ジャミトフに転生してしまったので、予定を変えてみる【完】 作:ノイラーテム
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月面首都圏構想に向けて走り出す連邦政府。
様々な問題に直面しながらも、空前の好景気と評される経済で人々の生活は豊かになっていく。
だが政府の人気が上がったとしても、それでも文句の出る人々は居るものだ。
同時に様々な不安を抱えて、今更になって空気や水が足りなくなったらどうするのだと、起きても居ない事故後の話でもちきりになった。
『ポートピア……ですか?』
その言葉が最初に飛び出た時、他の人間であれば一笑に付しただろう。
だが口にしたのが
『造語の一種だが、港と楽園を引っかけた物らしいな。とある島国は国土の殆どが山ばかりで、苦肉の策として埋め立て地を観光や文化発祥の目玉にしたらしい』
その計画は成功裏に終わり、経済用・工業用に転用する事にしたそうだ。
そこへ他の島国から連日に渡って政府要人や経済界の大物が訪れたとか。国土の狭さはどこも大変で、大賑わいを起こしたそうである。
『そのポートピアをどうするのでしょうか? 地球の何処かに一大観光地でも?』
『地球に? 今更だな』
当然と言えば当然のスポークスマンの反応にジャミトフは笑った。
傲岸不遜の笑みだがこれほど似合う男も居ないが、プレスの前で行うのもこの男だけだ。他の政治家の様に大衆人気を気にしないという意味で、ある種の貴重さがあった。それでいて愚民などと上から目線で罵らないからというのもあるだろうが。
『月だ。月に海を作る。コロニーにあるような規模ではないぞ? 誰もが好きなタイミングで訪れ愉しめるようにする。必要ならば何か所でも建設する』
あまりの馬鹿馬鹿しさに記者たちは一斉に黙った。
繰り返そう。その言葉が最初に飛び出た時、他の人間であれば一笑に付しただろう。だが口にしたのはジャミトフなのだ!
『そっ、それほどの水資源を月にですか? 大いなる無駄ではないでしょうか?』
勇気ある若者が思い切って質問を行った。
慎重な老記者は眉をひそめたが、内心でホっと一息吐いている自分を観測する。何か問題があれば手を貸してやろうと言うくらいには余裕が回復できたのだから。
『無駄か。大いに結構。無駄になるほどの水が月面に担保される時代であれば、君らが抱えている不安も無くなるだろう?』
『っ! もしや大規模な貯蔵タンクとしてですか!?』
『確かに!循環システムや酸素の供給システムを併設すれば、何の心配もありません!』
ニヤリと笑うジャミトフに周囲もワっと声をあげた。
昨今、世間を賑わせている水や空気の問題など、本来であれば既に通り越した問題なのだ。事故で失われ難いようになっているし、何重にも保険が掛けられて戦争でも起きなければ問題が発生しないようになっているのだ。
全ては杞憂であり、その杞憂を一言で吹き飛ばす話であった。
『それだけではないな。大量の水が備蓄されれば、そこには水圧が発生する。流れるプールも良いだろうが、スキューバー・ダイビングを行う事で加重施設の代わりにもなるだろう。もちろん周囲のコロニーに発着し易い駅も併設してしまおう』
とても馬鹿げた話であった。
どうして月面に建設する必要があるのかとか、遊びに夢中になるくらいならばもっと他にすべきことがあるだろうと指摘するだけなら幾らでもできる。仮に水資源の担保用としても、それだけで今後の人類を賄い切れるはずもないと言えるはずなのだ。
だがこの男はジャミトフ・ハイマンである!
必要ならば幾らでも建設すると言った以上は、本当に必要なだけ建設するだろう。それはもはや水資源の悩みとは無縁であり、酸素だって科学的に合成できる。
そして何より、新たなランドマークの成立により、月面経済は活性化するだろう。
月面都市各地にラインが引かれエレカーが交通できるようになり、チューブパイプで列車がやってくるようになるかもしれない。駅と空港を兼ねた施設によりコロニーからも人々が行き来し易くなるはずだ。
『閣下! この計画はなんとおっしゃるのでしょうか!?』
まさに夢の王国!
緊張した面持ちで尋ねるスポークスマンに、ジャミトフは悪の総帥がごとき笑顔を浮かべ手応えたのである。
『ネオ・アトランティスとでも銘付けるとしようか』
『ネオ・アトランティス!?』
『『ネオ、アトラン!』』
その言葉にプレス達が一斉に応じ、周囲に計画名が鳴り響いた。
それはまさに、これから広がる動きを示しているかのようであった。
だが人々は思い知るだろう。
この男はジャミトフ・ハイマン! 全てが『計画』に基づいて行われた盛大な嘘であったのだと!
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次にジャミトフが訪れたのはポートピアの建設予定であった。
その巨大ドームには大量の水が並々と注がれ、いずれ来る計画の為の実験施設として存在していた。
何重にもブロックされた隔離区画の中の隔離区画。
その一角にあるやはり大量の水の中で、ソレは目覚めた。
『キュウ♪』
「起きたか、ライカ」
ソレは死にかけたイルカである。
殆ど衰弱死寸前の状態で留め置かれ、この施設で重要な研究の礎になっていた。
しかし、どういう事だろう。
衰弱して動けもしないのに、どうしてこの区画だけでこれほどの水が必要なのか?
「オクトーバー。完成したと聞いたが?」
「はい、閣下。サイコフレームの鋳造に成功しました。今は試験サンプルの段階ですが、いずれサイコフレームを流体まま使う必要もなくなるでしょう。全てはライカのお陰です」
周囲に目を向ければ、大量の水の中に様々な機械が浮いているのが分かる。
一部はライカと呼ばれたイルカを活かしておく為の物だが、残りは今まで鋳造できなかったサイコフレームを液状の中で機能させておく為の物だ。
オクトーバー・サランとネームプレートに書かれた男は、悲しげな眼で死にかけたイルカを見つめる。
ここまでくれば、このイルカは不要だろう。活かしておく必要もないし、秘密を考えれば……。
「ライカよ、これより最終プランに移るぞ。惑星間航行型艦船における慣性制御システムのモニターと成れ。お前の未帰還を持って、イルカ知性体たちの人権確保を目指すと約束しよう」
「閣下!? それはあまりにも……」
センチメンタルなオクトーバーと違って、ジャミトフはあくまで冷徹であった。
どうせ秘密保持のために殺さねばならない、放っておいても死ぬとあれば有効活用しようというのだろう。
だが、更なる実験の果てに死んでくれとは……。
「ではどうする? このまま死の直前まで苦しめるのか? イルカたちの英雄として死なせた方が良いと私は判断した」
「そ、それはそうなのですが……」
もっとも、これは最初からの計画であった。
知っている者も居るだろう、旧ソビエト連邦において宇宙飛行実験に使われたライカ犬のことを。
一言で言えば、最初から骨の髄までしゃぶりつくして殺す予定であったのだ。
「次の試験については了解しました。その後にこの施設はいかがいたしましょう?」
「疑似軌道エレベーターとして発生エネルギーを流用する。コロニー向けに離発着を可能な限り簡便化させる施設を建設するために使用しろ」
人体実験こそしていないが、哺乳類であるイルカを利用して実験をしている。
中には遺伝子レベルまで分解された個体もおり、どう考えても表に出して良い物ではない。ここに居るイルカたちはコロニー落しで死にかけた個体ばかりだが、だからといって非道な実験を繰り返してよい事にはならないのだ。
だが有望な技術者であるオクトーバーがライカという名前のコードネーム性に気が付かない訳はない。泣き笑いの顔を浮かべながら、『クドリャフカの順番が来たな』と次なるイルカの元に向かうべきか悩んだ。一説によればライカというのか犬種であり、くだんの犬の名前がクドリャフカと言う個体名であったそうな。
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ジャミトフとてすべてを叶えられるほど万能な訳でもない。
また予定を強引に変更されて、思わぬ方向に曲げられることも頻繁である。
だからこそ強烈な不満が心の中に澱として溜まっていくのであるが。
「どうしました? 何か問題でも?」
その日、やって来たジャミトフはえらく機嫌が悪かった。
これが外界の者であれば躊躇するであろうが、オクトーバーは気にしてはいない。ジャミトフは機嫌が悪かろうとも、他人に転嫁するタイプではないことを知っているし、窓際に飛ばされるような立ち位置でもないからだ。良くも悪くも彼は典型的な技術者であった。
「どうしたもこうしたもない。自殺願望者が多いようで困る。コレを見ろ」
「それは恐ろしいですね。拝見しますが……これといって普通の内容では?」
政府の極秘書類というか、稟議書の根回し部分だった。
要約するとジャミトフが提案した二つの内容の内、一つが却下されて、もう一つの内容が途中で変更された事になっている。
もちろんこんな場所に持ち込むくらいである。
この施設の未来に関わる事であることは推測できるが、どうして自殺願望などと呼ぶのか判らなかった。
「イルカに人権というのが却下されたのは仕方ないかと思うのですが……」
「それは良い。全力でやったとはいえライカ達に義理を通しただけだからな。問題なのは火星行きを木星行きに変更したことだ。データを取るだけなら火星で実機を回収させた方が良かろうにな」
ジャミトフという男は首尾一貫している。
死にゆくイルカ知性体に花も実もある嘘を吐いたが、それでも形式上は本気で法案を提出していた。『いずれ新人類として相応しい能力を見出せたならば、人類の列に加える』という何処かの初代大統領のような文言で提案したのだ。
もちろんこれは却下され、野党が数少ない『ジャミトフの提案を却下した』功績として鬼の首を挙げたように誇っている。だが、それはジャミトフとて気にしてはいない。馬鹿馬鹿しい提案をしたとして恥をかくことなど気にもしていないからだ。
「建造が終わった『ノア』の事ですよね? 惑星間航行に使う慣性制御システムの実験ですし、今のところ最延長である木星で良いのでは?」
最初、オクトーバーには何の意味があるのか判らなかった。
サイコフレームを使ったカタパルトで高速移動を行わせ、宇宙船自体には最大級の慣性制御システムを与えている。あまりにも危険な加速であり、搭乗者の生命の保証がないことも含めて、警告色である黄色で塗りたくられイエローノアとまで呼ばれていた。
とはいえ、どうせ放っておいてもライカが死ぬと言ったのはジャミトフではないか。
イルカ界の英雄として金字塔を残すのであれば、遠く木星で正しいとしか思えなかったのだ。火星であっても木星であっても死ぬのは同じだろう。
そう、ほかならぬジャミトフが言わなければ。ずっとそう思っていたに違いない。
「木星圏に住む連中が地球に恨みを抱いていないのであれば、な」
「あっ!」
木星に行った者たちは特別扱いされ、同時に遠ざけられると聞いたことがある。
木星公社は給料も高いし木星便に参加する事は特進の機会ですらあったが、それだけ辺鄙な場所に移動するというのは間違いがないのだ。
特に木星公社の総裁であるクラックス・ドゥガチの権力と性質は畏れられていた。
アナハイムのメラニー・ヒュー・カーバインすら霞むレベルの金持ちであるのに、持ち場である木星を離れることを緩やかに禁じられている。それは単純に経験者を離す訳にはいかないという事だが、あまりにも堂に行っていることから、ブラックジョークで木星帝国と呼ぶ者すらいた。
「私がドゥガチならサイコフレームを手に入れてから三年以内に兵を起こすな。そして五年以内に地球を火の海にして見せる」
悪漢として知られたジャミトフの言葉だ。
オクトーバーは世界が火の海にされる光景すら思い浮かべてしまった。
「……自壊装置を搭載しておきますか? 木星公社の施設に被害を出さぬためと説明しておけば……」
「それは許さん。ライカは最後の任務を果たすのだ。我々の都合で焼くことは許さん」
本当に必要ならばジャミトフも爆破装置を付けたかもしれない。
だが色々な意味で止めさせておいた。そもそも木星の反乱は予測でしかないし、知っているという意味で二手も三手も先に動けるのである。ジャミトフが恐れるはずもないではないか。
「とはいえ放置も出来まい。RX-78NT-1をモックとして寄こす。それをベースにサイコフレームを使った新しいガンダムを建造して置け」
「判りました。フル・サイコフレームのモビルスーツを作ってみたかったところです! やらせてください!」
こうして新しいガンダム製造計画がスタートした。
途中でこの施設で発生させるエネルギーを送るために、マイクロ・ウェーブ送信実験をしたいとの提案を受けて、ジャミトフは笑ったものだ。
もしギニアスも助けていて実現させて居れば、今ごろは安泰だったろうにと思わなくも無かった。
「この施設を『D.O.M.E』と改めて銘名するが……そうだな。ここに最初のニュータイプが眠るとでもしておけ」
「はっ? ここに居るのはみんな……そうですね! ニュータイプはニュータイプです!」
別に人類の英雄たちのことだけをニュータイプと呼ぶのではないのだ。
イルカ出身のニュータイプでも、ニュータイプだろう。そのくらいの伊達と酔狂があっても良いかと思いながら、オクトーバーはガンダム建造に向けて走り出した。実験棟に居るクドリャフカにこのことを知らせてやろうと笑いながら。
『月面首都構想やるとしたら、重力問題どうすんの?』と言われて
軌道エレベーターでもあるんじゃないの? と思ったら、建造し難い面もあるとか。
作るのは地球よりはるかに簡単だけど、静止軌道が遠いので安定しない。
「じゃあ今までよりも発着が簡単に成れば良いよな? それで十分だ」
「だってサイコフレームのエネルギーで、その辺調整するからさ」
とか考えていた途中で「水で圧力掛けて、定期的に泳げば良いのでは?」
と思い立ったので、今回の話を書いてみました。
真面目に考え得れば月に海を作り、ドームで覆うとか馬鹿馬鹿しいのでしょうけどね。
各コロニーが心配する水問題を、連邦政府主導で何とかするというプロパガンダを兼ねて
適当にやってみた感じになります。