ジャミトフに転生してしまったので、予定を変えてみる【完】 作:ノイラーテム
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月軌道沖、火星方向。
無数の戦艦が居並ぶ観艦式の中を、軍艦ではなく輸送船が一隻また一隻と出立し始める。
政府首脳のありがたい訓示は既に終わり、気の早い小型船は既に効率の良いルートに入っている。
「袋……ですか?」
「これを渡しておこう。もし君が困ることがあれば開けてみると良い。さっさと開けて改良しても構わないがね」
旅立つアムロ・レイへジャミトフ・ハイマンは一つの袋を手渡した。
一年戦争時はニュータイプ脅威論に蓋が可能だったが、サイコフレームの登場によって再び脅威論が持ち上がってきた。
追放されるように火星へ送られる彼への、せめてもの贈り物であろう。
妖怪と称されるジャミトフも丸くなったものだと、この光景を見ただけの政治屋たちは思ったとの事だ。
「改良ですか? ということは設計図か何かです?」
「うむ。ただの設計図だ。疑問に疑問で返すわけでは無いが……」
アムロの問いにジャミトフは意地の悪い笑顔を浮かべた。
好々爺の贈り物というよりは、意地悪爺の出す出題でしかない。きっと回答しても正解などないに違いがあるまい。
何故か模範解答でもくれと言いたくなるアムロだが苦笑しながら続きを促す。
どうせ意地悪爺は最後まで悪事を貫きたいのだから。
「君は月でもヘリウム3が採掘出来て、木星でも水が豊富な事を知っていたかね?」
「……え? そんな馬鹿な! だったらどうして木星公社やコロニーが苦労してるんですか?!」
だがその発言にアムロは思わず絶句した。
人体実験こそされなかったが、対NT兵器の作成や訓練などで色んなことをやらされて驚きにはなれたはずだった。共感性を発達させる訓練や、思考をトレースして逆襲する訓練もしたがそんなものは全く役に立たなかった。
宇宙世紀の妖怪と呼ばれる男の前では、アムロ一人の知恵など嵐に翻弄される葦のごときである。
「効率が悪いからに過ぎんよ。今もってヘリウム3の位置をスムーズに特定し、月から上手く採掘する方法には至って居ない。これは木星でも同じ悩みでな。水資源も山ほど見つかっているが、安全確実に回収して飲料用水にする程の事は出来ておらんのだ」
「そうか……木星圏の重力と放射線が……」
アムロはここに至ってようやく袋の中身を察することができた。
現時点では未完成であり、それでも最大級に研究を進めた物であろう。
そしてコレをさっさと公開せずに、まるで秘匿兵器であるかのように渡す理由にも思い至ったのだ。
「このままでは当面完成しない。だけれど、思いもしない多角的なアプローチが必要だから最後まで開けるなということですね?」
「そうだ。この研究を完成に導く知識は君を守る盾になるだろう」
それは木星公社を話し合いのテーブルに付けるピースとなる。
そんな風にジャミトフは続けようとしたらしい。もっともアムロが先を読んだこと、そして周囲には意味深な光景を見せてスパイを黙らせる為だと気が付いて、その続きを話すをの止めた。
とはいえ気になる者は気になる者だ。
政治的に無関係で、ジャミトフの腹心ゆえに問題ないと考える者も出てきた。
「閣下……先ほどの中身は?」
「ただのニュートロン・ジャマーだ。未完成だがな」
ジャマイカンの質問にジャミトフは事も無げに答えた。
それはブレイクスルーによって、思いもつかぬ見地が無ければ百年は完成しない技術である。
もっとも……木星圏を飛び交う大量の放射線を減らす程度であれば、そう遠くない技術なのかもしれない。
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火星行きの船は船団と言って差し支えなかった。
これまで地球に物資が無いと言って火星基地の拡充はおざなりにされてきたが、今回から大規模に火星探査を行うという建前だ。
本当は木星公社に慣性制御システムの最新型とサイコフレームが渡った為であり、ジャミトフだけでは今まで反対が多くて不可能であった。それが前線として基地機能を拡充する為なら許可が降りるというのだから皮肉でしかない。
「今日のお昼はクラムチャウダー風のスープよ」
「ありがとうございます……このワンタン、ちゃんとした肉ですね」
クリスチーナ・マッケンジーから受け取ったカップを口に付け、アムロ・レイは僅かに驚いた。
何処にも貝類が入って居ないのにクラムチャウダーとは滑稽であるが、長い航路であるというのに本物の肉が入っているのは珍しい。
この時代は人造蛋白類も充実しており、てっきり人工肉と豆を入れてあるだけだと思ったのだ。
「ジャミトフ閣下の方針でね、まともな食事を用意しないと頭が働かないって事らしいわ。まあ船団の全てで守られてるか怪しい所だけど」
「判る気はします。しかしその方針は守られないでしょうね」
官僚のやることはアレだから。
そんなアムロの愚痴をクリスは黙って聞いていた。週一でまともな食材、月一くらいは嗜好品も渡る様に計画はされている。
しかし、こういう時に上級士官たちが理由を付けて独占し、腹を立てた主計課や補給部隊が『じゃあ俺も!』と言って横流しするのは何時もの事だ。同じような物資が木星にも送られることになっているが、おそらく中抜きが蔓延って口にできるのはドゥガチ他上層部のみになってしまうだろう。
「だいたい火星探査基地だって本当なら火星の地表に点在させるはずなんです。それが幾つかの衛星を守って終わりだなんて。……まともにやる気があるんでしょうか」
「火星ジオンの件もあるから仕方ないわ。でも『中継基地』が完成すれば変わるわよ」
一年戦争で物資が欠乏したこともあるが、ジオン軍は火星に逃れてきた。
それが元からあった探査基地から資源を奪い、火星の衛星や隕石群へ居座ったのだから連邦政府が警戒するのも当然であった。
今は連邦軍が再編されて大型艦も就役し、危険を感じた火星ジオンの一部が、ジオン側の資源探査基地であったアクシズを動かして木星方面に移動して様相が変わったという所である。
「慣性制御システムの大きいヤツでしたっけ? 高速で送りつけた物資を破壊せずに受け止める為の」
「そっ。木星に送る為の施設にもなるらしいけどね。すくなくともそうなれば、物資の量も増えるし司令部自体も大きくなるから随分やり易くなるはずよ」
中継基地を設置し、地球から送られる物資を安全確実に行う。
それだけで探査だろうが戦闘だろうが随分とやり易くなるし、木星圏が平和ならばこのまま数年後にはあちらにも同様のシステムが作られるだろう。
平和ならば、このままならば……。
その過程がいかに怪しいか二人は良く知っていた。できれば実現してほしいと思わなくもないが、もし可能であればジャミトフは二人を始めとして精鋭部隊を送りつけてはこないだろう。
「じゃあなおさら、この物資は木星にこそ送られるべきですね。ボクらは直ぐに新しいのを送ってもらえるんですから」
もちろん無理である。木星圏は潜在的な敵であり、大量に送り付けたら反乱を起こされかねない。
あくまで物資は少しずつ、小分けした一回毎は要望の遥か下でありながら、計画全体では要求通りの量が送られることになっているのだ。
……主計部による抜き打ち監査で物資の梱包を開けて、中身の基準が確かなのか確かめる無作為検査などがなければの話である。実際には上層の計画よりも一割は少なく送られ、受け取った連邦側の官僚によってさらに一割が減らされることになるであろうが。
「ともあれごちそうさまでした。今夜はうちのが……我が家の奥様がバーナード夫妻を招待すると思いますよ」
「あら。助かるわね。スン夫妻のご招待に預かることにするわ」
今回の件は秘密裏に行う為、彼らは結婚した相手先の家名を名乗っている。
今日では夫婦別姓は珍しくないのだが、書類の上ではアムロはララァ・スンの元へ婿入りし、クリスはバーナード・ワイズマンの元に嫁入りしているのである。
木星圏のエージェントが何処まで腕が長いか判らないとはいえ、苦笑せざるを得なかった。
「そういえば奥様は? ちっとも見ないけど」
「ララァならクドリャフカの処ですよ。ボクは機械系を幾つか勉強をしましたけど、あいつは心理学系や生物学系を学んだんで」
アムロは戦後に技術系に進むことになった。
その後の出逢いに関しては簡単だ。ララァを見つけ出したジャミトフはアムロとシャアに均等な機会を与えたが、お見合いを素直に受けたアムロと、陰謀かと疑って来なかったシャアの差である。
後にこの出逢いとララァの素晴らしさを知ったシャアは、『こんなことなら妹をアムロの嫁に出して、自分が見合いに行けば良かった』などと他愛ないジョークを言えるようになるまで相当な時間が掛かったという。
「へえ、凄いじゃないですか。お隣さんがプロジェクトに合格しただなんて。ボクは戦争やコネもあるしなあ」
「それ言ったら私達もですよ。アルは配属次第でアレキサンドリア級に乗れるかもしれないって」
教育ママに厳しくしつけられたアルフレッド・イズルハは、何の因果か巡り合う事になった。
歴史が変わってリボーコロニーで戦闘が起きずに悲劇を見なかった事や、刺激を求めていた性質に変化が無かったことも影響しているかもしれない。
もっとも最終選考に残ってからは、クリスやバーニィとの知り合いともあって機密管理し易さの問題で選ばれた可能性はあるだろう。
「アレキサンドリアって例の新型巡洋艦? もう就役するんだ」
「逆よ。本来なら何年か前にとっくに就役してたの。それが新技術の実用化で何隻かが変更されたらしいの」
ジオン軍人ともあってよく知らないバーニィの代わりにクリスが答える。
この場に居る全員の閲覧権が一定以上でないために画像処理できないが、それでも簡単な説明位は許されているからだ。
「いまどき重巡って必要ないじゃない? 地球圏は平和になったしティターンズの派出所はそこらにあるもの」
「確かにサラミスの何倍もの積載量って不要だものな」
「いやー。その辺って、オレ詳しくないからさ。モビルスーツならまだしも」
デラーズ戦役以降、地球圏は平和になった。
ティターンズの治安組織化も一般化して、いわゆる警察に近い形で浸透したこともある。何よりもガルマ率いるジオンが平和国家として再編に成功したのが最大の功績だろう。
そしてティターンズ主力であるアッシマーの各仕様がバリエーション化され、戦闘目的に特化したアレキサンドリアの意味が就役前になくなってしまったのだ。その為にずれ込んでしまったのである。
「それで治安維持用の長距離航行モデルに切り替わったの。ペガサス級を安価にしたというか、ムサイを連邦の技術で作り直したというか」
「あーその例えなら判るわかる。ムサイは良い船だよな」
クリスがムサイで例えるとバーニィも流石に頷いた。
一年戦争のムサイは名目上は別目的の船を戦闘用に改修した……という経緯があるので色々と不具合が多い。しかしバーニィが新兵教育を終えた頃から登場する後期型などはかなりの部分が改善されており、当然ながら彼も良く知っていたからだ。
「で、結局のところ地球を守るための一番艦アレキサンドリアと火星行きの二番艦イスカンダルがロールアウトするって聞いたな」
「ということはアルが合格してたらイスカンダルに乗って来るのね。待ち遠しいわ」
「それならなおの事、火星基地の建設を守らなくちゃな」
こうして雑談を繰り広げていると、甘辛い香りが周囲に漂い始める。
鍋は二つでグツグツと煮えるスープ入りの鍋とライス入りの鍋。それとは別に揚げ物が用意されており、少ないながらも腹にたまりそうな食事であった。
「おほっ。良い香り!」
「カツカレーよ。奮発して本物の鶏肉を用意したわ」
「美味しそうな香りね。流石はララァさん!」
食事用のプレートに二つの鍋から移される。
香辛料の香りが強いカレースープに、これまた香辛料の香りがする黄色いライスが盛られている。その脇に並べられた鶏肉のコートレットもまた美味しそうだ。
付け合わせにポテトとオニオンを揚げてあり、これを添えることでコートレットもまた主菜に見える。主菜が二つとは何とも贅沢な事だろうか。
「そういえばララァさんってインドに居たんだっけ? カレーといえばインドよね」
「ふふ。私は元もとサイド6に居たのよ。もしかしたら案外、近くに住んでいたのかもしれないわね」
「じゃあなんでカレーの作り方知ってたんです?」
「ジャミトフ閣下だよ。あの人、金曜日の夜は必ずカレーなんだ。贅沢な晩餐に招かれたと思ったら肩透かしを食らったことがある」
ご飯はネットリ、スープはトロリ、揚げ物はカラット。
三種類の触感を愉しみながら一同は他愛ない話を繰り広げる。この平和が何時までも続けば良いと思いながら、そんなことはあるまいと平和こそが最高の贅沢なのだと笑顔の裏に噛みしめて。
それでも、いや、だからこそ。
どうしても戦いの予感に話が進んでしまうのだ。
「やっぱりイスカンダルとスターゲイザーの到着がリミットかな?」
「アレが到着するとゲリラ戦の意味が無くなるものね。『rugged leveled』以上の仕上がりになっていると思うし、公社がそれを予想しない訳はないわ」
「早ければこっちが物資を振り分けて数日後ってとこかな」
木星公社の派遣した部隊が仕掛けてくるとしたら何時だろうか?
ジャミトフは着実に戦いを終わらせに掛かっている。木星圏に滞っていた物資が着々と送り込まれれば人々の怒りもおさまるだろう。同時に火星の戦力が整えば武力蜂起もままならなくなる。
もし野心を抱く者、あるいはジャミトフこそを悪と断ずる者が居るならばそれまでに戦争を仕掛けなければならない筈なのだ。
「やっぱりアルがイスカンダルに乗ってやってくる前に片付けたいわね」
「それは向こうの戦力しだいかな。最大まで見積もるとアレクサンドリア級の戦闘力は必須だよ」
「みんな暗い話はそこまでにしておきましょう。多分、向こうについてから一カ月は何もないから」
「そうだな。ララァさんの占いは良く当たるし、今はこのカツカレーを楽しもうか」
やがてどうしてカツカレーと言うのでかであるとか、何の意味があるのかなどという話題に移る。
カットした肉であるコートレットから来ているだとか、とある地方では『勝つ!』という意味があるとか話題にしながらその日は更けていったのである。
という訳で偶には日常会です。
次回からシロッコがやって来て、真面目に戦闘するはず。
というかジャミトフさんは外堀を埋めているので、戦闘し合いと時期を逸しますから。
●食料と文化問題
かなりゴッチャになってます。技術と物資不足が伝統を台無しにしました。
まあ今のイギリスも移民問題で欧州風カレーが全滅し、代わりに移民たちのカレー。
そこへ日本のカレーが、揚げ物入ってれば何でもカツカレー!として人気なのだとか。
そんなくらいなので、未来はもっとゴッチャでしょう。
「なんでここまで良い食材を?」
「視察に行った時にマズかったら耐えられん」
そして現場から称えられるのが嬉しい俗物である。
●クロスゲート
慣性制御システムとマイクロウェーブ投射器の組み合わせ。
受け止めつつ船にもエネルギー送って両者の力を合わせて動きを安全に止める。
逆に出発時にも同じような事をして、できるだけ船が余力を載せるように設計された施設。
「無くも何とかなりませんか?」
「ワシが移動しようとしたら止めるだろうが」
「そりゃ閣下が無くなられたら困りますからね」
●ララア
くっ付けるのはシャアでもアムロでもどっちでも良かったのですが……。
よく考えたらシャアはジャミトフ疑うし信じないよね? じゃあそう言う事で。
●アルとアレクサンドリア級イスカンダルとスターゲイザー
まあネタです。