地下通路エリアA-1 とある軍人の記録
事はそんなに難しいモンじゃねえ。
俺みたいな戦うことにしか『ノウ』がねえヤツにでもわかる話だ。
世界的な製薬クソ会社が、クソみたいな実験をしたらしい。詳しくは知らねえ。興味もねえしな。ああ、そうだ。最高の話をしてやる。この前代未聞の未曽有の事態が世界に知れ渡った頃には、
アンタのリアクションは間違っちゃいねえさ。ある日突然こんな話聞かされたら、誰だって笑っちまうよな。ったく、どこのB級映画だって話だ。人間がゾンビになっちまうなんて、今時B級週刊誌でも相手しねえ。まずそんな話するヤツが正気じゃねえしな。そう思うだろ?わかるぜ。俺も最初はそう思ったさ。なにせまだ
映画や漫画では散々見飽きたネタでも、現実に起こるとそりゃ世界中がお祭り騒ぎさ。最初は政府やら軍の連中が意気揚々と飛び出していったが、それがまさか敵を増やす行為に繋がるなんて、お偉い軍人サマ方の素晴らしい脳ミソでもこれぽっちも想像できなかったようだぜ。……どこまで本当かわからねえが、な。もちろんお偉いさん方は民衆からそのクソ長え肩書はただの飾りかって散々罵声され、弁明に勤しんでいたさ。偶にゃ給料分ぐらい働けってんだ。軍人がゾンビになっちまったら、か弱い国民を誰が守んだよ。日に日に広がっていくパンデミックに世界は絶望一色だった。誰がゾンビなんてモンを自分の目で見ることを想像する?まあ、想像したクソ野郎がいたからこうなってるって話だが。要するにだ。今の世界にゃ2つしか選択肢はねえ。ヤるかヤられるか。実にシンプルだろ?俺好みだって話さ。それにこの世界にはまだ希望があるんだからよ。
「おい、……生きているのか」
機械じみた辛気臭え声しやがって。覗き込んで来るツラもお似合いだな。ああそうだ。まだ話を終えるには早かったようだ。このつまらねえ男のことを忘れてたぜ。
事はとても簡単なことだった。少なくとも俺にはな。人間を守るという大義のもと、元人間を仕留めるだけの簡単な仕事をしてりゃ良い。頭を使うのはあくまでも上の仕事で、俺はただ武器を振う。それが誰を守ることになるか、なんて面倒なことは考えねえ。使い捨ての駒にはお似合いの思考回路だろう?そんな自他共に認める『ノウ』無しの特攻兵であった俺は、今日も今日とて任務に勤しんでいるってわけだ。これだからデートもロクにできなくてフられるんだ。……泣けるぜ。それで任務の話だが、今回は砂漠地帯だった。あんま文明が発達してねえ小さな村がぽつぽつとある、貧しい地域だったな。住んでる奴らはヤバい目をしていて、村々の雰囲気が妙だった。それだけで歴戦のチームに緊張が走る。今日も定時帰りはできねえらしい。思わず遠い目をした俺の耳に低いエンジン音が飛び込んできた。そう、イかれたゾンビ集団がバイクに乗ってご登場ってわけさ。知っているか?今のゾンビはバイクにも乗れるんだぜ。なんて、奴らが元人間ってことを考えると驚きもしねえか。
唐突な自己紹介で悪いが俺は軍人だ。大した地位はねえが大した上司がいる、ただの雑兵の1人ってわけさ。今流行りのチートレベルのスーパーマンを想像していたなら残念だったな。あー待て待て、俺みてえな凡庸の長い話なんざ聞きたくねえのは良くわかる。だが本番はこっからだぜ?ここまで来ちまったんだ。もうちぃと付き合ってくれよ、な?
がっかりさせちまった代わりにイイ話をしてやる。戦場では俺みたいなのがゴロゴロいて、ゴロゴロ死んでいくわけだが、俺には1つツキがあった。厳密にいえば3つだが、細かいことはいい。俺の大した上司は、これまでいくつもの死線を掻い潜り、何度もくたばりそうになりながら生還した英雄さ。そう俺の上司こそがこの世界の希望の塊ってわけだ。まあ偶に上司の方がゾンビじゃないかと……。いややめておこう、あのゴリラのような太い腕で締め上げられたら俺のか細い首なんて簡単にイっちまう。そう、そうだな。ゴリラを想像してくれ。人間離れした力と生存力で、どんなに最悪な戦場に放り込んでも必ず任務を成し遂げてくる男だ。死神サマでも憑いてンのかと思うくらいツイてねえ男だが、それでもゾンビの親玉相手に一騎当千を成し遂げた伝説ってことには変わらねえ。それで、だ。なんと驚くべきことに、そんな伝説の男が俺の直属上司ってわけさ。やだ俺の上司人間離れし過ぎ……。なんて戯言は置いておいて、いい加減本題に入ろう。無駄な報告は無用だっていつも言われんだよな。
そんな上司が所属する部隊は当然ながら、有事の際に一番に先陣を切り、時に露払いを、時に特攻をする、バリバリの戦闘部隊である。そこはいい。難しいこと考えんのは俺の性に合わねえ。問題は『少数精鋭』というなんともブラック臭のする言葉が頭につくことだ。俺は確かに自覚ある脳ミソ筋肉野郎ではあるが、あの
「やれやれ、随分乱暴な召喚をしてくれる。
腕が千切れるかと思ったよ」
「にん、げん?いや、違えな。
……まさか、奴らのお仲間か?」
「奴ら?……それは、
———“ 彼ら ” のことかね。
そう言うが先か、対して照準も合わせねえ内に放たれた銃弾は、寸分の狂いもなく這いずり回っていたヤツのコメカミに穴をあけ、頭ごとふっとばす。見事なヘッドショットだ。それだけで腕がわかるくらいのな。だが、同時にその銃声は呼び鐘となっちまう。奴らはこぞって『音』に敏感だ。感度はそれぞれだが目が悪いヤツほど感度が良い。良く天井に張り付いているヤツいるだろう?そうだお前の背後にいるヤツとかな。おいおい、ビビるなよ。冗談だって。ああいう暗闇が大好きな根暗クンは、目が発達してねえ分、耳が良いんだ。現に群がって来てやがるヤツらもまあまあ感度良好って部類さ。
「ヒュウ、
奴らはまだ物足りねえらしいが、どうする?」
「ほう、それを問うのか。この俺に」
「そりゃそうさ。お前さんとは
「そうか、そうだったな。
ふむ。ではアンタが
こんな
「はあ?ちょっと待て、マスターだのアーチャーだの、何なんだよ」
「知っていて呼んだのではないのかね」
「知らねえよ。お前が勝手に出て来たんだろうが」
「英霊はそう簡単に呼べるものではない。
魔術の知識や魔力、そして詠唱が必須になる。まあ例外はあるが、それなりの犠牲はいるだろう」
「おいおい、マジで言ってんのかよ。
魔術だなんだ俺は全然知らねえぜ?そんなモンに関わると、毎回ロクなことにならねえからな」
「……。そうか。ならもしアンタの言うように、本当に“勝手に出てきた”のならば、何かのエラーか……それとも。だが『俺のようなモノ』を呼んだ時点で、アンタも何処か狂っているのだろうがね」
おい、そりゃどういう意味だ。どこをどう見ても俺は正常だろうが。厭味ったらしい目を向けられても腹しか立たねえ。化け物扱いやら狂人扱いやら、もうコリゴリだぜ。俺をどこぞの
で、何の話してたっけか。そう、そうだ。この捻くれた野郎についてだったか。パツキンのねえちゃんならまだしも、こんな筋肉ゴリゴリな不愛想野郎のことなんざどうでも良い話だが、頭回んねーし、かといってなんか考えてねーとやべー気がするし、仕方ねえ。いつも頭回ってねーって?ほっといてくれ。今回の任務先は南アフリカのどっかだったな。詳しい地名は覚えてねえ。終わった戦いは忘れる性質だ。とにかく辺り一面砂だらけ、砂嵐が一度吹けばあっという間に視界が砂色だ。そんな視界も足元も最悪なフィールドで何も起こらないわけがねえ。気が付いたら俺一人だったわけさ。ま、いつも通りってワケだ。任務内容は、砂漠の外れにある小せえ村の様子がおかしいという情報を受けての様子見さ。だがイヤな予感はしていた。こういう時の俺の勘は当たるんだ。給料まるっと賭けたルーレットの数字は当たんねえくせにな。ほんと泣けるぜ。それに、この上司の率いるチームが抜擢されたっつーことは、ロクな任務じゃねえのは暗黙の了解ってヤツでわかってた。だから武装もバッチリ決めてきたんだが、目の前には案の定砂地に散らばるのは見慣れた可哀想な武器たち。言っておくが俺のじゃねえ。察してくれ。哀れなことに持ち主が逸れちまったらしい。仕方なくそれらを拾い集めると、常に持ち歩いている武器ケースの中にしまう。これだけでケースの中はパンパンで、どう捏ね繰り回しても隙間さえ見えなくなった。あのおっちょこちょい……いや上司の後始末はいつも俺の役目である。解せないことに、気が付いたらそうなっていただけなので、深くは聞くな。上司用に用意されたものであるので、俺のような下っ端が持つモンじゃねえが、落ちてるモンはしょうがねえ。ありがたく使わせてもらうことにしている。
それで、だ、背負った弾の充填されたショットガンを引き抜いた。砂埃に紛れるように浮かんできた影が、気色悪い呻き声を上げて群がり始めていたからな。まあ姿の見えているヤツらなどもう慣れたモンで、至近距離でぶっ放して、怯んだ隙に回し蹴りでも喰らわせりゃ、一網打尽ってワケさ。イかすだろ?しかも俺の体術は上司直伝で、文字通り死ぬほど扱かれて体得したものだ。その辺の雑魚じゃ話にもなりゃしねえ。
そうやって、無心に立ち塞がるモンを蹴り飛ばして進んだ先は、今にも朽ち果てんばかりの吊り橋だったってわけ。ぱかっと大口を開ける地面は、底が真っ暗で見えず、落ちたらお察しってヤツだろう。とはいえ、任務地はその橋を渡った先だ。迂回しようにもその割れ目は遥か彼方まで続いているように見えた。これはもう渡るしか道はねえ。そう思ってぼろっぼろな橋につま先を乗せてみるが、なんとも心もとない感触がした。こうなりゃさっさと渡りきるに限る。こういう時は慎重かつ迅速に、だ。記憶したか?銃の腕も、力も何もかもあのゴリ…上司に勝てやしねえ俺だが、一つ勝てるモンがある。バランス能力だ。どんなに足元が悪かろうが揺るがねえ重心、というとなんか格好付かねえが、お前前世はヤギだろ、と腹の立つ同僚に引かれたほどだ。知ってるか?ヤギの崖登りはやべえぜ。気になるなら調べてくれ。目の前の機械は読むためだけのモンじゃねえだろ。
そんなこんなで、橋の中ほどに到達した時であった。イヤな音が俺の鼓膜を劈いたのは。音の聞こえた方、すなわち反対側に目をやると、そこには、ニヤニヤと笑う黒い兄ちゃんたちが一丁前にバイクに跨っていた。黒い肌に擦り切れた服、ぱっと見ると現地の人間だが、その目は黒々と黒ずんでいて、口からは感染者の証である気持ち悪い触手のようなモンが見え隠れしていた。
雑魚ども数十体倒したところで何もかわりゃしねえが、俺が死んだところで何も変わりはしねえ。俺にとっては、釣り合いは取れていた。かっこいいと思わねえか?激アツなエンディングに観客たちはスタンディングオベーション、雷鳴の喝采ってな。大げさ過ぎるって?最後ぐらい夢見させろや。観客が人間じゃねえのが何の色気もねえがな。そんな名も無き軍人Aが、モブらしく最後を決めることを決意し、ぼろい吊り橋を支える朽ちた支柱を打ち抜いた。
ぐわんと内臓が浮かび上がる感覚。悲しいことにそれは何度も味わってきたモンで、今更恐怖すら感じやしねえ。ったく、あの上司に付き合うとロクな目にあわねえ。そんなことはとっくにわかっちゃいるんだが……。これがやめられねえんだ。憧れなんて青臭えことは言いたくねえが、あの背中見てると追いかけたくなる。カリスマ性、っていうんだろうなああいうの。なんて、大口を開けた奈落に吸い込まれようとしているのにも関わらず、俺はそんなノンキなことを考えていた。ところが、だ。俺みたいなモブにはありえねえ『奇跡』が起きやがった。断崖絶壁の下は深すぎて見えやしねえ。だから底なし沼かと思ってた。だがな、あったんだよ。底が。ありゃどのぐらい落下したんだろうな。残念なことに俺はビックリ人間じゃねえから、突然現れた地面に咄嗟に反応し、落下ダメージを回避できるほど人間辞めてねえ。叩き付けられた体は相応の激痛に悲鳴を上げた。衝撃で深く噛んだ舌からダラダラと生暖かい血が流れ、充満した血の味と臭いに堪え切れず地面へ唾を飛ばす。唾液成分なんかちっともねえ血液そのものは、ぴちゃりと音を立てて広がった。
するとだ。そこは陽の光が届くかどうかってポイントで、伸ばした指先すらはっきり見えやしねえほど暗かったんだが、突然明るくなりやがった。目の眩みも動けねえほどの痛みすら忘れて、慌てて飛び退くと……。口から零れたのは『Oh…fantastic』という言葉だ。キメ台詞にもなりゃしねえ間抜けなセリフだろ?ついでに言っておく俺は日本人だ。
赤い光にバチバチと黒い稲妻が走る。こんなクソみてえな世界じゃ、何が起きるかなんてわからねえ。その所為で並大抵のことじゃ驚かなくなったクソみてえな俺でも、流石に腰を抜かすほど驚いたね。どうやら俺が落下した地点は、魔法陣のド真ん中だったらしい。任務のために世界中を奔走するようになって、良くわかんねえ宗教なんざ腐るほど見た。だから魔法陣自体には驚きもしねえ。問題は、なんでこんなトコにそんなモンがあるのか、だ。だがそれを考えるのは俺じゃねえ。俺の役目はこの報告を生きて持ち帰ることだ。どうやら此処は電波が死んでいるらしいからな。通信も出来やしねえ。ま、それは兎も角として、俺にはもう一つ持ち帰らねえといけねえデカい情報ができたらしい。
突然だった。空から落ちてきたそいつは随分とイかしたナリをしていた。宙で身を翻し軽々と着地を決めた男に、力の入らねえ身体を叱咤して何とか上半身を起こすと、金色の目が地面に尻を付く俺を見下ろしていた。虚ろな目だ。気持ち悪いほどにな。だがこのご時世もっと『腐った目』をした人間なんざ山ほどいやがる。文字通り『腐った目』の奴らもいるしな。そんな怪しい男に反射的に戦闘態勢を取ろうとするが、情けねえことに、膝に手をついて睨むことが精一杯だった。だが、その男は少し視線を逸らした。その様子から敵意はないことを察するが、同時にどう見ても訳ありの存在に頭を抱えたくなる。俺は尋問だのまどろっこしいことは苦手で、口上の駆け引きなんざ頭が痛くなるだけだ。痛みが薄れてきたのを確認し立ち上がると、男は再び俺を見た。そして少し前の会話に繋がるわけさ。時系列がわかりにくいって?まあそういうなよ。俺は毎回上司にため息と共に報告書を突き返される男なんだ。
黒と金の男。視線のやり方や筋肉の付き方、そしてぼうっとしているようで隙なんかありゃしねえ。この感じはどこか上司にも似ている。歴戦の戦士って意味だ。一体何なんだコイツ。奴らの一味にしては大人しいってか、ヤな気配はしねえ。まあ俺の勘でしかねえし、根拠のないことを口にするなってまーた怒られちまう。とりあえず言葉が通じることは確認済みだ。突然『豹変』しねえ限りは問題ねえだろ。それにこんな真っ暗なトコじゃ戦えもしねえ。暗視スコープはあるが装備させてくれる、
「やれやれ、随分なご同輩じゃないか。マスター」
「あァ?目腐ってんのかよ。
何処をどう見ても人間じゃねえだろうが。
それに、マスターって何だ」
「おや、違ったかね」
「あのなあ……。ったく、さっきから人外扱いしやがって……。
話は後だ。奴さんはオカワリが欲しくてしかたねえらしいぜ。
あんま焦らしてやんなよ、な!」
落下の衝撃にも手放さなかったショットガンを構える。這い蹲るそれに見事なヘッドショットを決めると、スイカの如く頭が割れてそこから野太い触手が顔を出した。別にこの男と張り合うつもりはねえが、ぽっと出のヤツに見せ場を奪われんのも癪だろ。対抗心だって?んなもんじゃねえよ。分類が面倒なのでゾンビと称して来たが、実は細分化されていて、バリエーション豊富だ。大雑把に言うと目の前の奴らはゾンビの一種である『マジニ』って名前が付いているらしい。まあ寄生された人間だと思ってくれ。俺に説明を求めるな。
「ああ別に構わないよ。アンタからの情報は余計なおまけが付いてきそうだ」
「……なんだよそのおまけっつーのは」
「さてね」
鼻で嗤うその姿に青筋が浮かぶのがわかった。薄々わかっていたがコイツ性格悪いぜ絶対。それにしても、本当にいらねえことばかりしやがる。研究者どもの考えることは本当にわからねえ。まあわかったらわかったで問題なんだろうがな。触手の先端はでっかい蕾みてえなモンがくっついていて、それが本体だ。ぐばあと汚ねえ音を立てて開いたそれに俺が照準を合わせるよりも早く、一発の銃声が耳を劈いた。
「結局、いつもの
「おいおい、キメ台詞はまだ早いぜ。ほら見ろ、こいつらはしぶといんだ」
一本の触手が粉々に吹っ飛んだかと思うと次々と別の触手が突き出てくる。元人間の体を餌にしていたんだろうな。だから寄生体っつーのは厄介なんだよ。銃声のもとを辿ると、そこにあったのは物々しい剣のような銃、所謂銃剣ってやつだ。どこから出したのか知らねえが、二振りのそれを男は構えていた。ゴリ……上司もそうだが、体を鍛えると収納能力も上がるのかずっと疑問に思ってんだよな。あの人も、全身武器庫を体現してるし。ハンドガン、マグナム、ショットガン、マシンガン、ロケットランチャーなどや手榴弾やら閃光弾といったラインナップだ。もはや突っ込んだら負けだと開き直っているが。
「それはいい。そう簡単にくたばってもらっては困る」
爛々とした目が真っすぐにそれを捉えている。どうやら夜目が利くらしい。これは俺の出番はねえだろ。もうとっくに給料分は働いているんだ。少ねえって?うるせえな薄給なんだよ。これ以上は残業代を請求する……。なんて言えたら良いよなあ。
「ふむ、その考えは合理的だ。俺も傭兵の立場は良く知っている。
だが覚えておけ。今アンタは俺の雇い主だ。相応の報酬は要求させてもらおう」
「っはあああああ!?」
その言葉に悲鳴のような声が出る。ふざけんな勝手に出て来て人の獲物横取りした挙句報酬まで持っていく……だと……?そりゃ仏サマでもブチギレるだろ。それに半分こなんて可愛いことができるほど俺の給料に余裕があると思ってんのか。半分じゃねえ?2/3寄こせって?いやお前ほんと帰れ。それか、踏ん反り返って人を顎で使う上層部からぶんどれ。どうせあいつらは命張ってる俺らよりもたんまり貰ってんだろ。まあこんな世界で今更金なんて意味がねえがな、ゾンビになっちまったら使えねえし。なんて言いながらも、男が奴らを倒す度に落としていく金や弾そして宝石をちゃっかり回収する。意味はねえと言ったが、無価値とは言ってねえさ。命には金が掛かるんだ。
心配する義理も何もありゃしねえが、掛ける気さえ起きねえほど、文字通りの殲滅を繰り広げる男をぼーっと見つつも、ふと思った。アイツ感染しねえのか……?通常人間が奴らに攻撃を受けて負傷するか、その体液を取り込んじまうと、あっという間に仲間入りだ。個人差はあるが結末に変わりはねえ。前線を任せたものの、何かの拍子に傷を負えば、ミイラ取りがミイラになるをそっくりそのまま表すことになる。俺は大丈夫なのかって?よくわからねえが、抗体っつーモンがあるらしい。上司と同じでな。あーやだやだ、思い出させるなよ。その所為で俺まで化け物のような扱いを受けちまうんだ。
そんなことをくどくど考えていた矢先、奴らの気色悪い触手が男の腕を掠った。ぽたぽたと垂れていく鮮血。おい誰だよフラグ立てたの。サイアクじゃねえの。ったく仕方ねえ。これ以上敵が増えんのも俺がめんどくせえし、この男の場合、
「勇ましいことで結構だが、相手が悪いぜ兄ちゃん」
「邪魔をするな、アンタは後ろにいれば良い」
「そうはいかねえよ。これ以上『俺が』面倒なことになるのはゴメンだ」
こいつがグンバツなスタイルの姉ちゃんなら懇切丁寧に処置してやったが、むっきむきの男だ。加減も何もする気はねえ。腰に差していたサバイバルナイフで、傷口を広げる。悪いなコイツは岩をも断つ切れ味が自慢なんだ。ぐちゃりと肉が切れて広がる生々しい音がしたが、男は呻きもしない。顔を見ると痛覚があるのかってぐらいに無表情だった。割れた頭から植物よろしく花を咲かせてる奴らよりも、俺には男の方が不気味で仕方がねえ。ある程度血を出させるとナイフに付いた血を拭い、自分の掌を少し割く。あまりやり過ぎると武器が握れなくなるので、血が出るギリギリ程度にしておいた。自分と姉ちゃんには優しく、野郎には厳しいのが俺のモットーだ。どうだ、紳士的だろ?
ここだけの話だ。内緒だぜ?滲み出た俺の血は、なにやら希少な成分が入ってるらしく研究者どもから大人気だ。野郎から求められてもそそりもしねえし、研究者どものえげつねえ実験に巻き込まれるのは御免なので逃げ回っているが。といっても俺が逃げる前に上司が一蹴してくれたがな。いやあアレは女なら惚れてたね。何が希少かって?なんか知らねえが、俺の血はワクチン代わりにもなるらしい。しかも俺の血を塗布して武器を造れば対ゾンビ兵器になるようだ。だがそんなことに協力してたら、俺が干乾びちまう。俺からすれば自分の身を犠牲にしてまで救いたい世界じゃねえし、俺は
「さて、これでお前さんも『人型戦闘兵器』の仲間入りってな」
「……実に耳馴染んだ言葉だ。皮肉にもなりはしないさ」
「そうかい。そりゃ、何よりの皮肉だ」
切った掌を抉れた男の腕にあてる。不思議なことに数滴の血を混ぜるだけで、感染を防ぐことができるらしい。すでに感染状態にあっても、だ。ご都合主義かよふざけんな。隙あらば襲ってくる研究員の1人が言ってやがったことで、信憑性は五分五分だがな。やだ……俺、敵多すぎ……?じわじわと塞がっていく双方の傷。哀れなことに、突然現れた怪しい男はこれで立派な戦闘マシンとなっちまったわけだ。さっさと感染した方が幸せだっただろうに。俺だってこんなことはしたくなかったさ。ゲームでも現実でも、仲間に加えるなら美人な姉ちゃんがイイに決まってる。上司だって何人も綺麗な姉ちゃんと組んでるんだぜ?それに美人で強気な妹さんもいると来た。ちっとは俺にもイイ思いさせろってんだ。ったく、何で俺だけいつも上司みてえなゴリラと、その片腕のマッチョな兄ちゃんと組まなきゃならねんだよ。差別だろぜってえ。俺はこうやって内心じゃ下心垂れ流しだが、行動や態度は紳士だっつーのに。もうやだ転職しようかな……。でも退職届握り潰されそうだしな、物理的な意味で。
「殲滅完了だ」
「おーおつかれ」
ショットガンに弾を込めながらそんなことを考えていると、さっぱりした広い空間がそこにあった。いや相変わらず暗くてどんよりした空気が漂っているが、あのうんざりする呻き声や這いずり回る音が聞こえないだけでもだいぶ精神衛生的に良い。銃剣を何処かに納めた男は、その目だけを俺に向けた。
「そういやお前さん、名前なんてーんだ?」
男の言っていることの半分以上理解してねえが、それをここで問い詰めるにはちとムードに欠ける。とはいえ名前ぐらいは知らねえと色々不便だ。そう思って投げ掛けた質問に、男が揺らいだ気がした。その揺らぎが心理的なモンかそれとも別のモンかはわからねえ。専門外だ。じれったい間をおいて、男は金の目を前に戻した———。
ここまでが最新の『音声記録』だ。おいおい、俺の美声に聞き惚れてねえでちゃんと聞いてくれよ。ほぼ内容がないって?そんくらい勘弁してくれ。もしかしたらこれが……。いや、なんでもねえ。続きがあるかどうかはカミサマ次第って話さ。そんじゃまたな。もし次がありゃ続き聞かせてやるよ。