お久しぶりです西の家です。
前作でスランプに陥ったので、この度リメイク版を投稿させてもらいました。
これから時間の許す限り投稿を再開していきますので、どうかよろしくお願いします。
第1話
遠山金次は憂鬱だった。
''防弾加工''された学ランを羽織り、重い足取りで自転車を漕いでいく。
着いた場所は武偵校の第一女子寮。
腕時計を確認するとーー時刻は、朝の7時キッカリ。
根が真面目なのか無意識に時間ぴったりに来てしまったらしい。
朝から男子が女子寮を訪れるのは外聞云々の前に色々とマズイ。
しかし、ある時だけは例外的にこの寮に住まう全女子から立ち入り許可を得ているーー彼にしか''あれ''を対処できる人間がいないからである。
女子寮の門をくぐって早々、2階付近から朝の静けさをかき消す轟音ーー3発の銃声が響く。
(また何かやらかしたな)
銃声のあった2階付近を眺めながら、「はぁー」と深い深い溜息をつく。只でさえ、来る前から憂鬱だったのに増して憂鬱になる。
普通なら銃声がした時点で異常だが、生憎とここは普通でない。
萎える気持ちを振り払うように女子寮の玄関に入ると、
「キンちゃん!」
入寮して早々に見知った顔が飛び込んできた。
星伽白雪。
キンちゃんという呼び方で分かるように、金次とは幼馴染である。
外見は名前の通り雪肌シミ一つ無い武偵高のセーラー服を着て、つやつやの黒髪は子供の頃からずっと前髪ぱっつん。
青森県で代々続く星伽神社の巫女さんでもある。
普段ならおっとりとした優しげな目に大粒の涙を浮かべ、おまけに綺麗な顔を蒼白させて金次の胸に飛び込み。
「助けてキンちゃん‼︎零ちゃんが......!零ちゃんが......!今度は部屋で銃を振り回して」
「落ち着け白雪。俺に任せておけ(頼むからそれ以上くっつかないでくれ!)」
白雪を体で受け止める際、緩んでしまったのだろう、彼女の深い胸の谷間から覗く黒いレースの下着が顔を覗かせていた。
金次は自分の体の芯に違いない集まるような、あの、危険な感覚に襲われるが何とか堪えて白雪を引き剥がす。
「キンちゃん......すん......ぐす......キンちゃんがいなかったらここは終わりだよ」
「あー分かった分かった!俺が様子を見て来てやるから」
目を潤ませた白雪を宥める。
「あ、あの。ここに移り住むことってできないの?キンちゃんが来てくれたら、私」
「無茶言うな」
男子である金次が女子寮に住むなど本人からすれば死刑宣告に等しい。
あくまで金次が許可されているのは''立ち入るだけ''であって入居できるわけではない。もっとも、できたとしても本人は断固として拒否するだろうが。
いくら幼馴染の頼みでもそれは聞き入れられない依頼だ。
「あっ......ごっ、ごめんね。でも私......キンちゃんのこと考えていたら、キンちゃんが来たから、あっ、私またキンちゃんって......ご、ごめんね、ごめんねキンちゃん、あっ」
白雪は見る間に真っ赤になり、あわあわと口を手で押さえる。
(......こっちが恥ずかしくなるな)
他人が見れば砂糖を吐きたくなる。
そんなやり取りをしていると再び銃声がーー今度は一発だ。
「あー悪いが白雪、後でアイツにも何か朝食を持ってきてくれ」
溜息を堪えて金次は初期目的である部屋の、無駄ではあるが一様礼儀としてドアチャイムを鳴らす。
返事はなく代わりに返ってきたのは一発の銃声ーーどうやら入ってもいいらしい。
鍵のかかっていないドアを開けると、最初に鼻腔を刺激する強烈な硝煙の香りが。
金次は思わず顔を顰めながらも明かり一つない暗い廊下を抜けてそのままフローリングの部屋に出る。
部屋はカーテンを閉めきて真っ暗。硝煙が蔓延しており窓を開けて換気してやらないと息が詰まりそうだった。
そんな部屋の奥に目を凝らすと1人掛けソファーの上に硝煙を上げる銃を手にする人影が。
「武器庫に入っていいでしょうか?」
「許可する」
その人物は向かいの壁に向けて発砲し、当たり前?だが見事に命中するーー器用なことにアルファベットの『M』を形作って。
「キンジ君。銃声を抑えようと思ってね。新しい消音器のテストをしていたところだったのだよ」
手にしたイギリス製の中折れ式回転式拳銃ウェブリー・リボルバーを銃身に筒状の物がついたそれを自慢げに見せてみせる。
「実験は見事に失敗したな」
オートマチックと違い銃口以外の隙間が大きいリボルバーには基本的に効果がないのだが。
金次はそんな言葉を口の中に留めて部屋のカーテンを開けると、
「グワァァァァ‼︎目がっ!目がぁぁぁぁぁ!」
背後から某大佐の名言と似た叫び声がするが、無視してカーテンを開けていく。
明かりを入れた事で室内の様子が浮き彫りになる。
テーブルの上にはパソコンや読みかけの本が散乱し、キッチンには怪しげな液体の入ったビーカーとフラスコを始めとした怪しげな実験器具。
壁際のホワイトボードには金次には理解できない何らの数式がびっしりと。
床には数字の羅列が記入されたプリントが足の踏み場もないくらいに散乱している。
光に当てられてソファーから落ちて狼狽する人物の姿が。
玲瓏館・モリアーティ・零。
金次が女子寮を訪れる原因の元であり、武偵としての相棒でもある。
日本人の父と、イギリス人の母とのハーフ。
手入れすれば綺麗なショートヘアの黒髪は寝癖で跳ね上がり、色白な顔に目の下には徹夜でもしたのだろう濃いクマができてしまっている。
光りの具合で青いようにも、紫がかてるようにも見える赤い瞳と相まって不気味だ。
おまけによれよれの黒いネグリジュを纏って床を這う姿はまさに貞◯。
「頼むからそ〜っと、そ〜っと開けてくれ。目が焼けてしまう」
目を抑えて訴える彼女を無視して最後のカーテンを開けて換気も兼ねて窓も開ける。
また部屋を硝煙塗れにされては敵わないので銃は没収しておく。
「最後に事件を解決してから3ヶ月経ったぞ。今年の四月で2年生になるんだから自分で、次の事件でも探したらどうだ?」
「数学の未解決問題に挑んでいたんだ。事件どころではなし、私は問題に飢えている」
(先に誰かに解かれて憂さ晴らしで撃ってたな)
零とは武偵高からの付き合いーーコンビを組んで武偵活動していくにつれてか、彼女の奇行を見れば大体の心境は分かるようになった。
そんな自分自身を少し褒めたくなる。
「数学絡みだと黙ってはいられないのは知っているがな。それはそうと新聞。投函口に溜まってたぞ」
床を這う彼女の前に1ヶ月分の新聞を差し出す。
零は今日の朝刊だけを抜き取ってソファーに再び腰かける。
新聞の最初の見出しには『武偵殺し 遂に逮捕』とあった。
3ヶ月前に2人で追っていたーー武偵をターゲットにした犯人が他所で捕まったようだ。
一瞬、神妙な目つきで眺めていたがすぐに他の見出しに移る。
「おっ!迷子の子猫ちゃん遂に見つかったのか。って、もう4月なの⁉︎」
「そうだよ。相棒として、友人として言う。もう2週間も部屋に篭りきりだ。学校の生徒会の仕事も副会長の白雪に押し付けてばっかりだろう」
零は武偵高の生徒会長なのだ。普段は副会長の白雪に任せてばかりだが、いざ仕事とあらば誰よりも完璧にこなすし、おまけに何故か全校生徒から慕われているのでなおタチが悪い。
「白雪さんにプロポーズはしたの?」
「はぐらかすな。そんな仲じゃない。前にも言ったが、俺と白雪はお・さ・な・.な・じ・み だ。それ以上でもそれ以下でもない」
白雪は金次に異性として好意を持っているのだが、生憎と想い人は天性の鈍感体質である為か気付かない。彼女の恋が実るのはまだまだ先であるーーハッキリと彼に思いを告げられない白雪にも原因があるが。
それを聞いた零はやれやれと冷めた目付きで再び新聞に目をやる。
金次はその仕草に思わず腹が立ったので彼女が一番気にするであらう話題を口に出す。
「天下の大悪党のひ孫がこんな形りとは。地獄でお前の曽じいさん泣いてるぞ」
「曽祖父は曽祖父で私は私だ。言っておくけど!私は......」
「何も企んでない、だろう」
このやり取りはコンビ組んでから何十回もやったよ、とは黙っておく。
モリアーティーーその名を耳にすれば、まず誰もがあの人物を思い描くだろう。
ジェイムズ・モリアーティ
名探偵シャーロック・ホームズの最大の宿敵
彼と同等の頭脳を持ち、イギリス犯罪界のナポレオンと呼ばれた人物
彼から数えて零は4代目。正真正銘のひ孫である。
入学当初はモリアーティの一族とあって、コンビを組んだ金次も巻き込んで色々と囁かれていたが、今では随分と落ち着いたものだ。
「一年近くかけて積み上げ信頼を無に帰したくなからったら学校に来い。お前だって偏見をぶり返したくないだろう?」
「まぁ、たしかにそうだ」
慎ましいドアチャイムの音
チャイムの慎ましさから白雪と分かる。
金次は白雪を出迎える為に玄関へ行こうとすると背後から轟音が。
嫌な顔で振り返ると、案の定、ソファーにふんぞり返って硝煙を上げる銃を構えた零の姿が。
何処からかまだ銃を、コルト・シングルアクション・アーミー 通称「ピースメーカー」を隠し持っていたらしい。
「一応聞いてやるが、何で撃ったのでしょうか?」
「居留守したら彼女に悪いだろう?居ると分かりやすく返事をしただけさ」
やり方ってものがあるだろう。とはもうこの際なので金次は言わないでおく。
蚊帳の外で2人の会話が終わるのを待っていたかの様に、
「お......おじゃましますっ」
中を伺うようにそ〜っと顔を出して、漆塗りのコンパクトを片手に白雪が入室する。
部屋の惨状を目の当たりにし、綺麗な顔を引き攣らせて。
「やあ、これこそ武偵の朝に相応しい事件だ。大和撫子こと白雪さんが朝食を持って来た。それは毒入りかな?」
「毒があるのはお前だ。俺が持って来るよう頼んだんだよ。白雪、気にするなよ。こんな奴だから」
顔を合わせて早々、毒入りという言葉を気にせず、漆塗りの重箱を金次と零の前に差し出すと、蒔絵つきのフタを開ける。
そこにはふんわりと柔らかそうな玉子焼き、ちゃんと向きを揃えて並べたエビの甘辛煮、銀鮭、西条柿といった豪華食材と、白く光るごはんが並んでいた。
「作るの大変だったんじゃないか?わざわざ豪華にしなくてもコイツには安定剤を食わせれば十分だ」
「う、ううん、ちょっと早起きしただけ。それに2人とも、春休みの間ずっとコンビニのお弁当やマクドナルドのファーストフードばかり食べてるじゃないかな......って思ったら、心配になっちゃって......」
「正解。A判定だよ」
「......いつもありがとうな」
「えっ。あ。キンちゃんもありがとう......ありがとうございますっ」
「それじゃ、いただこうじゃないかーーうん。この玉子焼きはイケね。ソースと合いそうだ」
零のその一言に金次と白雪は思わず、「えっ」と硬直する。
キッチンにソースを取りに立ち上がった零の肩に金次は慌てて手を掛ける。
「黙って座って喰え」
「あっ......はい」
ドスの効いた声で黙らせる。
早起きして作ってくれた豪華な朝食を本物の毒入りにされるのを阻止する事に成功した。
「「ーーごちそうさまっ」」
白雪の料理、特に和食は本当にうまい。食べ終えた金次は朝一番の憂鬱さがサッパリと晴れる気がした。
白雪がテキパキと重箱を片付ける傍ら、零は再び新聞に興味を戻す。
食べる片手間に溜まった新聞を殆ど読み上げたらしい。
重箱を片付けた白雪がベッドに放られたいた武偵高のセーラー服を取ってきた。
「零ちゃん。今日からみんなで2年生だね。はい、防弾制服」
「ありがとう婆や」
零の失礼な物言いも気にせず、今度は金次の没収して銃を持ってくる。
「始業式に銃は必要ないよ」
「ダメだよ零ちゃん、校則なんだから」
校則ーー『武偵高では生徒は、学内での拳銃と刀剣の携帯を義務づける』
ウンザリするほど普通ではない。
「生徒会挨拶があるだろうが。ボイコットして、また白雪に押し付ける気だな」
只でさえ、白雪は生徒会副会長で園芸部長で手芸部長で女子バレー部長を掛け持ちしているのだ、これ以上ぐうたらな零の尻拭いをさせるわけにはいかない。
「分かったよ。登校すればいいんでしょ、登校すれば」
零は溜息をつき、セーラー服を手に別室へと移動する。
部屋に入る一瞬だけ金次の方を振り返って、
「覗かないでね♪」
「誰が覗くか!白雪、お前、先に行ってろよ」
「あっ、じゃあ、その間にお洗濯とかお皿洗いとかーー」
「いいからっ」
「は、はい。じゃあ......その。また学校でねっ」
白雪はもじもじとそんなことを言い、ぺこり。深くお辞儀をしてから、部屋を出て行った。
それを確認し、金次は零の入った部屋のドア越しに向かって、
「ちゃんと着替えて早く来い。そして出る時は別々でな。一緒に登校してたらお前の戦妹に何されるか分からん。それと最後に愛車のポルシェで重役出勤はするなよ?」
去り際に「はーい」と零の間延びした返事が返ってくる。
腕時計を確認すると、時刻はいつの間にか7時55分になっていた。
零の説得に時間をかけ過ぎたようだ。
生涯、遠山金次は7時55分に登校したことを悔やむだろう。
なぜならこの後、空から女の子いいや、ピンクの悪魔が降ってきてしまったんだから。
神崎・H・アリアが。