ギンガ団員、ガラルにて 作:Ly
メジャージムリーグを一周終えたルリミゾ。
ジムチャレンジ、ファイナルトーナメントの日に向けて気持ちを整理する日々。
目指すは当日のエネルギープラント襲撃。
その準備の息抜きに、キルクスの散歩へ。
出かけた先で出会ったのは……。
あてもなく、キルクスの町を歩く。
薄灰色だった空は、すっかり陽をなくして黒に変わっている。
雪がゆっくりと降り始めていた。街頭の灯りを一瞬一瞬遮りながら、止まることなく降り続く。
その景色だけでも呆けて見惚れていられそうなほど、やさしく、ゆっくりと。
夕暮れを丁度過ぎたこんな時間に外に出たのは、気分転換のため。効きすぎた暖房に頭がぼうっとして、エネルギープラントの地図が頭に入らなかった。
家の中にはチラチーノが残っている。
「付いてくる?」と聞いたものの、ぷい、と顔をそむけて拒否されてしまった。
換気のために窓を少しだけ開けて家を出た。賢い子だから、寒くなる前に閉めるだろう。
この先、私がいなくてもやっていける。
住み慣れたと思っていた町は、去る時が近付くにつれて変わって見えた。
普段は意識しない一軒一軒の店が、急に魅力的に思えてくるような。お土産屋さんを覗いてみたくなったり、柄にもなくブティックに足が吸い込まれたり。
結局何も買わなかったけれど、誰かと訪れることを想像して楽しくなったり。
目に付く看板のそれぞれが、まるで新しく訪れた土地のように意識される。
息をゆっくり吐き出すと、少し湿気た白色が流れていく。
シンオウを思い出させるような雪と寒さが、じわりと身に染みる。不思議と不快感は無かった。よく知っている気候だからだ。
それでも立ち並ぶのは、異国の建物たち。
歴史ある町ゆえに、その成り立ちから今に至るまで、異国の土地であることを嫌というほど意識させられる。
地震がないため、家が長持ちするらしい。とくにキルクスの家々は、改装を重ねて築200年を超える家もある、なんて聞く。
そんなことはもう、どうでもいいんだけど。
――もう帰ろう。
センチメンタルを振り切るように、雪に残る足跡が増えていく。今滑って転んだら滑稽だな、なんて浮かんだことも、すぐ後方に消えていった。
歩きなれた道を、何も考えずに歩く。
目に入っていた看板も目につかなくなって、日常の風景に戻っていく。
辺りを歩く人もまばらに、見覚えのある白いファーが目に入った。
気にも留めないつもりだった視線が、一瞬そちらに向く。
「あら」
目が合った。
それが誰なのかを認識して、目を遣ったことを少しだけ後悔した。
雪の町に似合わないような、大きな笑顔で今にもこちらに話しかけようとしていたからだ。
長くなりそうだな、と思った。
「あんた!ルリミゾじゃないの!」
白い、ふわふわなファー。淡い色をした柔らかい生地のコートは、少しふくよかな体型を意識させないほど馴染んでいる。
街灯に暖かく照らされて、夜の黒によく映える生地。同じ職業とは思えないくらい上品に見えた。
元々ボディラインを隠そうともしない人だったけれど、バトルのユニフォームとはまた違った印象を感じた。
「……こんばんは、メロンさん」
精一杯の、愛想笑い。
関わりたくないのを婉曲に伝えるには、最も適していると思った。
思ったんだけど。
「時間あるかい?少し、話をしようじゃないか」
手を取って、無理矢理歩かされる。
少しの散歩のつもりだったから、今ろくな格好じゃないのに。
キルクスの冷たい空気に反して、メロンさんの手はとても暖かかった。
それから、色々な話をしたのを覚えている。
この町のこと、バトルのこと、美味しいお店のこと……。
そしてなにより、この町のジムリーダーのこと。
「この町のジムリーダー争いをするのは、息子か、あたしだと思ってた。偉いもんさ、うちの息子より若いのによくやるよ」
一秒、嫌味かと勘繰る。
でも、メロンさんの表情は朗らかで、本当に褒めてくれているようだった。
少し、反応に困る。
曖昧に笑ってから、当たり障りのない返しをしようと思った。
「ありがとうございます。二人の戦いに恥じないように――」
「そんな教科書通りの答えは聞きたかないよ」
優しい声色で、遮られた。
機嫌を損ねたのかと思って、思わず表情を伺う。
飲み干されたドリンクの氷が、溶け落ちてカランと鳴る。
空気が一瞬、張り詰めたように感じる。
恐る恐る目を向ければ――
メロンさんは、揶揄うように微笑んでいた。
「あたしが知りたいのは、この町のジムリーダーとして楽しくやってるかどうかさ」
そう前置きして、目をゆっくりと合わせて。
頬杖をついて、じっと見て。
「どうだい?ジムリーダーは。楽しかったかい?」
そんな問いを投げかけられた。
浮かぶのは、マクワを倒してからの日々。
何かを背負うことの重責や、騙していることの罪悪感。そして敗北の苦しみ。
辛かったことがいくつも思い出される。
それでも。
それでも、バトルを通じて得たファンや、善き友の姿が浮かぶ。
ジムトレーナー、実力者揃いのジムリーダーに、あの歓声。何より、瞼に焼き付くようなあのスポットライト。
答えは決まっていた。
恥知らずに、厚顔で笑う。
「楽しかったです……!」
メロンさんは何も言わず、穏やかに笑っていた。
私はちくりと痛む胸の奥に蓋をして、ジムリーダーとしての最後の会話をした。
【あとがき】
随分時間が空いてしまいました。
5話ほど続きが書けていますが、納得がいく形にならないので、一度繋ぎの回を投稿させていただきました。
次の話はブラックナイト当日です。
原作の展開を思い出しながら、再構成の難しさに筆が折れそうになっています。
もうそろそろ一年ということで、自分でも驚いています。
最近は更新が滞っているものの、これほどまで長く続けられたのはみなさんのおかげです。
暖かい感想、評価等々、いつも励まされています。
本当にありがとうございます。