係はリーグのファンも察しており、ワンマンで強引なやり方の摩擦だろう。
『〜♪』
なんとなくネズのCDを垂れ流していたスピーカーは、もう12曲目。人気なのも納得だった。ネガティヴから出発する歌詞は、不安や後悔に直面した人間に突き刺さるのだろう。それでも前を向こうとする様子が、共感を呼ぶのだろう。勇気を与えるのだろう。
「これが、ネズの音楽……」
苦しむ心を、共に苦しんでくれるような。生きていることを、肯定されるような。聴き入って、思わず歌詞カードを開く。粗雑に床に放り投げていたそれを。ツルツルの正方形に近いカタチに印刷された、ネズの魂の言葉たち。12曲目はもう終わって、次の曲までの一瞬の間が空く。
『〜♪』
13曲目。最後の曲だ。
それまでとは打って変わって、静かにアコースティック・ギターの音が鳴る。歌い出しも穏やかに、ぽつぽつと語るような曲調で。
『歌で、誰かにエールを送るなんて……』
スピーカーから流れるのは、ネズの歌。魂の一曲のようだ。ライブのトリに決まって歌われるらしいソレは、一本のギターによる弾き語り。
『本当はウソだよ……無理だよ……』
「……!」
歓声への後ろめたさ。『本当はウソ』の自分。ネズの苦悩を歌っている筈なのに、ルリミゾの心の奥底を開かれたような気持ちだった。
『だけどそれでも……歌うよ』
尊敬されるような人間ではないのに、歓声を浴びる苦悩。自己肯定感の低さか、それとも劣等感か。少なくとも、ネズが何かと闘っていたのは確かだった。偽ってジムリーダーとして振る舞い続ける少女にも、その歌は響いた。
それでも、ネズは歌うのだ。
それでも、ルリミゾは戦うのだ。
『ささやかな歌を、歌うよ』
そこに、ネズの立ち上がる姿を幻視した。
気が付けば、ルリミゾは立ち上がり外へと駆けだしていた。
「はぁ、『ネズとの試合を放送して欲しい』ということですかね」
ローズはリーグ本部に乗り込んで来たルリミゾに頭を掻いた。アポ無しの突然の訪問であったことについては、オリーヴが射殺さんとする視線を送っていた。直前に入れ違いにアポ無し訪問して、言うだけ言って出て行ったルリナから蓄積したオリーヴのストレスは限界ギリギリである。
「ネット配信だけじゃ満足出来ないわ。テレビもよ」
「しかし、次の試合は――」
「スパイクタウン、でしょ?問題ないわ。あたしが盛り上げるもの」
遮るようにルリミゾが言った。生意気な口調で自信満々に。ダイマックスが無いことは重々承知しているだろう。
「あり得ませんね。ダイマックスの無い試合がどれだけライト層に不人気か。ジムリーダー同士の戦いはダイマックスがあるからこそ興行として成功しているんですよ」
「まぁまぁ、落ち着きたまえオリーヴくん」
眉間にシワを寄せたオリーヴが、口調を強めて言う。相当イラついている様子が見て取れる。
「ですが……」
「ネズに影響でも受けたのかな?」
見透かすような、底の見えない目。1000年後の未来を見ている、という怪しげな噂が立っているが、真に迫る圧だった。
「きみは何をしても許されると思っている節があるみたいですね。ちょうど青年期に入ったくらいだからかな?礼儀正しいキャラクターを捨てたからといって、野蛮で礼儀知らずであることが許されると思っていませんか?」
ん?と迫ってルリミゾを覗き込む。
「……」
「ポケモンバトルの強さだけで我儘が通せるほど、世界は甘くない」
重みを伴って、大人の言葉が場を支配した。
私は、このバトルの腕っ節だけで全てを解決してきた。ギンガ団でも、バトルの強さで邪魔者を黙らせてきた。ジムリーダーになってからも同じだ。強さで魅せているだけ。
でも、ローズは勘違いをしている。私はバトルしか能のない女だったけれど、今は違う。
「べつにスパイクタウンを哀れんでるわけじゃないわよ」
口から出たのは、そのままの言葉。故郷が寂れていくネズに同情こそすれ、その力になりたいと思ったことは一度もない。
「ただ、ネズ……さん、とは良い試合が出来そうだと思ったの。それだけ」
戦う以外の表現の仕方を知らない。歌えるわけでもないし、絵を描けるわけでもない。だから、私は戦う。
バトルはただの野蛮な争いかもしれない。何も伝わらないかもしれない。怪我をするかもしれない。所詮は選ばれた者だけの領野かもしれない。
それでも、私は戦うのだ。
「だから、『放送して欲しい』なんてお願いや我儘じゃない。あたしは忠告しに来た」
この姿が何かを伝えられると信じて、ジムリーダーになるのだ。
「ルリミゾ vs ネズ、なんて好カードを放送しなくていいのかってことよ」
私の姿を、もっと多くの人に見せたい。表現者としての欲求が生まれた。
「強ければ何をしても許される、とは言わないわ」
以前の私ならそう言っていただろうけれど。
「あたしは魅せたいだけ。寂れたダイマックスの無い町だろうと、それは変わらない」
もう、自覚してしまった。大衆の中に在って、光り輝くジムリーダーとして振る舞う心地良さを。
「――だから、これは宣言。きっと試合を大成功させて、多くの人の心を貫いてあげる。撮れなくて後悔しても知らないわよっ、てね」
それじゃ、と言いたいことを言って出口へと向かった。
「待ちなさ――」
ローズが手で制したのだろう。オリーヴの言葉は途切れていた。
「全員強いのは良いことだが……我が強い人間ばかりなのも考え物ですね……」
廊下を上機嫌に通り抜ける最中、かすかにそんな声が聞こえた。
トレーナーも、表現者だと思います。カブの熱い姿、優しいヤロー、見えないところでバタ足をするルリナ。戦い方、ポケモンとの接し方……そして在り方に、その本質が表現されているように私は思います。
歌に共感する瞬間ってありますよね。上手く描けていればいいなあ、と思います。
いつも読んでくださりありがとうございます。
ネズ戦頑張ります。
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