ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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第68話 サレナ・ヴァーン

 

 

 

ファントムペインが所有するスペングラー級大型強襲揚陸艦『ジョン・ポール・ジョーンズ』の艦内。

 

ステラたちが精神的な安定と記憶操作を受けるために「ゆりかご」と呼ばれる睡眠カプセルの中で休みをとっている最中、サレナ・ヴァーンは与えられた自室の中、汗だくになったインナーと連合軍の制服を乱雑に脱ぎ捨て、シャワールームの中にいた。

 

湯気が立ち昇り、水音を立てて打ち付けられる雨の中、黒髪を濡らしてサレナは目の前にある鏡に向かって問いかける。

 

「ダーリン…私は…サレナ・ヴァーンよね?」

 

鏡よ、鏡よ、鏡さん。今ここにいる自分は本当に〝サレナ・ヴァーン〟なのですか?そう問いかけても答えは返ってこない。

 

もともと、自分自身はエクステンデッドよりも前から開発されていたブーステッドマンの被検体だった。

 

過剰な投薬処置と催眠、黄色部隊の完成品と言われた存在に近づけるために続けられた非人道的な研究の結果、この少女の肉体は2度と目覚めない眠りについたはずだった。

 

人を人だと思わないマッドサイエンティストたちからすれば、すでに利用価値がなくなった肉体など興味もない。植物状態と断定された肉体はすぐに廃棄されることが決定していた。

 

だが、少女は翌日の朝に何事もなかったかのように起き上がったのだ。

 

それまで、名もない、コードしか与えられていなかったはずの命に、〝サレナ・ヴァーン〟という魂を宿して。

 

投薬も催眠も必要ない。効かない体を手にした代償に、過去の私はその全てを失った。あるのは断片的な記憶。曖昧な過去。失った全ての中、残った言葉。

 

「私に残された、たった一つの言葉。私が私であり続けるための言葉」

 

ダーリン。

 

そしてガンダム。

 

そのキーワードが私を突き動かす。私が探し求めるダーリンを見つけ出すまで、何度でも。シャワーを切り、目の前にいるあどけない少女の顔を見つめる。

 

私は私だ。

 

サレナ・ヴァーンだ。

 

たとえ紛い物でも、偽物でも、それにすがることしかできないのなら、私自身がそれを貫き続けるしかないのだ。

 

サレナ・ヴァーンであり続けるために。

 

「呪いでも、呪詛でも良いわ。私が私であり続けられるなら。サレナ・ヴァーンを保ち続けられるなら」

 

戦い続けてやる。殺し続けてやる。あの時のように、何もできずに、何も抵抗できずに、薬を入れられ、頭をいじられ、侵され、死んでいくなんてまっぴらごめんだ。私を満足させられるのはダーリンだけだ。ダーリン。あぁ、ダーリン。私の全てを受け入れてくれる相手。

 

ようやく見つけられた。

 

あの寒気が忘れられない。熱いシャワーを浴びても背中にこびりついて離れないの。ずっと張り付いて、氷のように私を覆って、ゆっくりと心臓にその寒さを突き刺してくれる。

 

なんて心地がいいのだろう。

 

彼の存在が私の中にある全てを掻き立てる。ああ、すぐに会いたい。会って抱きしめたい。抱擁したい。口づけをして、そして殺すの。

 

「私にはこの名前しかない。この呪われた名前しか。だから…」

 

弧を描く唇に指をそわせて、サレナは笑みを浮かべる。脳裏に浮かぶのは、自分の武器と腕を切り落としたモビルスーツの、ガンダムのビジョンだけ。

 

 

「ダーリン、私を離さないでね」

 

 

でないと、私が殺しちゃうんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

////

 

 

《このデモによる死傷者の数は既に1000人にのぼり、赤道連合政府は…》

 

《18日の大西洋連邦大統領の発言を受けて、昨日、南アフリカ共同体のガドア議長は…》

 

《この声明に対しプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは昨夜未明、プラントはあくまでも…》

 

「やれやれ、毎日毎日、気の滅入るようなニュースばかりだねえ。なんかこう、気分の明るくなるようなニュースはないのか?」

 

アークエンジェルの食堂で、だらしなく机に肘をついてモニターで流れる世界情勢のニュースを眺めながらムウはうだるような声で呟いた。その隣では、マリューが食堂で作った離乳食を息子であるミコトへと食べさせている。

 

「水族館で白イルカが赤ちゃんを生んだとか、そういう話?」

 

「いやあ、そこまでは言わんけど。こういった話を刷り込まれると人って滅入るものだしな。子供の教育にも悪い」

 

そう言ってからチャンネルを衛星番組へと変えたムウ。マリューの隣で食事を取るナタルとアークエンジェルの操舵手であるノイマンも、ムウの言葉に同意見だった。

 

「たしかに、ここ最近の地球情勢は連合軍の混乱しか放映してないように思えるな。大西洋連邦に同調できないユーラシア連邦軍の内乱、市民によるゲリラ戦、紛争に小競り合いに争いごとの嵐だ」

 

「火種を自分たちで蒔いて、それが燃え上がってるんでしょ?自業自得…と言いたいところですが、巻き込まれる身としてはたまったもんじゃありませんよ」

 

「ザフト側も困惑してるよな。いざ積極的自衛権を行使して地上に降りてきてみれば、連合軍同士が小競り合いしてんだからさ」

 

で、やることも進められないからあれか。そう呆れ顔でモニターを見ると、カーペンタリア基地から中継で、簡易的なステージでライブをする二人の歌姫の姿が映っていた。

 

《勇敢なるザフト軍兵士の皆さ~ん!平和の為、わたくし達もがんばりま~す!皆さんもお気を付けて~!皆さん、元気で楽しそうですわ!》

 

《傷ついた皆様の胸に、私たちが少しでも手助けになるように心を込めて歌いたいと思います》

 

「ダブルラクス様も大変よね。アーモリーワンの話に加えて地球への慰安訪問だもの」

 

ラクスとミーアからなる音楽ユニットは大盛況で、戦争で疲弊したザフト兵たちの心を温めている様子が映像越しで見てもわかる。けれど複雑な心境だった。カーペンタリアから離れ、スエズは大西洋連邦の手中にある上に、ユーラシア大陸では各地で離反した兵士による抵抗運動が勃発。

 

前大戦から築き上げていたはずの平和がものの数ヶ月でひっくり返ってしまっているのだから。

 

「この地球の混乱…なんとかならないのですか?」

 

「何とか出来るもんならしたい。だが、まずはユーラシアとブルーコスモスの奪われた中枢機関を取り戻すことが先決だろう。同調できない兵が多いとはいえ、ユーラシアの首脳陣は大西洋連邦の傀儡と化してるわけだしな」

 

キラの呟きに、食器を片付け終えたAWACSオービットの管制担当であるニック・ランドールが答えた。事を急げば仕損じるともいうが、今動いたところで自分たちにできることは限りなく制限されるだろう。

 

「オーブのことだって私は…」

 

「今はまだ動けない。動くにしても状況が悪すぎるんだ」

 

消えそうなカガリの言葉も同じことが言えた。ラリーにとっても今はザフトの動きに同調する方が無難とも思える。火種を自ら抱え込んでも、なおも戦争を続けようとする大西洋連邦の思惑が見えない以上、下手に手を出すのは危険すぎるからだ。

 

「ユニウスセブンの落下は確かに地球に強烈な被害を与えたけど、その後のプラントの姿勢は紳士だったわ。難癖のそうに開戦した大西洋連邦が馬鹿なのよ」

 

「ジブリールが、だろ?」

 

「まあね。でも、デュランダル議長はあの信じられない第一波攻撃の後も馬鹿な応酬はせず、市民から議会からみんななだめて最小限の防衛戦を行っただけ。どう見ても悪い人じゃないわ。そこだけ聞けば」

 

含むような言い方をするマリューに、ムウは顔をしかめた。デュランダルの動きは適切で、間違っていないように思える。被災した国から見たら完璧な支援体制と協力の声に聞こえるだろう。だが、それこそがどこか不気味さをか持ち出していた。

 

「実際良い指導者だと思う、デュランダル議長は。けれど…」

 

「どこか得体の知れないものを感じる?」

 

「見落としてはいけない何かを、見落としてるような気がしてならないんです。まるで、彼は燃え上がっている地球を見下ろしているように思えて…」

 

キラの言葉に、トールも唸る。出張ってきたザフトの鼻先で互いに殺し合ってるナチュラルたち。今の構図はあまりにもひどく、そしてプラントにとっては地球を支配下に置くにはまたとない機会となり始めているのも事実だ。

 

「更地になった地球に降りて漁夫の利を得るとか?そうなっても、プラントも地球も失うものが多すぎるぞ」

 

「そうなる前に止めなくちゃならないんですよ、僕ら自身が」

 

ムウの言葉にキラが言葉を返す。やることは変わらないと、キラが一番理解していた。自分たちの使命。アズラエルとハルバートン提督を救助し、再びユーラシアとブルーコスモスの一派を大人しくさせ、停戦テーブルに着かせることにより、大西洋連邦を孤立させること。

 

その道が戦争終結に繋がるかは分からないが、やらなければならないことは確かにあった。

 

《ラミアス艦長、グラディス艦長がお呼びです。至急ブリッジへお戻り下さい。まもなくマハムール基地が見えます》

 

艦内放送で呼ばれたマリューは、残りの息子の食事をムウに託し、ナタルと共にブリッジへと戻ってゆく。

 

地球連合軍勢力下、ガルナハンは目と鼻の先であった。

 

 

 

 

 

 

 

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