一昨日といい、昨日といい、今日といい。どれもまるで違う格好。
そのどれもが、以前にネットで見かけて気に入ったイラストそのものの格好なのだ。
※「小説家になろう」にも投稿しています
最近気になっている女子がいる。
よし、早とちりをするんじゃない。ただ気になっているだけ、興味を抱いているだけだ。恋じゃあない。
”気になっている”の一言ですぐに恋に直結するとはちょっと早すぎるものがある。
こちとら大して誇ることもない一高校生。
花の盛り、青春謳歌、人生の岐路真っ只中な男子だ。
健康位しか取り柄がないし勉強や運動が特段得意というほどでもないおれは、分類してしまうとオタクとか言われるものに近いものがある。
やはり対象はアニメやゲーム、小説やら。とは言ってもそこまでのめり込んでいるものでもない。
その時の流行のアニメやラノベが気になったり、偶然見かけた古い小説にはまったり。
その時々で好みが変わる”ライト”とか”にわか”とか言われてしまうどっち付かずな人間だ。
もう一度言おう──気になっている女子がいる。
その事に気づいたのは、一年生の時。秋も中半の体育祭だった。
互いが互いに肉体を駆使する姿に声援を送りあうこのイベントは、インドア派には肩身の狭いものがある。
とはいえイベントそのものは楽しみはするのだが。
その上でだれもかも良いとこ見せよう、なんて考えるもの。男子連中は眼が血走っているものも多い。
そんな彼らが注目するのは選手の格好。
もうすでにブルマなんてものは幻想となった学校では、ハーフパンツが主流。
それはそれとして動きやすい体操着故のはっきりする線だの絶対領域だのと、魅力的な女子生徒を、男子生徒がもてはやす。
よく考えれば男女で普段の授業でも結構な割合で見かけることもあるというのに、この時だけ注目するのは”体育祭”という行事フィルターによるものだろうか。
チアガールとかの方が盛り上がるものかと思ったがそこらも好みが別れるらしく、一部の男子が激論を交わしていた。
”体育祭”という場ゆえ論じると同時に実例を示せる体操着派に対し、チアガール派は肝心の”実例”が演技を終えるなりさっさと着替えてしまったことで主張のさらなる提示が困難となって、押し込まれていた。
彼らが力強く主張していた”大胆な薄着”であるがゆえの劣勢だが、その討論の結果は今回関係ない。
親友と二人休憩にぶらつきがてら、そんな討論を耳にしたときのことだった。
その女子の姿は衝撃だった。雷なんてほど大袈裟ではない。それこそ静電気に打たれた程度。
だがそれくらいには衝撃を受け、一瞬といえ立ち尽くした。
纏めあげた茶色の髪を赤のハチマキでおしゃれに飾り、ジャージを肩掛けにするその姿。
部対抗リレーを終え、頬の火照った”彼女”と偶然目が合うと、”彼女”が手を振る。
平静を装いながらもぎこちなく手を振り返すと、親友が野次ってきたので言い返した。
目を離したのはその一瞬だけ。
その一瞬で”彼女”の姿を見失ってしまって、周囲をキョロキョロと探ってしまったものだから、一層野次られた。
──まるで初恋の瞬間の回想? あいにくだが違う。
”彼女”の姿に見覚えがあったのだ。
──『中二』だとかそういうことじゃない。腕が疼いたりとか前世がどうのとかもない。
まさしく、その姿のままを、見たことがある。
彼の野次に耳も貸さずにスマホを弄って、ようやくその見覚えが間違いでないと確信した。
ネットにはイラストが溢れている。名だたる者から、雌伏するものまで、猛者が送る入魂のイラストの数々。
そんなイラストを見て、気に入ったものを集めることは昔からよくやっている。
そうして集まった中の一枚。ここ最近保存した体操着姿の女子高生のイラスト。
中々に気に入って時おりフォルダから掘り出しては眺めたりした、その一枚。
その姿がまさしく”あの女子”の姿のままであった。
髪色も、ハチマキの巻き方も。ジャージの羽織り方からはにかむ笑顔まで。
二次元と三次元だし、周囲の風景も当然違う。
だが”運動を終えて、周囲の友人と歩きながら話す日常を切り取った”ようなそのイラストと、先程の光景は一緒としか思えなかったのだ。
──この時は、そんな偶然もあるんだってたいして気には止めなかった。
●
次に思い当たるのは、親友につれられてハロウィンパーティーに行ったとき。
菓子やら料理やら、ジャンキーなものを中心に豪勢に振る舞われるなか、狼の全頭マスクを被ったことにいささかの後悔を感じていた。
何せ食うにも飲むにも難儀する。おまけにちょっと視界がわるい。
さらに言えば、静かなインドア系を自負する身としては、ディスコかなにかと言わんばかりに高揚する場は、非常に居心地が悪かった。
親友はガイコツ姿の吸血鬼だなんてよくよく考えるとわからない姿で、テンションアゲアゲに盛り上がっているのがいささか羨ましく思えたものだ。
そこはまあ良い。
慣れないテンションとマスクへの苛立ちと合わさって目眩すら覚えたときに、彼女が現れた。
「
大きなトンガリ帽子とワンピース、キュロットパンツと魔法の杖、小脇に抱えた大きな箒。
まさしく魔女ッ子と言うべき装いに身を包んだ”彼女”は、初々しくも恥ずかしげに顔を染めてとお決まりの言葉を言ってきたのだ。
当然のようにチョコを渡して、二三話してから、その場で別れた。
パーティのなかで何度か見かけたものの、その日は結局それきりだった。
──やはり、その姿にも見覚えがあった。
十日ほど前、ネットの海のなかで拾ったハロウィンのイラスト。
その中に描かれていた女の子のは、魔女ッ子。
やはり、”彼女”の姿はイラストの服装にそっくりだった。
●
──ただの偶然だって? そうだろう。
昔ある刑事が言っていた。『偶然も二度までなら許す』
体育祭は、イラストのように思い込んで見てしまっただけかもしれない。
ハロウィンの時も同じかもしれない。そもそも良くある光景だろう。もしくは、”彼女”の方がそのイラストを参考にしたか、だ。
どちらにせよ、たまたまかもしれないのだ。
●
それからというもの、”彼女”のことを意識することは多くなった。
とはいっても、恋だのそういうことではないのは言った通り。それに彼女はクラスメイトだ。
『居る』ことをわざわざ意識する程度には”彼女”への認識は深まった。
そうして注視していると、いくつかの発見があった。
”彼女”は髪型や服装を日毎にコロコロと変えるのだ。
お洒落に興味を持ったり、心血注ぐ女性なら当然のことかもしれない。だが、そうと言うには幅が広すぎる。
ある日はショートヘア。その次の日には胸元まで垂れる太い三つ編みをこさえ、そのまた次の日には柔げなショートボブ。
かつらなのか、それともエクステか。その判断は見ている分にはつかない。だが、それほどに自然な仕上がりを見せていた。
登下校の際も、ニットを被ったり、イヤーマフを当てたり。コートや、マフラー、手袋からブーツまで、どれだけの衣装を持っているのやらわからないほどに、多様な衣装を身に纏っていた。
どれも非常に既視感のある姿の気がして、心中穏やかではいられなかった。
●
雪の降る日のことだった。しんしんと降り積もる雪は都会を白く染める──なんて言えば聞こえは良い。
少なくとも童心にかえったかのように柔らかな新雪をめでたい気持ちは十分ある。
「雪だねぇ」
「ああ、雪だぜ。ワクワクする、はずなんだが」
そばに集められた雪山を、親友は悲しそうな目で見つめる。
「だけど都会に降っちゃあこうなるんじゃあなぁ。そんな気持ちも起きなくなるもんよ」
「べちゃべちゃの水っぽい雪。泥を吸い上げ雪掻きされて、まだらに黒くなった積雪。踏み固められて凍った道……」
「嫌になるねぇ……」
親友と下校するなか、二人揃ってため息をはく。
雪を愛でていたあの頃の童心はどこに行ってしまったのか。
今では登下校の道のりが、ただただ過酷になるだけに思えてしまう。
「もっと楽しいこと……あぁ。そういえば、さ──」
そうして一緒に下校の道を歩いていた親友が、思い出したかのように”彼女”のことを言ったのだ。
あの子が気になるのか、何て面白がる言葉。
勝手だろうとは言うものの、恥ずかしがるなよケチ臭い、だのと好き放題言ってくる。
「告ってしまえ」なんて言われた時は蹴り飛ばしてやろうかと思ったがグッとこらえた。
雪の積もった坂道なんて犯行現場では殺意を認められてもおかしくないし、こちらも二の舞になりかねない。
代わりに「さてどうだろうか」とその言葉を反芻したが、告白する気はさらさらなかった。
噂をすればなんとやら、坂道の下で信号待ちをしている”彼女”の姿を見た。
制服に、マフラー、ニット帽。手袋にほうっと白い息を吐いて、赤くなった頬を暖めてる。
マフラーからこぼれた胸ほどの黒髪に白い雪がかかるその可愛らしさと来たら、親友も息を呑むほど。
そうして見ている間に、青信号にしたがって彼女は去っていった。
呆然としていなければ、挨拶くらいは交わせたかもしれない。
あんなに良い子だったのかと、親友は惚れ惚れとしてため息をこぼす。
だが、そんな彼への返答を考えるほど余裕はなく、おれはただ必死にスマホを弄った。
何をやってるのかと親友がその画面をいぶかしげに覗き込む。
「へぇ、イラスト。まるであの娘じゃないの。良いじゃない。俺にもくれない?」
「──あぁ、いい、けれど……」
イラストをもらって喜んでいる親友の姿をみて、確信する。
やはりそのイラストに描かれた女子高生の装いは、”彼女”にそっくりだったのだ。
それは親友からみても間違いではない。
良いイラストを保存できて親友は一人盛り上がっていたが、おれは奇妙なものは感じずにはいられなかったのだ。
帰ってからも拭えずにいた、その感覚。
ベッドに寝転がったままイラストフォルダを漁っていると、その手がかりを得たように思えた。
「これも、こっちのも……このイラストもか。どれも、こんな格好をしてなかったか?」
──気に入ったイラストの姿と、似たような装いをしているのではないか?
そう考えるのに、時間はかからなかった。
偶然、というにはあまりに合致することが多かった。
なんでそのようなことになっているのか、わからない。
すでに三度目はとうに越している。疑うには、十分だった。
●
とは言っても、わざわざ聞きに行くのはためらった。
──いくじなし? そうじゃないだろって?
そうは言われても仕方ない。だがよく考えろ。
どうやっても、どう考えても、”彼女”にはこう聞くしかない。
『僕が最近気にいっているイラストと同じ格好をよくしているけど、どうしたの』
ちょっとどうかと思う。少なくともおれは気味悪くて敬遠する。
そんなことをしては学校中に噂されてもおかしくない。
平穏無事に卒業を目指す高校男子にそんな可能性を許容できるほどの度胸はない。
その代わりに、ちょっとばかしの実験を試みることにした。
特定の傾向ばかりのイラストをよく見ることにしたのだ。
イラストを漁っていれば『タグ』の『分類』だのという種類分けはありがたいもの。
それを活用して、特定のものばかりを検索したりと、収集する傾向を絞った。
好みのイラストに”彼女”が被らせてくる”らしい”のだ。ならば、こっちが選んでみれば良い。そう考えた。
どこまで合わせようと言うのか、いっそとことんやってみようと言うものだ。
──もちろん学業は怠ってないぞ? あくまで余暇の実験だ。
●
その頃は、愛らしいツインテールのイラストをよく眺めていた。
”彼女”は、いつもツインテールの髪型をしていた。ウサギの耳のような上纏めから、お下げのようにおとなしい下纏めまで、多くのパターンがあった。
パステルカラーから、シックで大人びた装いまで、様々な彩りに服装を纏めていた。
収集したイラストのなかで、髪型と装いがそっくりなことが多かった。
──どうも、近づけてくるまでは数日から一週間という間が空くらしい。
●
その頃は、ファンタジーのイラストを多くみていた。特にエルフだ。
その頃の”彼女”は、快活であったり、物静かであったりと、日毎に印象がよく変わった。
猫ッ毛のようなショートヘアからまっすぐに伸びる清楚なロングヘアまで、髪型もよく変わることも、印象の変化に一役かっていた。
身に纏うのもシンプルな紋様のマフラーや幾何学的で派手な柄のポンチョなど、カントリー系のもので纏めた装いが多かった。
よく見ていたイラストと完全に一致するものなどはさすがにない。”イメージさせる”程度の装いばかりだ。
だがその身に纏う雰囲気が、イラストの印象との齟齬を非常に少なくしている。
──さすがに完全再現とはいかない。あくまで想起させるだけだ。それが非常に高度なものであるのだが。
制服を指定されているなかで、よくもまあバリエーションに富ませれるものだと、密かに関心した。
”彼女”はファッションコーデの類いは素晴らしい腕前の持ち主ではないか?
●
”豊満””だらしない”などと称されるような女子のイラストばかりを眺めるパターンの頃だった。
”彼女”の”線”が明らかに一回り大きく、丸くなっていることに気づいた。
これにはさすがに驚いた。どうみてもそれは脂肪によるもの。詰め物によるものではない。
そして疑いながらも、今回はすぐに次のパターン─スレンダー美少女系に移った。
そうしたら、すぐさまに”彼女”の膨らみは止まり、一気に細くなっていった。むしろ以前より小さくなった気もするが、さすがにそれは錯覚だろう。
──さすがに体型が極端に変化するような実験は控えよう。
肌襦袢や詰め物ならまだしも、直接合わせるようにしているとなると、さすがに恐ろしい。
そもそもこの実験も、無茶ぶりにわざわざ応じてくれているようなもの。なんだか申し訳なく思えてしまった。
実験対象に感情移入してしまう辺り、どうも生物関係の実験は苦手ということがはっきりしたのは、良い経験と考えよう。
●
冬を越し、一年生を終える頃には数々の実験は終了した。
『”彼女”はこちらの気に入ったイラストのような装いをしてくる』
これは確定であった。
どんな髪型でも雰囲気でも翌日には、どんな服装でも数日で合わせてくる。
身長はさすがに難しいのか、ソールを少し変えるだけ。
だが体型ならばあっさりと変えてくる。脂肪など意にもかさない。
女性というのは体重や脂肪とスタイル諸々を気にするものだと思っていたが、”彼女”はその限りではないらしい。
ともかく、これではっきりした。彼女はどういう訳か、こちらのその時の好みにぴったりの格好をしてくる。
どうやってその時の好みを知り得たのかが不明なのが一番の問題かもしれない。
『呟き』なんてもの、アカウントは持っていても”した”ことはない。
盗撮?──デスクトップならともかく、自由に動かせるスマホ画面を見るのは現実的ではない。
ハック?──それらの世界で食っている親に見せてもらった限り、我が家の回線にそういった痕跡はない。
──まるでテレパシー。
そんなバカなことを考えてしまう。思考を盗みとられているのではないかと疑ってしまう。
それで、どう対処するのか──。
●
新学期。
晴れ上がった空の下、通学路の坂を上っていると”彼女”がいた。
桜並木に寄り添って、カバンを手に桜吹雪を嬉しそうに浴びるその光景は、やはり見覚えがある。
「おはよう」
「──あら、おはようございます」
そっと挨拶を交わして、すれ違う。
おれにもそのくらいのマナーは心得ている。だが、ただそれだけ。
──なにもしない。そう決めたのだ。
なぜって?
”彼女”のすることに実害は全くない。強いて言うなら、イラストに描かれた娘の体型に気をつけなければいけないくらいだ。
わざわざ体型調整をさせるのは、気の毒に思えてしまった。
とはいえ、そもそも豊満に過ぎる”だらしない”系はストライクゾーンから外れている。
それにコロコロと装いが変わる”彼女”の姿を眺めるのも、わりと面白いのだ。
「よろしければ、一緒に行きません?」
「いや、別にいいよ。待ってるんだろ、”あいつ”を」
小さく「えぇ」と”彼女”が恥ずかしげに微笑む。
──それが、気にしないと決めた最大の理由。
「うぉーい、待ったかい!?」
「いいえ、今来たところですよ」
「そうか、ごめんな、寝坊しそうになって!」
「いいえ、大丈夫ですよ」
慌てて現れた親友へ、クスクスと”彼女”が笑いを溢す。
気恥ずかしそうに笑いあう二人を置いて歩くと、また慌てたように親友が追ってきた。当然”彼女”もそれに寄り添ってくる。
ああそうだ、あの親友だ。
ハロウィンパーティに妙な格好でいったり、雪の中の彼女の姿に惚れ惚れしていた”あの親友”だ。
二月も終わる頃、なんとなしにアプリゲームを始めていた時に、その連絡がきた。
なんでも”彼女”のほうから『付き合ってほしい』と告白されたのだという。
わざわざ連絡をしてきたのはこちらが”彼女”を”気になっていた”からか。
肩透かしのような思いを感じたことは正直否定できない。
だが、笑いあう彼ら二人の姿は眩しく、尊いものであった。
親友の道行きに幸あらんことを、と祈った。
●
それからというものの、たいして気に止めることもない。ただ”彼女”の姿を時おり眼に止めるだけだ。
クラス替えによって二人と別れたこともあって、その姿を見ることも一気に減った。
それでも登下校の時など会うたびに「あいつのことが気になるのか」とからかってくるのを適当にあしらう日々。
だが親友が”彼女”にメロメロに心酔しているのを見ると、逆にどんな様子なのか気になって仕方ないものだ。
──恋愛モノが流行るのはこんな気持ちになるからなのか!?
●
その日は、親友と一緒に昼食を食べていた。
普段親友は”彼女”とともに食べているものだったが、”彼女”はそちらの友達と昼食をとっているらしい。
そこでこちらで久方ぶりに二人での食事となったのだ。
──もちろん三人ともそれぞれ友人はいるぞ?
二人揃って食べるのは、購買のコロッケパン。ぎっしりとつまったジャガイモとまばらな牛肉の旨味が堪らない一品だ。
中々人気のその品を二人揃って手に入れられたのは幸運だった。
味わうあまり、あっと言う間にむさぼるように食べ尽くしてしまうと、汚れた指をウェットティッシュで拭う。
モソモソと静かに、丁寧に口をつけてようやく食べ終えた親友親友にも分けると、丹念にその手を拭いていた。
不意に、その手に目が行った。
「──なあ、その爪、そんなに艶のあるものだったか?」
「ああ、これ。彼女がな、爪のケアに良いって塗ってくれたんだよ」
曰く、爪を保護してくれるので変に割れることもない、らしい。
きっちり切られ整えられた爪を愛しいように撫でながら、そう言った。
親友はずいぶんと”彼女”に影響を受けているようだった。
かなり遊びに力を注ぐお調子者のようなタイプだったのが、快活さはそのままに落ち着きを得た。
身だしなみも一層整えられて、女子たちからの人気も高まってきている。
シャンプーを変えたのか、髪艶もよくなったように思えるし、良い香りがすると女子もよく褒め称えている。
少しだけ長めな髪と、愛らしい甘いマスク、線の細い体型がたまらないらしい。
そんなことを一部の女子に聞かされた。
”彼に彼女がいなければ狙った”だの、せめてもの糸口をつかもうと話を聞かれる身にもなってほしい。
あいつからのスキンシップが大胆になってきているようにも思うが、それも”彼女”の影響だろうか。
ともかくその友人も思う一面がなおのこと人気を高めているそう。
まとめて見てみるとまるで少女漫画の相手役。こんな才能が彼にあったとは。
親友と”彼女”との仲は有名だ。
なにせ”彼女”と仲睦まじく抱き付き合って、頬付き合ってモゾモゾ動くような姿を時たま眼にすることがある。
校内でああも乳くりあうような姿は一部の人に眼の毒な気もするが、一応彼らも校舎の片隅など人目を離れた場所でそんなことをしている。
それに、引き離す方がある種、問題かもしれない。
彼のルックスの向上に合わせるかのように、成績までも急上昇しているのは確かなのだ。
”彼女”の薫陶は、よほどのものらしい。
──日々変わる”彼女”の姿には、いまだに既視感を覚えるのだが。
●
最上級生となった。
受験で少しばかし挑戦の必要な大学を目指すこととなり、どうしても付き合いは減った。
三人の中では俺が尻で走っていたのだ。
それでも時たま、彼らから勉強を教えてもらうこともあった。
親友はいい。かつて互いに額突きつけ勉強もしたことがある。
だが”彼女”に聞くのは大きなためらいはあった。しかし親友の薦めもある。背に腹は変えられない。
一度苦手な箇所を聞いてみて──あっさりとその壁は崩壊した。
その授業の分かりやすいことときたら!
なにせ的確に苦手な箇所を潰してくる。内容の理解が足りてない場所、誤解している箇所を見抜いて指摘するのだ。
まるでこちら自身のことを
傍らで聴く親友が誇らしげに頷くのも納得しかない。
そうしてこちらが必死に勉強する傍ら、彼らは仲を深めながらも好成績を維持していた。
とくに親友は”彼女”の影響で外面を磨かれたこともあって、内外ともに高水準、憧れの的のような人気ぶりとなっている。
薄い思い出の中、特に印象深いのは文化祭のこと。
親友は女装コンテストなんてものに放り込まれて、見事優勝までして見せたのだ。
正直、その成果驚くことではなかった。準備室で”彼女”のコーディネートを見てから、優勝は間違いないものだと断言できる美しさが、そこにあったのだ。
──変貌ぶりに戸惑う親友をみて誇らしげに自慢してくる”彼女”の姿は、やはり既視感があったけれど。
●
そうして忍耐の秋をこえ、挑戦の冬も過ぎ、進歩の春がやって来る。
──サクラサク
おれは志望の大学には無事合格。親友や”彼女”もこの学校に合格していた。
そのことを知ったときは、互いに抱き合い喜んだものだ。
──”彼女”の姿から既視感を覚えることはほぼなくなった。
なにせ受験に集中するためにイラスト漁りなどの趣味もほとんど封印していたのだ
せめて本屋で見かけたお気に入りの新刊をしっかり確保しておく程度。
そうともなればこちらと”リンク”することもないのか、”彼女”の姿はそう変わらない。
”彼女”は艶やかな黒髪のセミロングという美貌を見せる美少女として、美男となった親友と共にカップルとして、同級生らの記憶に刻まれるだろう。
”彼女”も親友のことはよく支えているし、末永く支えてくれてれば、なんてことを思ってしまう。
──さて。そうして窮地を乗り越えたとなれば、当然自由な時間が生まれる。
イラストを漁ったり本を読み漁ったり。『新天地』の準備も多々あれど、そうして解放される憩いの時間。
そんな中で、アプリゲームを一つ再開した。すっかり放り出していたこともあって溜まった更新の山を乗り越えて起動する。
人気に火がついていたこともあって、消えなかったのは幸い。
そこにいたキャラクターは、個人的なお気に入りだった。
画面の中で威勢のいい姿を見せる彼女は、楽観的で享楽的。コメディリリーフながら、なんど危機にあってもへこたれず、立ち続ける。
まるで英雄のように、人々を引き付ける魅力がある。
その姿はまるで親友のようで──というのはさすがに言い過ぎだろうか。
いつのまにやらずいぶんとストーリーも進んでいるから、追い付くのも大変だ。イベントもどれだけ逃したことやら。
●
久々の彼らと遊ぶ待ち合わせの間、ネットであのゲームの攻略ウィキを覗いていた。
逃したものを確認してちょっとばかしの落胆を覚えつつ、あのキャラのページを確認。
まさかイベント限定だったりしないよな、と思いながらも見ていって──
「……──え、”男”?」
──衝撃を受けた。
あのキャラクター、どうやら女性のような見た目をしていながら”男”だった。俗に言う”男の娘”というもの。
『そっかぁ……』と腑に落ちたような、落胆のような、なんともつかない感情を一息に呑み込む。
まあ、そういうこともあるむしろ一大勢力を気づくジャンルだ。そういうのもいるだろう。
──ふと、思い出す。
”彼女”は、こちらの見た気に入ったイラストに合わせるように見た目や装いを変えていた。
では、このキャラクターは”再現”していたか──?
長い髪を編むこの髪型も、鍛え上げつつも細い線を維持した体つきも、それでいて可愛らしい装いのあう身のこなしも、”彼女”の姿に思い当たるものは何もない。
どうしたのだろうかと首を捻るが、答えが出ない。
──その時、親友から電話がかかってきた。
『ねぇ、どこにいるのさ──』
待ち合わせたはいいものの、親友もこちらの姿を見つけられていないらしい。
周囲に眼をやるも、その姿は見つからない。
親友はわりと目立つから見つけやすいはずなのだが。
『そこにいてよ、どんなものがそこにあるの?』
「あ、ああ──」
少々不満げなような、戸惑うような親友の声を聞いて、首をかしげる。
確かに親友の声。親友の電話。
電話越しだからだろうか。雑踏の中だからだろうか。
聞きなれた親友の声のはずなのに、違うように思えてしまう。
こんなに高い声をしていただろうか。
周囲を見るが、カップルはいても親友の姿はどこにも居なくて──
「──あ、いた!」
電話の声と重なって、その肉声が聞こえた。
人混みの中、こちらを指差す”彼女”の姿。
連れ添う親友は居ないのか? いや、親友の声は、今も電話で聞こえる。今、電話を切った。
では、”彼女”の隣で携帯をしまう女性は──