ギンガ団員、ガラルにて   作:レイラ(Layla)

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59-vsネズ メジャージムリーグ㉓

 

 カビゴンとストリンダーが相対する。ルリミゾとネズのカウントは3-4。

 

 ちらり、と状況を示す電光掲示板を見ながら、ユウリが呟く。

 

「ルリミゾさんのカビゴンは『厚い脂肪』だし、ストリンダーとバルジーナから『どくどく』を撃たれるとちょっと苦しいかもしれないね……」

 

 歓声の中で小さく発せられたユウリの呟きを、ホップの耳が拾う。そういえばファンだったな、なんて思いながら。

 

 カビゴンの特性はたいてい「厚い脂肪」である。炎タイプや氷タイプの技に強く、よりパーティ内でのタンクとしての役割が果たしやすいからだ。残りの特性は『免疫』と『食いしん坊』。あらゆる物を食べるために毒への耐性がある『免疫』と、木の実を早めに食べる『食いしん坊』だ。『食いしん坊』はその希少性から、『免疫』はあまりにもピンポイントすぎる能力から、バトルにおける個体数は少ない。

 

 そもそもカビゴンという種族自体、食糧費や生活スペースの関係からプロの試合以外ではまず見られないポケモンである。

 

「それならネズさんの選択肢は『どくどく』をどっちのポケモンで撃つかだな……」

 

「うん。ストリンダーに効果抜群の『地震』は避けたいだろうしバルジーナに交代するのかなあ」

 

 電気/毒タイプのストリンダーに地面タイプの『地震』は抜群以上に効く。一撃で落とされてしまう可能性すらあるだろう。

 

「でもそれを読んでルリミゾさんも『冷凍パンチ』を撃つかもしれない……だから逆に居座って……」

 

「結局本人たちの間にある空気、気配、そういうのの読み合いになると思うぞ」

 

 ぐるぐると思考を回し始めたユウリにストップをかけて、ホップはそれを少しでも感じ取るために両者を観察し始めた。

 


 

 今、主導権は間違いなくルリミゾに揺り戻っている。

 

 なぜならカビゴンは特殊耐久に厚く、ストリンダー相手にはどっしりと構えることができるから。バルジーナやズルズキンへの交代を行えば、重たいカビゴンからの一撃は避けられない。ストリンダーで避けて削る戦いをするか、それとも一撃をもらう前提で有利なポケモンへ交代するか。その選択をネズに強いていた。

 

 しかし、流れはネズのもの。鳴り止まないコールと、楽器たちはネズへの期待を加速、爆発させ続けている。ストリンダーもそれに乗って音を奏で続けており、ネズもまた大仰な演技で更に盛り上げていた。

 

(勢い付いて転んでくれるとありがたいんだけど……)

 

 大仰な身振り手振りとは裏腹に、ネズの瞳は少しも油断を残していなかった。

 

「単に勝負して倒すだけじゃ不利ね」

 

 ネズの残り4匹は、ダメージの蓄積したスカタンクとバルジーナ。そして、無傷のストリンダーとズルズキン。対してルリミゾの残りは無傷のカビゴンとバイウールー、負傷したチラチーノの3匹。

 

(毒を負って突破しても先が苦しい……)

 

 ストリンダー対面のシミュレーションは何度も繰り返している。動きの遅いカビゴンは、リアルタイムの指示よりも事前に策を組み立てる方が強い。具体的な技の指示がなくとも、既にカビゴンの頭の中にはストリンダー相手の立ち回りが叩き込まれている。もちろん、活躍した場合の褒美のごはんも。

 

「カビゴン、アレやるわよ」

 

「……ぐお!」

 

 だから、ルリミゾは()()()を切る。本来は、耐久ポケモン同士の戦いになった場合の奥の手を。

 

「行けッ!」

 

 肌をビリビリと振るわせるような轟音の応援も、マイペースな巨体には通じない。少しもパフォーマンスを落とすことなく、カビゴンがドスドスと接近していく。

 

「迎え撃て!『アシッドボム』!」

 

「オオオオオッ!」

 

 カビゴンが吠える。距離の離れたまま、大きく足を持ち上げて。

 

――ネズの判断は、正しかったといえる。カビゴンの特殊防御を()()()()()()()『アシッドボム』を撃ちながら後退すれば、いくら特殊に厚いカビゴンとはいえストリンダーの攻撃を何度も耐えられなくなる。脅威である『地震』も、じゅうぶんに距離を取れば回避できると踏んでいた。

 

 見過ごしていたのは、ネズと同様に()()()()()()()()()()()()()()()

 

「『()()()』」

 

 

 

一 撃 必 殺

 

 

 


 

「……そう、来ましたか」

 

 しん、と静まり返る会場。ぱち、ぱち、とまばらに始まったルリミゾへの拍手が、より一層状況の歪さを際立てていた。ストリンダーの音も、楽器も、歓声も止んだ。

 

 スパイクタウンの破壊者だけが、その水色の髪を揺らして堂々と立ち。

 

「これで同数、でしょ?」

 

 あはは、と笑いながら。

 

「ストリンダー、戦闘不能……!」

 

 やや遅れた審判のコールがその後を追った。

 


 

「『地割れ』を使いましたか」

 

 モニタを眺めながら、アクロマが呟く。

 

 通常、一撃必殺の威力を誇る技は上位では好まれない。耐久型のポケモンへの対策として使用されることはあれど、7割の確率で失敗する技は、多くの試合をこなすプロの試合ではリスクが高いのだ。自分の実力に絶対の自信を持つトップクラスのトレーナー達は、運に勝負を投げずに、自分の力で戦うことを好む。

 

 だからこそ、ルリミゾのこの一手はアクロマにとって意外だった。

 

 誰よりも自身に満ち溢れ、常に不遜な態度を崩さないルリミゾが、3割に身を投げたのだ。

 

「正面切って戦っては勝てないと判断したんですね」

 

 対戦相手を認めるということ。それも、相手を格上と。

 

 間違いなく、ルリミゾの精神的な成長の表れだった。

 


 

 気を取り直したネズがマイクを握る。同時、ジムトレーナー達やスパイクタウンの住人も慣れた様子で準備を始める。ドラムが先行して、その他の楽器はスタンバイを。

 

「やっとのお出ましだァ!ズルズキン!」

 

 その叫びをきっかけに、再びスパイクタウンが騒がしくなる。ズルズキンの『威嚇』でカビゴンの勢いは衰え、ふたたびルリミゾ不利の対面が始まる。タイプ相性からして、ルリミゾのパーティの天敵だ。『負けん気』でカウンターの取れていたウォーグルを失ったため、対処が困難になってしまっている。

 

(さっきは不意だから『地割れ』が決まったけど……ズルズキン相手じゃ外した瞬間に詰みね)

 

 まるまる一度の行動を消費するデメリットは大きい。当然、相手が警戒している状況で当てられるほど『地割れ』は簡単な技でもない。バイウールーに退くか、カビゴンで戦うか、その選択を迫られている。

 

 それも、ズルズキンが既に駆けだした状況で。

 

「『アームハンマー』ッ!」

 

 選択したのは、迎撃。

 

 両拳を祈るように合わせて、頭上から大きく振りかぶる。巨体の全体重を乗せられるように準備動作を。

 

「『飛び膝蹴り』」

 

 勢いよく飛び出したズルズキンの膝蹴りと、カビゴンのアームハンマーが衝突する。肉体同士のぶつかり合いは、衝撃波も激しい音も起こさない。

 

 鈍く、低い音が一度鳴るのみだった。

 

 双方ダメージなし。

 

「追撃だァ!」

 

 ネズの指示から始まる格闘戦。カビゴンは、元々格闘戦の経験値が低い。対してズルズキンは格闘タイプも含まれるほどに格闘戦が得意である。

 

 波に乗るように、ドラムのリズムに乗って拳と蹴りが繰り出される。風を切るように素早く、そして重く。

 

 カビゴンは腕で防御を試みるも、図体の割りに短い腕では全身を守り切れない。

 

「弾け!カビゴン!」

 

 はっとしたようにカビゴンは、ぐぐ、と腹に力を籠める。()()()()()()()()()()()

 

「『気合パンチ』!」

 

 それを隙と見たネズが叫ぶ。

 

 まるで武道家の演舞のように、耐える体勢のカビゴンと、正拳突きの構えを取るズルズキンが立つ。裏には不似合いなパンクロックが流れながら。

 

 衝突の瞬間は、当のズルズキン以外の誰からも不意に。

 

 拳が動くと同時、ルリミゾは叫び始めていた。

 

「カビゴンッ!」

 

 巨体が吹き飛ぶ。

 

 まるで鞠のように、柔らかな丸い肉体が壁に激突して地面が揺れる。フィールドが軋む。ネオン灯が明滅して、看板か何かがギイと嫌な音を立てた。スパイクタウンに初めて訪れた人間は心配そうに自分の頭上や辺りを見回す。

 

 それでも、ルリミゾは笑っていた。

 

「――()()()()()()()

 

 カビゴンが覚えるなどとは、誰も知らないだろう。アクロマの研究で気付くことができたのだから。防御が一段階上がったのは、攻撃の準備。甲羅を持つポケモンが主に使うそれは、高威力な一方隙のある技。仕切り直すのには最適で、防御を厚くしたうえで高威力の攻撃を放つそれは。

 

 防御姿勢を取ったあと、反発でロケットのように飛び出すことから、こう呼ばれる。

 

「『()()()()()()()』」

 


 

 ネズが見たのは、視界の端を横切る何かだけだった。

 

「ッ!?」

 

 マイクを取り落としそうになるほどの衝撃で咄嗟に振り返れば、転んだような体勢のカビゴンと、その数メートル先に倒れるズルズキン。そこから推察されるのは、渾身の『気合パンチ』を受けたはずのカビゴンが、何か、おそらく強力な攻撃を繰り出したということ。

 

「『ロケット頭突き』。覚えるなんて知らなかったでしょ?」

 

 勝ち誇った表情でルリミゾが言う。カビゴンはむくり、と起き上がって追撃の『アームハンマー』を構える。

 

「……お喋りは勝ってからだろ?『飛び膝蹴り』!」

 

「どのみち結末は決まってるじゃない!『アームハンマー』!」

 

 ルリミゾの啖呵に反して。

 

 カビゴンの体力は限界を迎えつつあった。ズルズキンの攻撃に晒され、防御が上がったとはいえ渾身の『気合パンチ』を腹に受けてしまっている。普通のポケモンであればとうに戦闘不能に陥っているのを、その種族としての強さと、鍛錬によってなんとか立っている状態だった。

 

 ズルズキンとて渾身の一撃を被弾したのは同じ。しかし、効果抜群の一撃を被弾したカビゴンとは()()()()()()()()()()

 

 だから、踏み込みが一歩遅れたのは仕方がなかった。

 


 

「カビゴン戦闘不能!」

 

 『飛び膝蹴り』が一手、先にカビゴンに突き刺さった。振り上げた拳は力なく、そのまま巨体と共に崩れ落ちる。ズルズキンが着地する姿は、まるで敵を倒した主人公のようで。

 

 カビゴンをボールに戻して、バイウールーのボールに手を掛ける。どれも装飾の付けられていない赤と白のモンスターボールで、ルリミゾの戦闘以外への関心の薄さを表すような淡泊さだった。しかし、それはまた、先代のジムリーダーに彼らが簡単に打ち解けたことを示すモンスターボールだった。

 

 戦いの果てに投げるハイパーボールでもなく、和解を示す赤と白のモンスターボール。それが何よりもノーマルジムのポケモン達の気性を示している。

 

「おつかれさま。回復したらカレーでも作ってあげるわ」

 

 そうやってカビゴンのボールに語り掛けると、ボールが少し、震えたような気がした。

 

「戦いにくい相手だけど……頼んだわよ」

 

 バイウールーを繰り出す。

 

 裏に残るのは、毒にやられダメージを負ったチラチーノ。2-3の数的不利を覆すためには、チラチーノへの負担を最大まで軽くさせることが必須だ。だから、バイウールーの役目に多くは求められていない。

 

 バイウールーは、ダンデのリザードンのようにはなれない。バイウールーが敵のポケモンを一撃で戦闘不能にすることは、おそらくこれからもありえないだろう。複数のポケモンを連続で戦闘不能にすることも、ありえないだろう。

 

 それでも、最上位のポケモントレーナーがメンバーに選ぶ理由がある。頼る理由がある。

 

「メェェ」

 

 プロとして戦うトレーナーが従えるポケモンもまた、プロフェッショナルなのだ。

 


 

 ルリミゾとバイウールーが対戦相手のビデオを見ていた日のこと。連日のトレーニングで疲れ果てていたルリミゾは、バイウールーの毛に埋もれたまま眠りについてしまう。

 

「ふぁ……」

 

 欠伸をしながら、寝落ちしてしまったことをぼんやりと思い出しているルリミゾの横で。

 

 バイウールーは繰り返し再生されたビデオを見続けていた。本来、草原で穏やかに暮らす種族のバイウールーのなかで、彼だけは、ただ戦闘のことを突き詰めていた。

 

「……トレーナー失格ね」

 

 バイウールー自身が、種族としての限界を知っている。だから、バイウールーは高望みをしない。夢を見ない。ただ、自分にできる戦い方で、ルリミゾの勝ちへ貢献しようとする。闘争とは縁遠い種族でも、彼は戦うのだ。

 


 

 ぺっ、と唾を吐き捨てたズルズキンが『挑発』する。バイウールーの『コットンガード』を封じるためだ。防御がぐぐーんと上がるため、直接攻撃が主体のズルズキンにとっては非常に厄介な技である。

 

 しかし。

 

「その程度の安い『挑発』には乗らないわよ。『コットンガード』!」

 

 バイウールーは動じない。

 

 手負いとはいえ、ズルズキンと殴り合って勝てるなんて思い上がらない。バイウールーにできるのは、相手の攻撃を受け流すこと。道具アリのバトルでは、メンタルハーブといった道具を使えば、精神が安定して『挑発』や『アンコール』といった精神に揺さぶりをかける技の効果を打ち消してくれる。しかし、メンタルハーブも無しに、バイウールーはその強靭な精神で『挑発』を意に介さず行動していた。

 

「メェ!」

 

 もふもふが増す。それと同時にバイウールーの防御がぐぐーんと上がる。

 

 『挑発』は、()()()()()()()()()()

 

「もう一度」

 

「舐めるなッ!仕留めろ!」

 

 ズルズキンが『気合パンチ』を構える。が、それを無視するかのように再び『コットンガード』を積むバイウールー。

 

 もう顔も見えないほどに、毛が溢れて膨れていく。

 

「顔にヒットさせろ!」

 

 通常時であれば、露出している顔が急所になる。それは当然、毛の量を増やした今でも当てはまる。

 

 顔(が隠れていると思われる場所)へ向けて拳を叩き込むズルズキン。連続で、何度も繰り返し叩き込み続ける。手応えがなくとも、何度も、何度も。

 

「『バトンタッチ』ッ!」

 

 すべては、最後の希望に託すため。

 

 戦闘不能になる寸前、ズルズキンの拳がクリティカルヒットして朦朧とした意識の中で、バイウールーは確かに聞こえたトレーナーの声に従った。

 


 

 バイウールーが戻ったボールを見て、ルリミゾが言う。

 

「……この子は戦闘不能よ。もうほとんど意識がない状態だったと思うわ」

 

 『バトンタッチ』が発動できたのが奇跡と思えるほど、致命的な攻撃を受け続けていた。後続に全てを託すために力を使い果たしたバイウールーを、たとえ立てたとしても戦場に出す理由はもうない。

 

 そう、文字通り全てはチラチーノに託されたのだから。

 

「残りの三匹、全員持ってくわよ」

 

「ぐふ」

 

 『コットンガード』を二回分引き継いだ、手負いのエースが再び降り立った。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラル地方メジャージムリーグ第7ラウンド、ルリミゾ vs ネズ。

 

ルリミゾ  0-1  ネズ

 

勝利者、ネズ。

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくださりありがとうございました。
だいたい一ヶ月に一度の投稿になってますね。毎日投稿目指して頑張ります。
結局、ルリミゾの才能はネズの歴史に及びませんでした。
やっぱり、スパイクタウンを背負っている男は強いんですよね本当に。

感想・評価・お気に入り・誤字報告・アンケート投票等々、本当に反応ありがとうございます。
アンケート設置しているの忘れていてずっと表示されていたのは内緒です。
みなさんのおかげです。いつも本当にありがとうございます。


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