ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
レッドアラート!
その時、私は空中にいた。
戦闘機特有のエンジンが唸る音が響き、地鳴りのような揺れが私の体を揺さぶり続けている。
メビウスライダー隊への取材。
宇宙へ旅立った彼らを待つ間、私もずいぶんとこの軍隊とは顔馴染みになったものだ。行きつけのバーが被った編隊長が、新人の演出の様子を自機の後席からカメラに収めないかと提案され、私はその座席に今座っている。
前席が地上に向けて吠えた。
「無茶言うなよ!新米の面倒見てんだぜ?こっちは!」
そう言う歴戦の猛者である編隊長が、無茶振りをしてくるオーブの司令室へ怒鳴り返したが、聞く限り、向こう側もかなり混乱状態にあるようだ。
《通信司令室よりウォードッグ。不明編隊のコース、サガミ岬を基点に、278から302。フラガ二佐。貴方の隊しか間に合わない。こちらからコールは続ける。現地へ急行し、不明編隊へのコンタクトと、アプローチを——》
「…はぁ、わかったよ。オルガ、クロト。新人への授業は一旦終わりだ。後ろに付け!教官のみで侵犯機を出迎える!」
そう言うなり、編隊長の動きは先ほどとは比べられないほど機敏になり、水平線の彼方に向かって機体を傾けて加速していく。
私の見ていた世界がひっくりかえり——胃が裏返った。
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「すまねぇな」
そんな場合でも無いだろうに、隊長は私に謝った。
目的地とは大きく外れたオノゴロ島南東部のモルゲンレーテ本社所有の滑走路に着陸した私たちは、大きく動き出そうとしていた歴史の邂逅に立ち会うことになった。
正体不明の編隊。
彼らがザフト軍であったこと。
彼らの船が極秘裏に製造された最新鋭の船であるのと。
そして、その船にこの国の重鎮であるカガリ・ユラ・アスハが乗っていたこと。
その全てに対して、今やオーブの政治界隈も、軍上層部も混乱状態にあった。
なにせ彼らは、地球軍に追われていたのだから。
逃げようとするザフト軍を挟撃しようと上がってきた地球軍の前に、訓練生たちが居たのはある種の不幸であった。
「しかし、あの訓練生の機体。あの機体の反撃は見事でした」
混乱の空の中で、見事に地球軍の機体を撃破した訓練生の機体。その機体を、隊長は横目で見ながら呟く。
「あんな危なっかしい飛び方…見てられないねぇ」
そして隊長は振り向くと、機体から降りてきたその訓練生に向かって声を発した。
「ルナマリア!そんな飛び方してたら死ぬぞ!」
そう声を上げる隊長に、ヘルメットを脱いだ彼女は興味なさげに空を見上げていた。
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ユニウスセブン落下事件。
C.E.73年10月3日に、その事件は起こった。
100年単位で安定軌道にあると言われていたユニウスセブンが唐突に安定軌道を外れ、地球に向かって動き出したのだ。
現在のプラント評議会に不満を持ち戦争継続を訴えるザフト脱走兵が、地球に住むナチュラルを殲滅するために行った作戦であった。
これに気付いたプラントは、地球各国に対して警告を通達。
宇宙方面の地球連合軍艦隊にも救援要請を行い、落下軌道に入ったユニウスセブンを破砕するため、ザフトのシエラアンタレス隊とミネルバ。
オーブ軍のメビウスライダー隊。
そして地球軍の第八艦隊所属のケストレルⅡに所属するブラックスワン隊による合同破砕作戦が行われる。
しかし破砕を阻止するためにユニウスセブンに潜んでいたテロリスト達と、謎の所属不明機の妨害を受け、ユニウスセブンの破砕、軌道の変更には成功したものの破片の落下までは防ぎ切れず、大西洋北部地域などで大きな被害を出す事となった。
国際緊急事態管理機構は、非常事態宣言を行い同時に地球連合軍及び各国の全軍に、災害出動命令を発令した。
暗躍する、ザフト、地球軍の謎の部隊、組織。
オーブへ寄港したミネルバを追っていたのも、地球軍と言っていた。
私は、船から降りてくる面々の顔を見ることができたが、彼らから感じたのは言いようのない焦燥。
時代はまた、大きく動き始めようとしていた。
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オーブ首長国連邦。オノゴロ島。
モルゲンレーテ社の秘密ドッグに入港したミネルバを出迎えたのは、社内にある滑走路から降りてきたアサギとマユラ、ジュリのムラサメ隊の隊員たちと、白衣を着た少女だ。
「お兄ちゃーーん!!」
モルゲンレーテ社で若干16歳と言う若さでエンジニアとなったマユ・アスカは、ミネルバから降りてきたシンを見つけると駆け足で兄の元へと向かってゆく。
自然と手を広げたシン。
そんな彼の横を通り抜けると、マユはシンの後ろにいた目当ての男性、ラリーへと飛びつくように抱きついていた。
「ラリーさん!みんな!お帰りなさい!!」
困ったような顔でマユを支えるラリー。その後ろでは人に向ける目つきではない顔をしたハリーがマユを見つめている。そんなハリーに気付いたのか、マユは勝ち誇った笑みを浮かべてラリーに抱きつく腕の力を強めて、鍛えられた腹筋の感触を服越しに楽しんでいた。
「大変だったようですね、アスハ議員」
行き場をなくした手を仕舞うシンの前を、アサギたちが通り過ぎると、降りてきていたカガリたちへ声をかけた。
「やめてくれ、お前たちにまでそう言われると歯痒い」
「お嬢様が立派になったもんよねぇ」
「こら、マユラ!言葉には気をつけなさい?仮にもオーブの議員様なんだから」
「そうそう、カガリ・ユラ・アスハ議員なんだからね」
「さてはお前たち、私を馬鹿にしているな?」
眉間にシワを寄せながら顔を歪ませるカガリをからかう三人娘。彼女たちは大戦後にモルゲンレーテ社のテストパイロットととしての職務に復帰しており、前大戦で培った能力でムラサメの基本性能向上に大きく貢献していた。
白衣を着てラリーに抱きつくマユは、父と母と同じくエンジニアとしての道を歩み出していた。
この歳ですでにムラサメの駆動系の開発を任されており、初仕事はシンが乗るメビウス・ストライカーの脚部駆動系の設計補佐だった。
今は〝新型機〟の駆動系の開発に従事している彼女が、なぜエンジニアの道を選んだかと言うと。
『だって、ラリーさんが乗る機体の開発に私が携われるなんて…幸せじゃない?』
まさに愛の力というべきだろうか。我慢できなくなったハリーと取っ組み合いをし始めたマユを見つめて、ラリーは小さくため息をついた。
「プラントからの長旅、ご苦労様です。デュランダル議長」
「なかなかの旅となってしまい申し訳なく思います、アスハ代表」
そんなメビウスライダー隊とは別の場所で、出迎えてくれたオーブの代表であり、カガリの叔父でもあるホムラ・ナラ・アスハと、デュランダルは握手を交わす。ホムラは申し訳なさそうな顔をしながら言葉を紡いだ。
「貴方たちを表立って入港させることが出来なくて申し訳ない。今の地球圏の情勢はユニウスセブンの影響で不安定なものになっております。ザフトの艦に乗る者たちにも便宜は計りますが、今しばらくご辛抱して頂きたく」
「こちらが無理な願いをした上に、こうやって船の整備まで受け持ってくれるのですから、ご厚意に感謝の言葉を申し上げるのは我々の方ですよ、アスハ代表」
なんの許可も通告もなく、プラントで極秘に建造されていた船が地球に降りたのだ。平時ならまだしも、ユニウスセブン落下で経済的にも情勢的にも張り詰めている状態だ。
オーブ近海にたどり着くまでに遭遇した大西洋連邦の地球軍と刃を交えることになったが、すんでの所でオーブに匿ってもらうことができたのが幸いだ。彼らの活躍はオーブ首長国連邦から発信される。そうなれば、妨害を受けることなくプラントへ脱することができるはずだ。
「カガリ、長旅で疲れただろう。迎えを用意してあるから先に帰りなさい」
ホムラから優しい視線を受けるカガリ。しかし、彼女も議員としての立場がある。ホムラに任せてこの場を去るわけにもいかない。
「しかし叔父上…」
言葉の前に、ホムラはカガリの肩に手を置いて労った。アーモリーワンでの極秘会談から戦闘に巻き込まれ続きだ。疲労がないはずもない。
「よく頑張った。だが休息も大事だぞ?お父上に顔を見せにいってあげなさい」
そう言って笑みを浮かべる叔父に、カガリは一礼するとアスランやキラたちと共に秘密ドッグを後にするのだった。
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「よぉー、お疲れさん!どうだった?プラントは」
モルゲンレーテ社の門を抜けた先に待っていたのは、オーブ軍服を腕まくりして身につけているムウ・ラ・フラガだった。
「散々でしたよ、ムウさん。地球に残ったのが正解だったみたいです」
「いや、お前たちが居なかったら地球は今頃めちゃくちゃになってたさ」
荷物を受け取りながら話すムウとラリー。詰め込んでから車に乗ろうとしている彼らの前に、オーブ政府の黒塗りの高級車が止まった。
「カガリー!」
後部座席のドアが開くと、パイロットスーツから政府高官の制服へと着替えたユウナ・ロマ・セイランが早足でカガリの元へと向かってゆく。手を取って彼女が無事であることを確認すると、ユウナはホッと息をついた。
「おお、よく無事で。はぁ、ほんとにもう君は心配したよ」
「あぁいや…あの…すまなかった」
「ユウナ、気持ちは解るが場をわきまえなさい」
捲し立てるようにカガリに言うユウナの後ろ。車からゆっくりと降りてきたのは、ユウナの父であり、オーブの宰相という立場となった、ウナト・エマ・セイランが近づいてきていた。
「お帰りなさいませカガリお嬢様。ようやく無事なお姿を拝見することができ、我等も安堵致しました」
色付きのメガネをかけるウナトはカガリに一礼する。オーブ復興に貢献し、宰相の座に就いた彼にカガリは頭を下げた。
「大事の時に不在ですまなかった。留守の間の采配、有り難く思う。被害の状況などどうなっているか?」
「沿岸部などはだいぶ高波にやられましたが幸いオーブに直撃はなく、…詳しくは後ほど行政府にて。では」
「わかった。議長と叔父上によく言っておいて欲しい」
言葉を交わしてモルゲンレーテへ入ってゆくウナトを見送ると、ユウナはカガリの肩を抱いて、後ろにいるアスランこと、アレックスへ笑みを見せた。
「あー、君も本当にご苦労だったねぇアレックス。よくカガリを守ってくれた。ありがとう」
言うだけ言って、カガリを連れて政府の車へと向かってゆくユウナ。カガリは申し訳なさそうにアスランに視線を送ると、アスランも分かっているように肯いて答えた。
「報告書などはあとでいいさ。カガリも休んでくれ。僕も後ほど、ザフトの面々と会わなければならないし」
「ああ、頼むよ。ユウナ」
バタンと車に二人が乗り込むと、何も言わずに車は政府要人の邸宅が並ぶ場所へと走り去っていった。アスランも大丈夫と言いつつ、顔は少し陰っている。なんでも我慢する気が強いアスランだ。あれを見ていい思いなんてしていないだろうに。
その場にいる誰もがカガリを連れて行ったユウナに良い印象を持っていない。
「よく言うよ。さっきまでゲェゲェ言ってたのに」
そう言いながらムウが乗ってきたバンから降りてきたのは、シンたちがよく知る人物だった。
「クロト兄さん!オルガ兄さんも!」
助手席と運転席から降りてきたのは、なし崩し的にムウと行動を共にしていたオルガ・S・ベルモンドと、クロト・B・ベルモンドだ。
この場には居ないシャニも含めて、大戦後にリークの家に入った二人は、小遣い稼ぎと経験を生かして、オーブ軍の教導に手を貸しているのだった。
「長旅で疲れてるだろ?さっさと乗りな」
そう言って顎で車に乗るように指すオルガに同意して、残されたラリーたちはバンへと乗り込むのだった。