ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
「ラリーさん!!ちぃっ!!」
突如として現れた正体不明。ユニウスセブンでリークらと共に遭遇した機体『ステイシス』と酷似した歪な機体形状をしたそれは、すぐさまラリーや自分たちへと噛み付いてくる。
必然的に二機に戦力を分断されたラリーたちの陣営。長でもあるラリーは、機敏な動きと多彩な武装を駆使して追い立てる一機のMS相手に手こずっている様子だ。咄嗟にキラが援護に回ろうとするが、それを防ぐように彼の周りにミサイルの雨が迫った。
「これは…近接型のミサイル!!」
頭部は新規造形されたとはいえ、対空迎撃用のイーゲルシュテルンを装備したムラサメ・エクスカリバーは、キラ用に調整されたOSで素早く反応し、飛来する近接型ミサイルを尽く撃破して行く。
脚部スラスターを駆使して距離を取ったキラが目にしたのは、ミサイルの爆煙を背に佇む歪なMS、「マイブリス」が佇む姿だった。
『そっちの相手は俺だよ』
その重量型のシルエットからは考えられないほどの滑るような機動。絶えずに放たれるミサイルの雨を掻い潜れば、二連装のハイレーザー砲やガトリングをぶち込んでくるという多彩な武装。キラは弾幕を展開するマイブリスを相手に顔をしかめた。
「くぅ…反応速度が速い!!」
こちらもフリーダムに負けず劣らずの機動力を有していると言うのに、マイブリスの反応はそれを上回るレスポンスを有しているように思えた。と、キラのエクスカリバーの横へ、弾幕を難なく避けたクルーゼの機体が降り立つ。
「まさに〝ラリーのコピー〟みたいな敵だな?キラ・ヤマトくん」
ニヤリと笑みを浮かべたクルーゼは、マッスルスーツの機能を存分に活かした機動力を放った。可変の際に効果を発揮するスタピライザーのブーストも展開し、MS領域内での最大加速をかけて、マイブリスへと近づく。
「クラウドさん!!」
迂闊だ!とキラが叫ぶ最中、ミサイルでは迎撃できないと判断したマイブリスは、二連装のレーザー砲をクルーゼの機体へと向ける。
〝悪手だな〟
心の中で呟いたクルーゼの言葉通り、大掛かりな二連装のハイレーザー砲は威力は高いが取り回しが厳しい。それに、いくら反応速度が高いとはいえ、相手は重量級の機体だ。
ハイレーザー砲の挙動を見た瞬間に、クルーゼは機体を横へ飛び退くように流す。MSならではの四肢を使った変則的な機動と、横への加速に体が高負荷に晒されるが、彼は苦悶の顔一つせずにマイブリスの横側へと旋回して行く。
追うようにマイブリスのハイレーザー砲がクルーゼの機体を捉えようとしたが、それもまた悪手だった。横旋回しながら、クルーゼは頭部に備わるイーゲルシュテルンの弾丸をマイブリスのハイレーザー砲へと叩き込む。細かな火花を散らして撃たれたハイレーザー砲には、僅かな乱れが生まれた。
「だが、所詮はコピー…私を滾らせるには今ひとつ足りないぞ」
ならばと、ガトリングを構えようとしたマイブリス。その初速回転が始まろうとしていたガトリングを、クルーゼは躊躇いなく踏みつけた。
ただ旋回していたわけではない。クルーゼは旋回しながらマイブリスの懐へとさらに潜っていたのだ。
『おいおい、なんだよコイツ…!!』
すでに二連装ハイレーザー砲の射程距離内側に入ったクルーゼのエクスカリバーに、マイブリスのパイロットである「ロイ・ザーランド」は得体の知れない相手に驚愕する。あまりにも破天荒な操縦だ。踏みつけられたガトリングで振り払おうとすれば、敵のビームライフルかサーベルがこちらを襲うだろう。かと言って後手に回れば、今まで優位だった流れが相手に傾く。
踏みつけられたガトリングの銃身も不安だが、ここは守りに入るよりも攻めに転じるべきだ。意識せずとも、訓練やシミュレーションで得た経験から、ロイはすぐに空いた腕にビームサーベルを纏わせて、ガトリングを踏みつけるクルーゼのエクスカリバーを横に凪いだ。
重火器の強みである距離の更に内側へと入られた以上、相手が選ぶの超至近距離での格闘戦術。
「と、普通なら思うな!!」
クルーゼは躊躇いなく、ガトリングを踏み台に宙返りを打った。凪いだビームサーベルの矛先は宙をかすめ、クルーゼの機体を捕らえることはない。
宙返りを打ったクルーゼのエクスカリバーは、そのまま可変し、機首を真上に向けた状態の戦闘機形態へと変形したのだ。
『可変!?』
スラスターの出力が灯ると同時、可変時に横へと格納されるビームライフルが、〝逆さ〟に取り付けられていることにロイが気づいたのは、己の機体の片腕が吹き飛ばされた後だった。
『ちぃ…俺としたことが、片腕がやられたか…!!』
ガトリングを装備した片腕を吹き飛ばされたロイは、苦悶に満ちた表情で離脱するように飛び去るクルーゼのエクスカリバーを睨みつける。最初からこれを狙っていたというのか…!!
「模倣した。目指した。その程度では届かない。故に孤高であり、誰もが思い、目指すだろう。彼のような戦士を」
誰に語りかけることもなく、クルーゼは空を舞いながら言葉を紡ぐ。ああ、そうとも。誰もがあの飛び方を見せられれば、魅了され、思うだろうとも。あのように戦えるようになりたいと。あのような強者でありたいと。あのような存在を生み出したいと。
「だが、舐めるなよ?彼はそんなものでは追いつけない。それを目指した段階で、君たちはラリーには追いつけない」
戦闘機から更に人型へと戻ったクルーゼは、モニターに映るマイブリスを睨み付ける。彼らが〝ラリー〟を模範し、作り上げられた存在だとしても、その存在がある段階で、彼らは間違っている。
キラ・ヤマト。
そして自分自身。
最高、最強、最高峰。それを目指して作られたコーディネーター、その残骸。
その全てが、ラリーを前にしては無意味なのだ。
当人たちが〝これが限界だろう〟と頭打ちした能力を備えさせたとしても、その能力をラリー・レイレナードは…いや、人は簡単に超えて行く。科学者が考えた最高峰など、それを決めつけた段階で、彼らは〝可能性〟に敗北しているのだ。
足りない。
まったくもって滾らない。
簡単に倒せると思ったのか?ゲテモノ機体のパイロット君。残念だったな。
「彼を殺せるに値するのは…私以外、存在しないぞ!」
『ちぃい!!』
模倣の限界点でしかない相手など、恐るるに足らず。
クルーゼはスロットルを全開にして、片腕を失ったマイブリスへと再び牙を向く。見ておくがいい、その可能性に育てられた、私という存在の生き様を!!
ビームサーベルを閃かせて飛んだクルーゼの動きを見たキラは、それがまったく〝ラリー〟と同じ、異次元の動きだと錯覚するのだった。
////
激闘が繰り広げられる基地内から離れた東側の海上沖。戦闘機形態となったエクスカリバーのコクピットで、単独行動を任されたシンは、備わるレーダー画面とメインモニターの間の視線を行き来させながら、スロットルを上げて行く。
《シン!爆撃機がくる!こっちはまだ時間がかかる!任せるぞ!》
「任せてくださいよ!!」
AWACSであるオービットからの報告を受けて、シンは大きな声で返答した。同時に、レーダー網が飛行してくる大型爆撃機のエンジン音を捉えた。地平線が広がる海上沖では、護衛機に守られた爆撃機の姿が見えつつあった。
『逃げるなぁ!!』
そのシンの背後には、基地から追いかけてきたルナマリアの機体がある。
「ルナマリア!!」
しばし、追い付いては空戦軌道を取る二機。シンは巧みなマニューバーとフェイントを駆使して、ルナマリアを引き離しては爆撃機を追うが、それでも彼女は食い下がって離そうとしない。何度目か忘れたルナマリアとの空戦の中、ついにシンは広域通信内に爆撃機を捕らえた。
《おい!爆撃機を止めろ!!撃ち落とされたいのか!!》
ルナマリアの機動を逆手に取り、逆サイドへと回り込んだシンは、高負荷がかかる状況にも関わらず、オーブ軍の爆撃機へ必死な声で呼びかける。
『機長!敵から通信が!!』
『我々の任務は…彼らの撃滅だ…プランに変更はない!!』
『しかし!!』
尚も進路を変えない爆撃機にシンは苦虫を噛み潰す。それほどまでにオーブ軍は自分たちに刃を向けるというのか?それとも、現場の兵士の意思すら捻じ曲げる〝何か〟が、今のオーブにはあると言うのだろうか…?
『このぉおお!!』
そんな疑問を抱くシンの前に、人型へと変形したルナマリアが突貫してくる。
「ええい!!いい加減にしろよ!!お前!!」
今までは旧知の仲だったから、手心を加えていた。しかし、事態はもう覆しようのないところまで来ている。理由のわからない怒りに付き合ってる暇はない!
シンはバレルロールでルナマリアから放たれたビームを最小限の動きで躱して、彼女の頭上へと滑り込むと、MS形態へと変形しながら、ビームサーベルを引き抜き、彼女のムラサメの両足を太もも辺りから切り裂いたのだ。
『うぁああああ!!』
流れるような一連の動きに声も出せなかったルナマリアを、シンは海面に向かって蹴り飛ばす。悲鳴を上げて落ちて行く彼女の機体に目もくれず、シンは爆撃の機関部へと狙いを定めた。
「当たれぇええ!!」
咆哮と共に吐かれた閃光はあやまたず。飛来しようとしていた爆撃機の機関部を見事に貫く。燃料タンクは外した。黒煙を上げて停止するエンジンと機体の揺れは、すぐに出力系統へと影響を与えた。
『エンジンに被弾!出力が保てません!!高度が落ちます!!』
「早く脱出しろよ!爆発させてないんだから!!次の爆撃機は!!」
ゆっくりと降下して行く爆撃機の影を見送って、シンは再び戦闘機形態へと変形すると、次に現れる爆撃機を探しに大空へと舞い上がって行くのだった。
////
《やはり、一筋縄では行きませんか。オーブ軍にも迷いがあるようですしね》
オーブの行政府がある地下施設では、実質的に政治範囲の実権を握ったウナトが、極秘通信を行なっていた。モニターの先に映るのは、足を組んで高級そうな椅子に座るジブリールだ。
「申し訳ありません。せっかく、そちらからも機体をお貸しいただいているというのに」
《構いません。私にとっても、彼らにいい刺激になるとは思ってます。彼らは負けることを学ばなければならない》
彼はワイングラスをテイスティングしながら、穏やか口調でウナトへ告げる。大西洋連邦との同盟を表立って進めるオーブ。
そして、秘密裏に交わした軍事面での協力関係に則って、兼ねてからウナトによって計画されていた爆破テロに見せかけた首脳陣…いや、アスハ家の排除と、その罪を被せて厄介な傭兵企業を殲滅する作戦。
その作戦に、ジブリールは自身の私兵でもある「カラード」の傭兵たちを派遣したのだ。だが、彼にとって絶対的な勝利など存在しない。ましてや相手は前大戦で最も活躍したと言える英雄であり、イレギュラーだ。
優秀な兵士を派遣したとはいえ、勝利する確率など二割程度だとハナから割り切っている。
今回の作戦でジブリールにとって重要なのは、勝つことでも手駒を失うことでもない。
《負けると言うこと。生きて這いつくばって帰ってくること。それから彼らは学べることもできるでしょう。もっとも、研究者たちは彼らが勝って当然だと思うでしょう。しかし、勝者であり続けることが、イコール絶対勝者とは言えないと言うことです》
敗北を知り、己を知る。前シリーズである黄色部隊は負けることを許さなかった故に、杜撰な敗北を遂げた。
あの愚かしい敗北に意味はない。故に、今回は意味のある敗北をしようではないか。
納得していないような顔をするウナトを一瞥してから、ジブリールは香り豊かなワインを口に含んで楽しげに笑みを浮かべるのだった。