ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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第11話 大戦の傷痕

 

 

 

「ブリッジ遮蔽解除。状況発生までコンディションをイエローに移行」

 

「ブリッジ遮蔽解除。コンディションイエローに移行します」

 

ひとまずの戦闘状況を終えたミネルバは、初陣で勇んだ翼を折って暫しの休息に入る。タリアたちがいるブリッジも上部へとせり上がり、暗い照明が一気に明るいものへと変化していく。

 

「議長も少し艦長室でお休み下さい。ミネルバも足自慢でありますが、敵もかなりの高速艦です。すぐにどうということはないでしょう」

 

一息ついてから隣に座るデュランダルへそう言うタリアに、当人は少し歯切れの悪い表情を見せた。

 

「——そう言う訳にもいかんだろうな」

 

デュランダルのこぼれるような言葉に首を傾げるタリア。だが、彼の言葉の意味はすぐに分かった。

 

「艦長、オーブのカガリ・ユラ・アスハ議員が、議長との面会を所望しております。また、先ほどのシャトルも着艦要請が来ています」

 

オペレーターからの言葉に、タリアは一瞬思考が固まる。オーブのアスハ?ザフトの高官…いや、先の大戦を知っている人物なら知らない者は居ないほどの名前だ。

 

それに先程の民間シャトルもあると言う。

 

「先の戦闘で被弾をしたようですね。救難信号が出ています」

 

タリアは暫く間を置いてから、デュランダルの方へ視線を向ける。彼は悪びれる様子もなく肩をすくめた。

 

「…アーモリーワンへの救援要請は?」

 

「向こうも司令系統が壊滅しており…」

 

頭を抱えたくなる衝動をなんとか堪えながら、タリアは降って湧き上がるトラブルにどう対処しようか頭を悩ませる。そんな彼女の苦労を知ってか知らずか、デュランダルは即答でオペレーターに指示を伝えた。

 

「——回収作業を」

 

「議長!」

 

悲鳴のようなタリアの声がブリッジに響く。ここで民間シャトルの回収をしていれば、敵艦に逃げられかねない。相手がこちらの船との間にシャトルを誘導したのはそういう思惑があったと言うくらい、誰にでも理解できた。

 

だが、立ち上がる勢いで凄むタリアを、デュランダルは緩やかに手を挙げて制した。

 

「あの船にはこちら側の〝要人〟が乗っている。無碍にはできんよ」

 

デュランダルの言葉でタリアも冷静さを取り戻す。たしかに、こんな時期に民間シャトル、それもザフト軍が取り仕切る港へ向かう航路にあたる場所にいる以上、載っている人物の予想は大まかに付いていた。

 

本来なら進水式に来賓として呼ばれるはずだった要人を、戦闘状況に向かおうとするこの船に乗せることになるとは…。

 

「はぁ…アーサー」

 

「ギリギリ補足範囲には捉えられます」

 

淀みなく答える副長の言葉に、タリアは深く帽子をかぶりながら長いため息を心の中に隠した。

 

「オーブの方も、本来乗ってきた高速船のようだ。こちらに合流させて頂き、本国へ御帰りになってもらおう。状況が状況だからな」

 

「了解しました。回収班を急がせて」

 

できれば早くこんな異常な状況からは脱したいものだとタリアは思うが、この船が向かう先には更なる困難が待ち受けていることを、彼女はまだ知る由もなかった。

 

 

////

 

 

「ぐぅ…おおおお!!」

 

空。

 

雲と青が目まぐるしい速さで入れ替わる。

 

まるでミキサーの中に放り込まれた衝撃の嵐の中で、ユウナ・ロマ・セイランは降りかかる攻撃の嵐に目を走らせていた。

 

「セイランの坊ちゃん!そんなナヨナヨした飛び方をしてると、敵と会う前に死んじまうぞ!!」

 

通信越しに聞こえてくるのは、自身の教官であり、今まさに背後に張り付いて攻撃を浴びせてくるムウ・ラ・フラガ一佐の怒声に似た声だ。

 

オーブ軍の戦闘機型モビルスーツ「ムラサメ」。

 

ユウナ自身も乗るこのモビルスーツは、島国であるオーブが開発した量産型の可変モビルスーツだ。戦闘機形態となった中で、ユウナは降りかかるペイント弾を避けながら操縦桿を握る手に力を込める。

 

「そんなこと言ったってぇ…!!」

 

力込めるとは言っても、すでに血の気がなく、感覚すら怪しい。高負荷の旋回を行いながら、ユウナは背後にいるムウのムラサメを睨みつけた。

 

「そうだ!機体を振り回すのはコンピュータでも機械でもない!お前自身だ!ユウナ!!」

 

「このぉおお!!」

 

グリン、と操縦桿を引き絞り、空気の膜を機体に纏わせながら、ユウナの駆る訓練生用のムラサメは空に線を描いた。

 

「よぉし!その負けん気を活かせ!また何もできない坊ちゃんに戻りたいか!!」

 

「僕だって…僕だってえええ!!」

 

今日の課題は空戦。

 

モビルスーツ形態では得られない速度の中でのドッグファイトだ。

 

与えられた課題の中で、ユウナは必死に機体を振り回して、それでもぴったりと背中に付いてくるムウの機体を振り切ろうと回避機動を繰り出していく。

 

「かなり仕上がってきてるんじゃないの?」

 

「あぁ?まぁはじめの頃と比べると、な?」

 

その錐揉み合う空戦を見つめるのは、5機のムラサメ。機体には教官機を表す白いラインが翼に入っている。

 

コクピットからムウとユウナの追いかけっこを眺めるオルガ・サブナックと、クロト・ブエルは、動きが良くなったユウナのムラサメを見つめていた。

 

「うひー、隊長もかなりシゴくよねぇ」

 

「それだけ期待してるって事よ、きっとね」

 

二人の後ろに付く3機には、アサギ・コードウェルとマユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェンが乗り込んでいた。

 

大戦後、モルゲンレーテに籍を戻した彼女たちであるが、データ取りや自身の慣熟訓練も兼ねて、こうやって新人の教導に参加しているのだ。

 

「セイラン家の御曹司がモビルスーツのパイロットか」

 

機体を水平に保ちながらオルガは呟く。彼やクロト、そしてシャニは、大戦後に正式にリーク・ベルモンドに引き取られて、今はオーブ国際高等学園に通う歴とした学生であるが、先の大戦の実績もあるため、ベテランパイロット不足に悩まされるオーブ軍での教官役をアルバイトで引き受けていた。

 

「軍閥に属したほうが、後の政治に便利だとよ」

 

隣にいるクロトがどうでも良さげな口調で続けて言う。それであれか、とオルガはおぼつかない空戦でムウから逃げようとするユウナのムラサメへ目をやる。

 

「ぬぐうぅうう!!」

 

「どうしたどうした!その程度じゃ戦場に出たら五分と持たんぞ!もっと動け!根性を見せろ!!」

 

オープン回線から聞こえる二人のやり取りを聴きながら、こちらは近距離通信で周囲の警戒をしつつ、次に上がってくる訓練生の様子を見つめている立場を維持している。

 

「元メビウスライダー隊の隊長だからって理由で選ぶには、かなりデンジャーな決断だったろうね」

 

「空に上がっちゃえば、あの人には家柄も階級も年齢すらも関係ないからねぇ」

 

ジュリとマユラの言葉には全面的に同意だ。オーブ軍で何度か付き合ってはいたが、ムウ・ラ・フラガという人物は相応に懐が深く、自分が認めた相手には敬意を払い、見込みがあるパイロットはとことん鍛える性分を持っているようだ。

 

「マユラはああいう男の人が好みなの?」

 

「冗談!マリューさんに恨まれたくないし」

 

「あの人、割と嫉妬深いもんね」

 

「教導中に話す内容じゃねぇぞ、それ」

 

脱線し始めた会話を、オルガが呆れた声で路線を戻す。

 

「とか言って、オルガもしっかり聞いてるじゃん」

 

「うっせぇよ、バカ!早く準備しろ!次が来るぞ!」

 

「はいはい!お仕事お仕事」

 

変わらない調子のままのクロトに悪態を吐きながら、オルガは上がってきた訓練生のムラサメを見た。今度は自分の番だ。相手のムラサメから通信が届く。

 

「研修ナンバー、R445。ルナマリア・ホーク。ムラサメです。よろしくお願いします」

 

彼女と空戦を刻むのは、これで三回目だな。オルガはふとそんなことを思い返しながら、ムラサメの挙動を戦闘機動へと切り替えるのだった。

 

 

////

 

 

暑くなった頭に行儀悪くペットボトルの水を振りかけながら、ユウナは疲れきった体を通路に設けられたベンチへと落とした。訓練用のノーマルスーツを脱ぐのも億劫で、上半身だけ脱いだノーマルスーツはひどく重く感じられる。

 

「弱音を吐かなくなったな?いい傾向だ」

 

そう言葉を投げかけてきたのは、シャワールームで汗を流してきたムウだった。こちらは動くのも億劫だというのに…ユウナは自身をシゴく教官の底知れない実力を感じ取りながら、それでも気丈に振る舞った。

 

「誰にものを言ってるんです…僕はセイラン家の人間ですよ?」

 

「そう硬いことを言うなって、腕は良くなってきてるのは確かだぞ?」

 

最初の頃なんてモビルスーツに乗るだけでも苦労していたものだ。立って歩かせるのに一ヶ月。武器を使うのに一ヶ月。変形して空を飛ぶのには三ヶ月もシミュレーション地獄を味わったものだ。

 

それも父の言う政治の仕事を手伝いながら。

 

「フラガ隊長のシゴキが、人一倍えげつないだけですよ。全く…僕は文官だと言うのに」

 

「そう言って軍に入ってきたのはユウナだろ?」

 

「僕はパイロットになりたいなんて言ってない!適性があったから父に言われて仕方なくやってるんだ!」

 

だいたい、自分のような立場の人間がモビルスーツに乗ること自体がおかしいんだ!とユウナは声を上げる。そんなユウナを見つめるムウは、先ほどまでのおおらかな表情から一変して、とても真面目な目でユウナを見返す。

 

「だが、そういう力が必要な時代なんだよ。今はまだな」

 

先の大戦から、まだ世界は立ち上がれていない。それはユウナにも分かっていることだった。

 

オーブ軍の出撃回数は、友好関係にある他の国家軍と比べて圧倒的に多く、同時に未帰還者も多い。大西洋連邦が統治していた治安が悪化し、未だに続くナチュラルとコーディネーターの小競り合いに、地球圏はまだ振り回されているのだ。

 

ユウナが軍属に身を置くのは、そう言った世界でも発言力の強い指導者になるためでもある。それを弁えてるからこそ、ユウナは冷静になってムウへ敬礼を打つことができた。

 

「本日の御教鞭、ありがとうございました。お先に失礼します」

 

そう言って、ユウナは重い体をあげると通路の奥へと消えていった。まったく、人を教えるのは楽ではないなと、ムウが頭に手をやった時。

 

「ああ言っても、ちゃんと訓練には来るんだよな。根性はあるんじゃねーの?」

 

そう言って通路に現れたのは、帰投したオルガとクロトだ。すっかり顔馴染みになった彼らも、教官として幾人の訓練生を見てきた身だ。相手がどういう思いでここに来ているかくらい判別はつく。

 

「持て余してるんだよ、自分自身を」

 

ユウナの姿を思い返しながら、ムウは遠くへ投げかけるように呟く。

 

「それって経験談?」

 

「いや、見てきた知見ってやつさ」

 

クロトの問いにそう返したムウ。彼の近くにはそういう人物が二人いたのだ。一人はなにかを背負って黙って戦おうとする若者。もう一人は一人で守ろうと躍起になって戦いに身を置くコーディネーターの子供だ。

 

彼らも大きくはなったが、ムウからしたらまだまだ心配する部下たちでもあった。

 

「それより悪いな、毎度付き合わせて」

 

「いいって。そこらへんの店でアルバイトするよりよっぽど稼ぎがいいからな」

 

「シャニはバンドの練習で来れなかったけど、次は参加するって」

 

そういえば次には学園祭のライブがあるとか。マリューや生まれた子供との食卓で聞いた話をムウは思い出していた。

 

「フラガ隊長ー」

 

女性用の更衣室から出てきたアサギたちも、ムウの元へ合流する。ムウは気になっていることをアサギへ問いかけた。

 

「どうだ?彼女」

 

オルガと共に教導に当たったアサギ。ムウの言葉である程度のことを察したアサギだったが、その反応はなんとも言い難いものであった。

 

「いいセンスですけど…その…」

 

「なんだよ、歯切れが悪いな」

 

焦らすような声にムウがそういうと、アサギは困った顔で空で感じたことを話した。

 

「いえ、とても危ない飛び方をするので…なんというか…」

 

嫌な予感があたっちまったな。

 

そう心の中でムウは毒づく。自身も彼女の飛び方を見ていて同じことを思ったのだ。最初は一人、成果に焦る飛び方だと思っていたが、実力も付きつつある今では、あの飛び方は違った意味を持ち始めていた。

 

「まぁ、俺から話をしておく。皆はミーティング後に解散してくれ。悪いな」

 

そう言葉を残してムウは、訓練生が集まるブリーフィングルームへ足を向かわせる。

 

「ルナマリア・ホーク…か」

 

道中で呟いた彼女の名前。

 

自分が良く知る同胞だった男と、同じ姓を持つ少女の行く末をムウはただ案じるのだった。

 

 

 

 

 

 


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