静かな部屋に流れるのは色鉛筆を走らせる音、動かないよう必死に潜められた息、それを見つめ、形をとらえる息、そしてそれを見守る息だけだ。
……いたたまれない。
「ちょっと別の部屋にいこっか」
梨花が部屋を出、下へと案内する。
「いやー、れんちゃんすごいねぇ。あんなに必死になって描くんだもん。一言も声を出せないよ」
「いつもはもっとフランクな感じなのかな?」
「うーん、フランク……ではないかな。でもあんなに集中してるのはなかなか見たことないなぁ、れんちゃんの新しい一面が見られたよ」
彼女はくるっと振り返り、まっすぐ前を見つめて言う。
「改めましてよろしくね。私は綾野梨花。中央学園の3年生!」
「環いろは。市立大附属の3年生。よろしくね」
「なんとなーく見たことあると思ってたけど、やっぱりユニオンのリーダーさんだよね?」
少し食い気味だ。
「う、うん、そうだよ。」
梨花は顔をぐいっと近づける。
「あんなのに最初っから立ち向かってただなんて本当にすごい!どうしてそんなに勇気があるの?いいなぁーかっこいいなぁ……」
「そ、そうかな、ありがとう」
少し、照れ臭い。
「そういえば、どうしてれんちゃんに彼女、えっと……」
「さなちゃん?」
「そうそう、さなちゃんの絵を描いてもらってるの?」
「うーん、まぁ少しなら話そうかな」
さなの願い云々
「で、さなちゃんを忘れていた人がなぜだか急にぼんやり思い出したらしくてね。忘れてたことをすごく悲しんでいて、それでもまだ思い出せないからって泣いててね……だからどうやったら姿を見せられるか考えてここにたどり着いたの」
「なるほどねぇ……さなちゃん自身はこの願いについてどう思ってるの?」
「うーん、やっぱり後悔があったみたいだよ。でも最近それがよくわからないんだ……」
「ん?よくわからないって?」
「えっと……あんまり詳しくはいえないんだけど、なんというか……うーん、ごめんね、やっぱりよくわかんないや」
「そっか」
さなと話していて感じる少しの違和感。あれは一体なんなのだろうか。
「……私もね、キュウべぇに願った願い、後悔してるんだ」
「えっ?」
あまりに唐突で、すっとんきょんな声が出た。
「ほら、さっきさなちゃんの話ししてくれたじゃん。なんか不公平だから私の話もしよっかなって」
彼女は続ける。
「私ね、人の想いをねじ曲げるような願いをしたの。当時は魔法で本人の意思をねじ曲げたって感覚が無かったんだね。それで後になって自分がやったことの重大さに気づいたわけ。そのあとは必死でさ、願いを叶える前の状態に戻すように奔走したよ」
ははは、と少し笑いながら続ける。
「初めは報酬を自分で踏みにじって命の危険があるところに踏み込んだって感じてすごく後悔した。それこそ、魔法少女の真実を知ったときは崩れてしまいそうだったよ」
調整屋で聞いた時のことだろうか。彼女は下を向いていたが、顔を上げて続ける。
「でもね、私にはれんちゃんがいたの。いつも優しくって、心配りができて、私のそばにいてくれるれんちゃんがいる」
私の目を見て、続ける。
「だから、いろはちゃんもさなちゃんについていてあげなよ。もし何かをさなちゃんが後悔してるんだったらさ、それを吹き飛ばすくらいの力でいろはちゃんが近くにいたらいいんだよ」
「……私なんかで、いいのかな?」
「いいに決まってるじゃん!だって、ドアの前で立ってる時手を繋いでたじゃん!それくらい仲良いんでしょ?」
「あ……」
なんと無意識に繋いでいたとは。少し恥ずかしい。
「やっぱりね、物語はどんなものでもハッピーエンドじゃないとダメだと思うんだ。私もれんちゃんももう少し出会うのが遅かったらもう死んでたかもしれない」
彼女は続ける
「だからさ、まぁ私はなにもしてないけど、私達が手伝えることがあればなんでも言って欲しいな!ハッピーエンドを目指そう?」
「はい、よろしくお願いします!」
「……終わり、ましたか?」
れんが階段から顔を覗かせる
「あぁ、れんちゃん待ってたの?遠慮せず声かけてくれたらよかったのにー」
梨花はすぐさまれんに駆け寄り手を取る。
「いえ……お話の邪魔をしてはいけないかなって……
はい」
もうそんなこと気にしなくていいのにーと梨花は言いながられんの持つスケッチブックに目を向ける。
「どう?上手く描けた?」
「えぇ……まぁ……」
「あ、はい。すごく……上手く描いてもらいました……でも少し恥ずかしいですね……」
絵を見せてもらうと、なかなか上手く描けている。
「すごい……こんなに上手に絵が描けるなんてすごいよれんちゃん!」
「はい。すごく上手く描けてます!いいなぁ……私も得意なことがあったら……」
「本当ですか……ちょっと恥ずかしいです……はい」
その後絵を貰い、梨花とれんに別れを告げた。
ハッピーエンド。
物語は当然そこに帰結するものだと信じている。
バットエンドであっても、いずれはハッピーエンドへと導くことができる。
そう、固く信じながらさなと帰路についた。