生前の記憶を持ったまま生まれてしまった、とある少女のお話。
高校時代に書いてた短編オリジナルものです。
投稿テストを兼ねています。
読みなおすと色々なところで「あちゃー」って言ってしまいました。
ルビの書き方だけ替えてあえてそのまんま乗っけてみます。
前後左右三百六十度見渡しても、白以外の色が一切存在しない
空間の中では、影も、塵も、空間の奥行きも、自分の姿さえも、視覚的に捉らえることは出来なかった。
空間の中では、時計の針の音も、誰かの足音も、何かが掠れる音も、自分の心臓の鼓動も、聴覚的に捉らえることは出来なかった。
空間の中では、食べ物の匂いも、香水の香りも、自分の体臭も、嗅覚的に捉らえることが出来なかった。
悠はまだ肉体を持っていなかった。
歩くことも出来なかった。息を吸うことも出来なかった。何かに触れることも出来なかった。自分自身のことが分かっていなかった。
床の存在を確認することも出来なかった。天井の存在も確認することも出来なかった。壁の存在も確認することは出来なかった。確認する術を持っていなかった。
悲しくなった。寂しくなった。気分が暗くなった。嫌な気分になった。
悠は途方に暮れ、ふわりふわりと進み始めた。前に向かっているのか、後ろに向かっているのかもわからない。浮遊して動くことなら出来たので、とりあえず進んでみた。
最初はゆっくりと進んだ。段々と急ぐように進んだ。全力で進んだ。
しかし、どんなに進んでも終わりは来ない。見えるのは白だけだった。
それでも、悠は進んだ。
終わりが来なくても、進んだ。
進むにつれて感覚が麻痺してくる。どれくらい進んだのだろうか。どれくらい時間は経っただろうか。進み始める前のスタート地点はどこだろうか。
わからなくなっていた。
次第に感情も麻痺をして、思考さえ麻痺をしていた。
なんでこんなことをしているのだろう。進んだ先に何が待っているのだろう。
突如、強い光が悠の無い目を突き刺し、見ることも出来ない程の光が視界に広がったと思った瞬間―――
* * *
私は、死ぬ前の記憶を沢山持っている。その数といったら、百人を超えてしまうくらい。
夫が自分で自分の腹を割く記憶。地震で倒れた家に埋もれてしまって、そのまま誰からも助けられることなく死んでいってしまった記憶。生まれた直後、ゴミとして捨てられた記憶。嫌な記憶であればあるほど、強く鮮明に残っていた。
おそらく、私として生まれる前……輪廻転生する前の私が過去の記憶に触れて、衝撃を受けたせいだと思う。
そして今、私は過去の記憶が正しいのであれば、近いうちに死を迎えてしまうだろう。
自分以外の存在のない、白い空間の夢。この夢を見た私の前の人たちは皆、少なからず三十人は見てから間もなく死んでいる。
死期を悟った私の前の人は、様々なことをして死んでいった。遺書を残し、行方をくらませる人。誰かに死ぬ旨を話すも、馬鹿にされる人。今までの生活を捨て、遊びはじめる人。たくさんの記憶があった。
私はせめて、お母さんにだけは死んでしまうことを伝えたいと思った。なにせ、腹を痛めてまで自分のことを産んでくれた人だから。
話をしに行こうとお母さんのところへ行ったものの、皿洗いの最中だった。私は終わるまで、それを眺めていた。
皿洗いを終えたお母さんは、じっと見ていた私に対して、
「どうしたの? ぼーっとあたしのこと見てたけど?」
手を拭きながらお母さんが先に訪ねてくる。ゆっくり話したかったから、テーブルで向かい合って話したかった。お母さんは快く了承してくれた。
「ねぇお母さん、ちょっとビックリするようなお話があるんだけど……いいかな?」
お母さんはなんでもどうぞ。と促す。重い話だけれど、私は切り出した。
「私には生まれる前の記憶があって、その記憶が正しいものだとしたら……近いうちに私は死んじゃうの。産んで、ここまで育ててくれて、心から感謝しています」
私は頭を下げて言った。謝りたい気持ちと、お母さんの顔を直視したくなかったから。
しかし、お母さんは悲しんでなんかいなかった。むしろ、私に抱きついて、こう言った。
「顔上げなさい。死ぬってわかっているなら、今の自分で楽しめるだけ楽しめばいいじゃない。それが、お母さんからのお願い。あたしの娘として生まれたことは最高の幸せだったって、次の悠になる人のために記憶を残してあげなさい」
私は過去の記憶でも、こう言われたことはなかった。少なからず、こうした処置をした人は十何人もいたのに。
私が言葉を失っていると、お母さんは言葉を続けた。
「私はね、三十年近く前にも悠香って名前の妹からそう言われたことがあるの。その時、妹には『生まれ変わっても、お姉ちゃんの家族でいたいな』って言われたんだ。当時の私には理解出来ないまま、結局妹は死んじゃった。あなたの名前としてつけた悠はね、本当は私の娘として生まれて欲しかったからっていうわがままなの」
肩に小さな雫が落ちた。きっと、お母さんの涙なのだろう。私は、そんなお母さんの顔を見ることは出来なかった。
「もし、悠に悠香の記憶が残っているのなら、返事をしてくれないかな?」
「……はい」
私は自分を産んでくれた母であり、過去の友人である人を強く抱き、静かに息を引き取った。
そして、次に”私”が目を開いたのは、白い空間だった。
* * *
トクベツナオモイ
「ねーねーパパー、どうしておさむらいさんはおなかをきっちゃうの? ちがいーっぱいでてたよー」
わたしは、ゆめのおはなしでわからなかったことをパパにきいた。すると
「それはね、とてもいけないことをしたからだよ」
パパはわたしをへんなこをみるようなめをして、そういった。
「先生、さっき習った漢字なんだけど、もっと難しい字じゃなかった?」
私は国語の授業で習った漢字に違和感を感じ、先生に訊いた。すると
「昔の日本はもっと難しい表現がいっぱいあったんだけどね。今の方が簡単でしょ?」
先生は私の疑問を笑って返した。
「ねぇ、今見た映画の建物が一気に倒れるシーンなんだけど、実際に体験したような気がするんだよね」
友達と一緒に映画を見に行った日のこと、映画のシーンに既視感を感じ、友人に話した。すると
「悠香大丈夫? 頭でも打ったんじゃないの?」
友人は嘲るように言った。
私の頭には、身に覚えのないことを当事者として体験したように鮮明に記憶されている。それも、ものすごい数だ。
自分が死んだ時の感触、歴史の教科書に載っているような出来事、今となっては常識的な物でも、世紀の大発見を垣間見たような感動を受けたことなど……。
幼い頃は、皆が皆そういった記憶を生まれ持っていると信じていた。何故自分だけ奇異な目で見られるのかが、わからなかった。記憶の話をすると、どこでも、誰からでも、嘲笑された。
「頭おかしいんじゃないの?」
嘲笑……。
「馬鹿じゃない?そんなことあり得ないでしょ」
嘲笑……。
高校に入学する頃には、完全に他人との関係を持たなくなった。持ちたくなかった。記憶について笑われたくなかった。話もしたくなくなった。特別な記憶であるが故に、とても苦しかった。
将来の夢は? 無い。どんな男の人が好み? 知らない。趣味は? 何も無い。
強い衝撃の記憶は、一度脳裏に浮かべただけで離れなくなる。忘れたいのに、忘れることが出来ない。相談したいのに、誰も相談に乗ってくれない。輪から決別された孤独感は募る一方で、解消できる問題ではなかった。
暗く、深い闇に私は閉じこもった。人形のように淡々とした生活だった。こんな記憶、持って生まれなければ良かった。
高校も行かなくなり、誰とも喋らなくなり、どんどん心を閉ざし、凍らせていった。やがて家から一歩も出なくなり、最終的には自分の部屋からも出なくなった。
そんな私を、闇から救ってくれたのはお姉ちゃんだった。
「さぁゲームをしよう。悠香にしか出来ないゲーム。悠香の持ってる記憶の中で、お姉ちゃんを笑わせないと一ヶ月おやつ、アイス抜き!」
それは困った。引きこもりだった私の唯一の楽しみがお姉ちゃん自作のお菓子だったからだ。プリンやシュークリーム、一口大のシャーベットに野菜入りクッキーなど、おちゃん独自のアレンジで作られたおやつはとてもおいしく、優しい味がした。
「えっと……えっと……」
深い記憶の海を探る。今まで見向きもしなかった自分の魂の過去。いざこうやって記憶の中からおもしろいことを探ぐろうにも、なかなかおもしろい記憶はない。どれもこれも、衝撃的なページでしかない。
「うーん、徳川家の子が石に躓いて、頭から池に落っこちて、大して深くないのに暴れちゃったせいでカナヅチ疑惑が浮かんだ! ってのはどう?」
「微妙、ボツ」
即答。しかし、お姉ちゃんの顔はどこか嬉しそうだ。何故だろう?
「でも、一生懸命頭を捻る悠香が可愛かったからこれ。お姉ちゃん特製のスーパージャイアントプリンを授与してあげよう!」
そういうと、お姉ちゃんは私の手にどんぶりいっぱいにすし詰めされたカスタードプリンを置いた。すごくおいしそうだけど、すごく重い。
私が困惑しているうちにお姉ちゃんは自分の部屋へ戻っていってしまった。何がしたかったのだろう?
プリンは、お姉ちゃんの優しさの味と適度な甘い味がした。
その日から、お姉ちゃんは毎日おやつを作っては、私に過去の記憶について色々訊いてきた。お姉ちゃんが満足してくれたらおやつが貰える。私は段々過去の記憶に対する姿勢も変わっていき、病みきった心も晴れていくような感じがした。
自分自身、見違えるほど元気になり、学校にもいけるようになったある日、事件は起きた。白い空間の夢だ。本能的に強い身の危険を感じ、めまぐるしく白い空間の記憶が脳裏をよぎる。死に至る
せっかく元気になれたのに。せっかく学校にも行けるようになったのに。せっかく記憶に対する心が出来たのに。
なんで、ここで”私”の人生の幕は今下りてしまうのだろう。
もっと遅ければいいのに。もっと、もっと。
それでも、私は記憶に脅えてはいけない。普段通り学校に行くことにした。それが、お姉ちゃんからおやつを貰うための約束だから。
下校時刻。私は一目散で家に帰る。いつ死が訪れるか分からなかった。お姉ちゃんの顔を最後まで見たい。それだけの想いが、私の体を動かした。
家に着く。お姉ちゃんは……居た。
「どうしたの? そんな血相抱えて……」
お姉ちゃんだ。いつもの、私の、お姉ちゃん。顔を見れただけで私は落ち着けた。
「あ、あのね。自分自身あんまり落ち着いてないけど、落ち着いて聴いて欲しいの」
私の話し方にただならぬ気を感じ取ってくれたのか、お姉ちゃんの顔に緊張が走る。
「私……今あるこの記憶が真実であるなら、すぐにでも私は死んじゃうの。何も言わずにお姉ちゃんと離れたくなかった」
顔を上げて、お姉ちゃんの顔を見た。
生まれて初めて、お姉ちゃんが激しく動揺している顔を見た。
「うそ……でしょ? なんで、悠香が死んじゃうの?」
お姉ちゃんの声は震えていた。それでも私は、それが現実であることを伝えた。伝えなければいけない気がしたから。
「早く嘘だって誤魔化してよ。悠香が死んじゃうなんてあり得ない。だめだよ、そういうことは夢で言ってよ」
不思議と、私は落ち着いていった。いざ本当に死ぬことがわかって、抗いようのない時、人間はここまで潔くなれることを知った。
「嘘じゃないんだ。現実で、本当の話。私の魂は、白い空間の夢を見ると、絶対近いうちに死を迎える運命なんだ。今までも、これからもそう」
お姉ちゃんは私の顔を見ようとしてくれない。あらぬ方向を向いて震え続けている。
「あり得ない。なんで、なんでっ……」
お姉ちゃんが忙しなく指をもたつかせる。私はそんなお姉ちゃんの手を取り、無理矢理お姉ちゃんと目を合わせる形を取る。
「私はこれからも記憶を持って再び生まれてくる。だから、お姉ちゃんは
お姉ちゃんに一歩踏みだし、強くお姉ちゃんを抱きしめる。震えてるのに、お姉ちゃんの体はとても温かかった。
「もし、今の私の願いが叶うなら……生まれ変わっても、お姉ちゃんの家族でいたいな」
最後に私はお姉ちゃんに顔を合わせ、今出来る最大限の笑顔を作る。
「ありがとう。お姉ちゃん」
白い空間。
”私”はもう死んじゃったのに、なんでこの空間にいるのだろう。
あ、思い出した。
”私”はお姉ちゃんに会いに行かないといけないんだった。
行かなくちゃ。
お姉ちゃんから授かった命として。