ギンガ団員、ガラルにて   作:レイラ(Layla)

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61-新しい、いのち

 

 カーテンの隙間から差し込む光が強くなる昼過ぎ、それでもまだ薄暗い部屋で寝息がふたつ。外の寒気とは反対に、暖房の効いた室内は暖かい。鳥ポケモンの少ないキルクスでは、早朝の鳴き声もなく、温泉街であるため車通りも少ない。要は静かなのだ。

 

 だから、オフでとにかく眠るルリミゾにとっては何よりも快適な場所だった。

 

 ルリミゾは布団が少し乱れる程度の寝相で、枕元には丸まったチラチーノが。尻尾を定期的にパタパタと動かしては、顔にぶつけられたルリミゾが魘された表情になる。

 

「んぅ……やめ……」

 

「ぐふ……」

 

 それでも眠りが妨げられることはなく、一人一匹は疲れを癒すために睡眠の限りを尽くしていた。

 

 そんな幸福な時間、スマホから「ぽこん」と通知が鳴る。眠りが浅くなっていたルリミゾは、その音で目覚める。

 

「何……?」

 

 ぼんやりと霞む頭でスマホを手探りで取る。充電コードを外し、開いた画面には1件のメッセージ通知。

 

「人が寝てんのに何よ殺すわよ……」

 

 昼過ぎまで眠っていることを一切棚に上げて、ただ眠りを妨げられた不機嫌から言葉を放り出す。もう一度布団をかぶって枕に頭を置こうとしたとき、送信者の名前を見て一気に目が覚めた。

 

 送信者は……サイトウだった。

 

『ジムチャレンジ杯、初戦だね。絶対負けないからね!』

 

「あれ、今日抽選日だっけ……」

 

 ルリミゾは完全に頭になかったが、この日はジムチャレンジ杯のトーナメント表が抽選で決められる日だった。ローズが直接クジを引き、トーナメント表を決めていく様子がテレビで放送される。各選手の紹介や、ジムチャレンジャーのこれまでの試合の振り返り、そして勝敗予想など、それなりに盛り上がるコンテンツだ。実況解説であるカキタやミタラシも他のキャスターと共に出演しており、勝敗予想では各々の贔屓込みでコメントを繰り広げる。

 

 サイトウはそれを観てすぐに連絡したのだろう。もそもそと起き上がり、半目でテレビを点ける。どうやらトーナメント表が丁度出揃ったようで、一覧が表示されていた。確かにルリミゾとサイトウは初戦で当たる組み合わせになっていた。ポプラの名前がないのは、引退を表明したからだろう。

 

「返事しなきゃ」

 

 文字入力画面で「あー」だの「んー」だの唸っているうちに、指は止まる。

 

 当日はエネルギープラントを強襲して、ジムチャレンジ杯には出ないのだから。

 

 何文字かを入力しては消してを繰り返し、スタンプを送る画面へと切り替える。ファンが作ってくれたチラチーノのスタンプ一覧から、返信に一番合いそうなものを選んで送信した。

 

『┐(´д`)┌』

 

『何そのスタンプ!かわいい!』

 

『ファンが作ってくれたの』

 

『私もあるもんねᕦ(・ㅂ・)ᕤ』

 

 カイリキーのデフォルメされたスタンプに笑いながら、また返信に悩む。そうして時間は過ぎていくのだった。

 


 

 日は変わり、カフェにて。

 

 スマホのメッセージでポケモンの預かりを相談されたルリミゾは、カフェにサイトウを呼び出したのだった。場所はナックルシティの有名店。ナックルシティはキルクスタウンとラテラルタウンの間で、なおかつ発展している。まさに「ちょうどいい」場所だった。

 

「わざわざごめんね、ジムチャレンジ杯も近いのに」

 

 多少の皿とドリンクが来てから、サイトウが話し始める。

 

「いいわよ別に。で、言ってた子は?」

 

 余計な気遣いを関係に含みたくないルリミゾは、世辞も切って本題を出す。

 

 サイトウもそれを察して、すぐに鞄からボールを取り出した。

 

「出ておいで」

 

 そうしてサイトウがボールから出したのは、膝に乗るサイズのヌイコグマ。ノーマル/格闘タイプであり、進化すればキテルグマという強力なポケモンになる。

 

「やる気いっぱいで、血統も良いんだけど……うちのジムは手が足りないんだよね……」

 

 そう言いながら、ぎゅっとヌイコグマを抱えるサイトウ。ヌイコグマは可愛らしく抵抗するが、サイトウも更に力を込めて、ぎゅむ、と抱く。暴れられると机の上の皿やコップが危ないからだ。傍から見れば絵になる図だが、ヌイコグマについて知識のあるルリミゾは怪訝そうな顔でそれを眺める。

 

(ヌイコグマって大木も折れるくらいの力じゃないの……?)

 

「この子はよく育つと思うから、野生に帰したり一般に預けるには勿体ないかなと思って」

 

「だから、見てほしいって話だったのね」

 

「うん。育ててみる気、ない?」

 

 じっ、とヌイコグマを見つめる。サイトウの言う通りなら、将来的にかなりの戦力に育つのだろう。物理攻撃に特化したポケモンがいれば、またチラチーノとは違った力強い攻めが期待できる。戦略の幅も広がるだろう。

 

 いまキルクスジムにいるキテルグマは、ジムチャレンジの腕試し役を務めている。プロの試合に連れていくには、歳をとりすぎてしまっているのだ。

 

 問題があるとすれば、ルリミゾはもういなくなるということ。

 

「そっちは時間さえ経てば手が空いたりしないの?」

 

「ジムトレーナーが育てるには難しい種族の子だからね……。私の特訓は生まれたての子にはちょっとハードというか……」

 

 顔を背けながらサイトウが言う。噂に聞く、自分に厳しいサイトウのトレーニングとは如何なるものか。

 

「確かにその通りね……」

 

 以前にサイトウから聞かされた、ワイルドエリアでの修行のことを思い出す。

 

・・・

 

「それでね、『数日間ジムを空けます』って連絡してワイルドエリアに飛び出たんだけど……」

 

 ジムチャレンジがない時期とはいえ、アクティブが過ぎる行動だ。とてもカフェで女子校生がする会話ではない。ルリミゾは半笑いでドリンクのストローに口をつけ、続きを促した。

 

「野宿で?」

 

「うん。野宿。で、雨がひどくなったから雨宿りしようと入った洞窟の入り口が崩れちゃって」

 

 話しぶりからしてポケモンと同じような動きをしている様子だが、ルリミゾは深く聞かなかった。

 

「何をしても岩が動かなくて、スマホもタクシーに落としちゃって遭難しちゃったんだよね」

 

 つっこまない。つっこまない。と念じながら話を聞くルリミゾ。

 

「カイリキーたちでも動かせないなんて相当危なかったのね」

 

「寒いし疲れでヘトヘトだったし……でも色々なことに気付かされたなあ」

 

 きっと、語るには気恥ずかしいような色々があったのだろう。

 

 ルリミゾとしても、どの程度ハードな訓練を課しているのかが知りたかっただけなので、深くに踏み入ろうとすることはしなかった。サイトウを強くした体験のひとつだったのだろう。

 

・・・

 

 そんな会話を思い出しながら、ルリミゾが言う。

 

「流石にその子を同行させるのは過酷ね」

 

「付きっ切りで見てあげる余裕がないんだ。もちろんルリミゾが暇そうに思ってとかじゃないよ?」

 

「わかってるわよ。うちのジムなら見れるでしょうけど……」

 

 言葉に詰まる。

 


 

「そんで、結局引き取ったのかよ!」

 

「……そうよ」

 

 結局手元にヌイコグマを抱きながら、キルクスジムに帰った。思っていたよりも簡単に反抗を抑えられたのは内緒だ。サイトウと同じようにルリミゾにも懐いたようで、すぐに抵抗をやめて身をすり寄せるようになっていた。

 

「ジムで面倒を見るわよ」

 

「マジか!?俺ヌイコグマの扱い方なんて知らねえぞ!?」

 

「これも勉強よ」

 

 都合よく使いやがって……とノマが笑いながら言う。幼いポケモンの面倒を見るのは満更でもなさそうな表情だった。トレーナーなだけあって、例に漏れずポケモンが好きなのだ。それでも、ルリミゾは内心、利用していることの罪悪感にチリチリと罪の意識が燻っていた。

 

「あたしが面倒見れないときは頼むわよ」

 

「おう。まあちょっと俺にも抱っこさせろよ」

 

「あっ」

 

 ひょい、とルリミゾの腕の中からヌイコグマを抱こうとして――

 

 ブン!とノマの身体が宙に舞う。

 

「うおォ!?」

 

 背中からドン!と地面に着地。打ちどころは悪くなかったようで、のそりと苦悶の表情を浮かべながら起き上がる。

 

 ヌイコグマが投げたのだ。

 

「痛ぇ……なんだこの筋力……」

 

「あはは!貧弱ね。あたしとサイトウは飛ばなかったわよ」

 

「お前らがおかしいだろ……!俺は貧弱じゃねえ……!」

 

 ヌイコグマはルリミゾの腕の中で「ふんす」と誇らしげにしている。

 

 まだ、人間の身体能力と自分の筋力の違いがわかっていないのだろう。そして、今の行為がどれだけ危ない行為だったのかも。投げ飛ばされるノマの姿はルリミゾにとって滑稽で愉快なものだったけれど、それはそれとして躾は必要である。

 

「ねえ、ヌイコグマ」

 

「くま?」

 

 しっかりと目を合わせて、真剣な雰囲気を纏って。

 

「突然触られるのは怖い?」

 

「くぅん」

 

 ヌイコグマのそれは、命を守るための反射。外敵に襲われた際に身を守るための当然の反応なのだ。生まれたときから近くにいたサイトウは当然として、カフェで長く様子を見ていたルリミゾにもヌイコグマは慣れつつあった。しかし、初めて見る人間に突然触られては反射的に暴れるというもの。

 

「今のはこいつも急に触ったから悪かったわ」

 

 ノマの非を認めつつ。

 

「でもね、人間はあんたを傷付けないわ。あたしも、サイトウもそうだったでしょ?」

 

「くぅ……」

 

「だから、触られても暴れちゃだめよ。もう一度、ノマが抱いてもいいかしら?」

 

「くぅん!」

 

「あんたも軽率に近付きすぎなのよ。人馴れしたポケモンばかりだから麻痺してるかもしれないけど、本来初めて見る人間に怯える子だって少なくないのよ」

 

「それは……悪い……」

 

「面白かったからいいわよ。この子も気にしてないようだし」

 

 今度は、好奇心に満ちた目でノマのことを見つめていた。

 

「ヌイコグマ、よろしくな?」

 

「くぅん!」

 

 恐る恐る、ノマが手を差し出す。今度は、ヌイコグマからも見えるようにゆっくりと、正面から。一方的な干渉ではなく、相互のコミュニケーションとして近付いていく。

 

 すると、ヌイコグマが腕に身をすり寄せて、抱きやすいように身体を収める。

 

「おぉ……!」

 

 ゆっくりと、持ち上げる。負担にならないようにしっかりと気遣いながら。

 

 その態度がなんだか普段の皮肉屋な姿と対照的に映って、ルリミゾは微笑んだ。ノマに悟られないよう手で口元を隠して、静かに笑った。

 

「よくできたわね!きのみ食べていいわよ!」

 

 成功体験には、それに結びつくメリットが必要である。

 

 鞄から、ルリミゾがきのみケースを取り出す。ポケモン達の好みに合わせられるよう集めた、色とりどりのきのみが並ぶ。チイラの実を除いて。

 

「……!」

 

 くんくん、と鼻を動かし、自分の舌に合いそうな物を探しているのだろう。ノマの腕から落ちそうになるくらい身体を近付けて選んでいる。それに合わせてノマも落とさないように腕を動かす。もう完全にヌイコグマに振り回されている。

 

 ぴた、と止まったのは、大きく曲がりピンク色をしたきのみの前。

 

「マゴの実がいいのね?」

 

 ルリミゾがケースから取り出して近くまでもっていけば、手で掴んで食べ始める。

 

「あれ、何してるんですか?――ヌイコグマじゃないですか!かわいいですね!」

 

 部屋のドアが開いて、次々と練習終わりのジムトレーナーが入ってくる。そうして各トレーナーに抱っこされて、じっとしていたご褒美としてヌイコグマはきのみを7つ平らげた。

 

 練習に疲れていたはずのトレーナーたちも癒しを求めて集まり、ノーマルジム一丸となってあれこれヌイコグマを育てるための環境作りに勤しんだ。

 




私の頭は戦いのことばかりなので、日常編を投げるときは不安にかられたりします。
新しい生き物が家に来た時のような雰囲気を上手く描けていたでしょうか。
楽しんでいただけると嬉しいです。
毎度読んでくださりありがとうございます。

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