入学式を終えたばかりである日本政府肝入りの女子校・IS学園は、日本に建てられた学校の例に漏れずあちらこちらに桜の花が咲いている。
新入生の集う1年1組では担任である織斑千冬の元、女生徒らがHRを受けている。生徒らの自己紹介は順調に中ほどまで進んでいた。
次に来たのは長身で長い黒髪を湛えた女子である。特に乳はでかい。
「篠ノ之箒。政府からそこな織斑一夏の護衛を仰せつかった者です。何かと世話になるかもしれませんがよろしく頼みます」
何が頼むか。そういった心情はおくびにも出さず箒はただ微笑んだ。長身でおよそ15歳と思えぬ少女の妖艶な笑みと漂う甘い香りは、同性の生徒たちでさえ頬を染めるほどであった。ただ自己紹介の内容が気に入らなかったのか、千冬は渋い顔を崩さないままでいる。
一方、当学で唯一の男子であり千冬の実弟の織斑一夏は、彼女が小学校時代に途絶えた幼馴染であったことに気付いた。女性だらけの針の筵とも呼べる環境の中で、姉に次ぐ縋り付ける対象に期待は高まる。
休み時間になると速攻に、一夏は箒の元へと駆け寄った。その様がクラスメイトらの静かな注目を浴びているなどと当人は気付かない。
「箒……なのか?」
机にバンと手を置き、箒に顔を近付け問いかける一夏。当の箒は後頭部に腕枕をし、椅子でふんぞり返っている。平常心だ。
「ふむ、久しぶりでもう覚えていないだろう。所詮は手慰みだがお前を守るから安心していい」
「いや、そうじゃなくてさ、何というか」
逡巡する一夏の意図が掴めない箒は質問し返すしかない。
「何が?」
「俺、男だしさ、そこまで守ってもらわなくても大丈夫だと思うんだ」
顎に手を当て、箒がその言葉を咀嚼する。半分は振りである。
「なるほど、無知ゆえ危機感はないか」
「そうなのか?」
一夏にとっては予想外の返しであった。当の箒は呆れの籠もったため息を漏らす。とはいえ彼が政府から何も聞かされていないことは彼女の想定の内だ。
「男性適合者、つまり君の暗殺計画があったことは言っておこう」
「え……!?」
本気で動揺する一夏を微笑ましく見守る箒の甘い表情は、周囲で盗み見る女子らには慧眼ものであった。尚暗殺計画は実際のところ本当にあった話である。
「そのところどう思います?イギリスの代表候補生殿?」
隣りにいて突然箒から話を振られた生徒、セシリア・オルコットは狼狽を隠せなかった。それでも立ち直し箒を睨みつけたのは己の矜持が為せる技である。
「……何ですの? 私をそのように害する人間だとお疑いになられますの!?」
「いや箒、いくら何でもそんな突飛なことは」
学園初の男性である一夏を品定めに来た筈のイギリス人セシリアである。駄目なら駄目で自分で引き上げてみようという腹づもりであったが、いつの間にかその彼と同調し箒に向かって反論する自分がいた。
「いえいえ決してそのようなことは」
箒はするりと躱す。たが次の言葉はセシリアの体温を急激に昇らせるものだった。
「ただ本国から何を命令されるか判らないものでしょう?」
盗み聞いていた女子らが一瞬、沈黙を醸し出した。
「あってもしませんわ! これだから東洋のサル……」
最後の方は日本語でなく英語でブツブツと唱えながら、付き合っていられないとセシリアはその場を後にする。
「箒……何もそこまで煽らなくても」
「ふふっ」
妖艶とは行かなくとも箒の笑顔は悪戯が成功した悪い大人のような艶めかしいものだった。ふと、一夏が周囲を見渡すと多くの女子がこちらを眺めていた。彼にどうにかできるものではない。
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その晩、一夏は女子寮の廊下をおっかなびっくりと押し進む。放課後になり副担任の山田真耶先生から今日になって寮住まいにするよう言い渡されたからだ。当面自宅からの通学となっていた筈である。姉の千冬が既に荷物を寮に送っているので是非もない。自分のことが自分の知らないところで次々と決まっていた様には何となしに気味の悪さを覚えていた。
「あのーすみません、同じ部屋でお世話になる織斑です」
渡された電子錠を使って自室のドアを慎重に開け、これまた慎重に同室の者に声をかけた。自分が鈍感男であるという自覚はあるが、女子校で自分だけが男子であるからして、相方が女子であるのは当然想像がつく。
水音が止まり、シャワー室から現れたのは、箒だった。バスタオルを頭から羽織っている。
「あぁそうだったな、今日から同室か。何、気にすることはない。入ればいいさ」
「あ、あぁ、何かごめん」
流石に面食らうしかなかった一夏だが、箒のあまりに堂々とした態度に自分が間違っているかのような錯覚を覚えた。彼女に殴りかかられるのではないか、そう思った彼の眼は、彼女を克明に捉えてしまった。
濡れそぼった箒の全裸、濡れて流れる黒い長髪、整った顔立ち、艶めかしさを湛える目線と微笑む肉薄な唇、多くの女子が羨ましがるであろう一際大きく形の良い乳房、くびれた腰つき、鍛えた腹筋と臀部に太腿、形の整った股間の陰毛と蜜が溢れそうな見え隠れする蕾、それらが一体となり一夏の視界を支配した。
当の箒は彼の視線なぞ気にせず体を拭いている。その動作自体に無駄はなく、艶やかさを見出だせるものだった。
一夏は生まれて初めて、異性に欲情した。布団の中で暴れる彼を止められようか。
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若干寝不足気味の一夏を抱える翌日朝の1組、そのHRにて千冬が終わり際に肝心なことを思い出した。授業が始まった後でなくて幸いである。
「最後に、入学して早々何だがクラス代表を決める。いわゆる委員長のようなものだと思えばいい。1年間やってもらうぞ。自薦他薦は問わない。誰かいないか?」
チョークを手にし、いかにもというポーズで千冬が促した。
即生徒らから手が上がる。積極性の高さがこのクラスの特徴である。
「ハイハーイ織斑さんで!」
「織斑さん!」
「織斑さんで!」
次の授業のことに気が向いていた一夏は、何が起きたのか把握するのが遅れ、つい周囲を見回す。
「え、俺、俺……?」
そこで見たものは、スナック感覚で何かを期待している眼、眼、眼だった。俺に何かを期待されても……! という言葉をかろうじて呑み込んだ。
そのおちゃらけた空間を破る者がいた。セシリアである。勢いよく立ち上がって、クラス全体に抗議した。
「ナットク行きませんわ!」
自分を弁護してくれるものだと思いこんでいた一夏を責められはしない。
「大体こういうものは実力で決めるものでしょう? ここは国際の場です。自己主張も意欲も弱い人間を中心に据えますとあなたたち日本人の沽券に関わりますのよ? というか参考書捨てるような御仁を何故推薦しますの!?」
顔面に怒りの彫り物が浮かび上がろうかという勢いでありながら、それでもクラスメイトを説得しようというセシリアの姿は女子らには羨ましくもあり、その正論は聞きたくなかったという思いは概ね一致していた。
「だってェ面白そーだしー、つまりあれよ、その場のノリ」
やけに袖の長い女子、布仏本音がヘラヘラ笑いながら袖を振りつつぶっちゃける。言っちゃたよこの人! と思いは一つになりつつも否定はしない女子たちであった。
「あなたたちねェ……」
セシリアはぐぬぬと眉間を揉みほぐしつつも、下手に我を通すよりもこの辺で妥協であろうと考えた。
だがその選択肢を打ち砕いてしまったのが渦中の一夏である。
「散々パラ言いたい放題だな! そう言うお前んちの国土移民に牛耳られて恥ずかしくねぇのかよ! あとEU離脱で延々見苦しく揉めてたやん! 紅茶民族!」
「我が国は昔も今もコーヒーが一番ですわ!」
「知んねーし! 日本が貸し付けてる融資と外貨返してみやがれ!」
「何が何でも民族対立に持ってきたいのですの!? あなた個人のことですわよ!?」
中高生にありがちなネットde真実に傾いているのもあり、また昨日彼女の人種差別的なボヤキをしっかり聞いていたのもあり、変な風に一夏の中でスイッチが入ったのは、責められるべきだが未熟な10代故責めても詮無いものはあった。
「あーもうガタガタ言うのはやめですわ。いっそ決闘で決めましょう」
「おぉいいぜやってやらぁ!」
「というワケでセシリア・オルコット自薦します。そしてクラス代表は決闘で勝った方に選択権があるものとします。よろしいですね織斑先生!?」
既に黒板に両名の名前を書き連ねていた千冬は、全く表情を変えずに向き直った。一方空気と化していた副担任の真耶はただオロオロと事態を見守るばかりだ。
「相判った、お前らISでどつき合って決着付けろ」
狸だな、千冬に対する箒の見立てはそれである。肘をついた姿勢のまま、くっくっくとつい笑いが漏れた。
それを露骨に見咎めたのはセシリアだった。
「何ですの貴方、何か言いたいことでもありますの? そこの彼の護衛とやらなら代わりに守って差し上げるつもりです?」
セシリアが箒を睨みつけ、品定めする。昨日のいざこざを忘れてはいない。
「いえいえ大したことではありません」
ゆっくり手を振って、何でもないことをアピールする箒。
「茶番だなと」
クラス全体の空気が固まった。
セシリアは目を細め、呆れと怒りを隠す気もなく睨みつける。茶番だと自身でも自覚はある。
「馬鹿にしてます?」
「プロと素人、結果は見えているじゃないですか」
その空気を打ち破ったのは、またしても一夏だった。
「そんなことやってみなけりゃ……!」
全員が一夏に気を取られたその一瞬、刹那の間に箒はセシリアの前に立っていた。艷やかな香りがセシリアの鼻をつき、それが彼女に一瞬の気の緩みを招いた。
直後、箒がセシリアの右手首にゴリッと指を絡ませ突き立てた。
「ぬぐっ!?」
全身が痺れたように動かなくなるセシリア。直後、左耳に激痛が走り鮮血が飛び散る。箒が耳のイヤーカフスを右の指二本で引き千切ったのだ。
左頬を鮮血に染めたセシリアは視線がそのイヤーカフスに向く。
「これ、ISの待機状態ですよね。潰すとどうなるんでしょうねぇ」
血が滴りリング状のそれを二本指に挟みながら、箒が悪戯っぽく微笑む。
「やめなさい!」
その言葉に従う箒ではなかった。ぐしゃり、とイヤーカフスを片手で潰す。
直後、哀れな物体は閃光を漏らし、巨大な人型の鎧、とも呼ぶべきハイテクの機体がその場に叩き落された。クラスはパニックに陥る。
IS。そう呼ばれる強化外骨格である。この学園はそれを学ぶために設立された場である。とはいえ下敷きになりかけた生徒にとってはたまったものではない。
左耳を押さえ、遂にセシリアが箒に指を突き付け叫んだ。退くという選択肢なぞあろうか。
「その行為、宣戦布告と見做しますわ! ……織斑先生、この女も決闘に参加させてよろしいですね?」
この修羅場にあって尚平常心を崩さなかった千冬は、ただ鷹揚に頷くだけだった。まるで箒が騒動を起こすなどとは想定の内であるかのような態度である。
「そうだな、気の済むようにしろ。後篠ノ之、お前に拒否権はないからな?」
「ご随意に」
芝居をするように箒はお辞儀をした。そうなってしまった状況に一夏は戦慄を覚える。この場で彼を支配する感情は自分のことよりも彼女のことだった。
「箒……いいのか?」
騒然としたクラスにあって、その言葉はただ掻き消えるだけだった。
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その日夜。寮近くの自販機にいたのは箒だった。ただ喉の乾きを癒したい何のことはない行動である。
突然箒の背中が乱暴に押され、彼女がつんのめる。下手人は上級生。
「どきなさい」
たまたま自販機に邪魔な先客の下級生がいた。彼女にはただそれだけの話だ。
「……ふん」
特に気にもせず自販機のボタンを押そうとする上級生。だがその背後、尋常ならざる脚力で飛び上がり体を捻る箒の姿が自販機の表面に反射した。右拳を左手で掴んでいる。
掴んだ左手から放たれた拳は瞬速をもたらし、右の甲の手首……人体で硬い箇所の一つ……をもって箒は獲物の左頬を殴った。
「ゲェ!」
上級生が自身に起きた事態をも判らず、顎が過大に捻じ曲がり、それでも勢いが削がれることなく右へと吹き飛び。
コンクリの壁に激突し頭蓋骨は粉砕された。死体はそのままずるずると崩れ落ちていく。
たまたま躓かせた路上の小石をどけた。箒にはただそれだけの話である。
後日その上級生だったものは「事故」として処理された。
地面に散った桜の花びらは、赤く染まった。
篠ノ之箒は、転生者である。
数百年前、元和の時代に「伊良子清玄」と名乗った男であった。
貧しい娼婦の子から駆け上がり、あらゆる犠牲を踏み越えて、盲となっても尚出世していった。
だがかつてあった同門の弟子、藤木源之助に道を阻まれ、斬られ敗れ去りこの世を去った。
清玄はそれでも前世の記憶を携え時代と姿を変え再度生まれ出た。幾度となく幾度となく。だが己が高みに上がろうとするたびに必ず誰かに殺されていった。それらの存在が皆、かつての源之助であると己の魂が正鵠に捉えていたのを清玄、現在の箒は忘れない。
藤木はどこだ。この世のどこにいる。
現世でも尚己の道を阻むなら 殺 し て や る 。
篠ノ之箒=伊良子清玄の脳裏に前世で聞いた童唄が木霊する。
ほ~そおもてのいろおとこ
”**”とちちくりお~こたら
し~ろいなまくびしたたった
・箒
TS転生マン。CV:日笠よりはCV:佐々木望かつナレ:チョーで脳内朗読すると判りやすい。かもしれない。タラシ。人生屍山血河。
・一夏
欲情してください。
・セシリア
死なないでください。