織斑一夏がかの決闘でセシリア・オルコットに負けたのは実力の差だからというだけではない。ISを装着したのが二度目であり、特殊な武器をその場で与えられて即習熟できる程の経験も持ち合わせていなかった。
「ごめん、箒」
「初めてにしてはよくやった。お前はこれから学べばいい」
「うん……」
アリーナのピット内でISの装着を解きしょげている一夏に対し、ありきたりの言葉で慰めた箒は彼の肩を軽く叩いた。箒にとってどうでもいいことではあったが、一夏に慢心抜きで勉強するモチベーションを持たせるには丁度いい塩梅であろう。
ただ背後で腕を組んで仏頂面を崩さない千冬にとっては面白くない光景だったようだ。どうも弟が何かと箒に着いて廻っているのが気に食わない。
予告されていたセシリア×一夏×箒の決闘……いや試合は初戦で一夏がセシリアに敗北を喫した。接戦に持ち込んだ上での負けであっても負けは負けである。
暇を置き、次はセシリアと箒の対戦となる。
一夏に代わり、箒がIS「打鉄」を装着していく。学園で採用されている訓練用の機体だ。尚素肌に着るアンダーウェア、ISスーツは肌に張り付くが故に装着者の体格がそのまま現れる。相変わらずの年不相応な艶やかな肢体に一夏が注目しない筈はない。ISスーツを起動するとバリヤーにより彼女の香りが漂って来なくなるのは彼にとって未練であった。
ISとは、飛行能力を持った強化外骨格(エクゾスカル)である。箒の姉、篠ノ之束が10年前に発明した機体が元となり、現在は世界中で数百機ほどが稼働している。とはいえ日本にとって全く未知の技術体系ではなく、旧大戦時に強化外骨格が研究されておりその基礎技術は綿々と残っていた。
「では往きましょう」
試合までのここ一週間、試合の勘を取り戻すために剣道場で箒と立ち会った一夏は、箒から遂に一本も取れなかった。その強さは剣道部長ですら取れていない程だ。
「無事、戻ってきてくれよ」
箒が自身の時と同様、ISの刀剣のみを携行した事に一夏は何故か高揚を覚えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
セシリア・オルコットがこの試合で最初から狙っていたのは篠ノ之箒ただ一人である。ただついでの筈だった一夏が予想以上に奮戦し、今時のご時世珍しい「ガッツのある男子」を見せ付けられたことで、世の男に対する偏見を見直す契機になったのはご褒美という奴だ。だが箒に対し寛容になる気はなかった。
お互いが空中で正対し、セシリアが箒に向かって自身の一本指を勢いよく突き付ける。その姿を箒は鼻で嗤う。
「演説は手短に願いたいな」
「一言で済みますわ。……ここでケジメをはっきり着けましょう」
箒の挑発に対し、セシリアは自分を辱めた相手への怒りを極力内に秘め、その相手の得物が刀剣一振りであることを冷静に分析した。
「私怨ですかな?」
「ないとは申しませんわ」
直後試合開始のブザーが鳴り響く。
セシリアのIS「ブルー・ティアーズ」における主な武装は、4基の空中浮揚型レーザー砲台にある。開始直後一斉に自身から切り離し、多方面から獲物を狙い撃った。この一撃で全てが決する筈である。
しかし消えたように見えるほどの瞬速を発揮した箒は、速度を殺めず蛇行し、二撃三撃と続くレーザーの雨の中を掻い潜り獲物へと急接近した。
箒にしてみれば忍法を科学で再現した程度の如き技術に面食らう程物知らずではなかった。
機械の右手が左手を掴み、半身が右から左へと拗じられ右手が開放され、豪速の左手が唸る。箒が左手首を用いた当て技、「虎拳」にて獲物……セシリアの頭部左側面を打ち据えた。
独楽のように回転したセシリアは、その勢いのまま吹き飛びアリーナの端、そのバリアーの壁に轟音とともに激突した。
「なうっ!」
二度の即死に至る衝撃は緩和されたものの、激しく乱れる視界と反撃もままならぬが故の事態にセシリアの驚愕は語るまでもない。
もしISによる過剰な保護がなされていなければ、セシリアの顎部が千切れ飛ぶか、もしくは頸部が背後まで捻じり曲がっていたことだろう。
一連の流れを鑑賞していた数多くの観客は、あまりに予想外の圧倒的な実力差を露呈した展開に、ただ唖然とするしかなかった。
「嘘だろ……?」
ピットで観戦していた一夏もそれは同様であった。
たっぷり10数秒、ようやくセシリアが立て直し再び箒と相対した。
「ふざけていますの?」
箒は武器を用いていない。機械の素手で立ち向かうということは手加減しているとも取れるが故のセシリアによる問いかけだった。
「戯れなれば当て身にて、とでも申せば納得しますかな?」
この時セシリアが見据えた笑顔を湛える箒の眼は、少なくとも笑ってはいなかった。その言葉に彼女が如何ような自嘲を込めていたかなぞセシリアの知るところではない。
セシリアが抱える長大なレーザーライフル「スターライトmkⅢ」が問答無用で撃ち放たれる。最大出力のためのチャージはここに来るまでに済ませていた。
その光条すら右へ高速で転回して躱す箒。更に追ってくるレーザーを躱し続け、セシリアの懐へと肉薄した。今度は右手が唸る。掌をセシリアの鳩尾に叩き込んだ。瞬間、右腕が霞のようにブレた。
超
振
動
!
空気が破裂するかのような鋭い音が響き、箒の掌を中心にして周辺にあるISスーツの布地が弾け飛んだ。セシリアが背を折り吐血する。
「グゥ! 超振動!」
「先輩なんですそれ!?」
管制室で観戦していた千冬がコンソールに拳を激しく打ち据える。あまりに狼狽ぶりに副担任の山田真耶が驚愕を隠せない。
「自身の振動を相手に伝え破壊する技だ……」
「そんなの凄いじゃないですか! ……というか物騒過ぎませんか? しかもIS相手にも通じるなんて」
「そうだ人体を破壊する。元々戦時中の旧帝国軍が開発したものだ。だが既に失伝している物だぞ!」
ことの真相を申せば、箒が幾度も繰り返した前世の中に旧帝国軍の開発機関と交流していた時期があったため取得していたというだけの話である。その格闘術が大多数の犠牲者によって築き上げられたものであることは後世にも囁かれられているし、箒も承知している。
幾ばくか衝撃がISによって緩和されたものの、それでも胸骨を粉砕されたセシリアは激痛で一瞬我を失い、墜落して地面に叩き付けられた。幸いISが保護し落下の衝撃は緩和されている。ISスーツが破れたことにより露出した、箒程ではないが大ぶりな乳房が荒い息で上下する。とはいえ呼吸するにも痛みが伴った。
「本気(まじ)かよ……」
箒が勝つと願っていたとはいえ、あっけなくも圧倒的な展開に一夏は心が震えた。
前世より連綿と研鑽を重ねてきた拳は、機械の拳越しであろうと無刀であろうと凶器そのものであった。
ただ箒のIS自身は保たなかったようで、機械の右腕は部品が弾け飛び折れて使い物にならなくなった。
2発。たった2発の拳でもって篠ノ之箒は後に学園から危険人物と見做された。
『試合は中止だ! 即刻中止! 篠ノ之! 戻れ!』
千冬が放送でがなり立ててアリーナ内に響いているが、まるで別世界のようで遠くに聞こえる。観客のざわめきも、セシリアの許に救急班が駆けつける様も一夏の目に映らない。
一夏は涙が自然に溢れてきた。自己(おのれ)の身近にいる美しき存在こそが最強であることを目の当たりにしたから。これまではただ生活のために必死であった自分でしかなかった。彼女のいる道にいつか自分も辿り着きたい。そう思わせた。そしてそれは自己の道が狂った転機であるやもしれなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「篠ノ之。話を聞かせてもらうぞ」
ピットに戻った箒を待っていたのは歓待であろう筈もない。睨み付け、猜疑心を隠さない千冬がいた。他に幾許かの教員が困惑を露わにしたまま付き従っていた。できればISの集団でもって取り囲みこの危険人物を拘束したいところであるが、実現するにはまだ根拠も弱く、時間もない。彼女が推す主張が通るのはまだ先の話である。
一夏は何なのか、と疑問符を打ちつつ二人を交互に眺めている。対する箒は飄々としたものだった。底の知れぬ深い渕がたたえられた穏やかな表情からは何物も読み取ることができなかった。
唐突に、あぁ千冬姉さんは姉さんの友人だったな、と箒が思い起こした。目前の女性が幼少時から知己の間柄であった事は箒にとってもはや書類上の情報でしかない。
脳裏に過ぎるは、自身の姉、篠ノ之束である。雪で埋もれる中目前で倒れ伏し、吐血している。箒に手を伸ばすその姿は何かを問おうというものだった。
姉様。14年間お世話になり申したな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぬぬぬぬぬ」
後日、学園の正門にて少女が誰もいない空間で一人気炎を吐いていた。校舎は遠かった。
「受付どこよー!」
怒りでもって正門の表面を裏拳で殴りコンクリを盆の如く粉砕せしめたのは秘である。
・せっしー
爆散しなかったのでよかった。
・一夏
涼……。箒との試合をさせたかったが無理だった。
・超振動
敢えてチョイスした。効く。効くのだ。
・たっばー
君死にたもうなかれ。死んだ。
・鈴音
実はこの作品をスーパー山口大戦に足突っ込むかどうか分水嶺な子。チャイナァァな国が戦術鬼研究してないものとでも思っているのか。
【挿絵表示】
鈴ちゃんをどこまで伊達にしたいか
-
存分に
-
ほどほどに
-
無理ッス