ギンガ団員、ガラルにて   作:Ly

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【あらすじ】
ローズを倒し、屋上のムゲンダイナ捕獲へ向かおうとするルリミゾの前に、ジムトレーナーのノマが立ちはだかる。


67-幻によろしく

 

 びゅう、と天井に空いた穴から風が吹く。

 壁や天井の破片がカタカタと揺れる。

 それでも、地下に残された三人は誰一人動かなかった。

 

「ッ……」

 

 ボールに手を掛けたまま、硬直するルリミゾ。

 目の前の光景が信じられないでいるノマ。

 打ちひしがれて、膝をついたローズ。

 

 三者それぞれが、それぞれの理由で動けないでいた。

 

 ノマは、言葉が出なかった。

 行方をくらませていたこの女に、何を求めていたのか。

 どうして、ノマはこの女を追いかけたのか。

 自分自身でもわからないまま、息を切らして見つめていた。

 

 風が体温を攫っていく。汗が、ぽた、と落ちるたびに、頭が冷えていく。

 そうして落ち着きを取り戻して、ようやく絞り出した言葉は、縋るように吐き出された。

 

「嘘だったのか……? ジムのことも、夢のことも……」

 

 ルリミゾはノマに目を合わせずに、その水色の髪をくしゃりと掴んだ。悩んでいるような、苦しんでいるような。どうしようもなくて、空いた手が髪の毛を自然と掴んだようだった。

 はぁ、とひとつ息を吐いて、手に持ったボールを見つめながら。

 

「それは――」

 

 ルリミゾが口を開いた瞬間だった。

 視界の端から、黒い影が。

 バサ!と羽ばたいて、ルリミゾの答えを待たずに。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

 呆然、虚を衝かれると形容するような表情で、ノマは立ち尽くしていた。

 薄暗い天井の穴に消えていく紫色を見た。

 

 クロバットが、ルリミゾを掴んで飛び去って行くところだった。

 


 

 雨粒がルリミゾの頬を打つ。風に身体は吹き曝しだ。

 

「……」

 

 どうして、とは問わなかった。冷静さを欠いたルリミゾよりも、クロバットの方が目的遂行のために動けていたからだ。

 目標はすでにタワー屋上に移動しているうえ、天井に空いた穴から簡単に離脱できるようになっていた。

 もしルリミゾが冷静でいて、ノマ以外の追手と対峙していたなら、クロバットに離脱を指示していただろう。

 

――きっと、これが最善だったのだ。

 

 ルリミゾの迷いを連れて、クロバットは空を駆ける。

 

 雷が鳴る。心が軋む。

 

 涙は出ない。雨が降っている。

 

 

 

 


 

「クァアァッ!」

 

 その鳴き声は、はるか後方からルリミゾに届いた。雷鳴と雨音の隙間を縫って、いつも聞いていた鳴き声が聞こえた。

 

「ウォーグルッ!?」

 

 振り返ると、おおきな翼と人影。

 ゆっくりと羽ばたきながら、大空の戦士が追ってきていた。ぶらさがるノマと、その肩に乗ったチラチーノを引き連れて。

 

 狭い洞窟で獲物を仕留めるために進化したクロバットと、大空で獲物を連れ去るために進化したウォーグル。人を連れた状態でどちらが速いかは明らかだ。

 

 ルリミゾの決心を揺らがせるかのように。冷静な判断を奪うかのように。追手が迫っていた。

 


 

 ノマ自身、このままルリミゾを追って何がしたいのかわからなかった。

 捕まえたいのか、攻撃したいのか、それとも何かを問いたいのか。

 

「うおおおおッ!」

 

「クァア!」

 

 ただ雨風を突き抜けて、その背中を追う。

 これまでそうしてきたように、我武者羅に突き進んでいた。

 

 ウォーグルの鳴き声に振り返ったルリミゾの驚いた目。

 

「――」

 

 と、こちらを一瞥したルリミゾが何かをクロバットに指示しているようだった。

 風雨と雷鳴で内容は聞き取れなかったが、対処できるように心の準備をしたとき。

 

 ルリミゾが()()()()()()()()()()()()()

 

「なッ!?」

 

 まるでアクション映画のワンシーンのような奇行。

 しかし同時に、合理的で追手を振り切るための一手だとノマは悟った。

 

 ガラスの破片も、ダイブの衝撃も問題にはならない。なぜならルリミゾは念力の使えるドータクンを連れているからだ。そのまま非常階段から、ドータクンの念力の補助を得ながら駆け上がるつもりなのだろう。フィジカルに自信のあるルリミゾらしい振り切り方だった。

 

 ならば、同じようにドータクンを連れているノマが採る選択肢はひとつ。

 

「ドータクンっ!頼むぞ!」

 

 ノマのドータクンは、ルリミゾのように人を補助する訓練もしていない。ぶっつけ本番。

 それでも、ノマはその背中に追いつくために、ポケモンをまるで自分の身体の一部のように捉えて動こうと決めた。

 

 信用・信頼の一歩先へ。

 

「ウォーグルはそのままクロバットを追ってくれ!」

 

「クァア!」

 

 そのまま大きく窓ガラスに向かって飛び込んだ。

 目を瞑って、ドータクンを信じてルリミゾと同じ階層に突っ込んでいく。

 

 ガラスの割れる音、風を切るような速度の浮遊感。

 

 しかし、痛みも衝撃もない。

 

 目を開けてみれば、わずかに身体が浮遊して、ドータクンと共にゆっくりと着地するところだった。

 

「よし、……よし……!」

 

 追えている。

 遠かった背中に、近付いている。

 その実感が、命懸けで渡った橋の達成感をより大きくする。

 

 そして一呼吸おいて、ルリミゾの姿を探そうと顔を上げたとき。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「鬱陶しいのよ」

 

 横ではポリゴンZが光線を溜めて踊り狂っていた。

 水色の髪が揺れる。目の下のクマと、ぼさぼさの髪が、彼女の心身の状態を表していた。それがやけにはっきりと見えた。

 そして時間もゆっくりに、音も光もスローモーションになっていく。

 

 まるで走馬灯だと、ノマは思った。

 

「ッ冗談じゃねえ!チラチーノ!」

 

「ぐふ!」

 

 幾度となくノマを苦しめてきた『光の壁』が、一転何よりも心強く感じられる。

 光線が放たれると同時、大きく飛び込むように前転して、並んだ仕事用の机に身を隠す。

 衝撃で何台ものパソコンが吹き飛んでいくのを横目で見て、寒気を感じながら走る。

 

 チッ、という大きな舌打ちの音がオフィスに響く。

 

(苛立ってる……てことはこの状況は想定外……。しかも、わざわざ待ち伏せして潰しに来るのはさっきのクロバットの判断と矛盾している……!)

 

 状況に反して、驚くほど冷静にノマの頭は働いていた。

 

「結局、ナックルスタジアムで戦うことになるなんてな」

 

「……?」

 

 ルリミゾの鋭い眼光は、発言の意図を問うているようだった。

 

「忘れたのか?お前がジムリーダーで一位を獲って、このスタジアムで俺の挑戦を待ってくれるんだろう?」

 

「……!」

 

 それは、初めて会った日に交わした約束。

 それすら思い出せないほどに、ルリミゾは平静さを失っていた。

 

「なあ、どうしてだよ。あと少しで一位だって狙えたじゃねえか」

 

 キュウコンとダーテングを繰り出しながら、問いかける。

 

「何か事情があったとしてもさ、うちのジムで相談を――

 

「それ以上、踏み込んで来るな……!」

 

 遮ったのは、今まで聞いたことのないようなルリミゾの低い声だった。

 

「そういうしがらみが鬱陶しいから黙って出たのに……!折角クロバットが引き剥がしてくれたのに……!」

 

 目の下の隈がやけに目立って見えた。

 髪の毛に艶はなく、ばらばらと揺れていた。

 

「何やってるんだろ。あはは」

 

 ルリミゾがそのボールを取り出したとき、ノマのトレーナーとしての平凡な嗅覚さえ警鐘を鳴らした。

 

 得体の知れない何かがいる。

 

 この世界とは根本から異なるような、()()()()()()を持った何かが来る。

 

「あなたのように速ければ、こうして過去に追いつかれることもなかったのかな」

 

「ダーテングッ!キュウコンをカバーしろッ!」

 

 

 

 

 

「ねえ、全部振り切って」

 

 

 

 

 

 ボールが開いて、光が漏れ出たその瞬間。

 ノマの真隣を何かが通り抜けて、数瞬遅れて衝撃に身体が揺れた。

 

 破裂音のような、打撃音のような、鈍い音が後ろから聞こえた。

 

「キュウコン……?」

 

 蹴りが、キュウコンを磔にしていた。

 長い脚はまるで女性モデルのようにすらりと。生理的嫌悪感を伴う触覚の動きと、無機質にこちらを見つめる瞳。病的に白い姿は半透明のヴェールに覆われて、ある種の整った美を表現していた。

 

 

 

 

 

「おねがい、フェローチェ」

 

 

 

 

 

 ノマに与えられた舞台は、ただのオフィスの中。

 人知れずローズが戦った薄暗い地下・エネルギープラントでもない。今、英雄のダンデが戦っているような、ガラルで最も歴史ある塔の上でもない。

 ナックルスタジアム上層の、どことも言えないような階の中。誰かが日常の中で仕事をしていた場所だった。

 

 どこでもない、ただの通過点。

 

 キュウコンが瀕死のいま、残された「日照り」が消えるまでに決着をつけなければならない。

 傍らには相棒のダーテングと、何度も戦ってきたチラチーノ。

 

「……上等だ」

 

 対峙するは、未知なる生物 UB:Beauty。

 憧れに手を伸ばした青年の、その決着への幕が開いた。

 

 物語のどこにも載らないような、名も無きジムトレーナーの戦いが始まった。

 




ほんとうに長い間お待たせしました。
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こうして毎話心を込めてお礼を書いても足りないほどに、皆様のおかげで続けられています。
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