油断、慢心、不足、どれもウォーグルとルリミゾの間には無かった。そう、ルリミゾ自身確信していた。
ただ、あの瞬間はネズとタチフサグマの方が強かっただけ。
その事実を認めるのに、トレーナーのプライドが邪魔をした。試合中に相手の強さをリスペクトすること、その難しさ。これから打ち倒す相手の強さを認めるという矛盾する行い。ルリミゾは数度、頭を掻いて、くしゃりと髪をかきあげて。
「……流石、ね」
なんとか称賛を落とした。
思い通りにいかなかった苛立ちに顔が熱くなる。ぎりり、と歯が鳴る。それでも、自覚しているだけ成長したと自嘲しながら、「ふ」と「ほ」の間のような溜息を口から吐き出した。後続を繰り出さないルリミゾを怪訝そうに審判が見る。
「時間いっぱいまで使わせてもらうわ」
苛立ちも溜息に乗って吐き出されたようだった。目を数秒閉じれば、熱が引いて心が鎮まっていく。
「イエッサン」
今なら、誰よりもイエッサンのパフォーマンスを引き出せる。
そんな妄想のような不思議な確信があった。
ポケモンバトルにおけるルリミゾとその手持ちの戦闘スタイルは、ルリミゾのワンマンである。ルリミゾの冴えがそのままパーティ全体のパフォーマンスに影響し、勝敗に直結する。その形が最も勝利に繋がるとルリミゾの手持ちのポケモンは信じている。そしてまたルリミゾ自身もポケモンの力を十全に発揮させられると考えていた。
「イエッサンだな!」
「タイプ相性じゃ不利だけど、裏のズルズキン、ストリンダーに刺さるね。タチフサグマも一応消耗してるから、上手くやればルリミゾさんが一気に逆転しそうなマッチアップだね」
見かけだけではダメージの蓄積は判断できない。バトル経験の少ないユウリは、観戦ひとつでも目を養うためにダメージの蓄積を推測する癖をつけていた。
「消極的な選択に見えるぞ。他のポケモンを選べない状況だよな?」
「ウォーグルが倒されたから、『捨て台詞』や『ブロッキング』が元の強さを取り戻したもんね。バイウールーやカビゴンじゃ後続に圧もかけにくいし有効打もない。チラチーノは毒をもらってるから時間稼ぎをされるとつらい。だからイエッサンしか残ってないって感じかなぁ……」
互いに理由を並べても、やはりイエッサンしか選べない状況に思えた。ウォーグルを落とされたというのはそれほどに重く、裏のズルズキンの「威嚇」でさえも脅威を取り戻している。
しかし、それでも。
「自信満々な表情だぞ……」
吊り上げた口角、挑戦的な瞳。
金網越しでもそのギラついた表情がはっきりと見えた。
前回の結果は相打ち。しかし、タチフサグマが消耗した今、ルリミゾとイエッサンが共に磨かれた今なら。
「距離をキープすること!あとは
「俺達以外は黙ってろ!『地獄突き』ッ!」
音を立てながらタチフサグマが駆ける。ネオンに照らされて妖しく影が生まれる。イエッサンは下がり、それを追うタチフサグマ。縦長のフィールドをどんどんと詰めていく。牽制に放つのは三属性の攻撃「トライアタック」。タチフサグマは手刀でそれらを振り払いながら迫る。
「追い続けろ!」
「あと10歩で壁!牽制しながら下がれ!」
追って、退いてを繰り返して数秒。ついに壁際まで到達する。ルリミゾの状況報告を信じてイエッサンは一度も振り返らなかった。
「トライアタック」
そして一瞬の溜めのあと、ひときわ強く光って攻撃を放った。
「無視して貫けッ!」
手刀に悪のエネルギーを集め、光を浴びながらも突進を続けるタチフサグマ。
ウォーグルに対する迎撃の姿勢から、ネズのこの試合への姿勢がなんとなく読み取れていた。そして今、この強引な押しで確信した。
(やっぱり無茶を通してくる……!かなり強気ね)
「そう何度も通すかっての……!」
傾向が掴めれば、潤沢な手札からいくらでも攻め立てることができる。
「イエイッ……!」
バゴ!と鈍い音。
トライアタックを中断、回避に全力を注いだイエッサンはタチフサグマの突きを紙一重で避けた。右の手刀は壁に突き刺さり、左の二撃目を既に振りかぶっている。大振りのそれは、この上なくイエッサンが技を放てるタイミングだった。
両手を突き出して、大仰な詠唱。
「一撃で仕留めろ!撃たせるなッ!」
ネズの指示に、タチフサグマは全力を左腕に篭める。
「地獄突き!」
「トライアタック」
炎、雷、氷の三位一体の攻撃。そして、喉を潰す悪の一撃。
それぞれが衝突する。
・・・
先に崩れたのは――
「タチフサグマッ!」
制御を失ったように、不意に筋肉が跳ねるタチフサグマ。まるで感電したような、筋肉の収縮。
しかし、戦闘不能のジャッジは上がらない。
(……麻痺か)
「ちょっとシビれるでしょ?」
トライアタックは炎、電気、氷を操る攻撃である。被弾すれば身体が灼け、凍り、雷に撃たれる。とはいえ、三属性を調和させて放つ「トライアタック」自体に直接状態異常を引き起こすほどの偏ったタイプの力はない。当たり所が悪ければ、火傷したり痺れたり、凍ってしまう程度だ。
「何度も、何度も食らいながら突っ込んできてくれたおかげよ」
(たんなる技の撃ち合いで先に落とせたら有利になってたけど、それでもしイエッサンが落とされたら本当に取り返しがつかなくなる。当て続けて状態異常を引き起こして、安全に倒し切らないと不利の挽回にはならないわね)
イエッサンなら、最低でもタチフサグマの足を遅らせることができるだろうという判断だった。実際は状態異常になるのが想定よりも遅く、ギリギリでの麻痺だったが。
「いーかげん倒れろ!『マジカルシャイン』!」
全身の筋肉が意図に反して動く不快感に、しかし表情も変えられず痺れている。壁際から既に抜け出したイエッサンが余裕をもって狙いを定める。
その瞬間、観客は目撃した。
ネオンの妖しいピンクを打ち消す、ファンシーな優しい桃色の光の中で動いた黒色を見た。
マジカルシャインを全身に浴びながら、その不自由な身体を全力で動かして。
「
・・・
「タチフサグマ戦闘不能!」
結果として、その突きはイエッサンを倒すに至らなかった。
しかし倒れたタチフサグマの数歩先、イエッサンも同様に傷を負って倒れていた。「マジカルシャイン」を貫いて放たれた「地獄突き」がヒットしたのだ。
(ムカつくくらい強かったわね……)
倒れていたイエッサンは、よろりと起き上がり、ルリミゾへと歩いていく。自身の状態が戦闘継続可能か診てもらうためだ。
ダメージがかなり蓄積しているように見えた。
「戦える状態ではあるわ。でも喉を潰されてるわね……苦しかったらやめてもいいわよ」
「……!」
戦闘可能。ならば答えは一つ。
鳴き声は出せなかった。それでも、力強く一度、頷いた。
「わかった」
ふわふわとした頭を撫でて、目を合わせて微笑む。
「もう一匹持ってくわよ!」
「……!」
痛みを代わってやることはできない。ただ見て声を飛ばすだけの立場、それがポケモントレーナーだ。
「頑張れ」の気持ちを込める。感情を察知するイエッサンには、声よりも何よりもそれが伝わると思ったからだ。
カウントは4-4。スカタンクはほぼ戦闘不能、チラチーノとイエッサンも大きく消耗している。予想外にタチフサグマに暴れられたものの、ネズの象徴ともいえるポケモンを落とせたのは大きい、とルリミゾは考えていた。
「羽ばたけ!バルジーナ!」
ルリミゾは思い知る。
このガラルという土地で、ダイマックスせずに立ち回るということの意味を。
エースが先に倒れることが、何の意味を持とうか。変わりなく、ただ五匹のポケモンを従えて戦っているだけだというのに。
常に柔軟に。常にカバーを。ダイマックスという戦いの目玉を盛り下げてしまうほど揺らがないメンタルを。街一つを背負って戦う男の強さを。
とても辛いことがあって更新が遅れていました。
アニポケでスカタンクが普通に口から火を噴いたことです。視聴していて涙が止まりませんでした。
本当は普通に書き直ししてただけです……。剣盾エキスパンションパス楽しみですね、参考のために触ろうと思います。あくまで参考のためです。ええ。
今回も読んでくださりありがとうございました。
評価・感想・誤字報告・お気に入りお待ちしております。毎度ありがとうございます。みなさんのおかげです。
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