ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
「さてと…とんでもない事態となりましたねぇ」
暗い部屋の中で、その男は大袈裟なまでに身振りと手振りをし、幾十のモニターに映る老人たちに、事の重大さを思い知らせるように語りかけた。
ロード・ジブリール。人は彼をそう呼んだ。
アズラエル財団が権力を持ち、従来のブルーコスモスの傀儡となった下級貴族や支援者を取りまとめ、急速に力を失っていた大西洋連邦と、ブルーコスモスの体勢を立て直し、以前の勢力にまで回復させていたのだ。
《まさに未曾有の危機。地球滅亡のシナリオということか》
《書いた者がいるのかね?ジブリール殿》
「それはファントムペインに調査を命じています。時間的にも、そろそろ落下軌道に合流できるかと」
ブルーコスモスの幹部と、もうひとつの顔。
軍需産業複合体ロゴスの構成員の一人でもあるジブリールは、大西洋連邦を含め、ブルーコスモスに賛同する数々の国々とのコネクションも有しており、大統領コープランドとの結びつきもあった。
彼がいう「ファントムペイン」も、私設部隊として保有している勢力だ。書面上ではあるが、ネオ・ロアノークの上に立つ人間でもある。
地球軍にも強い発言力を持っており、作戦の立案や実行が出来るほどに、その力はアズラエルに追いつくほど強いものとなっていた。
《大丈夫なのか?ユニウスセブンの落下はすでに始まっている。そんな役に立つか分からないことを調べに戻ることなど…》
《この招集の目的はなんだ、ジブリール。大西洋連邦をはじめとする各国政府が、よもやあれを落とすとも思ってはおらん。だが、我々も一応避難や対策に忙しいのだぞ》
ユーラシア西部に邸宅。そこの地下室で他のロゴスメンバーやコープランドと連絡するジブリールは、焦りや緊張感が絶えない各国の重鎮たちを見渡して表情を曇らせた。
「正直申し上げて、私も大変ショックを受けましてね。安定軌道に今後100年以上はいるはずのユニウスセブンが落下してくる。まさかそんな、一体何故?まず思ったのはそんなことばかりでしたよ」
《前置きはいい。用件を言え、ジブリール》
急かすように言うロゴスのメンバーに、ジブリールは下がっていた目尻を凛とすまして、見据える。
「前置き?おやおや、わかりませんか?ここが肝心。前置きこそが全てなのですよ」
そう言ってジブリールが傍にある端末を操作すると、臨時放送の映像がモニターに映し出された。この招集に集まる誰もが、その映像を見つめている。
「今は落下の騒動で混乱状態となっていますが、事態はその先。誰が?なぜ?何のために?その疑問を世界中の誰もが考えることになる」
ジブリールはワイングラスを振るいながら言葉を紡ぐ。たしかに今は、あの巨大な残骸がこちらに落ちてくると言う事態に、どの政府も手一杯だ。
「だが、我々は政治家。常に世の中の先を見据えなければならない。故に、ですよ」
そう言ってモニターを切り替えると、自身の私有部隊であるファントムペインから得られた情報を写し出した。そこには、アーモリーワンで式典の様子や、奪取された新型モビルスーツの映像が写っている。
「ザフト軍の新造艦の完成式典。そして今日のユニウスセブンの落下。ファントム・ペインがザフトの建造した新型機を奪取することを知っていたとしても、知らなかったとしても、タイミング的には些か良すぎるものがある」
プラントの最高議長であるギルバート・デュランダルと、既に地球各国に警告を発し、回避、対応に自分達も全力を挙げるとメッセージを送ってきていると来たものだ。
《たしかに、早い対応だったな。奴等も慌てているように見える》
それほどまでに今の宇宙の情勢は乱れていると言う事なのだろうか。ロゴスのメンバーたちが、得られた情報から今回の落下事件の推測を巡らせる中、ジブリールは一人息を吐いて、モニターを見渡した。
「ですが、私としては正直そんなことももうどうでもいいんです」
そこで最初の言葉が返ってくる。我々は政治家。常に世の中の先を見据えなければならない、と。
「重要なのはこの災難の後。何故こんなことに、と嘆く民衆が得る答えこそが、これから先の未来を形作ってゆくのですよ」
《ジブリール。貴様はもうそんな先の算段か》
「当然でしょう?原因は?異常事態の自然発生か。はたまたザフトのザラ派の過激派か。どちらにしろ、まったくもって愚かであり…そして僥倖」
あの落ちてくる塊は、たしかに脅威であり、世界と地球を滅ぼす力を持った〝アルマゲドン〟であるだろう。しかし、破壊は同時に再起と繁栄、という〝ジェネシス〟をもたらす。
「あの塊が間もなく地球、我等の頭上に落ちてくることだけは確か。ならば、我々がしなければならないことはただ一つ」
あんなものを落とされた地球は、その屈辱は、どうあっても償わさせなければならない。
誰に?どうやって?
それなら、いい標的があるじゃあないか。
あれを宇宙に作ったコーディネーターどもに、罪を償わさせる。あの凄惨たる事件の要因を作った種族を滅ぼさんと、多くのものが武器を手に取るだろう。
《だがこれでは被る被害によっては戦争をするだけの体力すら残らんぞ》
「だからこそ、今日お集まりいただいたのです」
パチンとジブリールが指を鳴らすと、モニターにはすでに手配した要請書や、それにかかる費用、人員、手配をブルーコスモスが請け負うという署名を施したデータが出された。
「すでに、大西洋連邦が保有する宇宙軍には、ザフトが正式発表した破砕作業に加わるように手配しています。それに…例の彼らも」
《流星か…忌々しい》
ナチュラルの中でも〝イレギュラー〟として名高い前大戦の英雄。だが、英雄は戦争だからこそ英雄と呼ばれるのだ。今となってはアズラエルの力を助長させる忌々しい存在だ。何度か、反政府組織をけしかけて、排除をしようとしたが、その全てが失敗している。
ロゴスとしても、彼らに飲まされた煮湯を忘れるわけにはいかない。
「ですが、今は心強い味方でもありましょう。皆さまが避難しようが、脱出してもよろしいですが、その先で我々は一気に打って出ます」
だが、ジブリールはどこまでも合理的だった。あの巨大な残骸が落ちてくるのは確実。それを小さくしようが、起動をずらして止めようが、地球に降りかかる厄災は止めることはできない。
ジブリールは胸の前に手を置き、ロゴスのメンバーへ優雅に頭を下げた。
「例のプランの発動を。そのことだけは皆様にも御承知おき頂きたく」
そのプランに、全員の顔つきが変わる。どちらにしろ、あれを実行させる上に当たって、何かしろの事件は必要だった。規模は大きいが、絶好の機会ともいえる。
《強気だな。だが、たしかにコーディネーター憎しでかえって力が湧きますな、民衆は。残っていれば》
《その残りを纏めるんでしょ?憎しみという名の愛で。青き清浄なる世界のため、とやらにね》
《皆、プランに異存はないようじゃの、ジブリール》
「ありがとうございます」
そう言ってジブリールは下げていた頭を上げてにこやかに微笑む。
《では次は事態の後じゃな。君はそれまでに詳細な具体案を》
ワイングラスを掲げて答えると、ロゴスのメンバーは満足したようで、次々とモニターをオフラインにしてゆく。
最後の一人が居なくなるまで、ジブリールはにこやかな顔を演じ切ると、グラスを下ろしてうんざりした様子で息を吐いた。
「…バカな老人どもだ。こうもうまく話を進められるとはな」
手に収まるグラスを見る。そこには真っ赤な赤ワインが注がれており、鏡面のようにジブリールの顔を映し出していた。彼はそれを傾けて、鋼鉄の床へとワインを垂らし、落としてゆく。
「ついに始まるぞ、ムルタ・アズラエル。裏切り者のお前にはなし得なかったことを」
最後の一滴を落としたジブリールは、床に広がった赤ワインの水たまりを見下ろして、先ほどとは違う笑みを浮かべる。
過去の歴史の中、世界を戦乱に巻き込んだ第一次大戦は「戦争は政治によってコントロールできる」と思い込んだバカどもが初め、手をつけられなくなった大規模な闘争であった。
では、第二次世界大戦は?不可抗力で生まれた人類史上初の総力戦とは違う。欲、経済、文明、文化、主義が入り乱れた戦争。そこから連綿と続く戦争の歴史。
では、宇宙と地球で起こった戦争の次に起こる戦争とは、何か?
「ジブリール様、例のプランは」
部屋から出たジブリールを迎えた部下の言葉に、彼は抑揚の良い声で答える。
「合意は取ったよ。次の段階へ行こう…〝リンクス〟の準備は?」
「はっ!整っております」
「ファーストロットは汎用性を求めたが…いやいや、たしかに…あの男の言うことも的を射ていると言えるか」
「ナンバーはいかがしますか?」
ステラたちに求めた「汎用性」とは違う。流星たちと同じように「一つの個」として特化させることにより生まれる〝化物〟を、ジブリールは解き放つことを決意した。
「ここは、オッツダルヴァに出てもらう。華麗なるネクストのお披露目と行こう」
これが、大いなる戦争の幕開けになると自覚しながら、ジブリールは地獄の窯を開けたのだった。