ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
「ええ!マジで!?艦長もフェイスになったの?」
ミネルバのジブラルタルへの進撃。それに合わせて、艦内の整理や人員の配置替え、出発に伴う物資の搬入と忙しさに包まれている中、休憩時にメイリンと会ったヴィーノは、彼女から伝えられた艦長のフェイスの任命に声を上げた。
「うん。いずれ正式に通達するけど、そうだって副長が。なんか凄い嬉しそうだったよ」
「副長関係ないじゃん」
「え?そうなの?副長は違うの?え?じゃあ俺達は?」
良いリアクションをするヴィーノとは違い、ヨウランは別段興味もなさそうな風に、注文したプレートから野菜のバター焼きをフォークで取り、口へと運んでゆく。
「関係ねえよ。あのな、フェイスってのは個人が任命されるもんなの。何で知らないんだよお前はもう…」
そう言いながらも、ヨウランもその任命制度にずいぶんと都合の良いものだなと考える。そもそも、ザフトには地球軍のような明確な階級は存在しない。
そもそも、ザフト軍の形態は義勇軍だ。階級ない代わりに制服で区別され、上級士官は黒服、下級士官は赤服、一般兵は緑服という分類になっている。
艦長クラス及び司令官クラスの将校になると白服になる。 白服の指揮官が指揮する部隊名にも個人名で分類されるといった具合だ。
はっきり言って旧社会主義国の人民軍に似たシステムを持つ軍隊である。
いち早くモビルスーツを主力兵器として活用した軍隊であるが、組織としてのシステムはかなりお粗末にも思えた。
「個人的に戦績著しく、かつ、人格的に資格有りって評議会や議長に認められた奴だけが成れんの。その権限は、その辺の指揮官クラスより上で、現場レベルでなら、作戦の立案、実行まで命令できるっていう評議会直属のザフトのトップエリートだぜ?」
「トップエリート…か」
メイリンの呟きに、ヴィーノもウンウンと唸る。トップエリートといえば聞こえはいいが、この船の長に〝そういった権限〟が与えられた以上、ミネルバの役割が変わりつつあることにヨウランは少なくない不安を覚えていた。
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「まったく、傭兵部隊と共に行動しろだとか、新型機をやるから上手く扱えとか、人使い荒すぎだろ」
ミネルバが入る工廠の中、MSのハンガーにはつい先日に搬入されたばかりの新型可変機「ZGMF-X23Sセイバー」があった。そのコクピットから降りてきた専属パイロットを任せられたハイネは、作業服の襟元を緩めながら機体を見上げる。
まったく、こんな機体まであてがわれてしまって。単なる新型機の授与なら喜びもするが、その裏にある思惑にハイネの顔つきは険しくなるばかりだ。
「仕方がないでしょう?戦時中なんですから。機体のフィッティングはどうです?」
「悪くないね。こういう機体のほうが俺の性に合ってるかもしれん」
メカニックの言葉に返事をしながら、ハイネはテストで動かしていた機体の感覚を素直に述べる。ザクもいい機体であるが、器用貧乏であることを否めなかった。ハイネが得意とするのは敵に張り付いて中距離から攻め、トドメは近接という戦闘スタイル。ザクの機動力をウィザードシステムで底上げしようとも、根本的な出力不足は変えられないし、なにより近接戦のレスポンスにも悩みがあった。
受領したセイバーは、そういったハイネの悩みを消してくれる良い機体だった。中距離と近距離を網羅する武装と機動力。ヒットアンドアウェイで攻めるも良し。近づいてもつれ込ませるのも良し。距離を潰して相手を打つハイネとの相性は抜群であった。
「しかし、艦長もフェイスとは…俺もそうだけど、議長はこの船をオトリ専門にでもしたいのかねぇ」
「あながち、その話は間違ってないかもしれないですね」
自分の立場とこれからのミネルバの動きに思考を巡らせていると、ふと横から言葉をかけれた。振り向くと、そこにはハイネと同じく作業服姿の見知った顔が居た。
アスラン・ザラ。アーモリーワンから地球へ、そしてオーブを離脱する際にも顔を合わせている相手だ。ザフト軍とは違う青色の作業服を身につける彼は、敬礼を打ってハイネに改めて挨拶を交わした。
「トランスヴォランサーズ所属のアレックス…いや、隠してもしょうがないか。アスラン・ザラです」
「ザフトのハイネ・ヴェステンフルスだ。改めてよろしく頼むよ?ザラ議長の息子さん」
ラフな敬礼と共に嫌味のような口調で返すハイネの言葉に、アスランは困ったような顔をして声を濁した。
「父は、あの大戦で死にました」
「わかってるさ。けど、嫌味でも言わないとやってられんというのもある。なにせ、俺の専用機でもあるこのセイバーを運んできたのもアンタたちなんだからな」
今調整している機体も、デュランダル議長が直接トランスヴォランサーズへと委託し、このカーペンタリア基地へと運ぶように依頼したのだ。ザフトの正規的な降下部隊ではなくである。自軍の精鋭よりも傭兵企業を信頼するとは、とハイネの中では納得できない部分があるのも事実だ。
「感謝してるところと、複雑なところが半々と言ったところさ。アンタたちがいなければ、俺たちも太平洋の藻屑と化していたかもしれん」
すまないが隠し事はできないタチでな、とハイネは臆面もなくアスランへ言う。そういった性格が彼をフェイスへと押し上げ、エースパイロットたる実力を確立しているのかもしれない。ハンガーの脇にある自販機で飲み物を買った二人は、手頃なベンチへと腰掛けた。
「ヴェステンフルス殿は…」
「ハイネでいいさ。こっちもアスランと呼ばせてもらう」
人当たりの良い笑みを浮かべて言うハイネに、アスランも分かったと言って頷く。ミネルバと同じ工廠に入るアークエンジェルへ、物資の搬入を手伝っている時に聞こえたハイネの言葉。アスランはその言葉に感じ取っていた疑問をぶつけた。
「…ハイネは、この船がオトリ専用だと?」
「そうじゃない?だっておかしいだろ?ここにきて艦長も、戦闘指揮をとる俺もフェイスなんてさ。指針は決めてやるからあとは自由にしろなんて、軍隊の取る指令ではないだろう」
買った缶コーヒーを流し込みながら、ハイネは淡々と言う。ハイネがミネルバに配属された理由は、ザフトが先の大戦の痛手から立ち直っていないという側面が大きく影響していた。フェイスの称号を持つハイネは、言い換えれば戦場での戦闘経験が豊富な古兵だ。今のザフトにはあの大戦を知るパイロットは少ない。ヤキンドゥーエの戦いに加えて、地球との全面戦争で少ない兵士たちを消耗しすぎたのだ。
今回の降下作戦も、手練れも新兵も関係なくかき集めた部隊で構成されているため、指揮系統もゴチャゴチャになっている。新造艦、新型MSの運用ということで戦闘アドバイザーとしての指揮も期待されて配属された訳である。それにハイネは納得できていたが、ここに来てミネルバの艦長もフェイスとなれば、話は大きく変わってくる。
戦術的にも他の部隊と連携した部隊運用が難しいミネルバを独立した遊撃隊として運用するのがデュランダル議長の目論みなのかもしれない。新型のセイバーやインパルスも含めて。
「大方、作戦指揮は他の部隊に任せて、ミネルバは新造艦らしく、ジブラルタルや中東をけしかけて、地球軍の目を逸らせってことじゃないの?まぁ、そっち方向がきな臭いって理由もあるだろうけどさ」
「でなければ、アークエンジェルと共にアズラエル理事を救出する辻褄も合わないということか」
「そういうことだな。まぁ、こっちとしても前大戦で猛威を振るった流星と闘いたくないって思ってるんだから、ありがたい話ではあるんだけどな」
カラカラと笑うハイネに、アスランも苦笑いを浮かべる。大戦時に自分も流星隊を追う立場ではあったが、手も足も出なかった思いがある。今では頼れる仲間であるが、敵に回すとどれほど恐ろしい相手であるかは、アスランが誰よりも理解していた。
「そう複雑そうな顔をするなよ、アスラン。戦争ってそんなもんだろう?それに、あの戦いでアンタたち流星に助けられた奴もいるんだ。そういうところが憎めないところなのさ」
「ハイネ…」
「短い付き合いかもしれんが、よろしく頼むよ」
飲み終わった缶コーヒーを投げてハイネはアスランへ握手の手を差し出した。ふと横目で見ると、投げられた缶のゴミは放物線を描いて見事にゴミ籠へと入った。アスランは小さく笑ってから、差し出されたハイネの手を握り返した。
「長い付き合いになることを願ってるよ」