ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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第36話 運命の出会い

 

 

 

シン・アスカの朝は早い。

 

いつもは深夜まで仕事をしている妹や両親は、妹の通う国際高等学校の学祭があるため、今も寝ている。

 

早朝ランニングは朝の5時半から始まる。4時半に起床し、身支度と朝食、そしてストレッチを行ったシンの足取りは軽い。静かに家を出たシンは、お気に入りのメーカーで揃えたスポーツウェアを身につけて、軽快な足取りでいつものコースを走り抜けていく。

 

「懐かしいな…やっぱり」

 

そして、往復地点であるいつもの場所にシンはたどり着いた。遠くに見えるオノゴロ島。ヤラフェス島の南端部に位置するそこは、唯一オノゴロ島を一望できる場所であると同時に、

 

前大戦でヤラフェス島に迫る100機の地球軍のMS部隊がラリーとリークによってすり潰された海域が見える場所でもあった。

 

ここから、今の「シン・アスカ」は始まったのだ。あの強烈な戦いを目の当たりにし、シンは自身と家族を守ってくれたラリーに憧れを抱いた。

 

ここはシンにとって情景そのものだ。ここの岬で佇むだけで、あの日の記憶と思いを心に刻むことができた。

 

「らーらら♪らーらら♪」

 

ふと、シンの耳に歌声が聞こえた。

 

「ん?女の子…?」

 

岬から視線を彷徨わせると、そこには海沿いの広場で踊っている少女がいた。

 

「ららーらら♪らーらーらーらら♪」

 

美しい歌声。いや、無垢な少女らしい歌声というべきか、彼女は楽しげに体を海風と同じように揺らして歌う。シンは少し微笑んでから再び岬の先へ視線を戻して…。

 

「あー!」

 

彼女が落ちる音を聞いた。

 

「え…ええぇえぇえ!?」

 

何が起こったのかわからなかったシンの体は反射的に動いていた。少女が踊っていた場所まで駆けてから、柵から身を乗り出して下を確認する。

 

「おい…まさか!あぁあ!?嘘だろ!?落ちた!?」

 

数メートルはある崖から落ちた少女は、奇跡的に無事だった。水面から顔を上げて白波を泡立たせているのが見える。

 

「大丈夫かー?!おーい!!マジかよ!泳げないのかよ!ええい!何か浮き輪のようなもの…無いよな!!くっそぉおおー!!おりゃあああー!!」

 

南無三!!と言わんばかりにシンも着の身着のまま海へと飛び込む。海水が染みる中、なんとか目をこじ開けると、そこには力尽きて溺れそうになっている少女の姿があった。

 

力なく伸ばされた手を掴んで、力いっぱいに彼女の体を海面へと引っ張ってゆく。

 

「ぶっはぁ!!」

 

ともに海面に顔を上げる。すると少女は身体をくねらせてシンの手から離れようとした。

 

「ああもう!暴れるな!落ち着け!!」

 

まるで暴れうなぎだ!そうシンは内心思いながら、這うように泳ぎ続け、近くに見えた横穴へとなんとか泳ぎ着くことができた。

 

「ハァ…ハァ…もう…まじで…これは」

 

海の中、というよりも水中にいたせいか、シンの体はまさに疲労困憊であった。ようやく足が付くところまでたどり着いて、四つん這いになって息を整える。

 

言いたいことは山ほどあった。

 

「ハァハァ…死ぬ気かよ!この馬鹿!泳げもしないのに!あんなとこ!何ボーッとして…?」

 

シンの後ろにいた少女へ振り返りながらそう言う。すると、少女の表情はみるみると変わっていった。

 

「ぁぁ…いや…ぅぅ…死ぬのは…嫌…」

 

震えが目に見えて大きくなる。瞳の焦点が定まっていない少女は太ももまで海水に浸かっている体を反転させて、まるで逃げるように体を動かし始めた。

 

「イヤぁぁ!!」

 

「え、おいちょっと待て!一体何!」

 

再び足のつかない海へと向かう少女を、シンは体を起こして止めようとしたが、彼女の抵抗はシンの予想を上回るものだった。

 

「嫌!死ぬの嫌!怖い!」

 

「いやだから待てって!だったら行くなって!」

 

「死ぬの!誰かが死ぬの!?みんな死んじゃうの!?駄目よ…それは駄目…ぁぁ…怖い…死ぬのが怖い!怖い怖い怖い!!嫌!嫌!!いやぁああ!!」

 

その声は悲痛そのものだった。シンにも記憶にある声。前大戦、オノゴロ島の被害で済んだものの、少なからずオーブ軍にも被害は出た。

 

オーブの軍施設にいた者、パイロットをしていた者、軍艦に乗っていた者、歩兵や支援を行なっていた者たち。

 

その多くの亡くなった人たち。その慰霊式典はオーブ全体を上げて執り行われた。悲しみに暮れる親族たちが多くいた。その中にはシンの友人や、マユの友人たちもいた。

 

目の前いる少女の怯えた目は、まさにその遺族たちと同じ目をしていたのだ。

 

「ああ、分かった!大丈夫だ!君は死なない!」

 

気がついたら、シンは少女を抱きしめていた。力強く、安心させるように。

 

「大丈夫だ!俺がちゃんと守るから!」

 

最初は爪を立てて抵抗していた少女の体は、包まれたシンの温もりに溶けるように、ゆっくりとおさまってゆく。

 

「ごめんな、俺が悪かった。ほんとごめん。もう大丈夫だから。落ち着きな」

 

爪を立てられた背中から血を流しながらも、シンは少女の頭を優しく撫でて落ち着かせるように言葉を紡ぐ。

 

ふと、マユが悲しんでいたときも同じような事をしたなと、シンは思い出していた。

 

 

「だ…いじょう…ぶ…?」

 

「ああ大丈夫。もう大丈夫だから。君のことはちゃんと、俺がちゃんと守るから」

 

「…まもる?」

 

「ああ、守るさ。だからもう大丈夫だから。君は死なないよ、絶対に」

 

 

その言葉をゆっくりと染み込ませるように、少女は抱きとめてくれるシンの胸に気持ちを落ち着かせていくのだった。

 

 

 

 

 

////

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?寒くない?あ、岩で切っちゃったのかな?痛い?」

 

落ち着いてからと言うもの、少女は献身的にシンの体を労ってくれた。彼女も足に怪我を負っていて、背負っていた防水リュックから出した予備のタオルを巻きつける。

 

少女が暴れた際に負った傷がほとんどなのだが、シンは安心させるように笑顔を見せた。

 

「ああ、平気さ。こういう時のための装備は持ってるし」

 

とりあえず横穴の中で火を起こす。シンが引っ張り出したのは非常時用のキットだ。前大戦から2年、まだ内外の情勢もどうなるかわからない。それにシンはパイロット。いつ何時でも即座に対応できるように、一定の装備は常に持ち歩いていたのが功を制した。

 

「なんでも持ってる。すごい」

 

「教えてくれた人の教えさ」

 

ラリーやリークから教えてもらった通り、着火剤を火にくべながらシンは答えた。流れ着いた流木があったのも運が良かった。

 

とりあえずある物で簡単な掛け物を作り、今は二人の服を乾かしている最中だ。

 

身につけていたスポーツウェアは速乾性であったが、少女の服は異なる。体温を奪う服は一間まず脱ぎ、火に当てるように干している状態だ。

 

(でも、どうすりゃいいんだ?)

 

こちらを見つめてくる少女の視線にバレないように、シンは傍にある端末へ目を落とした。その端末は規則正しく光を瞬かせている。

 

(この子泳げないし、運良く横穴に避難できたけど。会社には緊急連絡したから、GPSで迎えには来てくれる…まぁ、後でハリーさんやフレイさんに、何言われるか分かんないなぁ…)

 

帰った後に待つ説教を想像して内心震えているシンは、気を取り直して少女へと問いかけた。

 

「そういえば。君は、この街の子?名前は?分かる?」

 

「名前…ステラ。街…知らない」

 

「じゃあ、いつもは誰と一緒にいるの?お父さん?お母さん?」

 

「一緒はネオ、スティング、アウル。お父さん、お母さん知らない」

 

聞いたことがない名前だなと思いながら、シンはもう一つの可能性を考える。おそらくステラという少女は、オーブとは違う場所から移住してきたのではないかと。

 

大戦からの傷跡が多く残るユーラシアや大西洋連邦から、比較的影響が少なく、中立国としては治安も良いオーブへ移住してくる人は多い。戦災孤児や、家族を亡くした人々にも、オーブは手厚い保護を約束している。

 

「…そっか。きっと君は怖い目に遭ったんだね」

 

「怖い目?」

 

「今は大丈夫だよ。俺がちゃんとここにいて守るから」

 

きっとこの子は、前の大戦で心に大きな傷を負ったのだろう。

 

あの日、もし「ラリーさん」が居なくて、オーブの戦いで家族やマユを失っていたら、きっと自分も心に大きな傷を負っていたはずだ。ステラは、あの日に助けられなかった自分なのだ。

 

「ステラを守る。死なない?」

 

「うん、大丈夫。死なないよ」

 

 

 

きっと、俺が守る。

 

あの日、ラリーがシンの家族を守ってくれたように。

 

自然とそう思った。

 

ステラという少女を守るという思い。あの日の自分自身を今度は自分が救うんだと心に決めて。

 

 

 

「ああ、俺シン。シン・アスカって言うの。分かる?」

 

自分の自己紹介がまだだったことを思い出したシンは、不思議そうな顔をするステラへ問いかける。

 

「シン?」

 

「そう、シン。覚えられる?」

 

「…シン」

 

まるで染み込ませるように呟くステラは、すっと立ち上がる。膝を抱えるように座っていたステラの体の全てが、シンの目に写った。

 

「ちょっ…いぃ…か、隠して!!」

 

ハッとして目を覆って見ないように努めるシンに、ステラは手に持っていた何かを差し出した。

 

「はい」

 

視線をステラの手に向けると、そこには色鮮やかな貝殻が収まっていた。

 

「ん?俺に?…くれるの?」

 

手のひらの中とステラの顔を交互に見るシンに、ステラは花が咲いたような笑みを浮かべて頷く。

 

「ありがとう。大切にするよ」

 

差し出された手から貝殻を受け取ったシンは、火に照らされたそれを見つめて、ステラに微笑んだ。

 

 

 

////

 

 

 

 

「まったく、エマージェンシーとは…。ランニングして何をどうしたらこういう状態になるんだ?」

 

すっかり日が落ちた中、ハーネスとワイヤーを使って崖から降りてきたラリーは、乾いた服を着て出迎えたシンに呆れたように言葉を吐いた。

 

「ラリーさん!」

 

「住んでる場所で遭難なんて、俺でも初めてだぞ。カガリでも絶海の孤島だったってのに」

 

「別に遭難したわけじゃ…え?待ってください。カガリ姉さんも遭難したんですか?」

 

真顔で聞いてくるシンに、ラリーも「カガリと出逢って間もない頃だけどな」と答える。あの頃のカガリは輪をかけてお転婆少女であり、スピアヘッドを乗り回しては、不慮の遭遇事故で絶海の孤島で遭難をしたものだ。そのおかげでアスランと出会えたのもあるが。

 

「手のかかるじゃじゃ馬シスターだぞ、今でもな」

 

そう言って笑うラリー。すると、シンの後ろに隠れるようにいたステラがラリーへと顔をのぞかせる。

 

「シン…?」

 

ステラを見て、ラリーは目を見開いた。

 

「この子は…マジか…」

 

その容姿、見間違えるはずがない。シンが保護したと連絡したのは、間違いなく「ステラ・ルーシェ」だった。本来ならもっと先で出会うはずの二人が、ここで出会いを果たすなんて。

 

「ラリーさん。この子が崖から海に落ちちゃって、助けてここに上がったはいいけど動けなくなっちゃって。この付近だったら西の町の子だと思うんですけど、それがちょっとはっきりしなくて」

 

「だいぶ怖い目に遭ったんじゃないかと」と言うシンの言葉も、話半分程度にしかラリーには届いていなかった。自分という不確定要素が、この邂逅や、ユニウスセブンで出会ったACもどきとも繋がっているのだろうか。

 

と、するならばこれから先に待ち受ける未来は、どうなっていくのか。

 

「ラリーさん?」

 

問いかけてきたシンの言葉にハッと思考を取り戻す。とにかく今はこの子の事が優先だった。

 

「そうか…名前は?」

 

「ステラです」

 

答えるシンの顔を見据えて、ラリーは真剣な目つきでシンへ語りかけた。

 

「シン、よく聞け。この子は…」

 

「ステラー!」

 

遠くから声が聞こえる。おそらく、降りてきた上の方からだ。

 

「おーい!ステラー!どこだー!この馬鹿ー!」

 

「は!スティング!アウル!」

 

ステラを呼ぶ声に反応した彼女は、いてもたってもいられないと言った様子で、ラリーとシンは顔を見合わせてから、彼女と共にワイヤーで崖の上へと上がった。

 

「あれだ!」

 

「スティーング!」

 

上がった先にいたのは二人組みの少年たちだった。シンと変わらない二人へ、ステラは崖から上がるとすぐに走り寄ってゆく。

 

「ステラ!どうしたんだお前、一体」

 

飛び込んできたステラに驚いた様子のスティング。あとから続いてシンとラリーも二人の元へと歩み寄った。

 

「海に落ちたんです。俺ちょうど傍にいて。でも良かった。この人のこといろいろ分かんなくって、どうしようかと思ってたんです」

 

一瞬、鋭い目つきになったスティング。それを気にしない様子でシンが気さくな声で話しかけると、彼も警戒心を解いた様子で頭を下げた。

 

「そうですか。それはすみませんでした。ありがとうございます」

 

礼儀正しいスティングに「こっちも助かりました」と頭を下げるシン。その後ろにいたラリーは、ワイヤーをかけるハーネスを付けたまま、二人へと言葉を投げた。

 

「失礼だが、君たちはオーブの住人か?」

 

その声色に変化はない。だが、シンにはわかる変化がある。今のラリーの言葉には、明らかな警戒心が宿っていたのだ。

 

「ラリーさん?」

 

疑問に思ったシンが言葉を漏らすと、スティングとアウルの顔つきが変化した。

 

「おいおい…まさか…」

 

「まさか、ラリー・レイレナードさんですか」

 

「その通り。今は傭兵企業に属してるパイロットでしかないけどな。けど、俺の名を知ってるということは、君たちは軍の者か?」

 

「いえ、砂漠の流星のファンでして」

 

咄嗟に答えたスティング。その答えにラリーは眼光を鋭く光らせると、小脇に抱えた小型銃をステラに見えないように構えた。

 

「ラリーさん!何を!」

 

「そこの青髪の少年。懐にあるものを取り出すなら、ここからは〝相応の対応〟をすることになるが、構わないか?」

 

シンが戸惑いながら、スティングやステラの後ろ側にいるアウルを見た。その手は明らかに何かを引き抜こうとしている手つきであったが、それよりも先に素早く、二人に勘づかれない速度で拳銃を抜いたラリーの方が上手だった。

 

ラリーの言葉に、ステラが不思議そうに首を傾げる中、アウルは伸ばしていた手を下へと下ろした。

 

「ステラを助けて頂き、ありがとうございます。しかし、こちらにも言えぬ事情があることを察して頂ければ…」

 

白状するように言うスティングに、ラリーも拳銃を仕舞いながらにこやかな笑みを送る。

 

「俺はオーブ軍人ではない。それにオーブの理念は来る者の内情は覗かないがモットーだ。この島で悪さをしなければオーブは寛容に受け止めてくれる」

 

中立国としてやっていく中での必須条件であるが、同時に厄介ごとを抱き込む温床とも言えるけどな、とラリーは言うと、懐から取り出したメモにサラサラとボールペンを走らせてからスティングへと渡す。

 

「何かあればこちらに連絡するといい」

 

「ありがとうございます」

 

戸惑いながらも受け取ったスティングの肩を叩いてから、ラリーは帰るぞ、とシンへ言葉を投げた。

 

「シン…行っちゃうの?」

 

ラリーについて行こうとしたシンの袖を何かが引っ張る。振り返ると不安げに瞳を揺らすステラと目があった。

 

「ごめんね。でもほら、お兄さん達来たろ?だからもう大丈夫だろ?」

 

そう言っても、彼女の寂しそうな顔が晴れることは無かった。身振り手振りで言うシンは、ステラの肩を抱いて笑顔を作った。

 

「また会えるからきっと!ね?」

 

「行くぞ、シン」

 

「はい!ごめんね、ステラ!でもきっと、ほんと、また会えるから!」

 

肩からシンの手が離れる。ジープへと乗り込んだシンを、ステラは胸の前で手を抱きながら見つめていた。

 

「シン…」

 

「ってか会いに行くから!!」

 

去り際にも手を振ってそう大声で言ったシン。海沿いを走るジープの中で、シンは隣にいるラリーへと言葉を投げる。

 

「ラリーさん、彼女のことを知っていたんですか?」

 

「どうだろうな」

 

「はぐらかさないでください。貴方がそういう時はいつも何か大切な場面なんですから」

 

アーモリーワンにカガリが視察に行くと言った時も、ラリーは頑なに護衛につくと申し出たのだ。

 

アズラエル理事や、ウズミ・ナラ・アスハの口添えもあって、特例でトランスヴォランサーズの動向が認められた中でも、ラリーは今と同じような目をしていたのだ。

 

ラリーがそう言う目をする時、必ず何かが起こると言うのが、リークやキラが言っている事だ。シンの食い入るような目を一瞥すると、ラリーは息を吐いて観念した。

 

「シン、彼女とある約束をしただろう?」

 

「彼女を…守るってやつですか?」

 

「きっと、その場面は必ずやってくる。それもお前の想像を軽々と超えてくる形でな」

 

想像を軽々と超える形で…シンはその未来を想像してみるが、なにも連想できない。いや、イメージしたところで、ラリーが言うことはそれすらも超えてしまう何かなのだろう。

 

ラリーは運転する先を見つめながら、真剣な声でシンに言った。

 

「その時は必ず約束を果たせ。そして俺に言え。キラやリークやトールにも助けを求めろ。俺たちは仲間だ。必ずお前の力になる。だから…」

 

「そんなの当然ですよ。俺は誰よりも、みんなを信じてますから」

 

ラリーに言われるまでもなく、シンは答える。一人では何もできない。何も守れない。力や想いがあっても、何もできない時がある。だから、みんなで力を合わせる大切さをシンは多くの人から教えてもらっていた。

 

ラリーはもちろん、リークやキラ、トール、ハリーにフレイ。自分を取り巻く多くの人が導いてくれる。だから、何も心配はない。一人で抱え込むことも。

 

「なら、大丈夫さ」

 

シンの答えを聞いて、ラリーは微笑む。

 

シンとステラを待ち受ける運命は過酷なものになるだろう。

 

だが、その残酷な幕引きにはならない。

 

その全てを「変えてやる」。

 

そのために、ここまでやってきたのだから。

 

「さ、帰るぞ。カガリとハリーがカンカンだ」

 

「うぇ…帰る気がなくなってきましたよ」

 

ついでにマユやフレイもみんな居るぞ?というと、シンは「勘弁してくださいよぉ」と困り果てた顔をしてラリーに懇願する。それが可笑しくて、二人は笑いながら車を走らせた。

 

頼れる仲間たちの元へと。

 

 

 

 

////

 

 

 

「…シン」

 

走り去ったラリーたちのジープを見つめるステラ。彼らが居なくなったことで、アウルはようやく胸を撫で下ろす事ができた。

 

「いやー参った参った。マジで驚いたぜ、もう。まさか白き流星様だとはな」

 

その言葉にはスティングも同感だった。ラリー・レイレナードはザフトにも地球軍にも名を轟かせるエースパイロットだ。

 

MSとメビウス三機というジンクスを打ち壊し、MAで数々のMSを屠った部隊の精鋭。現に、アーモリーワンや、ユニウスセブンでの戦闘でその力を目の当たりにしたスティングたちにとって、ラリー・レイレナードという存在は警戒しなければならないものであった。

 

「ほんと…どうするよ、この連絡先も…ん?」

 

「どしたのさ」

 

「これ」

 

ラリーから受け取ったメモを問いかけてきたアウルに見せる。そこには、トランスヴォランサーズの連絡先とともに、ある一文が添えられていた。

 

〝これを見る指揮官殿。貴殿がオーブ国内で騒ぎを起こした場合、自らの手で確実に息の根を止めに行くのであしからず〟

 

最後は彼の名前で締め括られている文面を見て、アウルは顔をしかめた。

 

「マジか、これ見せるの?ネオに?」

 

「見せなきゃならんだろ。まさに魔の国だな」

 

そう答えたスティングに、アウルは「あーヤダヤダ」とめんどくさそうに頭の後ろで腕を組んで離れてゆく。

 

まだジープの去った先を見つめるステラの手を引いて、アウルは乗ってきたレンタカーの場所まで歩いて行った。

 

「にしても、あいつ似てたな…ネオに」

 

渡されたメモをポケットにしまいながら、スティングは今日会った英雄の姿と、自分たちの上官の顔を照らし合わせるのだった。

 

 

 

 


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