ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
手持ちのMSを全て出払わせたインド洋前線基地司令の胸の中には焦りしか存在しなかった。
ネオ・ロアノークというファントムペインの男に言われるまま、基地を建設する際の防衛能力として与えられていたMSの全てを出したというのに、今自分たちの頭上にはザフトと残り少なくなったウィンダム隊との空中戦が繰り広げられていたのだから。
『対空砲急げ!ええい!ロアノークの奴!何をやっているか!』
「ライトニング1よりオービットへ!敵の前哨基地を発見!建設中!!」
ネオとの苛烈な空中戦の中で、ラリーは眼下に見える建造中の前哨基地の存在をアークエンジェルへと伝えた。マリューはすぐにタリアへと情報をつなぎ、その可否を問い掛けた。
「グラディス艦長!」
タリアはしばらく考えるように顎先に指をそわせる。この海域と島々はカーペンタリア基地の目と鼻の先だ。ニーラゴンゴの艦長が言うように、まだザフト軍に知られてもいない前哨基地。見過ごすわけにはいかない。
「放っておけばカーペンタリア基地の脅威となります」
「しかし、民間人の徴用が認められます!攻撃されるのですか!?」
「艦長ぉっ!!」
「わかっているわよ、アーサー。各機、基地上空での戦闘は極力避けて。基地には多くの民間人が収容されているわ。なるべく、被害は少なくしたいわ」
あくまでこちらは「積極的自衛権」の行使が戦争行為のお題目だ。現地民に無益な損害を出しては、ザフトの大義名分が疑問視されるだろう。彼らが地球軍に協力的ではなければ
の話であるが。
「敵の基地に敵を落とすなって言われても!!」
『何だって言うんだよ!お前も!!』
ラリーとネオが戦う空域に達したシンも、目まぐるしく状況が変化する戦場の把握に手一杯だ。
片腕を失ったアスランの機体は後退。キラはその援護とカオスの足止めに入っているため、今のシンはガイアとヴァリュキュリアの相手に必死だった。
「ちぃ、陸戦兵器でよくやる!!」
『ダーリン!!よその女なんて見てないで、私を見てよ!!』
「ええい!いい加減にしつこいんだよ、アンタは!!」
ガイアのビームブレイドを用いた突撃を躱すシンへ、スラッグキャノンを構えたサレナのヴァルキュリアが迫る。打ち出される連続の散弾を掻い潜りながら、シンはビームサーベルを引き抜き相手の懐へも飛び込む。
——この距離も危険か?!
直感的に感じ取ったシンは機体を翻す。途端、背面の隠し腕がビームサーベルを携えてシンがさっきまでいた場所へと振り抜かれた。
——このタイミングに隙が生まれる!
迎え打とうと先手を取ったサレナの隙を見逃さず、シンは片手に持つビームライフルで現れた隠し腕の片割れを撃ち抜いた。
『あはは、本気なのねダーリン!!ならこっちも本気でやっちゃうんだから!!』
真っ赤に溶断された隠し腕が基地へと落ちていくことに目も向けず、サレナは笑みを浮かべてシンのエクスカリバーを見た。スラッグキャノンが火を吹く。その尽くをシンは避けて魅せた。それも遠くに離れるわけでもなく、最短距離で。
「散弾が危ないのは距離が離れるから!!」
スラッグキャノンも威力や性能はさておき、元を正せばショットガンと同じ構造だ。射出された弾頭内で計算された炸裂薬が爆発し、内包された無数の小弾頭が前方に打ち出されるというもの。
的確な距離で打たれれば飛散した小弾頭によって多大な損傷を負う機構であるが、あくまで中距離の話。距離をおけば飛散した散弾の威力は弱まるため、脅威度は下がる。
そして、もう一つの安全距離も存在した。
「近づいて点を集中させて避ける!!」
シンは炸裂薬が起爆する直前を狙った。
「散弾では落とせないぞ!!」
脚部に備わるミサイルを前方へと打ち出し、迫るスラッグキャノンの一撃の盾に使う。目前で爆散したミサイルの爆風。それによる損傷はこの際無視だ。怒髪天のフレイの顔が一瞬頭をよぎったが、死ぬより怒られる方がよっぽどマシだ。
スラッグキャノンは中距離では脅威になるが距離を詰めれば拡散半径は小さくなる。扇状に広がる拡散範囲よりも前に進むことで、散弾を回避する行為を〝実行した〟のだ。
『躱した!?』
「でえええい!!」
散弾の根っこへと飛び込んだシンは、ビームサーベルを閃かせる。ツインカメラでなるヴァリュキュリアの頭部の片目、そして肩部まで迫り出す背面のスラッグキャノンの砲塔を切断したシンは、そのまま通り過ぎるようにヴァリュキュリアから離脱した。
その行為に、サレナは体の芯が湧き立つ感覚を覚える。
距離を詰めて、散弾の拡散範囲を潰して避ける。理屈は簡単だが、結果的には散弾の炸裂直後の弾を浴びる危険もある。
そんなものを受ければ、MSの装甲と言えどタダでは済まない。下手をすれば一撃で撃破される危険もあるという要素もあるというのに、思いつくだけでもなく、それを実行に移すなど正気ではない。
だが、サレナもまた正気ではなかった。
『あはっ!!やるぅ!!さすがはダーリンね!!けど背中がガラ空き』
スラッグキャノンを撃破された衝撃で崩れる様子もなく、サレナは歓喜の声を上げて背後を見せるシンのエクスカリバーへスナイパーライフルを向ける。
そして、そのライフルはシンから放たれた閃光によって吹き飛ばされた。
「そうくると思ってた!!」
目の前にはエクスカリバーが、股下からサレナを覗き込むようにビームライフルを構えていた。まるでそれは、サレナが放つ殺気を察知して撃ち込んだように…。センサーや外部映像から動きを読んだとは思えない動きだ。
獲物を失ったサレナの機体へ、ビームサーベルを再び構えたシンが突撃してゆく。
『ダーリン!!』
「コクピットを潰して…!?」
名状し難い感覚がシンの脳裏を駆け巡った。景色が暗色に覆われる。まるで雷にでも打たれたかのように手が止まり、世界が止まった。
「な、なんだよ…この感覚」
その感覚が戦場に溢れる。戦闘機郡を追い払っていたトールも感じ取り、そしてネオと戦っていたラリーも、キラも、ムウも、多くのパイロットがその感覚を察知した。
「シン!?」
『言葉が走った…?』
『…シン?ステラ…この感じ…知ってる?』
名を連ねるパイロットたちの時が止まる。時が見える。暗色の景色は瞬きをすれば過ぎ去っていた。
多くの悲鳴が聞こえる。
人を焼く業火の中、緑光の眼を光らせてたたずむ姿。
ビームサーベル携えて、戦場を闊歩し、人を踏み潰すその姿は、紛れもなく———。
「なんで…なんでアンタは…そんな兵器に乗って…平然と戦えるんだ!!」
過ぎ去ったヴァリュキュリアに振り返りながら、シンは心に浮かんだ言葉をそのまま叫んだ。そんなもの、悲しすぎるじゃないか。誰もがそうなりたくないから戦っているというのに、目の前の機体はその憎しみから生まれたように思えた。
人を守るために敵を倒すんじゃない。
人を。憎しみを続けさせるために、人を殺すマシーン。そんな存在など、消えた方がマシだと言うのに。
『そう出来てしまってるからよ。周りがそうせざるを得ないから、せざるをする。人として当然のことを』
再び、シンの脳裏に言葉が流れる。今度は優しい女性の声だった。ヘルメットを叩くが通信機の故障ではないということは確信が持てた。
「地球軍のキャンプから…?声が聞こえる…大勢の人の声が、まるで…俺の中に入ってくるような…」
多くの声が、思いが、思念が、心が聞こえる。多くの視界が、世界が、色が見える。一つじゃない何かがすぐそこにあるような感覚があって、狭いはずのコクピットが広く感じられて。
「シン!!戦場で呆けるな!死ぬぞ!!」
大きな何かに飲まれそうになっていたシンを正したのは、ただならぬ気配を察知し、敵の戦闘機を追い払ってから援護に来たトールだった。
「ケーニヒ教官、すいません!!」
旋回するトールの叱咤。シンは感じ取った感覚から意識を切り替えて操縦桿を握る。確かにまだ戦闘は継続していたのだ。感じ取った感覚で止まっていた時間が動きだす。
『今の感覚…ダーリンから…?』
戸惑った様子で後退するサレナを見て、ラリーから距離を置いたネオは思考を巡らせた。借りてきたウィンダム隊もその殆どが撃ち落とされ、海中から攻めようとしていたアウルやアビスも、迎撃に来た敵MSに阻まれて戦果を上げきれていない。このまま持久戦になれば、不利になるのは明白だった。
『そろそろ限界か。ステージが悪かった…とでも言うべきか。ジョーンズ!撤退するぞ!合流準備!アウル!スティング!ステラ!サレナも!状況終了!!離脱しろ!!』
『なんでよ、ダーリンがそこにいるのに!!』
『借りた連中が全滅だ。拠点予定地にまで入られてるしな』
『えー、何やってんだよボケ!』
通信越しにアウルが吠えるが事実だ。建設中の前哨基地までもつれ込んだ以上、ここを捨てて後退する方が〝こちら〟の被害も少ないし、別に見捨てても問題のない連中だ。好きに殺し合いをさせて死なせたほうが世の為だろう。
『言うなよ。お前だって大物は何も落とせてないだろう?』
『やればいいんだろう!?』
ネオの売り言葉に買い言葉でアウルが無理やりでも前進して海中にいるニーラゴンゴへ狙いを定める。カリドゥス複相ビーム砲と連装ビームがあれば敵潜水母艦を撃ち落とすには充分だ。
「させるか!!」
だが、それは邪魔が入らなければ話だ。シールドを構えたムウのエイドストライクがビーム兵装を構えたアビスへと体当たりを仕掛けた。
シールドを叩きつけざまに残りのアーマードシュナイダーを突き刺すと、アビスの放ったビームは大きく逸れ、ニーラゴンゴの右舷を僅かに掠めることしかできなかった。
《流星隊…助かる》
『ちぃ!!』
「引けよ、この青二才が!!」
動けなかったアクアマリン隊の感謝の言葉を背に受けながらムウはバズーカも構えて損傷したアビスに狙いを定める。ビーム兵装も外した上に、体に二本のナイフが突き刺されている。これ以上の戦闘継続は無理だ。アウルは悔しげに顔を歪めた。
『引くぞ、アウル。全機、帰投だ』
ネオの言葉に渋々と従って、敵が引き上げていく。残ったサレナはこちらを見つめるシンのエクスカリバーをうっとりとした顔で見つめながら呟いた。
『ふふふ、また会いましょうダーリン…』
踵を返したヴァリュキュリアはスラスターを吹かし、離脱していくネオたちと共に空戦空域を後にするのだった。
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ネオたちファントムペインが撤退したあと、島に上陸したザフト軍勢力によって建造中であったインド洋前哨基地の制圧作戦が始まった。
《ニーラゴンゴ被弾!敵部隊、撤退していきます!!》
《全機、対空兵装を集中して破壊しろ!!基地能力を奪うんだ!!》
《こちらは、ザフト軍所属のミネルバです。貴官らの戦闘継続は困難であり、速やかな投降を——》
アビスの攻撃で少なからず被弾したニーラゴンゴが基地の港に接舷する中、なけなしの対空兵器で反撃する基地を制圧してゆく。
ミネルバのタリアの呼びかけに応じて白旗をあげる部隊もいるが、管制塔付近では未だに戦闘が継続されており、艦砲射撃によって粉砕されることにより、やっと戦闘が終了したのだった。
「やだねぇ、民間人も否応なくってか?」
「被弾している機体から搬入だ!!ほら!ボサッとするな!!」
ウィンダム撃退の任を終え帰還したハイネは、ワイヤーウィンチでセイバーのコクピットから降りてきて、戦場で見てきた光景に愚痴を零した。家族と無理やり引き離された者もいれば、戦力をなくした地球軍人に集団暴行を加える民間人もいる。ザフト軍も鎮静化に全力を注いでいるが、それでも島の状態が安定するまでかなりの時間を要することになるだろう。
そして、メビウスライダー隊もまた、母艦であるアークエンジェルへと帰還していた。
フレイからの正座説教を終えたシンは、ぼんやりとハンガーの端で整備が始まった自分の機体を見つめていた。
「シン」
心ここに在らずと言った様子のシンへ、ラリーが語りかけた。自分の信頼できる相手でもあるラリーの顔を見たシンは、少し迷った様子のまま声を紡ぐ。
「ラリーさん…あの…」
「さっきの感覚のことか?」
言い当てられ、シンはおずおずと頷いた。差し入れでもらったペットボトル飲料水をシンへと差し出す。シンは縁に肘を置いて自分の感じた事実をラリーに話した。
「大勢の人の声とか…気持ちとか…思いが雪崩みたいに、俺の中に入ってきて…。戦いで、おかしくなったんですかね」
不安そうに揺れるシンに、ラリーも言葉を返した。
「たまにあるんだよ。そういう感覚って。なんというか、戦場の全部が頭にイメージするような感覚だ」
「戦場の全部のイメージ…」
「それを信じてしまって、現実とイメージの区別がつかなくなって死ぬやつも、俺は見てきた。気負うなよ?やることは変わらん。目の前の情報を観察し、確認する。イメージは所詮イメージだ」
あの感覚。戦場の全てを知ったような高揚感。聞こえた声に戸惑う心。その全てが迷いとなることをラリーは心得ていた。そしてシンもまた、その思いをわかってあげることはできなかった。
「けど、聞こえたんですよ。ステラの声も!!」
オーブで出会った幼気な少女、ステラ。争いとは無縁そうな彼女の声をシンははっきりと聞いていたのだ。ラリーは頑なに言うシンの言葉にため息をついてから言葉を選んだ。
「シン。そのイメージはお前を不幸にする。だからあくまでイメージとして捉えるんだ。リアリティとイメージは違うと認識した上で、感じ取ったものも情報リソースとして処理しろ」
そうやって教えてきたはずだ、そう付け加えるラリーの言葉にシンは少し納得いかない様子ではあったが頷く。
「…わかりました」
あまり気負うなよ、と肩を叩いてその場を後にするラリー。シンの変化は少しずつではあるが確実に起こっていた。それはSEEDに始まり、同時にSEEDでは感じ取れない〝直感的〟な要素が、シンの中で確立されようとしていた。
(あの感覚…シンもまた、覚醒しようとしているのか…?まさかな、ニュータイプなんかじゃあるまいし)
自分の過去の思いを久々に引っ張りだしたラリーは、浮かんだ邪推を顔を振って外へと追い出す。宇宙世紀…人類の新たなる可能性を提唱したニュータイプ。因果と宿命にまみれた言葉を胸の奥へと封じ込める。あの感覚は危険すぎる。戦場の中で、偶発的に感じ取ったイメージは悲劇しか産まないことを知っている。他に必要なものは何もない。必要なのは、知識と経験と信念だ。
ラリーと別れ、シンも自室へと向かっている最中、ザフト軍通信官のある声を聞いた。
「今、地球軍によって徴用された現地民の情報を…ええ、彼らも被害者です。ナチュラルと言えど見捨てるわけには」
「…これが、戦争かよ…くそっ」
淡々と処理されていく目の前の問題に、シンはただ嫌悪と怒りで拳を握ることしかできなかった。