ビッグニュースだ。驚くべきことに俺はまだ生きている。こんな地獄のケツ穴の中でな。そっちはどうだい。もしアンタがとびっきりの美女だったら、この
「マスター」
「どーした。もう奴らの顔は見飽きたぜ」
「そうか。なら良い知らせがある」
ついでにコイツの顔も見飽きた。結局この男と行動を共にしているが、相変わらず不愛想でつまんねえ野郎だ。だが、腕は確かなのは間違えねえ。上司と同じくらいかもな。おまけに無口なように見えて舌も回りやがるから性質が悪い。こいつに関しては上司以上だ。俺はそういうヤツと相性が悪いんだ、最高だろ?そんなわけで、このクソ楽しい野郎二人旅は続いているってわけさ。いや別に俺が誘ったワケじゃねえ。勝手に付いて来ただけだ。この男はどうやら残念なことに欠陥品らしい。てめえの名すら思い出せねえ有様だが、それでも俺のことを『マスター』と呼び、自分のことを『サーヴァント』と呼ぶ。といってもサーヴァントってーのは、自分の名前じゃねえようだしな。ならサーヴァントってなんだと思うだろ?理由を聞いても、生気のねえぼんやりした目を向けて来るだけで、まともな返事なんか返って来やしねえ。これじゃお手上げだ、俺にはな。まあ基地に戻れば何かしら処置は出来るだろうから、文句を言いつつも連れて歩いているってことさ。記憶は壊れていても、精神的には問題ねえように見えたからな。突然発狂して襲い掛かられることはねえだろ、多分。使い勝手は最悪だが、その戦力は充分どころかあの上司レベルだ。こんなクソみてえな場所には、適任だ。
前置きが長いって?文句いうなよ、こりゃ俺なりの報告書なんだからな。『報連相は怠るな』上司直々にプレゼントされたモンさ。しかも俺だけに。スペシャルだろ?……そんな問題児じゃねーっての。それに、その上司が真っ先に迷子になってくれたおかげで、報連相もクソもなくなっちまったがな。これもいつものことだ、もう気にもしねえさ。
「お前さんがそう言うなら、とびっきり良い知らせなんだろ?」
はあとクソデカい溜息と共にさっき拾った手榴弾のピンを抜く。洞窟のような場所で爆発物はあぶねえが、聞いて驚け、洞窟を抜けるとそこは森の中だった。何を言っているかわからねーと思うがこれは現実だ。
あらすじでも聞くか?あの長い吊り橋から落ちたと思ったら、落ちた先は暗い地下道だった。あんときは暗くて気付かなかったがな。そしてその次は、森の中だ。笑えるだろ。
「腐れ縁、か。同情するよ」
コイツ俺の心を読みやがった……!と言いたいところだが、忘れちゃいけねえ。これは全部音声記録だ。隠すこともねえし、全く興味がなさそうなので堂々とコイツの前で吹き込んでいる。今まで一言も突っ込まなかった癖に口を開くとコレだ。それに淡々と同情されても全くもって響かねえよ。あ?無駄の多い記録だって?そりゃそうだろ。重要な報告だけなんて味気ねえだろ。『任務地に着いた、吊り橋から落ちた、落ちた先に道があった、なんか知らねえが怪しい男と行動を共にしてる。なんやかんやあって、森に着いた』これだけしかねえし、俺なんもしてねえじゃねえか。前の報告が、二行で終わるだろうよ。それともなんだ、昔見た報告書みてえにインパクトがあれば良いのか?『かゆい うまい』ってのはごめんだぜ。何度も言うが俺は人間でいたいんだ。
あーわかったよ。そろそろ話を戻そう。銃をぶっ放したり、剣で切りつけたりと、前衛から後衛の仕事まで完璧に成し遂げる男に仕事を取られた俺は、もっぱら進行方向を示す方向指示器に成り下がっていた。前にも言ったが、別に戦闘狂でもねえし退屈はしてねえ。奴らの『落とし物』を拾い集めるが、どっかのおっちょこちょいの所為で隙間のない武器ケースはもうパンパンである。だから、手榴弾や閃光弾をぶん投げたり感知式爆弾を設置したりと、銃よりも爆弾をぶん投げてこれ以上荷物が増えないようにしているのだが、奴らは次々と落とすので全くもって意味はない。ちょっと前に流行っていた、モンスターの狩猟を行うゲームに出て来るオトモの気持ちになる。ちょっと前ってのは、世界がこんなんになる前って意味だ。数か月前までは『何もなかった』んだぜ。逆に言うと人間サマの世界は数か月で滅ぶような脆いモンだったってことさ。
「本当に、何もなかったのか……?」
「おお頭が回るじゃねえか」
コイツが言うように、俺が言ったのは『記録上』の話だ。実際には『あった』。軍の人間にはお馴染みの緘口令が布かれ、自分より上には逆らえない犬どもはおとなしくそれに従った。俺だってその犬の1人さ。ただちっとばかし他のとはオツムが違った。『上が怖いから』ではなく『その方が動きやすい』という理由でお利口サンにしてたってワケだ。おかげでお偉いさん方にゃ目をつけられずに済んだんだ。奴ら反抗的な人間を根こそぎあぶり出して、実験材料にしてたからな。今思うとそういう意味でも助かったわけだ。そんな頭の良い俺だが、一つ計算違いがあったらしい。別の方面から目を付けられちまった。それが今の上司であり、隊長ってわけだが、この話はまた後な。
「それで?アンタの目的はなんだ」
「人間のまま生き残ること、だ。それ以上もそれ以下もねえ」
「……救いたいとは、思わないのかね」
「救う?まさかこの世界を?馬鹿なこと言うなって。
俺はヒーローなんかじゃねえ」
「だがアンタには力がある」
「力?ああこのわけわかんねえ『血』のことか?
やめてくれ、コイツはお飾りだ。俺みてえなただの軍人は自分が死なねえようにするんでいっぱいいっぱいさ」
「……」
「それともなんだ、お前さんはなりてえのか?
世界を救う
この男が現れてまだ一日も経っていねえが、この時はじめて感情を見た気がしたな。それが何を意味するのかわからねえし興味もねえが、気色悪いほど生気のねえ目がちっとはマシになったのはわかった。だがそれは一瞬で消えた。何かを諦めるように目を逸らした男に、俺も話を逸らす。お互いに馴れ合う気はねえだろうし戦場でする話でもねえ。そうして俺たちの話し声が止むと、奴らが立てるガサガサという音が一層耳に障る。太い幹に身を隠し覗き込むように周りを伺うと、そこはもうテーマパークだった。ライブの開演待ちの列と言っても良いだろ。少し先にある開けた場所には、何やらウロウロとする奴らの姿があった。ここまでは想像できるだろ?問題はその数だ。馬鹿みてえにいやがる。しかもその待機列の中にヤなモン見ちまった。見るからにメタボな体形のゾンビ。腐敗した皮膚が突き出た腹を覆い、手にした『巨大な棍棒』を引き摺りながら歩いてやがる。見た目通りパワー型のゾンビだが、耐久性が高い。至近距離でショットガンぶっ放しても中々倒れやしねえんだ。1匹だけでも厄介なのに、10匹はいやがる。どう考えても正面突破は無理そうだ。あいつらを相手するならもうちっと広いトコじゃねえと、問答無用で叩き潰されちまう。圧し潰されんなら美人なねえちゃんの胸か尻って決めてんだ。腐った野郎は趣味じゃねえ。
仕方ねえ迂回するかと顔を引っ込めると、不意に視界が浮いた。突然のそれに驚いて体が跳ねるが声には出さない。ここまで気配なく動けるのは上司ぐらいしかいねえだろ。そして今ここにいる男も、上司ぐらい気配を消すことができる。揃いも揃って幽霊かよって話だ。俺の首根っこを掴んだ男はそのまま上に飛び上がった。音もなく木の枝を踏み台にして、木を登っていく。その跳躍力が人間離れし過ぎている件については、もう突っ込む気も起きなかった。男は下に蠢く奴らが見渡せる位置で止まると、俺を適当なところに放り、自分の武器を構える。なるほど上から射撃をすれば良かったのか。最近遠距離射撃なんてしてねえから思いつきもしなかったぜ。どうもあの上司についていると、銃なんざ至近距離でぶっ放してなんぼになっちまうからなあ。スコープ?ンなモン飾りだろ。こういうと俺の上司がとんでもねえノーコンに思えるだろうが、そりゃとんでもねえ勘違いだ。あの人はな空軍出身の射撃のエキスパートよ。射撃の腕を競う大会で何度も優勝してんだぜ。俺?俺は昔から目立つことが嫌いでな……。ああいう場にゃ出たくねえんだ。話がずれちまったな。ま、いつものことだ。いい加減慣れてきただろ?
奴さんたちに無慈悲な雨を降らせている野郎の面は寒気がするほど能面だ。奴らの絶対的な弱点は頭だ。脳を潰しちまえば、どれだけ体がカタくても一撃で仕留められる。眼下ではトマトでも潰れるかのように、あれだけひしめいていたゾンビどもが倒れて溶けるように消えていく。ウィルスの影響だかわからねえが、ゾンビは力尽きると溶けて消えるようにできているらしい。所謂証拠隠滅ってわけさ。悪い大人は保険をかけるのも上手いんだ。
さて、ここで質問だ。一つ前の報告で俺が言ったことを覚えているか?覚えてねえだと?ったく、あれだけ丁寧に報告したのによ。あァ?雑談が多すぎて記憶にねえって?あー良く言われるわ。わかったわかったもう一度言ってやる。奴らは音にビンカンなんだ。それを隣の男は遠慮も容赦もなくぶっ放してやがる。どうなると思う?お前さんにも、何かが走ってくるようなこの音、聞こえねえか?人間じゃねえ息遣いと、人間にはねえ四肢で走る音。そうさ、これは———。
「うおおおっ!!??」
降り注ぐ銃弾の雨の隙間を縫うように走り抜けてきたそれは、その勢いのままに俺たちがいる木の幹に飛びついたかと思うとよじ登り始めた。それもまた一瞬で、瞬く間に距離を詰めてきたそれに、思いっきり飛びつかれたのである。カッコ悪いことにこれでもかと仰け反った俺は、当然ながらバランスを崩して落ちる。クソまた落ちんのかよ、俺の人生落ちてばっかだな。しかも最悪なことに、目の前には『犬』だ。普通の犬じゃねえ。お察しの通りってヤツだ。縦に裂けた頭に見え隠れする臓器。伸びに伸びた舌と腐った息が、なんとも言えねえ。こりゃこのままガブリといかれるヤツだろ。可愛くねえ犬に美味しく頂かれてたまるか。咄嗟引き抜いた銃口を犬っころの顔面に突き付け、引き金を引く。打たれた反動で怯んだ隙を付いて、蹴り飛ばすと、元々脆かった皮膚や肉が剥がれ落ちて散らばる。だが犬っつーのは執念深いモンで、首だけになっても噛みついてきやがるから始末が悪い。しかも空中で放った蹴りなんざロクに力入ってねえしな。おまけにこの後俺には一大イベントが迫っている。犬と戯れることに夢中になってたからな、受け身なんざ取れねえよ。ったくしばらく犬は見れねえ。とんだトラウマだぜ。
そして二度目の衝撃、だ。少し沈黙があったのは激痛にのた打ち回るどころか、意識が飛んだ所為だ。この隙に食われちまうかと思ったがそこまで冷徹漢じゃなかったようだぜ。俺の周りを囲うように倒れた犬たちが、液体のように溶けて消えていく。律儀にも銃弾や爆弾などを落としていくのはもう見慣れた光景だ。
「ほう、無事か。流石に頑丈だな」
「そりゃ……どーも」
鼻で嗤いながら見下ろされるのは正直ムカつくが、体は動かねえ。あれだけの高さから叩き落されりゃ当然だろ。死んでないだけマシだと思ってくれ。俺だってカッコ良く着地を決めたかった。手も差し伸べずにただジッと俺が起き上がるのを見ていた男は、先に見えていたそれへと視線を移す。やめろ、それは俺が必死に見ねえようにしていたモンだ。
「行き先はあの館か?」
「っざけんな、誰があんな『おあつらえ向き』なトコ行くかよ」
何があるのかって?口にもしたかねえが、これも報告のためだ。『洋館』だよ『洋館』。随分古びているが、かなりでけえ。いつか報告書の写真で見たような、如何にもなヤツだ。ああいう場所には近づいちゃいけねえと俺の勘が言っている。少なくとも俺のようなモブが生きて帰れる場所じゃねえ。ホラー系の映画やゲームでもいるだろ?一番初めに死ぬ当て馬のようなヤツ。そりゃ俺だ。それに、こういうやべえとこは上司が来るとこだ。むりむり。帰ろう。呆れた目が俺を見ているが知らねえ。プライドもクソもねえ、俺の作戦はいつだって『いのちをだいじに』だ。『ガンガンいこうぜ』に切り替えた記憶はねえ。
そうやって全力で踵を返しかけた時である。いやな気配を察知し足を止めざるおえなかった俺は、何となく自分の運命を悟った。そこにいたのは四肢で立つ動物だ。犬じゃねえ、わからねえが『狼』に近いシルエットをしている。犬と狼の区別もつかねえのかって?はっきりとわからなかったのには、理由があるんだよ。『影』だったからだ。ゾンビでもなければ、生身でもねえ、真黒な狼がそこにいた。ヘドロでも被ったんじゃねえのかってくらいにドロドロとした何かを滴らせるそれに、思わず足を引いた。
「なんだ……アレ。新型か?ったく、次から次へと飽きねえな」
「マスター。どうやらアレは、オレの客のようだ」
俺が一歩引くと男は一歩前に出た。どうやら顔見知りらしい。そんなら俺は逃げて良いのだろうかと考えたが、獣の足に敵うわけがない。それにどうみてもあの狼、俺を見てやがる。剥き出しの牙は今にも食い付かんばかりに昂っている。血走った赤い目にはひたすらに殺気と憎しみが渦巻いていた。
おっと今回はここまでのようだ。短えって?悪いなバッテリー切れのようだ。まあ何処かに落ちてんだろ。インクリボンだって落ちてる世界だぜ?じゃあな、また続きが話せることを祈っとくぜ。