ジャミトフに転生してしまったので、予定を変えてみる【完】 作:ノイラーテム
●深く静かに選考せよ
功績には暗黙の漸減ルールというものが存在する。
地位や階級が高まるほどに昇進は鈍くなり、与えられた力はさっぴかれる。
目下の者が小さな力で頑張れば評価され易く、目上の者が巨大な力を振るっても評価され難い。
例えばインドシナを攻略したコジマ中佐は、スムーズに行動したことや、地形への苦労を考慮はされたが勝利に関してはそれほどでもない。
グフが精々の戦場に陸戦ガンダムを集団投入すれば、まあそんなところだろう。
加えてライヤー大佐が裏口から増援を持ち込んだこともあって、無事運用したことよりも地形適応の方を考慮されていた。
「少佐。我が世の春ではないか」
「いえ、これも全て大佐のお引き立てによるものです。むしろ大佐が昇進していないことに憤慨を覚えます」
高級士官用の食事を自室でとりつつ、昇進の辞令と軍大学への推薦状をジャマイカンに手渡した。
銀輪作戦やオデッサ戦での活躍を評したものだが、逆に自分は勲章が増えただけだ。
下の者が報いられないよりは、よほど健全であろう。
ましてや自分は、あくまで装備を揃えて運用を整えただけなのだ。
「気にするな。私は十分に報いられておるとも。……それに、開発責任者がホイホイ昇進してはたまらんよ」
「コーウェン少将のことですか?」
ジャミトフが既存の兵器をかき集め、改良していったように……。
モビルスーツを推進したのはジョン・コーウェン技術少将だった。
コーウェンの設定はあまり語られていなかったが、確かに技術少将だったという説があったのは確かだ。
それが正式な設定だったか、あるいはその後にガンダム開発計画に携わったから発生した噂なのかは、ジャミトフに転生した男はあまり詳しくないのだが。
しかし放置すればコジマ大隊を管理し、エルラン逮捕後はその戦力すら手に入れかねなかった。
「技術面で派閥構成して行こうとしておったからな。私が自ら責任者が自ら管理権を持つべきではない、戦力をすべきではないと言ったことで、奴の行動を掣肘出来たのだ。これに勝る報酬もあるまい」
「派閥の形成そのものを阻む大佐の手腕。まさしく慧眼ですなあ」
それで自分の功績も帳消しにしては、台無しではないかと思うジャマイカンではあったが……。
それを口にしない分別は持ち合わせていた。代わりに互いの盃にワインを傾け、お茶を濁しておく。
このジャミトフという男は、そういう面がある。
情勢をコントロールすることは好むが、権力や財に興味がない。
自分が関わったことでなければ、プライドやメンツにもこだわりがない。
それでいて一度怒ると手が付けられない……ある種の職人のような男であった。
ただ彼が携わる分野というのが、情勢のコントロールだの、陰謀だのといった物騒な職人ではあったが。
「そんなことはどうでも良い。……奴は首を縦に振ったか?」
「はい。奴の部下やウォルター・カーティスを捕虜交換のリストに入れても良いと持ち掛けるや、途端に折れました」
カーティス大佐はジオンのオーストラリア方面の司令官だった。
コリニーがオセアニア軍管区全体に対し、大陸の主力部隊を操る程度であったが、それでも有能な敵だ。
オーストラリアを平定した際に、部下の生命と引き換えに降伏した武人の鑑のような男である。
もっとも、そういう清廉な人物は変節しない変わりに、同じ様な条件で連鎖して折れるのも特徴。
やろうと思えば何度でも同じネタを使いまわせるのだから、ここは笑うしかなかった。
「本当に開放してもよろしいので?」
「交渉というものはな。口にしたことは守るものだ。……ザビ家が応じるかは別にして、な」
カーティス大佐はザビ家の派閥ではない。
敵対してはいないが、距離をとっているフシがある。ジャミトフとしては開放しても構わないし、交渉を持ちかけた時に向こうが断っても良いのだ。
「参謀団の中に奴の軍籍を紛れ込ませておけ。適当な名前を……そうだなクワトロ・バジル……いや、クロトワ・バジーナとでもつけろ。行方不明になる前は金髪でサングラスがトレードマークだった」
「味付けとしてはそんなものでしょうか。承知しました」
スパイスを四振り、そんな適当な名前をもじって偽名を付ける。
彼らのために働く男を適当に処理しながら、二人はワインで喉を潤した。ここからが本題であり、これからを左右する戦いなのだ。
「捕虜交換に先駆けて、ジオンを信用させるために一部の将校を開放する。クロトワ・バジーナもリストに放り込んでおけ。ジオンの情報を送ってもらわねばならん」
「承知しました。カーティスが本当に戻れば従うかは分かりませんが……。まあそれまでに何人か送り込んでおきましょう」
声を潜めながら具体的な話に踏み込んでいく。
もちろん盗聴器がないのは確認済みだが、様式美というやつかもしれない。
「それで良い。奴らにとっても利益のある話だ。裏切るとは思えんが、保険というのは何重にも掛けておくものだ」
「……BC兵器。いえ、大量破壊兵器の報告であれば何でも送って欲しいものです」
彼らが話し合っていたのは、ある可能性の高いとされる生物化学兵器だ。
ジャミトフは心当たりがあったものの、問題なのは詳しくないことだ。
アメリカなのか、アフリカなのか、あるいはまだ本国から送られていないのか。
どこにあるか不明のアスタロスの貯蔵施設……先だって名付けたコード『バベルの塔』を探し出すために、捕虜交換でエージェントを送り込むつもりなのである。
それは連邦の為であり、巡り巡ってジオンの為でもある。
そのために妥協して、ジオンの一部と取引するつもりなのだ。
だがその為の捕虜交換が、思わぬ事態を引き起こした。
●次の作戦のために
コリニー中将は昇進こそしなかったが、オーストラリアに加えてオデッサの活躍で一歩前に出る。
しかも地上方面のジオン担当になった彼の旗下へ、勝ち馬に乗ろうと、大量の転属願いが出されていた。
これを処理していたジャミトフだが、思わぬ闖入者に見舞われたのだ。
普通ならば門前払いできるところだが、人事考察のために面会をしていた相手の一人ともあって、摘まみ出すのに失敗した。
「どういうこと……。いえ、どういうことですか。ジオンの連中を開放してやると聞きました!」
「無駄飯食いを開放するだけだ。それでこちらの兵士が帰って来るならば安いものだな。少佐」
怒鳴りこんできた少佐は、もちろんジャマイカンではない。
面会予定だった転属希望者の一人だ。
勇猛果敢で戦術の天才と呼ばれた男。
戦争開始後に捕虜になったが、拷問を受けても変節しなかった男とされる。
有能でコネクションも持っており、断るに断り切れなかったのだ。
「第一、貴官も捕虜交換で戻ってきた口ではないかね。今回の件に口出すのは、色々な意味で筋違いだと思うがね」
「私の時とは違います。あの時は南極条約の関連でもありました。……あの卑劣漢どもを開放する必要はありませんぞ!」
必要だからやっているという意味では、同じであった。
別に人道的な問題ではないのだ。そこに感情の挟む余地などない。
それでもジャミトフが話を聞いていたのは、紹介した将官のメンツを立てる必要があったこと。
そしてこの少佐が何か面白い事か、画期的なアイデアを口にするかどうかを待っていたのだ。
しかし残念なことに、彼は何時まで経ってもそうしなかった。
激情のままに場を制するわけでもなく、巧みにオブラートに包み本心を隠すでもなかった。
「大佐ほどの聡明な方ならばお判りになるはずです。奴らを開放するなど百害あって一利も無いのだと。さらなる上を目指すために捕虜の戦力を期待しておるならば、不詳……」
「そういうものに興味はない」
自らを褒め称え、場合によっては忠誠を誓っても良い。
そう言おうとする男を、ジャミトフは切って捨てた。
そして何も期待しない目で無意味な言葉を吐いた。
その言葉に意味はなく、ただ滅多に見せないジャミトフの感情の顕れでしかなかった。
だがそれこそが、彼の怒りの兆候なのだとジャマイカン達は首をすくめる。
「私はな。称賛され、恐れられるのが何より好きだ。だが本心を言えば、困難な状況を解決できれば何でも良いのだよ。ジャミトフならば、ジャミトフめ。あれはジャミトフの罠に違いない。実に心地よい」
「大佐……?」
権力や金の亡者という噂に反して、ジャミトフはそういうモノに興味がさっぱりない。
もちろん解決手段を増やすために、権力や金は何よりの万能キーだとは思っている。
便利だから集めるし、だからこそ固執して見えるだけなのだ。
魔法のような手腕を発揮し、感心されることを望んでいた。
死に際のセリフは、自分こそがジャミトフ・ハイマンなのだと高らかに笑って死ぬつもりですらあった。
「ハッキリいって、私は手段と目的が入れ替わっておるタイプの人間なのだが……。だからこそ、私は同類が嫌いではない」
「大佐……?」
突然何を言い出すのかと少佐は首を傾げる。
激高するタイプの人間である少佐は、静かに激怒するタイプが理解できないのかもしれない。
いや、普通ならば思っていても隠すようなことを、静かに語る人物が居るとは思わなかったのだろう。
「正直、君がいつ本心を曝け出すのか待っていた。ジオンを殺したいと天下に叫ぶか、あるいはそれすら隠しきり、奴らを絶望の淵に立たせるまで忍耐を見せるのか……とな」
もしそうなら、まあ協力し合えるだろう。
そう思って待っていたのだ。
もし殺戮したいならば、危険な主戦場へ送ればいい。
もし覆い隠せるならば、最終目的のために心の刃を隠させればいい。
だが、これはダメだ。
直ぐに馬脚を現し、ジャミトフの足を引っ張るだろう。
強引な作戦で汚点を残し、ジャミトフのやりたいことを結果的に邪魔するに違いない。
「わ、わた。私は……。俺は……」
「貴官には失望したよ、バスク少佐。衛兵、連れて行きたまえ。この男は必要ない」
「は……はい」
我々の、大いなる炎。
心に燃える志、あるいは欲望のために働く人間。
そういった者をジャミトフは欲していたし、中途半端なバスクを好まなかったという訳だ。
静まり切った部屋で話を変える為か、ジャミトフは思い出したように兵器の話をすることにした。
予定の一つではあるし、今回の人事考察で良い士官が手に入れば、その部隊を任せる気でもあったのだ。
「コルベット・ブースターは定数を揃えたか?」
「はい。予備込みで定数は確実に使用できます。……しかし推力が足りないとの報告ですが……」
開発中のSFSに先駆けて、企業が送ってきたのがコルベット・ブースターだ。
試作品というか、搭乗する代わりに装備の一部を背中に着ける。
あるいは、少し上から吊るすという形で飛行させる予定だった。
しかしながら、作戦が早まり技術の進歩が追い付いていない。
SFSが完成していないのもその辺が理由なのだが、コルベット・ブースターは早まった予定のせいでワリを食った形だろう。
「飛ぼうと思うから推力が足らんのだ」
次の作戦のために人材を揃える。
そして次の作戦のために装備を整える。
ジャミトフにとって両者は同じモノであった。
という訳でバスクの出番は終わりました。
彼は戦後に中佐になるはずですが、ここで消えるかもしれません。
最新式の義眼と精神安定剤や別荘をもらって、マッタリしてることでしょう。
●功績
陸戦ガンダム揃えて大勝利することと、砲兵で有利に戦う事と、旧来依存の兵器で頑張る事。
基本的に同レベルで、優遇されている分だけ、功績のカウントは下がります。
まあ優遇されているってことは、期待されているので昇進も予約済みなのですが。
半面、下の者はサクサクと昇進できます。
●コーウェン中将
何かで読んだ、技術少将だった・レビル戦死後に立て直した功績があった。という説を採ります。
ジャミトフはそれに先んじて、数話前の『向かない人間』をパージしていました。
コーウェンが出世できなくなれば事件が一つ起きなくなるから、自分が少し出世しなくても良いよね。という感じですね。
まあどのみち准将への昇進や、戦後に少将への昇進も予約済なのですが。
(コーウェンも中将に成れますが、派閥形成や自分が手動でガンダム開発とかできなくなります)
●クロトワ・バジーナ参謀。
偽名。金髪でサングラスらしいですが、行方不明になりました。
参謀団に席があるので、色々と便宜を図ってもらえます(行方不明扱いで潜入工作と周囲が判断するわけです)
●コルベット・ブースター
原作よりもV作戦が1カ月早く、オデッサ戦までに作戦機関がさらに減っています。
合計で40-50日くらい早くなってるので、悲しいことに読者目線では未完成品です。
背中に着ける装備、あるいは吊り下げる装備で格好良いバックパックという感じ。