ギンガ団員、ガラルにて   作:レイラ(Layla)

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60-罅

 

「陽が落ちるまでには戻ってきてね」

 

 そう言ってポケモンたちを野放しにして、ルリミゾは伸びをする。程よい木の根元に腰を下ろし、木漏れ日を浴びながら欠伸をした。空は青く澄んでいたが、試合明けに散歩するほどの気力はルリミゾになかった。

 

 ここはワイルドエリア、うららか草原。街から近く、ワイルドエリアのなかでは最も人が多い地域である。リーグスタッフも常駐しており、駆け出しのトレーナーや散歩気分で訪れる一般人も多い。比較的温厚・友好的なポケモンが住んでいるのもその理由だろう。

 

「ぐふ」

 

「アンタは行かないの?」

 

「ぐふー……!」

 

 ルリミゾの肩から離れないチラチーノ。好物であるチイラの実を齧りながら、不満そうな顔を隠そうともしない。

 

 それも当然。チラチーノは負けず嫌いだからだ。

 

 チラチーノの最後の一撃は、ネズのバルジーナに届かなかった。毒が全身にまわり、あと一歩のところで力尽きてしまったのだ。チラチーノは少しの間を置いた後に起き上がり戦闘続行の意志を示したが、ルリミゾは治療のために棄権を選択した。

 

 その日の晩は、それはもう凄まじいものだった。家じゅうの家具をひっくり返し、ルリミゾの顔に貼りつき、チイラの実を貪り食い、それでようやく落ち着いて不機嫌になった。

 

「まあ、気持ちはわかるわよ」

 

 今すぐバトルなり訓練なりをしたいのだろう。しかし、ここで技を振り回すには人やポケモンが多く、戦うには温厚でレベルの低いポケモンたちばかりだ。

 同じく負けず嫌いなルリミゾとしても、チラチーノが頬を膨らませている気持ちはよく理解できる。気を抜いてリフレッシュすることが、負けの悔しさを忘れるようで一歩を踏み出せないのだ。

 

 ウォーグルは温厚なポケモンたちを怖がらせないように、荒野へ飛び立っていった。バイウールーは辺りで日向ぼっこを。カビゴンはジムにて、ご褒美に用意した食事をひたすら食べている。イエッサンはルリミゾの隣で穏やかに寛いで。

 

 みな、気分を切り替えるために好きなことをしているのだ。プロであるルリミゾたちは、計画的に心身を整えてバトルに臨まなければならない。勝つこと、ファンを集めることを求められている手前、根を詰めて不調になることは許されない。

 

「なんだか……」

 

 大人になったみたい。

 

 口にこそ出さなかったものの、成長なのか、諦観なのかわからない感情がこみ上げてくる。予定に縛られ、感情を律して動く。誰だって倒せる自信はもう消えて、現実的な計算の上で動くようになっている。

 

 いま、間違いなくルリミゾは成長している自信があった。ネズにこそ僅差で負けてしまったけれど、次戦えばキバナもネズも倒せる自信がある。それは根拠のない、あの時抱えていた全能感から来るものではなく、実際に戦ったからこその自信だ。不思議と、もう、チャンピオンを倒せるとは思わなかった。

 

 いかにチャンピオンと遭遇せずに目的を達成するか、と考えている。

 

「ふふ」

 

 まだ頬を膨らませているチラチーノがまるで昔の自分のように見えて、ルリミゾは曖昧に笑った。

 

 誰にだって勝てる、なんて考えているのだろうか。

 

「ねえチラチーノ」

 

「?」

 

 ごくん、とチイラの実を飲み込んで、首を傾げる。愛らしい奴め、なんて思いながら。

 

()()()()()()()()()?」

 

「……ぐふ!」

 

 嫌だ!とでも言うような鳴き声。

 

「あたしはバトルで人を魅了したい。戦って勝つ、その姿で人に元気を与えたい。最近気付いたんだけどね」

 

「ぐふ」

 

 それは、いつからか抱いた願い。もうすぐそこにある夢。ガラルのジムリーダーとして活動を続ければ、その地位は得られるだろう。帰られないことを抜きにすれば。

 

 いつまでも恩人を眠らせているわけにはいかない。もう、引き金は引かれている。

 

「でも、もう後には退けないの。だから、忘れるしかないみたい」

 

「……」

 

 ジムのポケモンたちには、ルリミゾの計画を伝えていない。連れ出して、「故郷に帰りたい」なんて同じ気持ちを抱かせたくなかったからだ。

 

「なんでもないわ。ちょっとキャッチボールでもしない?」

 

「……ぐふ」

 

 チラチーノは何かを察したような、悲し気な表情をした。

 

 それから一人と一匹は、キャッチボールをした。

 


 

「お疲れさま。ありがとね」

 

「クァ」

 

 ウォーグルに掴まっていた手を放して、私はキルクスジムの前に着地する。滑らないよう細心の注意を払って、少し格好を付けながら。辺りには誰もいなかったけど。

 

 陽がちょうど夕に変わるくらいの時間、雪は止んでいた。

 

 ずっとウォーグルの脚を掴んでいたから、肩と腕が疲れて怠い。ぐりぐりと肩を回しながら、ジムの自動ドアをくぐる。ぶわっと暖房の温かい空気が纏わりついて、さっきまで触れていた外気が他人みたいに冷たく感じた。

 

「ニュース見たか?この前の試合がすげえ反響だってさ」

 

 ちょうど近くにいたノマが開口一番にスマホを見せてきた。もちろん私も知っている。エゴサもしたしニュースも見たから。

 

 でもなんだか、その話をするのは気恥ずかしくて、無理矢理話題を変えた。

 

「ま、当然ね。トレーニングは順調だった?」

 

「おう。ジムチャレンジ杯が終わったら負かしてやるよ」

 

 ジムチャレンジ杯までの日程は、調整するためにジムトレーナーとの模擬戦を控えるように決めた。エネルギープラントの視察や、計画を煮詰めるために使うからだ。

 

 いつも通り、何度負かしても自信に満ちたことを言う。まるでそれが習慣のように、何十回目のリベンジを宣言する。そのくせ毎度本気で勝つつもりで、戦術を練ってくる。

 

 私が灯した火だ。バトルで私が直接点けた火。それが今、かえって私を焦がす。

 

「……いいわよ、またボコボコにしてあげる」

 

 嘘をつく。ジムチャレンジ杯、それが、計画の実行日だ。

 

「ちょっと急いでるから、カビゴン回収してすぐ出るわ」

 

「あいよ。じゃあまた明日な」

 

「ええ」

 

 カビゴンを回収してから、私はノマと顔を合わせないようにしてジムを出た。

 




なんと私の手違いで予約投稿のまま、あとがきが白紙で投稿されていました。
毎度魂を込めて読んでくださるみなさんへの感謝を書いているのですが、やらかしですね。

読んでくださりありがとうございました。
今は溜めに溜めているというやつなので、解放の時まで読んでいただけると嬉しいです。
長いことお待たせしました。

皆さんのおかげでモチベーションを保ち、実際に更新というかたちで話を書いて投稿できています。
本当にありがとうございます。

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