ギンガ団員、ガラルにて   作:Ly

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55-vsネズ メジャージムリーグ⑲

 

「ちょっと臭うけどいいよなァ?スカタンク!」

 

 気力なさげに投擲するフォームとは正反対に、がなるようにネズが叫ぶ。同時に現れるのは、紫と白の毛が特徴的なポケモン。むん!という擬音が似合いそうな丸まったω状の口と、頭の上まで乗っかる尻尾に見え隠れする目元がギラついている。

 

「きゅおおっ!」

 

 着地と同時、ぶおお!という音と共に流れ出したのは悪臭を放つガス。「毒ガス」という何のひねりもない、生態を活かしただけの技である。しかし、狭いフィールドで撒かれたガスはチラチーノの行動圏を大きく狭め、スカタンクに有利なフィールドを作り出している。

 

(クサすぎでしょ……!まともに吸ったら気絶するわよこんなの……!)

 

「下がれ!」

 

 ルリミゾ、チラチーノともに鼻をつまみ、顔をしかめる。

 


 

 ルリミゾたちが主従揃って同じような行動をしたのを見て観客が笑っていられたのも束の間。

 

「くさっ!?」

 

「こっちまで届くのかよ!?」

 

 多すぎる観客の大半は初めてスパイクタウンで観戦する人間。金網しかフィールドと観客席を隔てるものがない以上、スカタンクの放った悪臭は観客たちにも届いていた。

 


 

「穴を掘る」

 

 ルリミゾの意図を即座に汲み取ったチラチーノが、フィールドの地面へと潜っていく。ガスの無い場所は、空か地中か。ルリミゾが選んだのは地中だった。

 

 地中からであれば、ガスの影響を受けずに攻撃することができる。

 

 が、

 

()()()()()()『毒ガス』!」

 

 スカタンクの長所は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 時には50メートル以上もの超射程へ届かせることのできる噴出力だ。そしてその精度は、トップクラスのトレーナーによって鍛え抜かれている。より効果的な毒ガスを出せるよう、食事から管理されている。

 

 すべては勝利のために。

 

「ッ!」

 

 ぶしゅうう、とチラチーノが掘った穴へとガスが放たれていく。「穴を掘る」のメリットは、攻撃の主導権が強制的に奪えること。「地震」や何かしらのアイデアで地中に攻撃できない限り、必ず先手を打つ権利が奪えるのだ。

 

 しかし、もはや先手の権利は腐らされつつある。ガスが届くよりも先に地上の安全圏に出るか、それともガスの中へ無理矢理飛び込んで攻撃するか。じっくり機を伺いテンポを取り返すための「穴を掘る」が完全に無効化されている。選択を迫られている。

 

――もしもこの場に解説のカキタがいれば、そう評しただろう。

 

 しかし、チラチーノは単に主導権を握るためだけに地中へ潜ったわけではない。

 

「最も大切なのは、相手へのリスペクト。『きっと対処してくるだろう』と、常に相手の研鑽を想定すること!」

 

 熱に浮かされたルリミゾが語る。

 

「残念ながらガスは効かないわ!」

 

 けほけほ、と大仰に話す反動で咳込みながら。

 

「地中から出るつもりがないから、蓋をすればおしまい!入り口から注いでもガスは届かないわ」

 

 完全な密閉。出て攻撃するつもりがないという。

 

 地中に籠る行為は遅延の反則を取られかねない。訝しむネズだったが、続くセリフが聞こえると同時に叫び始めていた。

 

「そのガス、可燃性だって聞いたわ!」

 

 スカタンクは「火炎放射」を使うことが出来る。ガスへ引火させて、噴き出すように炎を出すのだ。スカタンクのガスはよく燃える。

 

 そして今、地上に充満しているガスはスカタンクを中心に大きく広がっている。

 

「ッ!『守る――」

 

 

 

 

「かみなり」

 

 

 

 

 

 バン!と、本や映像で見るよりも衝撃的な音だった。

 

 季節はずれの落雷が、地上のガスに火を点けた。

 

 爆音に次ぐ爆音。ゴウ!とフィールド上を爆風が踊り、金網をガシガシと揺らす。観客が一歩下がるほどに熱がフィールドを包む。ネズの白いジャケットがはためく。

 

 そして、爆風で乱れた髪をかき上げながら。

 

 歯を見せてルリミゾが笑った。

 


 

「地面に入ったのは、爆風から逃げるためだったんだな……!」

 

 ホップが目をきらきらさせて言う。大迫力の熱波が観客席にまで届いて、観客は大きく盛り上がっている。その声量に負けじと大声でユウリに語り掛けていた。

 

「『霧払い』の使えるウォーグルに先手で交代すれば、交代際に毒を当てられたりするリスクもあるし、ストリンダーが裏にいる。だからチラチーノで対処する必要があったんだ」

 

 ぽつぽつと早口で考察するユウリの声は、不思議と他の騒音のどれよりもハッキリと聞こえた。そして、ホップの至らなかった視点まで目が行き届いていた。

 

「お、おう……そこまで見えてるなんてすごいぞ」

 

 えへへ、と笑うユウリだったが、ホップは自分が一歩遅れていることを自覚せずにはいられなかった。たったひとつの試合観戦。ジムチャレンジャーとして出発する以前はホップが試合を解説していたのに、今では差を見せつけられるばかり。

 

「……2位争いはやっぱりすごいな!」

 

「ほんっと来て良かった!」

 

 顔をはたいて、雑念を振り切って。

 

 ライバルと一緒に目の前の試合の観戦を楽しむために、フィールドへ目を向けた。

 


 

「ぐふ」

 

 ぽこ、と地中から頭だけを出して辺りを確認した後、チラチーノが這い出る。

 

 フィールドはあちこちが焦げ、隅に置かれていた三角コーンはとうに吹き飛んでしまっている。壁に叩きつけられたスカタンクは痛手を負ったものの、なんとか復帰した。まだ戦える体力である。しかし状況が変わったことといえば、ガスが晴れてしまっていること。

 

「ロックブラスト!」

 

 間髪いれずにルリミゾが指示を飛ばす。ガスを出す余裕を与えたくないからだ。

 

 一方、ネズはマイクスタンドへ向かって大きく叫ぶ。

 

「お返しだッ!『穴を掘る』!」

 

 スカタンクは地面に巣穴を作る習性がある。「穴を掘る」は種族として得意な技能だ。地中というアドバンテージは高く評価するトレーナーも多い。相手に交代や積みのチャンスを渡しても、それだけ「穴を掘る」は強い。

 

「ッ……」

 

 一瞬の逡巡。

 

 チラチーノを引くべきか、居残るべきか。

 

 スカタンクが「穴を掘る」で地中にいる今、ガスを払うことのできるウォーグルへと交代するチャンスである。その一方、裏にいるストリンダーが厄介だ。

 

「正面だけ警戒!背後はあたしが見る!」

 

 選択したのは居座り。

 

 死角を狙った攻撃こそ、トレーナーとの連携した対応が試される。

 

 どこから来ようとも対応できる、そう考えてスカタンクが現れる場所を注意深く探すルリミゾだったが、ボコ!と地面が複数盛り上がって硬直する。

 

 ボコ!ボコ!ボコ!

 

 明らかに一匹ではないように見える地面の盛り上がり。チラチーノの正面、横、後ろ、全てに穴が増えていく。

 

(何よ……?実体のない影分身じゃこんな芸当はできない。複数盛り上がるなんて……)

 

 チラチーノは地中でガスを回避し、反撃した。であれば、スカタンクは地中に潜って何をするのか。そこまで考えたとき、答えが見えた。

 

「――ッ!地中からの毒ガス!」

 

「正解ッ!そのまま食らってくれよな!」

 

 同時、シュウウウウウ!とあちこちからピンクの毒ガスが噴き出してくる。それと同時、ゆっくりと土の中から満足げにスカタンクが現れる。一歩、二歩と安全圏へ毒ガスを吸い込まないよう下がりながら、ルリミゾは叫ぶ。

 

「蜻蛉返――」

 

「不意打ち」

 

 チラチーノの渾身の蹴りが突き刺さる瞬間、スカタンクの爪による一撃が交錯する。

 

 ルリミゾが狙ったのはダメージを与えながらの交代「蜻蛉返り」。しかしネズはそれを読み切って「不意打ち」を指示していた。

 

「やってくれたわね……!」

 

 なんとかチラチーノは「蜻蛉返り」でボールに戻ったものの、毒を吸い込み、「不意打ち」の一撃をもらっている。ルリミゾにとって想定以上の痛手だった。

 

(焦りで崩せるのはこの一回きりですかね。ムカつきますがすぐに立て直しやがるでしょう)

 

 逃げ場のない毒ガスで判断を急かし、やっと入れることのできた一撃だ。一度も毒を食らわずにスカタンクを完封しようと試みるのも納得できるほど、チラチーノは仕上がっている。あのチラチーノとスカタンクの対面で毒を入れ、さらに一撃攻撃を当てられたのは自分だったからこそだろう、とネズが思うほどだった。

 

 ばっ、と大きなモーションでルリミゾが上にボールを投擲。

 

「ウォーグル!」

 

 軌道の頂点、自由落下を始める直前のボールから飛び出たのは、飛行タイプであるウォーグル。ガスを晴らしながら羽ばたいている。

 

 スカタンクはあと一撃で沈むほど。ネズの理想としては、このままスムーズに戦闘不能になって交代すること。スカタンクが倒れるギリギリまで粘り、次のポケモンを安全に繰り出すことが理想だ。撃ち合いを二回できればベストだが、おそらく残りの体力からして一撃を受ければ倒れてしまうほどだろう。そう予測してネズは攻撃の指示を出した。

 

「また熱いぜ!客席は気を付けな!『火炎放射』!」

 

 目を向けた先、ルリミゾは一瞬思案する表情を見せたあと、すぐに人差し指で狙いをスカタンクへ向け指示を出していた。

 

「吹き飛ばし!」

 

「ッ!?」

 

 強い、強い風が火炎ごとスカタンクを飛ばさんと吹き荒れる。

 

「火炎放射が……!」

 

 あまりの風圧に、スカタンクの火炎放射は大きく軌道が逸れてしまっている。ウォーグルに届かず、空を切るばかり。

 

 本来、「吹き飛ばし」は後手に回ってしまうほど発動に時間のかかる技だ。相手に先手を許すほどに、風の発生に時間がかかる。ルリミゾの指示より先に準備していたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ネズは気付いていたが、ルリミゾに悟られているのは予想外だった。

 

「この広いフィールドを埋めるほどの毒ガスを二回も繰り出したらどうなるか!」

 

――ガス切れ。

 

 本来スカタンクは、外敵から身を守るために臭いのある液体を出す。腹で熟成するほど威力を増し、食べたものに質が影響される。そして出し続けるにつれて臭いが弱まるという性質がある。

 

 リザードンの火炎放射のように、ほとんど常に撃ち続けることのできるような攻撃手段ではないのだ。ましてやガスに変換し、二度もフィールドを埋めるために使った。なんとか「火炎放射」を放つことはできても、「吹き飛ばし」に対抗できるほどの勢いがない。

 

「きゅおっ!?」

 

 脚が地を離れた瞬間、スカタンクはボールへと吸い込まれていく。

 

 そして。

 

 ネズの腰のボールがガチャガチャと鳴り、無作為に次のポケモンが引きずり出される。

 

「クソッ……!」

 

 悪態をついても、強制交代は止められない。ストリンダーを安全に着地させるハズが、違うポケモン――開いたボールの位置からして恐らくタチフサグマ――を引きずり出されてしまった。

 

 常に一緒に戦っているネズ本人ならともかく、一度も刃を交えていないルリミゾがスカタンクのガスの限界を見極めているのが、ネズは不思議でしょうがなかった。

 


 

「誘爆のケアかな……?」

 

「あのスカタンクは誘爆だったぞ!多分『吹き飛ばし』は誘爆のケアとストリンダーの牽制両方だな!」

 

 漏れ出ているガスを、今際(いまわ)(きわ)に爆発させる性向。直接攻撃が主なウォーグルにとっては厄介な特性だった。それを回避しながらストリンダー以外を引きずり出せたのだから御の字だろう。観戦していた二人にとって予想外だったのは、「火炎放射」が「吹き飛ばし」に負けるほどの出力だったこと。

 

「なんでスカタンクは攻撃ごと吹き飛ばされたんだろう……」

 

「たぶんガス欠だぞ!」

 

「ガス欠?」

 

 聞きなれない言葉にユウリが聞き返す。

 

「スカタンクは元々あんなにガスで満たせるほどガスを出せるポケモンじゃないはずなんだ」

 

 それは、ポケモンが大好きだからこそ知っていたこと。ネズと戦う前に何度もポケモン図鑑を見て、少しでもヒントを得ようとした経験値。

 

「バトルの為に必死に鍛えたんだと思うんだぞ!でも二回もフィールド全体にガスを張って限界ギリギリって感じだな」

 

「……すごい!私全然そんなこと知らなかったよ」

 

 ユウリは純粋に感心していた。ホップはチャンピオンの顔に泥を塗るような弟ではない。ホップはホップとして、一人のポケモンが大好きな少年なのだ。

 

「でも、ルリミゾさんもそれを把握して『吹き飛ばし』を指示したってこと……?」

 

「「……」」

 

「あの人が知識として持ってたのか、それともポケモンの生態に詳しい人を雇ってるのか……」

 

「バトルの戦術とポケモンの生態、両方勉強したら頭がおかしくなりそうだぞ……」

 

 金髪に青色の妙な髪形の男が、どこかでくしゃみをした。

 

 




読んでくださりありがとうございました。
スカタンクは連射すると臭いが弱くなるらしいですね。
評価感想お気に入りいつもありがとうございます。誤字報告助かります。

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