ふと、考えることがある。
みんなは自分の願った願いに後悔はないのだろうか。願いは環境、身体、そして考え方をも変えてしまう。魔法少女の、避けられない死とその終わりを知り、なお一層そのことについて考えるようになった。
「いろはさん、何を考えていたのですか?」
そっと机にマグカップがのせられる。
「ううん、ただぼーっとしてただけだよ。ありがとう、さなちゃん」
「そうだったんですね、私もよくあります。ぼーっ とすること」
ふふっ、と笑いながら彼女は続ける。
「でもこんな日は少し外が気になって考え事はできませんね」
遠くでは祭囃子が聞こえる。今日は買い出しも済んだから別段出かける必要はない。しかし
「そっか、今祭りやってるんだね。さなちゃん、いってみる?」
「いいんですか?もう買い出しも終わっちゃってるんじゃないんですか?」
「ううん、一つ買い忘れちゃったのがあってね。特に用事がないなら一緒に来ない?」
「はい!行きます!ぜひ!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「うわぁ……すごい人の数……」
対して大きな祭りではないから人が集まるといっても限定的、と考えていたが予想以上だった。
「これは人に当たらずに進むのはちょっと難しそうですね……」
「さなちゃん、手、繋ごっか」
「え!あ、はい!」
さなは意外そうな顔をする。そしていろはの手にそっと自分を重ねる。
「さなちゃんは何が食べたい?」
「……」
「さなちゃん?」
「あ!いえなんでも大丈夫です!」
そんなぼーっとするくらい手をつなぐことに意識を向けてどうしたんだろう。
「じゃぁとりあえず一緒に見て回ろうか」
「はい!」
人の波に逆らわず、それでいて自分の行きたい場所に進む。人間関係の上でそれを実行するのは非常に難しいが、祭りならば簡単だ。多くの場合は左右それぞれに流れができており、今回の場合は奥に行きたければ左側を流れればいい。日本人だからできるこの仕組みなのかもしれないが、ひとつ大きな欠点がある。
「あっ!」
「どうしたの?さなちゃん」
「右側に……ゴロゴロのストラップを売ってる店が……」
そう。対岸にある店へ行く際非常に不便なのだ。
「……よし、いこうか、さなちゃん」
「え?うひゃっ!」
思いっきり手を引っ張り、無理やり人を押しのけていく。人の体が容赦なくぶつかってくる。でももう少しで……
「もう少しだよ、さなちゃ……」
いない。しっかり握っていたつもりの手もいつのまにか離れている。
*
人が、容赦なく当たってくる。
寂しい、寂しい。
2つの感情が入り混じりながらわたしは光を失い、流されて行った。
……ちゃん!さなちゃん!
「さなちゃん!」
そこで目が覚める。わたしは……そうか、気を失っていたのか。
「よかった……見つけられて……」
そんなに泣かないでください。わたしが勝手に気を失っただけなんですから、と言いかけたが、すんでのところで止める。
「さなちゃん、大丈夫?けがとかない?調整屋さんのところに行っておく?」
「あぁ、いえ、大丈夫です。少し人酔いしちゃったみたいで……」
ははは、と笑う。
公園のベンチでいろはさんに膝枕をしてもらっている。1つ目の「寂しい」なんてすぐに吹っ飛んでいく。少しの照れ臭さもおまけ付きだ。
「ちょっと休憩したいので……」
このまま……という言葉がつまり、起き上がってから言う。
「少し休ませてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ。無理しないでゆっくり休んでね」
いろはさんは笑顔を見せる。しかし目が少し揺れている。
「……いろはさん、どうしたんですか?」
「え?あ、あぁ、ちょっとね、」
と、向こうのベンチを向くよう目配せする。
あぁ、なんで、もう。
「あの男の子……なんだか泣いてる?みたいだから……ちょっと話しかけてきてもいいかな?」
*
さなちゃんが少し顔をしかめたのを横目にわたしは男の子の元へ向かう。彼はスケッチブックを片手にベンチでうずくまっている。
「ねぇ、ぼく、大丈夫?」
男の子ははっと顔を上げ、慌てて袖で目を擦る。
「……大丈夫です、ちょっと、悲しいことがあって……」
そう言いながら彼はまたも袖で目を擦る。目は随分と傷ついてしまっている。
「ちょっといいかな?」
「え?」
そう言いながらわたしは彼の顔に手を当てる。
「はい、もういいよ」
「……あれ、目が……」
こんなことはしてはいけないのかもしれない。でもこれで1粒の涙でも消せるのなら……
「お姉さん、すごいでしょ?魔法が使えるの。」
「……」
「……」
やっぱりまずかったかな……?
「……お姉さんって位ほど年は離れてませんよね?」
「うっ」
そこをついてくるのか。
「あはは……中学3年生だからね……君は?」
「中1です。」
ほんとうに。でもこれで。
「……さっきはどうして泣いていたの?」
「……ある、忘れるはずのない、忘れちゃダメな人のことを思い出して……それで忘れないうちにスケッチしようと思ったんですけど、上手く描けなくて……で、そのうちまた忘れちゃったんです」
彼のスケッチブックには顔の形と緑を使おうとした痕跡が見える。
「本当に、忘れちゃダメなんです……特に自分は。自分は彼女にすごくひどいことをしていました。彼女はとても傷ついたと思います。なのに自分は今までずっと忘れていて……」
彼の目元が再び赤くなる。わたしは彼の顔に手を当てながら言った。
「わたしもね、そんな経験があるの。不思議だよね。あんなに近くにいた人のことを忘れるなんて」
「お姉さんもそんな経験があるんですか?」
「うん、あるよ。だからあなたの気持ちはよーくわかるよ。わたしは思い出しても探し出すのにすごく時間がかかったからね、それまで自分の記憶がほんとうに正しいって確証が得られなかったから大変だったよ。」
「それで、その人とは会えたんですか?」
「うん。今は仲良く一緒に暮らしてるよ」
「でも、自分は彼女にすごくひどいことを……」
「……大丈夫。きっと大丈夫だよ。だってあなたはこんなにも後悔してるんだもん。きっとその人も許してくれる」
「……そうですかね?」
「うん。きっとそうだよ。なんならわたしも一緒にその人のことを探すよ。わたし、こう見えても結構顔広いの」
「……ほんと、見かけによらずなんですね」
彼の目はようやく笑ってくれた。
一呼吸おいて、わたしは尋ねる。
「じゃあ、その人の名前を教えてくれるかな?」
「はい」
彼はそう言い、そして非情な現実を突きつける。
「二葉さな、僕の姉の名前です」